どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
「どうなってんだ、リィエル!」
怒鳴り付けまいと声を抑えても、やはり荒くなってしまうことは避けられない。そんな俺を無表情で──だが少し心配そうに見上げて、リィエルは告げた。
「グレン、三日前どっか行った。三日前、朝早くわたしの所にきて、わたしを叩き起こして......これから数日間、絶対にルミアから離れるなって......言い残して......それっきり」
「ルミア......ルミア=ティンジェルと何か関係があるのか?」
唇を噛み、必死に頭を回す。ティンジェルと関係があるというのなら、それは十中八九"天の智慧研究会"絡みだろうが──。
「行動を起こすには、足りない」
証拠など何処にもない。現に今のレオス=クライトスは至って正常だ。顔色もよく支離滅裂な言動もない。ただ気掛かりなのは常にクライトスと共にいるフィーベルの表情が暗いことだろう。それは決闘をすっぽかしたレーダス先生への怒りなのか、或いは。
「......ごめん」
「お前は謝らなくていい。『レオスを斬る』とか言わないだけで十分だ」
「ん。昨日、ルミアに止められたから」
「おい」
マジでグッジョブ。だが、それはともかく。
「お前はどう思う?」
「嫌な感じ。多分、れおすは悪いやつ」
「......直感か」
だが俺も同じ結論だ。数日前まではそうでもなかったが、今のレオス=クライトスからは
「リィエルはルミアから離れられない。フィーベルの両親は長期の出張で戻ってこれない上に行方もわからない。アルフォネア教授も出張、残るはフィーベル家の家臣だが独断で動かせる筈もない」
状況が詰んでいる。見事なまでにレーダス先生の味方が存在していなかった。誰かに頼ろうとも、異常だと言おうとしても誰にも届かない。
──果たしてこれは偶然なのだろうか。
「んなわけ、ねぇだろうがッ......!」
だが空恐ろしくなってくる。ただの人間が、ここまで都合のいい状況を意図的に作り出せるものなのだろうか。いや、実際出来ているのではあるが。
しかしそれが事実なら、これを演出した男は。
「神の視点でも、持ってるのかよ」
間違いなく怪物だ。今こうしている俺の行動すら読んでいるのではないか──そう考えてしまい、得体の知れない不安感に鳥肌が立った。
「リィエル......レーダス先生の家は何処だ」
「......たぶん、無駄。いないと思う」
「くそッ!」
何処で何をしているのだろうか。唯一動ける男は行方をくらましている。何も出来ない、何も──。
「どうしようも、ねぇってのかよ......!」
俺は苛立ち混じりに唇を噛み、言い様のない焦燥感にかられて教室を出る。気付けばその足は校外に向かっており、正門を抜けると共に背後から午後の講義の開始を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「......知ったことか」
どうせこれでは講義に集中するなど不可能だ。俺は雑踏へと足を踏み入れ、あてもなく街を散策するのだった。
──気付けば日が暮れかけていた。
何とも無駄な時間を過ごしたものだ、と自嘲する。レーダス先生の下宿先は何処かと調べてみたが何もわからず、フィーベル邸の前にまで足を運んでみたが何もない。俺は相変わらず無力で無能らしい。肝心な時に何も出来ないことに歯を噛み締める──。
「あら。こんな所で奇遇ですわねぇ、シェロ様」
「っ......!?」
振り向けば、そこには張り付けたような笑みを浮かべたメイド服の女がいた。名前など問うまでもない、研究会に所属する
「エレノア......シャーレット」
「はい、何でしょう?」
蝋のように白い肌を夕焼けが紅く染めていくのを眺めながら尋ねた。
「今回のこれは、お前達の企みか?」
「いいえ。これは
「お前は協力するために此処へ?」
「いいえ。貴方に協力するために此処へ参りました」
眉をひそめる。それを見てくすくすと笑い、エレノアは告げた。
「貴方はどうやら招待状も受け取っていないらしいですし。場所もわからなくて困っていたのでしょう?」
そう言って投げられたのは一枚のカードだ。裏に流麗な文字で綴られているのはとある場所を示している。
