どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい   作:通りすがりの外典マン

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無限の■製

 

 

 

 

 赤は嫌いだ。煉獄の色だから。

 

 

「は、ぐ......っ」

 

 全身が傷む。立っていられるのが不思議な程だ。体内から喰らうように生じている剣が、どうにか壊れかけの身体を支えている。

 

 血が滴り落ちた。最早自分か敵かすらわからない血が頬を伝う。目的地はまだ遠い。左腕の感覚は既にない。脳裏で光が明滅する。生と死の狭間、自分が既に死んでいる錯覚に囚われた。

 

「あ、あ......」

 

 何のために此処にいるのかが判然としない。だがそれでも、何故か進まなければならない気がした。

 

 

 

 

 

 

「はぁ......は......ッ、クソが......!」

「せ、先生っ! 動かないでっ!」

 

 呻く。だが既に勝敗は決していた。

 

「僕の勝ちだ、グレン。そこの娘との連携は素直に感心したよ。たかが小娘一人と侮っていたが......存外、僕の目は節穴だったようだ」

「こいつに......手ェ出すんじゃ、ねえ......!」

 

 確かに、グレン=レーダスは強かった。そしてシスティーナ=フィーベルとの即席の連携は一時的とは言えジャティス=ロウファンを確かに追い込む程だったのだ。

 

 そう──だからこれは、ただ純粋にジャティスが彼等を上回っていただけの話だ。もし運がグレンに向いていれば、運良く倒壊した瓦礫がジャティスの切り札である人工聖霊(イド)、ユスティーツァを押し潰していた未来もあったかもしれない。

 だがそれらは全て可能性の話。こうして彼等はジャティスに、怪物的な天才に敗北した。逆転劇も奇跡もなく、どうしようもなく負けたのだ。

 

 例え百戦して九十九負ける戦いで残る一回を最初に引き当てるグレンと言えども──百戦して百回確実に敗北する戦いにおいては、無力である。

 

「安心しなよ。そこの娘の心は既に折れている......脅威にはならない。それに君の最後の願いを無下にすることなどしないさ。......正真正銘、君は尊敬に値する人間だ。そこまでの無才で、凡人で、欠片も魔術の才能がないというのに──僕をここまで追い込んだのだからね」

「......そうかよ」

 

......考えてみれば、当然の話だ。

 そもそも天才中の天才とも言える錬金術の申し子、ジャティス=ロウファンとの純粋な実力差は天と地ほどもあるのだ。慢心を捨て、万策を講じ、未来予測等という規格外の固有魔術(オリジナル)を保有するジャティスに勝てる可能性などあるはずもない。

 

「だが惜しいな......もし、君が『イヴ・カイズルの玉薬』を入手できていれば、また結果も違ったかもしれないのに......まぁ、軍属じゃない今の君には無理か」

 

 全くの余裕の表情。まだ動けるとはいえ、対するグレンはもはや詰んでいる。彼が動くよりも、周囲に浮遊する人工精霊(タルパ)がマスケット銃の引き金を引く方が早い。

 

「それでも......僕の勝ちだ。魔導士として全力の君を......とうとう、僕の正義が打ち砕いた......僕の正義が証明された......ッ! やはり、僕には『禁忌教典(アカシックレコード)』を手にする資格がある......ッ! 何しろ、選ばれた人間である君を越えたわけだからな......ッ!」

 

 相変わらず、グレンにはジャティスが何を言っているのかさっぱりだ。

 どうして、こんな三流魔術師である自分に固執するのか、いまいち理解できない。

 だが、元より狂人の戯れ事。気に留めるだけ無駄というものだ。

 

「悪ぃな、システィーナ......帰ったら、ルミアとリィエルを誤魔化しといてくれ」

「嘘、嘘っ! 何でそんなこと言うのよ、何でっ......!」

 

 かつて好いた女がいた。そいつは己を庇って死んだ。ならば今度は、自分が代わりに──そう考えると同時に、やはりセラとシスティーナを重ねてしまっていたことに苦笑した。どうやっても自分は救われない類の人間らしい。未練がましく女の影を追って、結局何も出来ずに殺される。

 

「シェロと......仲直り、しとけよ」

 

