どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
「つーわけで、だ」
何時ものように教壇に立ち、だが真剣な顔でグレン=レーダスは告げた。
「シェロが見事、白猫とくっついてヒモ......いや逆玉の輿......無職引きこもり......まあ何でもいいが、とりあえずあのレオスとかいういけすかねぇ高学歴イケメンをぎゃふんと言わせるために──今からお前らに魔導兵団戦の特別授業を行う!」
そんな宣言に俺は目が死ぬのを自覚し、そして案の定教室中から非難が殺到する。
「清々しいほどに自分の欲求に素直......!」
「というかシェロはなにやらかしたんだ」
「NTR! NTR!」
「てか何で俺達が引きニートになる手伝いを」
「システィーナって......ああ、あいつついに人生の墓場に」
「産業廃棄物処理班......!」
「ちょっと最後のは誰? 怒らないから出てきなさい?」
魔力を迸らせながらフィーベルが青筋を浮かべて立ち上がる。男子生徒のほとんどが顔を背けた。
「でもあの噂って本当だったんですわね......」
「そうそう、ABCまでやってるとか」
「ベッドの上だと子猫ちゃんだとか何とか」
「むしろイグナイトの方が猫だとか」
「実はガーターに黒ニーソが趣味らしいぞ」
「おい最後のやつ表に出ろ、何処からその情報入手したかキリキリ吐かせてやる」
否定はしないのかよ、という声が何処からか聴こえてくるが黙殺する。別にうちの制服って思いっきりガーターベルトだよねとか考えてはないない。このデザイン考えた学院長マジグッジョブ。
──いや、そうじゃなくて。
「何で魔導兵団戦で、しかもクラス対抗で模擬戦することになってんですか!?」
「そりゃあお前が引きニートするためだろ」
「違ぇよ!!」
引きニートも何も、一応はこれでも帝国の五指に入る大貴族の出なのだ。金くらいいくらでも捻出できる。うちの親父の年収をいくらだと思ってるのだ。
──いや、そうでもなくて。
「百歩譲って! テメェが煽って俺がフィーベルの恋人扱いにされたのは不問に処すとして──何でわざわざ白手袋叩きつけて自分からケンカ売ってんだよこのアホ講師ッッッ!」
いつもなら「ああ、またやらかしたんだな」で済ませる。だが今回は俺が当事者......あれ、何で当事者何だろう......まあとにかく当事者に近い立ち位置にあるのだ。伯爵レベルの名家に決闘を申し込むなど何を考えているのか。
「いやぁ、やっちまったZE☆」
「やっちまったで済むかこの万年金欠ギャンブラー! しかも相手の土俵で戦うとかバカなの死ぬの!?」
「反省はしている......だが後悔はしていない!」
「しろよ!!」
机に拳を叩きつけて嘆く。ひょっとしてこいつは本当に頭があっぱらぱーなのだろうか。そもそもレーダス先生は特務分室の出だ、魔導兵団戦に長けているはずもない。それに比べて向こうにとってこれは専門分野──そもそも勝率がおかしい。というか総合力で言えばうちより上の一組が使ってるし。
しかもこの魔導兵団戦、多分俺は何の役にも立ちはしない。
「錬金術使えないしッ......! 殴る蹴るも出来ないとかどうしろと......!?」
「いや、うん......何というか、そこは正直すまんかった」
これで俺とリィエルは晴れて戦力外である。つまりこの事件の渦中にあるというのに他の皆に結果を託すしかないのだ。
「しかもこの決闘、何故か俺名義になってるし......! 負けたらイグナイト家が負けたことになるし......! 絶対ロクなことにならねえ......!」
仮にも公爵家が伯爵家に負けたとなれば大恥もいいところだ。いや俺の存在そのものが無能であり恥であるのは"既に聞いている"のだが、やはりそれでも負ければイグナイト本家に呼び出されることになる"気がする"。正直なところ認識はあやふやだ。
......そもそも記憶がちょくちょく欠落してるせいで「あれ? 俺本当にこいつと恋人だったの?」とかいう思考が挟まれ、あの場で否定する機会を失ったのだから呆れてしまう。