「友人の結婚式だそうで。祝って差し上げたらどうです?」
「......本当に性根が腐ってるな、お前」
「あら、手厳しい。......ですが一つだけ忠告を」
くるりとターンを刻み、ロングスカートの裾を揺らしてエレノアは背を向ける。
「出し惜しみなどしていては負けてしまいますよ? それはそれで私としても都合がいいのですが」
「ッ......」
「後はお好きになさいませ。では、私はこれで」
雑踏に紛れていく背中を睨み付けるが、ふと地図を照らし合わせてみる必要があることに気付いてカードを改めて眺める。部屋に地図はあっただろうか。いや、それより──俺はどうすべきなのだろうか。
「............」
フェジテ東地区。学生街から何キロも離れた地点を指しているであろうその番地を記憶し、俺はカードを握り潰した。
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システィーナ=フィーベルとレオス=クライトスの結婚式が執り行われる聖カタリナ聖堂。そこに上手く潜り込めたことを確認し、俺はいつも通りの学生服の袖で冷や汗を拭う。招かれてすらいない俺が参列席に並ぶことは許されない──だがこうして柱の影に身を潜めることが出来ているあたり、警備はガバガバである。
......一応は周囲にエレノアの気配がないか探ってみたりはしたが、影も形もない。どうやらこの騒ぎでは本当に天の智慧研究会は首を突っ込んでこないらしい。
「......くそ、まだ来ないのか」
ティンジェルからも話は聞いた。きっとグレン=レーダスは動く──そう信じることしか、俺には出来ない。
例え俺がこの結婚式をぶち壊した所で逃げ切れるはずもなく、この結婚を真に壊すことが出来るのはあの男しかいない。
レオス=クライトスが少なからず研究会と繋がっているのはエレノアの出没からしても明らかだ。だが俺にはそれを証明する術など何処にもない。
......きっと、あの男はそれを持っている。何もせずに引きこもっている筈がない。いや、そう信じるしかないのだ。
そして、確たる証拠を伴ってグレン=レーダスが真正面からレオス=クライトスをぶちのめす。最早それしか方法はない。だから──。
「頼むぞ、先生......!」
既に司祭の聖書朗読は終わり、誓約の儀へと進んでいく。そうして遂にそれすらも終わり、司祭が締めの祝詞に入る。
「今日という佳き日、大いなる主と、愛する隣人の立ち会いの下、今、此処に二人の誓約は為された。神の祝福があらんことを──」
その瞬間、突如上がった大音声が、厳かな場の空気を容赦なく引き裂いた。
「──異議ありッ!」
パイプオルガンの音色が不意に止み、式に参列していた一同の視線が、一斉にその声の主に集まる。
......遅ぇんだよ、このロクでなし講師!
「はん? 聞こえなかったかい? 異議ありっつったのよ、異議あり。俺、この結婚に大・反・対。お前ごときに白猫は渡さねーよ」
普段、だらしなく着崩している魔術学院の講師用ローブを、きっちりと着こなしたグレン=レーダスは鋭くレオス=クライトスを睨み付ける。相対するその男は目を見開き、そしてその口の端に浮かんだのは──。
「......笑った?」
疑問が口から溢れる。笑ったのか、あいつは。
──まさか、この状況も手のひらの上だと?
「......ああくそ、知ったことか!」
非殺傷系の攻性魔導具、閃光石を利用したのだろう。柱の影にいた俺は被害を受けることはなかったが、まともに食らったであろう参列者は残らず視界を奪われているはずだ。
「白猫、来いッ!」
「きゃあっ!?」
そんな声が響き、フィーベルを横抱きにしたレーダス先生が飛び出していくのを確認して、二階から狙撃を行う。狙うのは警備として雇われていた数人の男であり、服を的確に射抜いた矢は鉄の重さで床に縫い止める。
そしてそのまま油断なく次の矢をつがえ、花婿がいるであろう方へと向き、
「ッ──」
全身が総毛立った。
此方を見ながら薄く笑う男がそこに立っている。何故か此方が見えている。まるで意味がわからない。そして、気付けば俺は問いを投げ掛けていた。投げ掛けざるを、得なかった。
「お前は......