 ここしばらく疎遠だったであろうことは、学院を休んでいた間に使い魔を放っていたことで理解している。グレンは目を見開くシスティーナを見てもう一度笑い、そしてジャティスを睨み付けた。

 

「ほら、早く()れよ」

「ああ、もちろんだ。だが、ずっと待ち焦がれていた勝利に、つい浮ついてしまう僕の気持ちも理解して欲しい」

 

 ジャティスは穏やかに微笑んだ。

 

「安心してくれ、グレン。そこの娘には手を出さない。そして君は苦しませずに一瞬で殺す。それが、かつて僕の正義を脅かした唯一無二の人間に対する、最大限の敬意と礼儀だ......」

 

「......ありがとうよ。地獄に落ちろ」

「あの世で......セラによろしく伝えてくれ」

 

 そう告げ、ジャティスが指を撃ち鳴らした。そして同時に、音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

──千切れ飛んだ腕が、落ちる音が響く。

 

「..................は?」

 

 理解できない。そんな顔のまま、ジャティスは自分の腕を見つめる。血が溢れながら地面を汚す様も気にならず、ただ完全に予想外の出来事に思考が停止していた。

 

「嘘、だろ......?」

 

 グレンも驚愕に目を見開いていた。ジャティスの腕を切り落としたのは剣である。そして、暗い路地の向こうに、剣を投擲した男は立っていた。

 

「まさか──」

 

 息を呑む。光を失った紅い瞳。本来白黒の学生服は所々裂けながらどす黒い紅蓮に染まり、その本来は明るい赤髪も乾いた血でどちらかというと黒に近くなっている。

 おびただしいほどの血。隠すこともできない死の臭い。本能的に怯えと恐怖を抱きながらも、システィーナは呟いた。

 

「シェロ............なの?」

 

「......、ああ。そうか」

 

 べっとりと張り付いた、血で濡れた髪をかき上げて、シェロ=イグナイトはぽつりと溢す。

 

「俺は、このために此処に来たんだな」

 

「......っ! なにわけわかんねぇこと言ってんだ! この狂人がぼさっとしてるうちに、白猫連れて逃げろこの馬鹿がッ!」

 

 焦りを乗せてグレンは叫ぶ。シェロの姿ははっきり言って異常だが、今はそんな場合ではない。シェロでは決してジャティスに勝てない。そう確信しているからこそ、グレンは──。

 

「先生。歩けますか?」

 

「なに......?」

 

 コツコツと、ゆっくりシェロは歩を進める。よく見ればその体は正視に堪えないほどに損傷している。左腕は凄まじい力で掴まれたからか、枯れ木のごとく握りつぶされていた。噛み千切られたような跡すらある足には鈍く光る鋼が輝き、強制的に身体を維持していることを理解する。

 

「歩けるなら、あいつを連れて逃げて下さい」

「......お前、正気かッ!? あいつに勝てるわけがない......!」

 

 叫ぶ。確かにシスティーナを連れて歩けないこともない。だがシェロでは時間稼ぎにすらなるまい。ましてや、そのような体では。

 

「......先生、今までありがとうございました。ぶっちゃけて言いますけど、あんた教師に向いてますよ。人間的には普段あれですけど、天職なんじゃないですかね」

「待てよ......おい、シェロッ!」

 

 立ち上がろうとするも、貧血でふらつく体ではすぐに膝をついてしまう。グレンはくそ、と悪態を吐きながら必死に体を動かすが......彼を止めるには遠すぎる。

 

「シェ、ロ」

 

 弱々しくも、システィーナは手を伸ばした。元から身体能力的にもグレンほどもない彼女だ。もはやその場を動く体力は欠片も残ってはいない。

 だが、それでも手を伸ばす。嫌な予感がした。霞む背中へ必死に手を伸ばす。叫ぶ。

 

「待って、シェロ」

 

 お願い。行かないで。一人にしないで。

 

 一人に、ならないで。

 

「......ごめんな、"()()ティ()()()"」

 

 振り返ることはない。その背中を見て、システィーナの瞳から一滴の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 やはり敵わないな、と。俺は思う。

 

 地獄を見た。

 己が創り出した地獄を見た。

 そして同時に狂ってしまった。鋼の心じゃない、ただの人間である俺にその事実は耐えきれなかった。歪んで軋んで狂って、狂ってしまえば楽だからそのまま殺し続けた。もっと苦しくなって更に狂った。痛みなど無く、ただ嗤いながら殺し続けるだけだった。

