どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
「昨日はすまんかった」
開幕から謝罪で始まったが、久々に──というかレーダス先生による初めてのまともな授業が始まった。解せぬ。今日も自習じゃないのかよ。そう内心で文句を垂れ流してはいたのだが──。
結論から言おう。割りと面白かった。
今までの授業はなんというか、思いっきり教科書を朗読するようなそのまんまな授業であり、まさしく大学の授業に酷似していたのだが......グレン=レーダスによるショックボルトを例にした基礎的な魔術の応用はろくに魔術を扱えない俺からしても非常に興味深いものだった。久々に寝なかった授業である。
「まあ、結局俺はショックボルトすらろくに出ないんだけどな!」
「一応出はするだろ? ほら」
詠唱すれば、そりゃ出るには出る。だが出力も精度も壊滅的というか、これでは十メートル先の的にすら当たりはしない。石でも投げた方が命中率高いぞこれ。
「カッシュ、その才能を俺に分けてくれ」
「いや、これは才能というか......むしろシェロの才能がマイナスに振りきれてるとしか思えないような......」
「うん、俺もそう思うわ」
全くもって同意である。何をすればここまで壊滅的になるのかさっぱりわからない──いや、原因に関してはある程度目処がついているのではあるが。
「唯一使い物になるのが錬成系、それでもギイブルには負けるしな」
「ギイブルは明らかに天才肌だろ? あ、いや、天才と言えばフィーベルさんかな」
「............フィーベル、ねぇ」
確かにあれは天才だろう。学生、それも二年次生の段階で第二階梯を取得するなど余程の才覚がない限り不可能。少し俺に分けて欲しいレベルだ。
「ま、俺に比べりゃ大体の奴が天才さ。つーわけでカッシュ、授業の時に言ってたやつ全部再現してみてくれよ。四節に区切るとこから、ほれ」
「地味に結構な数注文してくるな......!」
それでも付き合ってくれるあたり、カッシュは本当に出来た人間である。
それから数日。たった数日だが、グレン=レーダスという非常勤講師の株は鰻登りである。何より授業が他の講師に比べて面白い。他クラスからやって来て立ち見する生徒まで続出するほど、と言えばその凄まじさがわかるだろう。それでもわからない? ここ最近俺が居眠りしていない、と言えばわかるだろうか。奇跡に近い。
だからだろうか。最近夜更かし+居眠りゼロという自然の摂理から逸脱した行為を為していたせいか、今日の俺は珍しくまんまと寝過ごしてしまったのだ。ガッデム昨日の俺、もうちょいはよ寝ろや。遅刻すると事務の方にいる教師に捕まった場合非常に面倒なのだが──致し方あるまい。今回は甘んじて受け入れよう。
そうして遅刻の言い訳を五、六個考えながら道を駆ける。......だが学院の手前まで来ると同時に、何となく違和感を抱いた。決定的に何かが違う──そんな違和感を確信へと変えたのは、物陰から漂う鉄臭い空気だった。
「......おいおい、マジかよ」
血溜まりに沈む守衛のおっさん──見慣れた顔のそれを見て思わず頬がひきつる。もうちょい平和な世界観じゃなかったのかよ、ここ。
一体何が起きている──?
「っ、とぉ!?」
加えて、校舎の壁を貫くようにして謎の光が飛び出す瞬間を目撃してしまう。何だあのビーム......てか何か人が墜ちていったような......?
