どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
『そして、さしかかった最終コーナーッ! 二組のロッド君がぁ、ロッド君がぁああ──ぬ、抜いた──ッ!? どういうことだッ!? まさかの二組が、まさかの二組が──これは一体、どういうだぁあああ──ッ!?』
やかましい。俺は思わず顔をしかめた。
競技祭実行委員による拡声音響術式による実況だが、興奮に呑まれているのか如何せん非常にやかましい。というか仮にも実況者なら一位、二位の奴等も言及してやれよ。ちょっと可哀想だろ。
だが恒例の慣習を破り、クラスのほぼ全員を動員した二組がまさかここまで食い下がるとは思ってもいなかったのだろう。観衆──即ち競技祭に参加できなかった生徒達は軒並み二組を応援している。
『そのまま、ゴォオオオル──ッ!? なんとぉおおお!? 「飛行競争」は二組が三位! あの二組が三位だぁ──ッ! 誰が、誰がこの結果を予想したァアアアアア──ッ!? トップ争いの一角だった四組が最後の最後で抜かれる、大どんでん返し──ッ!』
洪水のような歓声と拍手が巻き起こる。俺は若干げんなりとしながらレーダス先生の方へと振り返る。
「うそーん......」
「おいコラ担任講師」
本音出てるぞ本音。おめーの采配だろうが。
......しかしその本音には全く以て同意だった。できる限りのことをしたとは言えここまで健闘するとは嬉しい想定外だ。その原因は恐らく予想以上に他のクラスがアホだったのが大きい。序盤から激化したトップ争いで疲弊した他のクラスは次々と脱落し、結果として我関せずを貫き堅実に距離を稼いでいた二組が三位に食い込む結果となったのだ。まさしく兎と亀である。
「ペース配分だけに注力するよう言っておいたのが功を奏した、ってことですかねぇ」
一週間程度で飛行速度を上げることなど不可能だ。だからこそコンスタントに速度と距離を保つべくペース配分の練習ばかりを──まあ逆に言えばそれしか出きることがなかったのだが──していたのだ。
どうやら努力をすればある程度運というものは此方に向いてくれるものらしい。
「幸先良いですね、先生!」
横で興奮気味にフィーベルがレーダス先生へと話しかける。話しかけられた本人は空きっ腹に歓声が響くのか、少し辛そうな顔をしていたが。......これで少しは賭け事を自重するだろうか。しない気がする。
「飛行速度の向上は無視してペース配分だけ練習しろって、どういうことかと思ってましたけど......ひょっとして、この展開、先生の計算済みですか?」
「......と、当然だな」
おい声震えてんぞ。
飛行競争に関しての講釈──十中八九結果を見た後の適当な後付けなのだろうが──を始めるレーダス先生を他所に、更に厚さが増した手元の紙へと視線を落とす。......次は魔術狙撃。これに関しては小細工抜きで本人の技量に賭けるしかあるまい。後は強いて言うなら発想の転換による作戦が何処までハマるかだ。
「......ちっ! たまたま勝ったからっていい気になりやがって......!」
「たまたまじゃない! これは全部、グレン先生の策略なんだ!」
「そうだそうだ! お前らはしょせん、先生の掌の上で踊っているに過ぎないんだよ!」
「な、なんだと!? くっ......おのれ二組、いきがりやがって! 俺達四組はこれから、お前達二組を率先して潰しにいくからな! 覚悟しろよッ!?」
「返り討ちにしてやるぜ! なんてったって俺達にはグレン先生がついているんだ!」
「ああ、先生がいる限り、俺達は負けない!」
「......だそうですよ、レーダス先生」
「やめろ。これ以上ハードルを上げてくれるな......!」
死にそうな顔をしていた。それが空きっ腹のせいか、それとも過度な期待に押し潰されそうになっているかは本人以外わからないだろう。
かくして、午前の部における競技は恙無く終了した。結果も上々と言えるだろう。「飛行競争」では三位、「魔術狙撃」も三位、「暗号解読」ではウェンディ=ナーブレスが驚異的な速度で竜言語とかいうさっぱりわからない神話級言語を解いて一位、そして「精神防御」においてルミア=ティンジェルが獲得した一位。総合して二位に落ち着いているが、一位である一組との差も十二分に午後の競技では逆転を狙える範囲だ。順調にいきすぎてむしろ怖いくらいである。
「さて......んじゃ、そろそろ俺も学食に行きますかね」
他のクラスのデータとの比較──特に決闘戦を重点的に行っていた分析も大体終わり、俺はカッシュ達の元へ行こうかと腰を上げる。さて、今日は何をカレーにするか麺類にするか────ぁ?