 だけだったのに──。

 

「......ほんと、敵わない」

 

 その銀髪を見た瞬間、俺は正気に引き戻されてしまった。シェロ=イグナイトに戻されてしまった。もう笑うしかない。

 どうやら俺は、地獄に堕ちようとも彼女の事が忘れられないらしい。それがどうにも可笑しくて──何故か、同じくらいに哀しかった。

 

 

「あ、ああ──君か。確かに予定外だ。想定外だ。だからこそ......だからこそ許さないッ! よくも、よくもあの成就の瞬間の邪魔を......ッ!」

 

「......悪いな。あの先生は、お前に殺させるわけにゃいかねぇんだわ」

 

 あの破天荒な教師が来てから全てが変わった。酷くつまらない生活が、音を立てて回り出したのだ。きっとそれはシスティーナ達にとっても同じだろう。

 それを奪わせるわけにはいかない。他の誰でもなく、俺がそう思ったのだ。

 

 

「は、ぁ────」

 

 息を吐き、己の状態を冷静に認識する。

......左手は動かず、足の感覚など疾うの昔になくなっている。聴覚は正常。記憶は混濁。霞む視界にはかろうじて討つべき敵が映っており、そして。

 

 

「ま、何だ。同じ屑同士、一緒に地獄に堕ちてくれよ」

 

 

 気付けば、右手は。とっくに握り拳になっていた。

 

 それだけで十二分に過ぎる。まるで最高の体調(コンディション)だな、と薄く笑った。

 覚悟など人を殺したあの瞬間に定まっている。故に残されたのはたった一つの工程のみ。

 

 己の心を、詠唱として出力するだけだった。

 

 

 

 

「 ──体は剣で出来ている 」

 

 

 瞬間、どくりと何かが脈動する。取り返しのつかない何かが目覚めていく。身体を熱が走り抜ける。焼けるような熱さが魂すら焦がす。

 同時に、致命的なモノが燃えていく感覚があった。

 

 

  血潮は鉄で、心は硝子。

 

 

「な、んだ......? 」

 

 

  幾度の戦場を越えて不敗。

 

 

 それはとある英雄の心象。それは決して俺のものではないが、長年癒着していたことから既に俺の心象と融け合ってしまっている。

......いや、違うか。ただ単に、俺がアイツに近くなり過ぎただけだ。借り物の力を使い続けた末路。だがそれでも、今だけは俺のものだと断言できる。

 

 

  ただ一度の敗北もなく。

 

 

 敗北など在るはずもない。これは己との戦いなのだから。

 

 

  ただ一度の勝利もなし。

 

 

 勝利など在るはずもない。過去に打ち勝った己は次の瞬間にはまた過去のもの。敵は更新され続ける。俺は投影の本質を見誤っていたのだ。

 

 己の心をカタチにする。ただそれだけだったというのに。

 

 

「その詠唱を......止めろォ!」

 

 

 マスケット銃が乱射される。だが体内に生成された鋼の剣は容易くそれを弾いた。元より既に終わっているような身だ......その程度で止まるようなら、疾うにくたばっている。

 そう、俺は最早死に体だ。今だけではない。昔から、ずっと──。

 

 

 

  炉心の火は既に尽き。

 

 

 

「何だ、お前は」

 

 人工精霊が振るう大剣は流石に回避する。酷く冷静で俯瞰的な意識で、淡々と最適解を砕けかけた足で踏む。

 

 さあ、始めよう。これが最終到達点。俺の全てをくれてやる。

 

 

 

  墓標の丘で灰が舞う。

 

 

 

「何なんだ、お前は────!」

 

 俺が何か、などどうでもいい。望むのはたった一つ。自分の全てが燃え尽きようと、俺は。

 

 

 

  しかし、この生涯は未だ朽ちず。

 

  偽りの体は、それでも──

 

 

 

 「 ──剣で出来ていた 」

 

 

 

 焔が大地に走ると共に世界が裏返され──"それ"は顕現した。

 

 

 

 

 

 

 

「こ、れは」

 

 昏い。ひどく昏い。暗雲に天は閉ざされ、所々射し込む斜陽も不吉極まりない紅蓮の光だった。

 

 そして何より、其処は──。

 