「遅刻したと思ったらバトル漫画になってる......どういうことなの」
困惑しかない。だがとりあえず戦っている人間がいるということは最低でも味方が一人以上いるということだ。現状を把握するべく、俺はいつもの教室が存在する、そして今しがたビームが飛び出てきた校舎へと駆け出した。
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システィーナ=フィーベルは天才だ。それは万人が認める事実であったし、現に彼女は非常勤講師グレン=レーダスの要請に応じ、即興での魔術式の改変を行うことに成功している。これだけでも相当な難易度であることは確かであり、加えてグレンの意図を読んで陰からディスペルフォースを発動させたのだ。
完璧だった。完全にレイク=フォーエンハイムという男を、五本の剣を自動操作する上で様々な魔術を駆使する男を封殺した──筈だったのに。
「か、ふ......っ」
「なに、悔いる必要はない。貴様の作戦は完璧だった。愚者の世界は現に発動し、私は魔術を使用できない」
事実だ。
レイク=フォーエンハイムは一歩としてそこから動いてはいないし、魔術を使用してはいない。
少なくとも
「ただ、私の慎重さが功を奏した、というだけの話だ。不運だったな、グレン=レーダス......いや、【愚者】のコードネームで呼んだ方がよかったか?」
「はっ......この、チキン野郎が......!」
レイクが五本しか剣を操れないとは誰も言っていない。万が一を想定して屋外へと待機させておいた二本の剣──それはシスティーナ=フィーベルによるディスペルフォースの影響下にない。また起動済の魔術には対応不可能である"愚者の世界"の性質により封殺することも出来ず、グレン=レーダスは完全に"詰んだ"ことを理解した。
「臆病で結構。私がここまで生きてこれたのはこの生来の臆病さ故だ。貶される謂れはない」
狡猾にして用意周到。テロリストの中でもかなり頭がキレるこの男を倒せるのは、学院の中ではあのセリカ=アルフォネアくらいのものではなかろうか。
......いや、そのセリカ=アルフォネアを警戒して彼らはこのタイミングを狙ったのだろう、とグレンは思い至る。後は自分さえ始末すれば邪魔する者は誰もいない。たかが生徒など障害にすらならない。
ズルリ、と。自身の体から二本の剣が引き抜かれたのを自覚するのと共に、グレンの意識は闇へと落ちた。それも当然と言えば当然だろう──胴体に風穴を二つ開けているのだ、むしろ即死していないことを喜ぶべきだ。
......グレンのゴキブリ並の生命力をもってしても、この出血量では五分以内に処置を終えなければ為す術もなく死ぬ。そう判断したレイク=フォーエンハイムは唇を震わせて立ち尽くす少女へと向き直る。
「......さて、残りは君か。その年で即興の改変を行い、加えて優れた状況判断能力を持ち、土壇場でディスペルフォースを行使する胆力もある。本当に大したものだ──」
絶対零度の瞳に呑まれ、システィーナの膝が笑う。かつてグレンの言っていた『魔術は人殺しの道具だ』という言葉が鮮明に再現される。同時に納得した。ああ、あれは人殺しの魔術師だと。
自分が神聖視していた魔術を、道具として使い潰す存在なのだと。
「"だからこそ"死ね。貴様はこの先、必ずや我々の障害となるだろう。復讐の芽など摘んでおくに限る」
第四階梯のテロリストはそう呟き、動かないシスティーナへと二本の剣を殺到させる。最早動けない。何も出来ない現実に打ちのめされ、魔術がまさに殺人の道具として行使されている事実に叩きのめされたシスティーナは絶望の底で瞑目し──。
「──っ、馬鹿かテメェはッ!」
怒鳴り付けるその男を、驚愕を以て見つめた。
あかん、死ぬ。マジで死ぬ。というかレーダス先生が現在進行形で死にかけてる......どうなってんのこれ?