「......、............」
無言でぺたぺたと制服の内ポケットを上から叩くも反応なし。
「しまった......忘れた......!」
下宿先の自分の部屋を思い返せば、よく考えたら布団の中に置き忘れてたなぁと気付く。しょうがあるまい、今日の所はカッシュにたかるとしよう。
そうと決まれば最速で食堂に行く必要がある。安くて量が多いことで有名なうちの食堂はその分席が足らなくなることが多々あるのだ。
そうして食堂への道をショートカットするべく、俺は駆け足で中庭の端の方へと向かい──そしてその足がふと止まった。
「......なにしてんだ? あいつ」
見慣れた銀髪。
ベンチに腰掛けるその少女へと近付き、俺はからかうように話し掛けてみる。
「よおフィーベル。一人とは珍しいな、大天使ルミア様は何処行ったよ?」
「......別に。私だって一人になりたい時くらいあるわよ」
あーこれ女子によくあるめんどくさいアレだわ。話し掛けたのが痛恨のミスである。一瞬でそう察知し、爽やかな笑みでその場を後にしようとする。
「そうか、邪魔したな! んじゃ──」
「待ちなさいよ。あんた、暇でしょう?」
暇じゃねーよ。腹減ってんだよ。
そう抗議するようにフィーベルを見れば、丁度よく腹が鳴った。これで説明は省けただろう。俺は今度こそその場を離れようとして、
「だから待ちなさいっての。......私の分けてあげるから、ほら」
......別にこれは餌付けされたわけではない。そ、そこんところ勘違いしないでよねうまうまうま。
そんなわけで俺はまんまとフィーベルに取っ捕まり、サンドイッチを貪りながら愚痴を聞かされる羽目になるのだった。
「わかる? あの教師、ルミアの姿になって生徒の弁当を奪おうとしたのよ!? 本っっ当、信じられない......!」
「成る程、そうか。アフリカではよくある事だな」
サンドイッチうめぇ。話半分にフィーベルの愚痴を聞き流しつつ俺は中庭の花壇を眺める。きれいなおはなだなぁ......天ぷらにしたら美味しいかしら。前世では菊に類する花は美味いと聞いていたが、果たしてどうなのだろうか。
「別にそんなことしなくたって、折角作って来てたのに......どうしてあのダメ人間は......」
「ま、ルミア様があのロクでなしのとこに持って行ったんだろう? 後でそれとなく感想でも聞いてみたらどうだ?」
ルミアちゃんてばマジ天使。カッシュが時折小声で「結婚しよ」と呟いている気持ちがよくわかる。でも気持ち悪いぞカッシュ。わかるけど。
だがこれでレーダス先生の食糧事情は一時的とはいえ改善された筈だ。恐らく俺の予想だとこれであと三日はもつはず。それ以降は死ぬ。多分。
「......ん? てことはこれ、フィーベルの分をパクったことになるのか。何か悪いな」
「別にいいわよ。私、元からそこまで食べる方じゃないし」
「......いや、サンドイッチ一片だけで足りる筈がない。これで決闘戦でフィーベルが『お腹が空いて力が出ない』状態になって負けたら俺のせいってことか......!」
あかん。流石にそれは
「あのね......あんたがどう考えてるのか知らないけど、女子は基本少食なの。サンドイッチ一つか二つで大体足りるのよ?」
「......?」
「そこで首傾げられても困るんだけれど」
健全な男子学生としては何でそれで足りるのかさっぱりわからない。牛丼がおやつレベルの年頃なのだ。
まあ午後の競技どころか競技祭そのものに参加してるのかしてないのかわからない状態の俺ならそれでもいいのかもしれいが、フィーベルは競技祭でも花形と言える「決闘戦」に出場するのだ。倒れられても困る。
「......本当にいいのか?」
「しつこいわね、いいからさっさとそれ食べなさいよ」
むすっとした表情でそっぽを向くその姿を見て、俺は苦笑する。やはりシスティーナ=フィーベルという人間は根本的に人が良いのだ。世話焼きかつ心配性であり、だからこそ説教魔と化すことも多い。
「ま、あんまレーダス先生のこと責めてやるなよ。......心配ないとは思うが」
「どういう意味よそれ」
そのまんまの意味である。
生暖かい視線をフィーベルを送れば、居心地悪そうに顔を背けられる。
──暫しの沈黙。それを破ったのは、フィーベルがぽつりと溢した言葉だった。
「......あんた、さっき私が"負けたら"って言ったわよね?」
「ん? あぁ、言ったな」
「ありもしない仮定をしても意味がないわ。......"私が負けるなんてことは有り得ない"んでしょう?」
一瞬ぽかんとしてその横顔を見つめ、そして直後に俺はくくっと笑う。
「そういやそうだったな──ああ、お前は負けないよフィーベル。負ける筈がない」
「ふぅん。信じていいのね?」
「そうだ。俺が信じるお前を信じろ」
数秒の空白。その後に、俺とフィーベルは同時に吹き出した。
「何よそれ。あんた、そういうこと言うタイプじゃないでしょ?」
「受け売りに決まってんだろうが。本当、俺らしくもない」
そう言ってさて、と俺はベンチから立ち上がる。そろそろ次の競技に出場する生徒が集まり始めてる頃合いだろう。直前に最終確認をしなければならない。
「んじゃ。また後でな、フィーベル」
「ええ。また後でね、シェロ」
若干物足りない気もするが、まあいい。俺はマネージャーとしての役割を果たすべく、二組の待機席へと再び戻っていくのだった。
午後の競技が始まった。
まず午後一番に始まるのは「遠隔重量挙げ」だ。白魔【レイ・テレキネシス】の呪文で鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技である。より重い袋を持ち上げた生徒が勝者という至極単純な競技だが、鉛の袋を持ち上げられる時点で全く大したものである。俺? 三節詠唱で箸くらいなら持ち上げられますけど何か?
