どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
「何、あれ」
システィーナ=フィーベルは信じられない思いでその光景を見つめる。金属が軋みながら削りあう音の元凶、あの気に食わない男子生徒が高速で飛来する剣を叩き落としていく様は、まるでいつも居眠りをしてばかりのシェロ=イグナイトとは思えない。
加えて先程の錬成も異常だ。たった一節──いや一節にすら満たないレベルの略式詠唱、単語に近い術式であの精度、あの速度の錬成を行うなど人間業ではない。とてもではないが、あの"落ちこぼれ"のシェロ=イグナイトがギイブルどころかあらゆる魔術師を遥かに上回るほど錬成に長けているなど信じられなかった。
だが、事実として彼はあのダークコートの魔術師と互角に──端から見れば互角に見える程度には戦えている。
「あいつ、何者なの......?」
剣を叩き落とし、時折挟まれる
「......っ、それよりグレン先生は!」
目の前の光景に呑まれていたシスティーナだったが、我に返ると同時に瀕死のグレン=レーダスを探す。そしてあのダークコートの男から少し離れた位置で血溜まりに沈む黒髪を見つけ、ぐっと唇を噛み締める。
「駄目......まだ近い」
あのテロリストの男に近すぎる。どうにかシェロが引き離そうとしてはいるが、あの傷は一刻一秒を争う深さだ。悠長に待っている暇はない。
つまり。あの男を倒す他に、グレンを助ける手立ては存在しないのだ。
「──無理よ、そんなの」
みっともなく震える己の手を見つめ、システィーナ=フィーベルは自嘲する。これは恐怖だ。失敗したらどうするという恐怖。己が行動しなければ人が死ぬという重さに対する恐怖。唐突に戦場へと放り込まれたことへの恐怖。術式を考えるどころではない。過呼吸にすらなりそうな状態で、システィーナは何もかも放り出して耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。
あまりに理不尽過ぎる。みんな知ったことか。私が何故こんな殺し合いに巻き込まれなければならないのか。ぐるぐると渦を巻くその思考に絡めとられ、やがて力無くその手は地面に落ち──。
「がッ......!?」
聞こえたその悲鳴に、弾かれたように顔を上げた。
「終わりだな。時間にして36秒、まあ持った方だと言ってやろう」
「あ、ぐ......!」
さらに追加された剣で足を縫い止められ、動けなくなった所で肩を穿たれる。想像を絶する激痛の中で、シェロ=イグナイトはここまでか、と思いつつ顔を上げる。
そしてシスティーナと視線が交錯した瞬間、ふっと笑った。
(────あ)
システィーナの脳裏に甦るのは幼い頃の記憶。彼は知らない振りをしていても覚えている、まだ彼が"イグナイト家の無能"と称される前の頃の邂逅──。
唇が僅かに動く。システィーナに読心術の心得はないが、何と言ったのか直感的に理解する。
「『頼んだ』じゃないわよ──シェロ」
"イグナイト"ではない。そこにいるのは"落ちこぼれ"などではなく、システィーナの幼馴染みであるシェロだ。
「《猛き雷帝よ》」
詠唱するのはショックボルト、ではない。ショックボルトでは足りない。故に求められるのは軍用魔術クラスの
──無論、失敗すればシェロもグレンも死ぬだろう。だが不思議と今のシスティーナには失敗する気が欠片もしなかった。
「《極光の閃槍以て》」
システィーナ=フィーベルは近年稀に見る天才だ。故に──。
「《刺し穿て》──っ!」
精神的重圧を克服した彼女ならば、ライトニングピアス
「くっ、ライトニングピアスだと......!?」
何故扱えるのか、とは問うまい。ただ扱えるという事実がそこにあるのみ。視界の端に咄嗟に写った術式展開光から咄嗟に剣を盾にして防御したレイクはシスティーナへと殺意を向ける。そして同じライトニングピアスを一節で詠唱しようと口を開き、
「ナイスアシストだ、フィーベル......!」
「ご、ほッ」
その口から血が溢れ出す。信じられない思いで下を見れば、そこには剣の切っ先がある。そして仄かに光るそれは術式が起動していることに他ならず。
「馬鹿な......貴様、まさか」
「悪ぃが、最初の剣に仕込ませて貰ったよ。投影だけだと思って油断したな?」
シェロ=イグナイトは嗤う。だが有り得ない、とレイクはそれを否定する。
「有り得ん、これは私の術式だ......! 到底学生風情が知り得るはずのない魔術、詠唱も貴様の前では見せてないというのに」
そこでレイクはとある仮説へと到達する。だがそれこそ有り得ない。そんなまさか、この学生は──。