結論、とりあえずどれもこれもレーダス先生が悪い。ちょっと殴ってもいいだろうか。
「というか恋人扱いにするならレーダス先生で良かったじゃないですか......何で俺なのさ......」
「......うちの天才少女は何だかんだで夢見る乙女らしくてな? ま、お前の役回りって事だよ」
「何の役ですか、それ」
「そりゃあ白馬の王子様に決まってんだろ?」
その時の俺は相当に嫌そうな顔をしていたのだろう。げらげらとひとしきり笑った後に、レーダス先生は言った。
「よし。んじゃ、経緯はともかく──勝ちに行くぞ、お前ら!」
まあしょうがないか、といった感じで生徒達は席に着いた。幸か不幸か、このクラスは既にこの講師による謎の無茶ぶりに大概慣れてきていたのである。
「..................なぁ」
「..................何よ」
レーダス先生の特別授業から数日後。昼食を済ませた後、今回の魔導兵団戦演習に参加する生徒達は、駅馬車を使ってフェジテ東門から東へ延びる街道を進んでいた。無論のこと、俺もその中にいる。
......いるの、だが。
「......いや、何でもない」
「......あっそ」
この駅馬車だけは、奇妙な空気に包まれていた。
メンバーはそれぞれ俺、ルミア=ティンジェル、リィエル=レイフォード──そして、システィーナ=フィーベル。ちなみにこの状況を作り出した張本人のアホは御者に馬の手綱の取り方を教えて貰っている最中だ。
まあそれはただの口実に過ぎず、実際はこの空気に耐えきれず逃げ出したのだろう。
「............どうしろっちゅーねん」
詰んだ。というか、もう何から切り出せばいいのかわからない。フィーベルは黙って窓の外を眺めているし、ティンジェルは目を合わせようとしないし、リィエルは寝てるし。それにしてもマイペース過ぎるだろお前。
......さて、話すにしてもどう言ったものかさっぱりだ。
謝ればいいのか? ......いや、逆にキレられそうだ。心の機微に長けているとはお世辞にも言い難い俺だが流石にそれはわかる。絶対めんどくさいことになる。
じゃあ礼を言う......のも点で的外れだ。ならクライトス講師のことをどう考えているのか聞く......のも何か地雷踏みそうで駄目だ。かといって日常会話のように「今日もいい天気ですね!」とか切り出したらどう考えても空気読めない野郎である。
「..................」
誤魔化すように欠伸をする。俺は結局どうすることも出来ず、この妙に居心地の悪い空気のまま演習場に到着するのだった。
「早速、これから魔導兵団戦を始めるが......まぁ、生徒諸君らはこの魔導兵団戦演習に参加するのは初めてだろうから、この私が改めてルールを説明してやろう──」
そう尊大に告げたのは今回の演習において審判・運営を務める講師陣の一人、ハーレイ=アストレイ先生であり、曰く──。
一つ、使用していいのは【ショック・ボルト】や【スタン・ボール】のような初等呪文のみ。
二つ、既定エリアを超過した場合敵前逃亡と判定される。
三つ、勝利条件は敵兵を撃破することではなく本陣の根拠地の制圧である。
「勤勉な生徒諸君は当然、理解していると思うが──もっとも早く敵拠点に到達出来るのは当然、中央平原ルートだ。だが、それはお互い様、力尽くでの突破は至難の業だろう」
故に残された選択肢の一つは地図左上──北西回りの森ルートである。万が一敵に森を抑えられてしまえば、中央の平原部隊は横殴りに攻め込まれてしまう。たちどころに総崩れになるだろう。
そしてもう一つは地図右下──東回りの丘ルートだ。この丘も重要な拠点となり、この高地を抑えられてしまえば、敵から遠距離魔術で狙撃され放題である。だが【ショック・ボルト】のような初等魔術では森まで届くことはなく、敵本拠地に辿り着くにはもっとも遠回りなルートだ。