「こりゃ心配いらねーかな」
むすっとした様子ながらもレーダス先生に話しかけるフィーベルの姿を見て少し安心する。あの状態で決闘戦に挑まれては不安要素が残る。心理状態というは魔術師にとって想像以上に重要な
......しかし今更だが、やはりサンドイッチのみでは少し小腹が空く。前から興味があったし、レーダス先生推薦のシロッテの枝とやらを味見してみるかな、と席を立った。
向かう先は迷いの森と称される所の付近だ。恐らくそこら辺にシロッテは群生しているだろうと当たりをつけ、欠伸混じりに歩を進める。
──そして不運なことに、俺はそれを見つけてしまったのだ。
「何だ、あいつら」
体の要所を守る軽甲冑に身を包み、緋色に染め上げられた陣羽織を羽織り、腰には
「──何者だ、貴様」
背後からかけられた言葉。それに応じて振り向いた瞬間、俺の全身が総毛立った。
すでに初老の域にさしかかっている武人。やや白髪混じりの黒髪に髭、鋭い眼光、あちこち肌を走る古傷はその男が常人ではないことを物語っている。
しかしなにより俺を震わせたのは、その雰囲気──殺気混じりの気配だった。
「ぁ、あ──」
声が震える。唐突に迫る殺気に体は本能的に逃げ腰となっていた。
「......む、ただの学生か。すまないが、ここより先は我等王室親衛隊の任務に抵触する。速やかに引き返して貰いたい」
ふっと殺気が薄れる。それによって気を抜いたお陰か、俺の視線がふと下へと落ちる。下へ下へ、そしてその腰に備えられた二振りの
──激痛が脳へと走る。
「っっっ──ぐ、ガァ......!?」
思わず膝をつく。流れ込む基本骨子、構成材質、創造理念──そして、成長経験。
俺の体が悲鳴を上げる。この剣は、存在が"重過ぎる"。間違いなく一級品すら越えた魔剣──!
「どうした。......しまった、殺気が強すぎたか?」
僅かに気遣う様子を滲ませるその騎士へ、俺は震える声で大丈夫だと返す。不味い──早く、早くこの場を離れなければ。
「......そうか。ならば早く競技祭へと戻るといい」
言われなくともそのつもりだ。
やらかしてしまった事実を自覚しながら、俺はよろよろとその場を離れて道を戻──らない。そのまま外れて別の木立へと入り、そして肩を抱きながら声を洩らした。
「っ──頼む、収まってくれ......!」
心象世界が暴走する。肌の下で無数の剣が暴れ狂っていることを直感的に理解し、呻きながら抑え込む。恐らくあの魔剣の投影は不可能。いや、不可能ではないが為せば再び"喰われる"。そして何を喰われたのかさえ、恐らく俺には思い出せない。
結界に登録しただけでこうなるとは、あの剣はどれだけの業物なのだろうか。或いは、あの男が尋常ではないのか──?
「畜生......下手に出歩くんじゃなかった......!」
段々と収まっていく暴走に、俺は震える呼気を吐き出しながら悪態を吐く。
そうして俺が戻る頃には、結局「変身」勝負が始まる寸前となっていた。
>>ゼーロス
王室親衛隊総隊長を勤める怪物。奉神大戦において"剣聖"とすら互角に打ち合った、かつて帝国最強の一角を為した人物である。その能力は間違いなく英雄級、セリカ=アルフォネアと同様に仲良し人外組の一人として数えられている。