「私の剣を......術式ごと模倣したとでもいうのか? それも、たった一節の詠唱で」
習熟している、などという領域ではない。これは全く別の何かだ。魔術の根本を犯す別の何か、原理不明のその正体は。
「......は、ははは!そうか、わかったぞ。貴様は魔術師などではない。貴様の正体は、異能──」
「少し煩いぞ、お前」
最後まで言わせることなく、もう一振りの剣が背後から更に貫く。それが止めとなったのか、レイク=フォーエンハイムの体は一際大きく痙攣し──死んだ。瞳孔が開き、呼吸が停止した体が音を立てて崩れ落ちる。
その様子に溜め息を吐き、シェロは体を貫く剣もそのままに膝をついた。
「シェロっ!?」
「うるせぇ、というかこっちじゃなくてレーダス先生の方に行け。あっちの方が数倍ヤバい」
システィーナに血溜まりを指し示し、激痛に耐えながらもこれは抜かない方がいいな、と判断する。恐らく抜けば失血死する。痛かろうが剣が栓の役割を果たしているのならば──。
「......ああ、いや。こりゃ抜いても問題ないな」
シェロは思わず苦笑いする。傷口を覗いた瞬間、自分の状態を理解してしまったのだ。厳密に言えば傷口を"内側から"塞ぐ無数の剣がギチギチと軋むのを見て理解した。
「けどまぁ、これを見られるわけにゃいかねーか」
少し休もう。そう思い、瞑目し......そこでシェロ=イグナイトの意識は途絶えた。
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荒野に墓標の如く突き立つ剣群。不吉にも黄昏時のような色をした空では巨大な歯車がゆっくりと回転し、時折何処からか鉄を鍛つ音が聞こえてくる。呆としてそれを見ていれば、ふと遠間に赤い人影が見えた。
──体は剣で出来ている。
──血潮は鉄で、心は硝子。
「......ハ。またこれかよ」
侵食していく心象。投影を使う度に幼い頃から見てきた光景だ。まるで呪いだ、と俺は呟く。
──幾度の戦場を越えて不敗。
──只の一度も敗走はなく。
──只の一度も勝利はなし。
──担い手は一人、剣の丘で鉄を鍛つ。
──ならば我が生涯に意味は要らず。
聞こえてくる詠唱に顔を歪める。そして、俺は吐き捨てた。
「俺は、正義の味方じゃない。なってたまるものか」
──その体はきっと、無限の剣で出来ていた。
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「......知らない天井だ」
「おお、目が覚めたか......その、何だっけ?」
開口一番で割りと失礼なことを言ってくる隣人へと目を向ければ、そこには包帯でぐるぐる巻きのレーダス先生がいた。......何あれ? そしてよく見たら俺も同じようなものだった。
魔術による治癒も万能というわけではない。恐らく再生した部位が安定するまで固定しなければならないのだろう。冷静に考えたら骨が幾つか逝ってるのは確かだし、横のレーダス先生に至っては思いっきり内臓抉られてたし。よく生きてるもんだとつくづく思う。
「シェロ=イグナイト。イグナイトでいいっすよ」
「イグナイト......まさか、公爵家の?」
「ええ、そうですよ。あの"イグナイト家の無能"ってのは俺のことです」
そう言って鼻を鳴らす。大貴族の一つ、フィーベルほどではなくとも魔術の名門から輩出された無能、それが俺ことシェロ=イグナイトだ。
「てことは、お前ってイヴの弟なのか」
「......腹違い、ですけどね。笑えるでしょう? 妾腹の姉は特務分室室長に上り詰めるほど優秀な反面、正妻の子はこの様だ」
故に──"イグナイト家の無能"。
「俺のことも知ってる......のか」
「ええ。これでも不思議なことに、姉弟仲は悪くないんですよ」
才能があり傲慢な姉と、無能で腐った弟。だがこの二人は不思議と衝突することはなく、今でも顔を合わせれば世間話程度はする仲だ。
「元帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行者ナンバー0《愚者》のグレン=レーダス。噂程度には聞いてましたから」
「......何か言ってたか?」
「別に、何も。俺だって暫くして思い出したくらいですし」
そう言って体を横に向ける。らしくもなく自分語りをしてしまった。折角好きなだけ寝られるのだ、今寝なくていつ寝るのか。
しかし次の一言で、俺の目は冴えてしまった。
「なぁ、シェロ。お前、無能ってのは嘘だろ」
「......イグナイトでいいです。それに、何の話です?」
「イグナイトだとイヴと区別がつかないだろ。......白猫に聞いたぞ。随分と珍しい錬金術を使うんだってな」
「......あんのお喋り説教魔」