「当然、攻めなければ勝てないし、かといって守りを疎かにしても敵に本陣を押さえられて敗けとなる。勝敗を握るのは、どこへ、どのタイミングで、どれだけの戦力を送るか......まるで魔導兵団戦術の教科書のような演習場であることは理解しただろう? もっとも、今回は担当講師の命令を聞いて行動するだけの生徒諸君にとっては栓無きことだがな」
「いやぁー、懇切ご丁寧なご解説、どうもあざっす! 先輩!」
全く心の籠っていない拍手を送るレーダス先生を憎々しげに睨み、アストレイ先生は口を開くが──何故か俺を一瞥して口をつぐんだ。そしてそのまま何も言うことなく後方へと下がっていく。
その様にいつもらしくないな、と首を傾げていると──。
「......まさか、君がこのような真似をするとは思いませんでしたよ」
「っ」
振り返れば、そこには憎悪も殺意もなく、ただ倒すべき敵として俺を見据えるクライトス講師の姿がある。俺は乾いた笑いを浮かべて応じる。
「いやぁ......別にこんな大事にするつもりなんてさらさらなかったんですけどね......」
俺がやったんじゃねぇけどな。いや本当マジで。
「ですが、そうですね。思い返せばそう意外な事でもなかったかもしれませんね」
「......はい?」
「昔から君はそうだった。何も考えていないようでいて、一番彼女のことを理解している──ええ、気に食わないことですが、今の彼女が君に惹かれているのは紛れもない事実でしょう。君ならば納得はいく。それを受け入れるかは別として、ね」
「え、ちょ、何を」
「だからこそ私は君を許せない。君は彼女に甘過ぎる──現実を、見せるべきだ」
やっべえちょっと話がよくわからん。冷や汗が首筋を伝うが、どうやら俺は過去にこの男と面識があるらしい。ついでにフィーベルとも。
......だが。何もわからない俺だが、それでも一つだけ言っておかねばならないことがある、と。
直感的に、そう思った。
「......それがアイツの為になると、本気で思ってるんですか」
「そうです。彼女にとって、それが最も幸せな──」
「
根本的にこの男は履き違えている。そう悟った瞬間、俺の口から言葉が紡がれていた。
「笑わせるなよ、レオス=クライトス。それはあんたにとっての"幸せ"だ」
「......なに?」
秀麗な眉目がひそめられる。俺は口の端に僅かな嘲笑を浮かべながら告げる。
「そもそも幸福とは何だ? 莫大な富か? 溺れるほどの愛か? 己の名が歴史に刻まれることか? 人に感謝されることか?」
否。断じて否──即ち、そこに答えなどない。全てが正解であり全てが間違いだ。
「幸福とは千差万別だ。あんたの言う
吐き捨てる。今のレオス=クライトスは俺の最も嫌う人間に他ならない。
つまり。自分こそを絶対正義と認めて疑わない、傲慢極まりない糞野郎だった。
「押し付けがましいんだよ、あんたは。
「ちょ、ちょっとシェロ!?」
慌てて制止しようとするフィーベルを無視──いや、その手を掴んで引き寄せた。「へぅあっ」と声が耳に届くが、黙殺してこの場に引きずり出す。
「体のいい理屈を捏ねて、思ってもない理論武装なんかしてんじゃねぇよ。ただ本人の意思など関係なく、この女を自分のものにしたい──そんな意思が透けて見えるぜ、三流講師」
「......言ってくれますね、シェロ=イグナイト」
偽の恋人とか許嫁とか貴族だとか関係ない。ただこれは俺が許せないだけ。
「君はいつもそうだった。本質を見抜くことに長けていた......ええ、ならば言ってあげましょう」
戦意と敵意、そして殺意が叩きつけられる。俺は嗤ってそれを受け流した。
「"私は君が気に入らない"。十年前から、ずっと。その在り方が、変わらぬ考え方が......!」
「奇遇だな。俺も今のあんたのような人種は死ぬほど嫌いでね」
他者の夢を踏みにじっていい権利など、誰にもあるはずがないのだから。
「システィーナ=フィーベルは渡さない」
渡さない──いや、渡せない、が正しいのか。
例え記憶が虫食いになっていたとしても。俺がこの少女の友人であることには変わりはない。
俺は明確な当事者として、そうレオス=クライトスに宣言するのだった。