どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
地獄を見た。
紅い血が垂れていく。何処か夢でも見るような気分で眺めていたが、ふと気付く。
これは、俺の血ではない。
地獄を見た。
脳奨が壁に叩き付けられて。脊髄ごと剣で貫かれ、死体が壁に打ち付けられていた。規則正しく並べられた死体は、数ミリの誤差もなく、等間隔に壁に縫い止められている。
延々と。
悪夢のように。
紅い。
頭がない。斬り落としたのだから当然だ。彼等は痛覚がない。意思もない。ただ命じられるままに殺す人形だ。
だが──頭を潰せば、動きは止まる。
転がった首が、俺を見て微笑んだ。
赤く、紅く、赭く。
心臓を潰せば。四肢を奪えば。目を抉れば喉を裂けば肺を焼けば、死ぬ。死なずとも、筋肉を断ち関節に剣を穿てば、動けなくなる。
そうして頭を落とせばいい。断頭台のように。
踏み潰した眼球の感触は、腐った果実によく似ていた。
自分が創った地獄。
殺された人間に罪はない。ただ利用されただけ。
こうして俺が踏み潰した眼球も。斬り飛ばした首も。引きずり出した腸も。
それらは全て、何の罪咎もない人間のものに間違いはない。
其は、原初の地獄。
だからどうした。俺は殺す。正義など口が裂けても言えない。言い訳がましくそんな事は口にしない。救えないから殺す。助けられないから殺す。俺が死ぬから殺す。死にたくないから殺す。殺したくなくても殺す。でないと、
「いいじゃないか──
嗤う。己を嗤う。限界を越えて尚剣を振るう、浅ましい自分を嗤う。
殺戮は終わらない。知性を失って襲い来る
「これは......酷いな」
思わずアルベルトがそう溢すほどに、そこには凄惨な光景が広がっていた。
一面にバケツをひっくり返したがごとく血が撒き散らされ、路地裏に満ちる血臭は既に鴉を引き寄せている。そんな塗りたくられたような赤の中で点々と人の部品が散らばっている様は、何処か悪夢のようだった。
「血の匂いが濃くて構わんな。ここまで執拗に"解体"しているとなると、余程恨みがあったか......」
「単純に動けなくなるまで
壁に打ち付けられた首なしの死体を見据え、少年──【法皇】のクリストフは冷静にその傷跡を観察する。一刀で切り捨てられたその断面は恐ろしくなる程に綺麗なものであり、これをただの刀剣で成したとなれば相当の使い手であることは間違いなかった。
「......ですが、今一つ腑に落ちないのはこの大量の剣ですね」
あまりに膨大な剣が壁に突き立てられている。恐らく数十、下手をすれば百を越える剣が死体を吊るす様はいっそ芸術的ですらある。だがクリストフに理解できなかったのは、これほどの剣を如何にして調達したのかという点だ。
「リィエルのように錬成したのなら、素材として地面や壁が用いられたはず。だが破壊痕のみで錬成の痕跡は何処にもない」
「......有り得んな。魔術は等価交換のはずじゃ。だがそうなれば、これを成した者はこの量の剣を携帯していたことになるぞ?」
筋骨隆々の老人──【隠者】のバーナードが髭を撫でながら眉をひそめる。その横でクリストフは俯き加減で思案し、そして【星】のアルベルトはただ無表情でその剣をじっと見つめていた。
「どうした、アルベルト。何か気になる点でもあるかのう?」
「......いや。ともかく、これを引き起こした人間と、
その言葉にふるふると少年は首を横に振る。
「いえ。引っ掛かるのは此方へ近付いてくる中毒者ばかりです。恐らく中毒者を惨殺した輩は既にこの地区には......」
「......血は乾ききっていない。なら、いくら速くとも移動できる範囲には限界があるはずだ」
いくぞ、と声をかけようとして、ふとアルベルトは動きを止めた。その原因はクリストフの表情にあった。
「何かあったか」
「......おかしい。これは炎で焼けた痕です。ですが、その横にあるこれは恐らく電撃によるもの」
更に指したのは、体の複数箇所に風穴が開けられた死体である。
「そしてこれは、貫通した物体が見当たらないことから氷柱か何かで殺されたのでしょう。つまり──」