思わず歯噛みする。後で一応言っておこう。
「その年で固有魔術に近いものを持ってるんだろ? もうちょい誇ってもいいと思うんだが、何で使わないんだ?」
「何でって、そりゃ......」
そこで口ごもる。これで馬鹿正直に「使えば使うほど別人になっていくんです」とか言ったら根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
「......デメリットがあるんですよ。だから俺は使わない」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
「......は?」
目をぱちくりさせる。ここまで綺麗に引かれるとむしろ気持ち悪いのだが。
「固有魔術にはデメリットがあるのもある。それくらい判ってるつもりだ、嫌なら聞きはしないさ」
「......随分と物分かりがいいんですね」
「これでも一応、教師なんでな」
「大人げなく女子生徒を言い負かしてビンタされてた人が何言ってんだか」
「......あれはその、まぁ」
ゴホン!と咳払いをして仕切り直される。一応反省はしているということなのだろうか。
「と、とりあえず。お前を認めてるやつはいるんだ、自分で無能とか言って腐るなよ。少なくとも、その土壇場での根性と体力は平均より上だ」
「そーっすか」
適当に流す。俺は熱血タイプではないのだ、適当にやって適当に卒業できればそれでいい。
「少なくとも、白猫はお前のことを認めてたぞ」
「............」
「期待に応えろとは言わないが、せめて授業は真面目に受けとけ。お前も落第したいわけじゃないんだろ?」
「......わかってますよ」
もう話す気にはなれない。今度こそ俺は瞑目し、眠りに落ちるのだった。
数日後。医務室のセシリア何とか先生が予想以上に優秀だったのか、俺は何の問題もなく登校できるようになった。欲を言うともう少しだらけた生活を続けたかった。ちくせう。
「よっ。傷は治ったのか?」
「ひさしぶりだなカッシュ。たっぷり養生させて貰ったよ......お陰で今日は全く眠くない」
「ははは。お前らしいよ、本当」
肩を叩き、「退院祝いに何か奢ってやるよ」と言ってカッシュが離れていく。時計を見るともう鐘の音が鳴る直前だった。ガッデム。
いつも通りに自分の席へと鞄を置き、新品同然の教本を机の上に出す。今まで枕代わりにして来たが今日から使ってやるからな。よーしよしよし愛いやつめ。何か端から見たら教本を撫でている変態にしか見えないが、別に教本に興奮しているわけではないのであしからず。でもよく考えたらあの講師教科書全く使わないよね。グッバイ教本。
そうして教本を出して撫でて再び収めるという一連のプロセスを流れるように行い、さて次はノートを撫でるかと考えていると、ふと机の上に影が差す。
「......別に今日は寝てねーぞ?」
「そんなのわかってるわよ」
むっとした様子で此方を見下ろすシスティーナ=フィーベル。なら何の用なのだろうか。
「その......あの時は助かったというか──」
「そろそろ鐘鳴るぞ」
ぶったぎるようにしてそう告げる。フィーベルは何とも言えない顔で数秒間俺を見つめた後、盛大に溜め息を吐いた。......え、なに?
「何も変わらないのね、あんた」
「変わらねーよ。だから寝ていい?」
「ほんっと変わらないのね......」
呆れた風に言って、フィーベルはくるりと背を向けて自分の席へと戻っていく。一体何がしたいのかさっぱりわからない。俺は小首を傾げてその姿を見送り──そして、突然振り返ったフィーベルと目が合う。
「今日は寝るんじゃないわよ、"シェロ"」
その瞬間、教室中の視線が俺に殺到した。
その殆どが好奇の視線であり、中にはいくつか生暖かい視線が──特に大天使ルミア様のものが混じっている。そこで俺は漸く今の言葉の違和感の正体を悟った。......あんの説教魔め。
と、そこで鐘の音が鳴り響き、レーダス先生が伸びをしながら教室へと入ってくる。
「おーっす。......よし、全員揃ってるな」
ぐるりと教室を見回す黒い瞳。そして俺と目が合った瞬間、レーダス先生はふっと笑った。
「んじゃ、今日も授業始めるぞ!」
──嗚呼。きっと、俺は彼女にかつて逢ったことがあるのだろう。決してそれは忘れたわけではない。忘れたのではなくて、きっと"奪われた"のだ。
歯車が回る。剣が軋む。無限の剣の世界は、使う度に俺の記憶すら削り喰らっていく。
「......糞ったれが」
だから俺は、正義の味方が心底嫌いだ。
システィ若干強化。そしてやっとプロローグ代わりの一巻相当が終了。わーいテンプレ展開だぁ!エミヤの能力でチート無双だぜ!(白目)