それは心の奥底からの、本心の問いだった。"違う"。これはレオス=クライトスではない。まだあの青年は普通だった。目の前で嗤う化け物では、談じてない。
蛇のような瞳が細められる。そうしてその男は指を鳴らし──。
「吹き飛ばせ、【
瞬間、爆発的な衝撃が俺を貫いた。咄嗟に投影した大剣を挟み込んだ筈だが、それを砕いて余りある衝撃が背後の壁を粉砕して俺の身体を吹き飛ばす。もし事前に身体強化を付与していなければ即死していたとしか思えない衝撃──そして爆炎。
「な、に......?」
「おや。存外に丈夫なようだな、君は。だが悪いが、私は君程度にかまっていられるほど暇じゃあないんだ」
炎に包まれた拳大の赤い結晶体に、一対の翼がついたような、謎の半霊体生物。レオス=クライトス──いや、それに扮した何者かの背後に浮かぶそれを見て瞠目する。
「タ......
「よく勉強しているね。褒美に"彼等"と戯れるといい」
そうその男が言った直後、砕けた壁から四人程の影が飛び出してくる。それは先程俺が床に縫い止めたはずの警備員達だった。
そして、それらは揃って土気色の肌をし、そして目は虚ろで──そしてよくよく見れば網目のような血管が模様の如く顔を這い回っている。
「
エンジェル、ダスト?
ふと記憶の、それも運良く消えずに残っている奥底の記憶にその単語が引っ掛かった。そう、あれは一年と少し前に起きたある凄惨な事件。帝都で引き起こされた中でも最悪のテロに数えられるそれを引き起こした原因こそ。
「
「そういうことさ。それにしても、あのイヴの弟だからと少し見に来てみたが」
苦痛に呻きながらも立ち上がる俺を見下ろし、その男は拍子抜けだと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「これは無駄足だったかな。凡骨というわけでもないが、英雄と呼ぶほどでもない。本当につまらない男だよ」
「な、に──?」
その言葉は、僅かながらも俺に苛立ちを覚えさせる。
だが最早興味すら失せたのだろう。男は背を向け、事も無げに呟いた。
「そこの男を殺しておいてくれ。ああ、グレン達のように加減する必要もない。ただ邪魔なだけだ」
それを認識出来たのだろうか。虚ろな瞳を揺らして四人の男は頷き、此方へと向き直る。そして身体を沈めると──
直後、拳が俺の眼前へと迫っていた。
「ぐ、う......!?」
やはり常人を遥かに越えている膂力だ。寸前で受け流しはしたが手が震えている。脳のリミッターでも外しているのだろうか、と考えた所で横殴りに吹き飛ばされる。
......ああ、そう言えば四人もいたのか。
地面に叩き付けられ、衝撃で肋が砕けた音が体内で響く。
「ごふッ」
血の味が口に広がる。それを無造作に吐き捨て、数本の魔剣を投影して両手に構えた。四人なら、或いは──。
「そう言えば、一つ言い忘れていたね」
明確な嘲笑を浮かべ、男が再び指を鳴らす。するとぞろぞろと、壊れた壁の穴から更に何人か此方へ向かってくる。着ている服からして参列者だったのだろうが、同じように──そう、かつてのレオス=クライトスと同じように、揃って土気色の肌をしていた。
「君の相手は、僕が連れてきたクライトス家の参列者全員だよ」
「......この、屑が」
麻薬など遥かに越える、最悪の魔導薬物"
そして、その全員が身体強化をしていなければ対抗不可能な膂力をもつ怪物と化している。加えて痛みを感じることもない。
つまり、俺の勝率など絶無に近く。
「......来いッ!!」
迫り来る死の予感をどうしようもなく感じながら、俺は魔剣を振り抜いた。
かなり駆け足気味ですが、ここ引き延ばしてもなぁ、ということで一気に五巻のラストへ。
次回、イグナイト死す。デュエルスタンバイ!