「──剣を大量に保有し、近接戦闘に長け、加えて軍用魔術を使いこなす魔導師というわけか。まるでアルベルトじゃな」
「俺に剣の心得はないが」
「物の例えじゃわい」
だがこれが真実であるとすれば、その魔導師は相当の手練れだ。下手をすれば特務分室にすら匹敵する可能性がある。
クリストフとバーナードは顔を険しくし、血みどろの地獄を辿るようにして前に進み始める。
そしてその後ろを進むアルベルトは、何かを思案するように目を細めるのだった。
一方。東地区を抜け、システィーナと共に逃走していたグレン=レーダスは──。
「いやぁ、見事だ、グレン。よく、その小娘を最後まで守りきったね? やはり、君は僕が倒さねばならない最高の敵だ。......そうでなくては」
「れ、......レオス......?」
「......ウゼぇぞ、てめぇ。レオスの振りはもういい。とっととその変身解いて、正体現せ。いい加減バカ騒ぎも終いにしようぜ?」
「おや? やっぱり、君は僕の正体に気付いたか。......まああれも勘づいていたようだし、これは僕に責があるのかもしれないね」
「......何言ってんのかはわからねぇが、ここまであからさまにヒント出されりゃ馬鹿でもわかるだろうよ」
舌打ちしながら、グレンが言葉を続ける。
「レオスの野郎も白猫も、誰も得しないこの状況。誰も俺に味方できないという偶然にしちゃ出来すぎた状況。
にやり、とレオスを装う何者かが笑った。
天使の塵、そして人工精霊召喚術。そのどちらもが禁術に近い超高等錬金術であるが──グレン=レーダスはその二つを極めた最悪の魔導士を知っている。
即ち。それはかつてグレンが打倒した相手。グレンに恨みを持ってもおかしくはない相手。グレン=レーダス個人を狙い打ちしたこの状況を作り出すことが出来る、唯一の男──。
「一年余前、
すると、レオスを装う男が一つ指を鳴らして......その身に纏っていた変身の魔術が
水面に波紋が揺らぐように姿がぶれ──。
「御名答だ」
山高帽を目深に被った青年がそこにいた。リボンタイに手袋、体格はグレンと同じく長身痩躯。フロックコートを羽織り、切れ長の目と色白の肌が構成する攻撃的な美貌が薄く笑った。
「久しぶりだね、グレン。こうして君と再び対峙するこの日を、僕がどんなに待ちわびていたか──」
「死ね」
最後まで聞くことなく引き金が引かれる。その瞳は酷く昏く、濁っていた。
「ジャティス、テメェがどうやって墓場から甦ったかについては今は訊かない。俺がこの手で確かに殺したはずだが......」
続けざまに全弾を撃ち尽くし、流れるように弾装を取り替える。次弾を装填し終えると同時に吐き捨てた。
「要は俺に対しての復讐だろ? 死人が大手を振って歩くなんざ世も末だな......また鉛弾を額で食わせてやるよ、たっぷりとな」
「......ふ、ふふふはははははは! そうか、僕が手を下すまでもなく君は昔に戻っていたんだな!...... だが一つ、訂正しておきたいことがある」
防いだ弾丸がぱらぱらと地面に転がる。そしてジャティス=ロウファンは余裕の表情から一転、突如としてその顔を憤怒に染め、叫んだ。
「......復讐? 復讐だと? ふざけるなッ! 僕を侮辱する気か、グレン......ッ!」
凄まじい憤怒の形相に、システィーナは喉を小さく鳴らして後ずさった。
「この僕が、そんな下劣で無意味で、下らない非生産的な真似をするものか......ッ!?」
「はっ......だったら、なんでわざわざこんな回りくどい真似をしやがった?」
蔑むように舌打ちするグレンに、今度は穏やかな表情でジャティスが言う。
「正義のためさ」
「......は?」
思わず、ぽかんと口を開いて忘我するグレン。
「ところで、グレン......僕がなぜ、一年余前、あんな事件を起こしたかわかるかい?」
話に全くついていけない。だがグレンはどうしようもなく理解した。この、目の前で誇らしげな顔をしている男は──
「正義のためさ」
──狂人だ。