そして、何でこいつは全く動く気がないのだろうか。
「あの状態で動かないとか死ぬ気か!? ......本当、どうなってんだ......!」
「だ、だって──私、何も......先生もっ!」
取り乱した様子でそう譫言のように言うフィーベルを見下ろし、「あぁ、これ駄目だな」と判断する。こいつは恐らくもう戦えない。まあ冷静に考えても、いくら天才とはいえ良家の子女が命張って戦える方がおかしいのだが。
「......わかった、落ち着けフィーベル。状況を整理しよう」
「簡単な話だ。あいつは敵で、レーダス先生は死にかけてる。そうだな?」
「ぇ、えぇ......私のせいで、グレン先生は」
「落ち着け。今はお前の責を問うとかそんな時間じゃない」
酷く
「俺がアレの気をひく。その間にお前がレーダス先生を助ける。それで万事解決だ、いいな?」
「は──ぇ、何で」
基礎魔術──行使不可。まず俺の実力じゃ当たらないし、詠唱している間に死ぬ。ただの錬成などクソの役にも立たない。よって俺自身が生き残るためにも、忌々しいことだが選択肢は一つしかない。
「だ、駄目よ! 落ちこぼれのあんたに何が出来るって言うの!?」
「......ま、普通はそうだろうな」
「あんたまで、あんたまでグレン先生みたいになったら、私は......!」
不味い。時間がないにも関わらず、フィーベルは錯乱している。目の前でレーダス先生が瀕死になったのだから当然かもしれない。だが今はそんなことで言い合ってる暇などない。
「っ!?」
だからこそ、俺はフィーベルの頬を挟み込むようにして叩いた。そして目を白黒させるフィーベルを他所に言葉を紡ぐ。というかこいつの頬っぺたやわこいな。
「四の五の言ってる暇はねーんだよ、システィーナ=フィーベル。死にたくなくて死なせたくないならやれ、いいな?」
鼻を突くような血の臭いに頭は酷く冷静になっている。オーケー、俺ならやれる。俺は瓦礫の陰から立ち上がり、その男の前へと姿を現した。
「......ふん。まだ学生がこんな所に残っていたとはな。作戦会議は終わったか?」
「ああ。そんでもって、何とか見逃して欲しいんだけど」
「却下だ。生かす理由がない」
「ですよねー......」
ダークコートの男の周囲に漂う二本の剣。むしろ鉄塊と言うべきそれへと視線を向け──ズキリ、と脳が鈍痛を発する。
......怖い。別に死ぬことが怖いわけではない。だが、自分が他のナニカへと変貌してしまうのが酷く怖い。死なないために、今まで封じてきたそれへと手を伸ばさざるを得ないのが──これ以上なく恐ろしい。
「運がなかったな。恨むなら、己の間の悪さを怨んで死んでいけ」
そう言い終わるが早いか、放たれた二振りの剣が此方へと迫る。陽光を反射しながら煌めく剣は柄にもなく美しいと思ってしまって。
──緩慢になった世界の中で、その言葉はいとも容易く滑り出る。
「《体は──》」
ギチリ、と。歯車がどうしようもなく噛み合った。
「《剣で出来ている》......!」
創造理念──鑑定。
基本骨子──解明。
構成材質──複製。
製作技術──模倣。
成長経験──共感、失敗。魔術の習熟に関する共感は不可能。
蓄積年月──再現、失敗。未だこの領域には届かない。
だが。ただ放たれる剣を叩き落とす程度、こんな半端な投影であろうと事足りる──!
「ハ──ッ!」
その質量を中空で掴みとり、飛来したそれへ全く同質の剣を叩き付け、弾き飛ばす。片手で持つには僅かに過重ではあるが、振るえないほどではない。
「何だと......!?」
驚愕に目を見開くダークコートの男。だがそれに目を向ける余裕などなく、俺は震える呼気を圧し殺す。
ああ──気持ち悪い。ぐちゃぐちゃに魂が犯されていく感覚が気持ち悪い。自分が違うナニカへと置き換わっていく感覚が気持ち悪い。俺のものでない心象が流出するのが気持ち悪い。
俺という存在が、シェロ=イグナ■トという男が■ミ■■■■に侵食されていくのが──吐き気がするほどおぞましかった。
「高速武器錬成......? いや、最早それはそんな領域にない。貴様、今何をした?」
「......さぁ、な。悪ぃが、この状態は維持したくないんでね」
だからこそ早急に殺す。投影したばかりの巨大な双剣を投擲し、俺は吼える。
「《
魔術式など生温い。錬成を通り越した超速の投影で以て叩き潰す。再び投影した重みを確かめるように振るい、前へと飛び出す。
「......驚きはした。だが、その程度の手品で私を倒せると思うなよ!」
投擲された剣を回避し、ダークコートの男は此方を睨み付ける。
再び舞い上がる二振りの剣。そうして、剣撃の応酬が始まった。
漸く主人公のバトルシーン。そしてテロリスト三号が何か強化されてる。是非もないネ!