「......剣なのか。この全てが」

 

 果てしなく広がる荒野......否、砂漠。其処には何もない。生物の気配が何処にもない。在るのはただひたすらに、果てしなく、地平線の彼方まで続く剣群のみ。

 よくよく見れば砕けた巨大な歯車のようなものが転がっているが、それが何を意味するのかジャティスにはわからなかった。わかるのはたった一つ。

 

「何処だ、ここは。まさか君に空間転移が扱えるとはね」

「......空間転移? は、とんだお笑い草だな──ジャティス=ロウファン」

 

 嗤う男は一人、その世界の中心に立っていた。

 

「お前なら、この世界がどう見える?」

「............」

 

「俺にはこの全てが──墓標に見えるよ」

 

 風が、吹いた。

 

 吹き散らされたのは灰だ。これは砂漠ですらない。燃え尽きた後の灰だった。全てが焼けた後、ただ虚しく残る灰。火の気配は既に無い。ただ、焼き尽くされたという結果だけがそこにある。

 

「お前は俺を英雄ではない、と言ったな。確かにそうだ。俺は英雄じゃない」

 

 仄暗い瞳。それに気圧されたジャティスは一歩後ずさった。

 

「正真正銘、俺は"英雄の紛い物"だよ」

 

 その瞬間、ジャティスは本能的に錬金術を起動していた。あれは危険だと本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 起動した人工精霊(タルパ)が視認不可能な速度で、目の前の少年を蹂躙するべく突撃する。顕現したのは三体──。

 

「だが。そんな紛い物でも、お前は殺せる」

 

 その三体全てが、気付けば無数の剣によって貫かれ、粉微塵に砕かれていた。

 

「ば、馬鹿な......お前は」

 

「さあ、始めよう。だがこれは戦いじゃない......一方的な"処刑"だ」

 

 手を振り上げる。それと同時に、不吉な天に数百の剣が出現する。その様を見てジャティスはようやく己の勘違いを理解した。

 あれは通常の錬金術などではない。あの剣は、この世界は、そこの男は──!

 

「有り得ない......有り得ない有り得ない有り得ないッ! 貴様、自分が何を成しているのか理解しているのかッ!?」

 

 理解してしまった。なまじ天才であるが故に、如何にこれが狂っているのか理解出来てしまった。常人では一笑に付すであろう理屈。だが、こと錬金術においては極めたと言っても過言ではないジャティスだからこそ真実に辿り着く。

 

「.....疑似(パラ)霊素粒子(エテリオン)粉末(パウダー)も無しにッ! 貴様は、"ただの妄想を現実に昇華させた"とでも言うのか──!?」

 

 原理としては人工精霊に近い。"其処に在る"と思い込むことで妄想を現実に投影し、等価交換の法則を逆手に取ることで整合性を取る大禁術。だがこれはまるで規模が違った。

 シェロ=イグナイトは、世界そのものを創り出している。それも、何の小細工もなしに、ただ己の心象のみで成している。

 

「凡人と言ったことは撤回する。認めよう、シェロ=イグナイト。君は──」

 

 あのジャティスでさえ、粉末(パウダー)を利用し自分を酔わせることでしか人工精霊を創ることは出来ない。それを何の道具も無しに、世界すら創り出す心象を刻みつける存在があるとしたら、それは。

 

「──どうしようもなく狂っている」

 

「まさか狂人に狂人と言われるとは、な。だが否定はしない」

 

 風に吹かれ、燃え尽きた灰の如き白髪が舞った。まるで一本傷のように額から左頬にかけて褐色が刻まれた男は、魔力を迸らせて剣を握る。

 

「覚悟はいいか、"正義の味方"。此処から先は俺の世界──剣戟の極致だ」

 

 無限の剣を教えてやる。

 

 血と灰に彩られた男は、凄惨に──そして哀しそうに嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を......言っている、アルベルト」

 

 その胸ぐらを掴み上げ、包帯の下で疼く痛みすら無視して睨み付ける。だがそんなグレンの恫喝にまるで怯むこと無く、アルベルトは淡々と告げた。

 

「わからなかったか? ならもう一度言ってやろう」

 

「あの少年が学院に戻ることはない」

 

 

 

「シェロ=イグナイトは、死んだ。それが事実で、全てだ」


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