しかもタチが悪いことに、この男は恐らく一切の虚偽を言っておらず、そこには何も含むところはない。個人としての利があるわけでもなく、特定の思想があるわけでもなし。いや、敢えて言うなら"正義"か。
言い訳としての、方便としての、大義としての"正義"では断じてない。この男は、本当に純粋に"正義の味方"であろうとしているだけで。
だからこそ、最悪の一言に尽きた。
「君は知らないだろうけどね。この帝国は......滅びなければならないんだ。この帝国は、とある邪悪な意思の元に創られた魔国なんだ。この世にあってはならない国なんだ。ある時、僕は気付いてしまったんだよ......この世界の真実に」
まるで痛い妄想だ。だがこの男には実行するだけの力がある。才能がある。思想がある。加えて禁忌を躊躇なく踏破する精神を、ただ義務感や使命感で殺人を肯定してしまえる
「本当の悪がなんなのか......気付いてしまったからには、それを見て見ぬ振りをするのは偽善者だ。......そうだろう? それは僕の正義が許さない──」
正義。
故に殺人は肯定される。
「故に僕は一年余前、正義を執行した。この国を持ち上げ、与する偽善者達を、片端から始末することにした。やがて内部からこの国を滅ぼすために。まぁ焼け石に水だけど......善行とはまず、自分が出来ることから始めるべきだ。そうだろう?」
正義。
故に殺戮は肯定される。
「だが、そんな僕の前に、君が立ちはだかった。そして......僕の正義が、君の正義に敗れたんだ......ッ! 僕の完璧なる行動予測すら凌駕し、君は僕に勝利した......ッ!」
正義。
故にその行動は──。
「僕の正義はそんなものか!? 真の悪を知り、正しき正義に目覚め、正義のために己が魂を捧げることを誓ったのに......ッ! 何も知らない君の、【愚者】の正義に敗れる程度のものなのか......ッ!? 断じて否だ......ッ!」
──正義の為に、肯定される。
「だから、グレン。これは『復讐』じゃない。君への『挑戦』なんだ。僕の正義と君の正義、どちらが上か......あの時の僕の敗北が、何かの間違いだったことを......今回の君との戦いで証明する。僕の正義こそが、真心を伴った真実であることを証明する」
「........................」
「そう! 僕は君を打倒し......真の『正義の魔法使い』となる」
「僕は──『正義の味方』になるんだ」
沈黙。困惑。静寂。
そして、ふつふつとこみ上げてくる侮蔑と激情の中、グレンは呻いた。
「ふざけんなよ、テメェ......これが正義だと? レオスを
「ああ、正義さ。彼は揺るぎない『正義』を証明する礎になれるんだ。痛ましいことだが......必要な犠牲だったんだ」
「俺達を襲った中毒者......連中は何の罪も関係もない一般市民だったはずだ。そんなやつらを
「ああ、正義さ。例え、その歩む道がどんなに罪深く血に塗れていようとも、辿り着く先に理想が存在するなら、それは正しい道だ」
「......俺達とはまるで関係のない、白猫を狙わせたのも」
「ああ、正義さ」
「そんな正義があるかァァァァァアア!」
吼える。この怪物に対しての殺意、何の関係もない人々を殺戮して尚、正義の為だと嘯く狂人への殺意で満ちた。
──それはまるで、グレン=レーダスの目指した"正義の魔法使い"を汚されているようで。土足で夢を踏みにじられたようで。
かつて愛した女の顔を思い出した瞬間。グレンの脳の何処かが、ぷちりと切れた。
「......もう一度、殺してやるッ! 俺の手でッ!」
「この世全ての悪は、真の『絶対正義』なる僕の手によって裁かれ、滅殺されるんだッ! この僕がいる限り、この世界に『悪』という存在は一片たりとも許さないッ! 真っ白に漂白してやる──
「ジャティス、ロウファンッッッ!!」
「グレン、レーダスゥ──ッッッ!!」
かつての同僚。そして今や天敵とすら言える二人の超級魔導士が、激突した。
次回と言ったな、あれは嘘だ──ああやめて石を投げないで!もっと!もっと激しく!ちょっと長くなったから話を区切ったんですぅ!
そんなわけで多分次こそは死ぬ。多分ね!