どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい   作:通りすがりの外典マン

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それでも僕はやってない。

 

 

──風が唸る。

 

 正拳、肘打ち、裏拳、からの片足へ身体強化を施すことによる想定外の跳躍。上を取られたことにより防戦一方になるも、どうにか連撃を凌ぎきる。だがそこで終わることはなく、猫のように着地した直後に回転しながら下段の蹴りを繰り出してくる。

 だが慌てて後方に下がれば、それこそ誘導されたものだったらしい。地面に陥没痕(クレーター)を作り出しながら高速で突貫してくる様を見て防御するも、紙切れのように吹き飛ばされた。

 

「がッ──」

 

 身体強化魔術というのは魔力による概念的な強化だ。錬金術に属する生体強化系──即ち物質的に肉体を強化するのとは根幹からして異なる。だからこそそれは神経伝達、つまり反応速度そのものにも干渉可能だ。

 眼筋及びその他視神経を一時的に強化し、瞬間的に人間の限界を越えた反応速度を体現する。空中だというのに追い打ちの如く繰り出される拳撃をいなし、受け身を取りながら地面を転がる。

 

「ぐ、う......!?」

 

 上手く対処できたと自分では思っている。だが相手はその更に上を行った。

 着地と同時に放たれる震脚。身体の各所を連動させ全運動エネルギーを一点へと集中、放出する──彼女曰く『剄を練る』ことによってただの踏み込みは衝撃を発生させながら大地を揺らす。重心を揺さぶられた俺は思わずたたらを踏んだ。

 

 そしてそんな隙を見逃す彼女ではない。地面を砕く踏み込みの反動をものともせず、視認不可能な速度で掌底が放たれ──。

 

 

「......ん。一本」

 

 風圧だけで吹き飛びかける。しかし一応寸止めで留められているのを見て溜め息を吐いた。

......やはり勝てない。結局リィエルに対しての"お願い"はこうした彼女特有の体術の習得を目指しての組手をすること、で落ち着いたのだが──。

 

「やっぱ強ぇな、お前は」

 

 強い。戦う程にその強さは身に染みてわかる。搦め手を使わなければ同じ領域に立つこともままならないだろう。純粋な格闘戦においては英雄級に片足を突っ込んでいるのではなかろうか。

 

「でも、シェロも最初と比べて強くなってる」

「そうか?」

「ん。前より反応も速いし、無詠唱の【フィジカル・ブースト】も出力が上がってる」

 

 リィエルがそう言うのならそうなのだろう。確かに最初は数秒と持たなかった組手もそれなりに見れるものにはなってきた。......まあ元より解析と投影と強化にしか適性がないのだ、届かずとも足元には及ぶ程度出来なければ困る。

 服の砂埃を払い、息を整えて少女を見上げる。差し出された手を握れば、ぐいっと引き上げられた。明らかに俺より力が強い。

 

「にしても、その体術も独特だよなぁ。"剄"は東方由来のもんだけど、軍式格闘術も所々含まれてるし」

「......以前の私(イルシア)は研究会が独自に作り上げた暗殺格闘術を叩き込まれた、組織でも屈指の暗殺者だったから。この錬金術も、身体強化も......元は以前の私(イルシア)のものよ」

「......そうかい」

 

 何と言っていいのかわからない。だが今のリィエルは記憶封印処置も解かれ、機械じみた人間から前に進み始めているのだ。いつかこうした過去を笑って流せる時もくるだろう。

 友人として、そう願わざるを得ない。

 

「じゃ、そろそろ学院に行く準備するか。お前もティンジェルと合流するんだろう?」

「ん。ルミアとシスティーナは、私が守る」

 

 ふんす、と気合いを入れるリィエルを苦笑混じりに眺める。すると何を勘違いしたのか、目をぱちくりさせて彼女は言った。

 

「......シェロも守るよ?」

「いらんいらん」

 

 自衛程度の力はあるはずだ。丁重にお断りした後、俺は若干精神的に幼い友人と共に市街地の屋根を駆けていくのだった。

 

 

 

 

「んで、どーすんだ? 正直なところ」

「何がですか」

 

 朝礼が始まる前の教室で話し掛けてくる黒髪の男。帝国魔導学園一やる気の無さそうな講師こと、グレン=レーダスに胡乱げな視線を送る。

 

「おいおい、とぼけてんじゃねーよ。実は内心で腸煮えくり返ってたりするんだろ、うん?」

「マジで何の話ですかね」

 

 何故かニマニマと気色悪い笑みを浮かべるレーダス先生の姿に辟易としつつ、俺は購買で買ってきた朝食代わりのサンドイッチをちまちまとつまむ。少しばかり離れた席でリィエルが物欲しそうにこちらを見ているが知ったことではない。お前さっき食っただろーが。

 

「何ってそりゃ、アレに決まってんだろ?」

「はぁ......」

 

 顎で示す先。そこではクラス中の女子生徒が寄って集ってかしましくしている。そしてその中心であわあわとしている人物こそ、今回クラスを騒がせている事件の当事者たるシスティーナ=フィーベルだった。

 

「白猫に婚約者(フィアンセ)が現れたんだぜ? おいおいおい、どーするんだよシェロくゥん!?」

 

 うっぜぇ。心底そう思わせるその顔に拳を叩きこもうとして回避されるまでがテンプレである。

......というか、もう件の婚約者とやらが現れて三日も経つというのにまだ騒いでいるのに溜め息を吐きたくなる。

 

「別にどうするもこうするもないでしょうに。よくあることじゃないっすか」

「よくあること......?」

「ええ。よくあることですよ」

 

 むしろ大貴族のフィーベル家だ、今までそうした話がなかったこと事態が驚きだ。

 

「大戦を経て帝国の貴族は大きく目減りしましたからねぇ。王家の干渉を留めるためにも、少なくなった貴族達が結束して利権を得ようとする動きはここ数十年で顕著です。その際に最も便利なのはやはり血縁──政略結婚ですから」

「うわぁ、うちの国の闇深っ」

 

 そう言って嫌そうな顔をするが、あんたの元職場も相当な闇だからな?と言いたくなってしまう。特務分室は宮廷魔導士団に所属こそしているが、その実情はイグナイト公爵家の庇護下にある王家の懐刀のようなものだ。故に王家派ということであり、事実としてここ百年で何度も貴族派の秘密部隊と小競り合いを続けてきたのである。

 

「ま、そんなわけでそう珍しくもないことですよ。気にするだけアホらしい」

 

 他人の家の事情に首を突っ込むほど俺は暇ではない。だからこそ解せないことがある。

 

「というか、何でそれを俺に言って煽ってんですか」

「何でって、そりゃあ......なぁ?」

 

 そう言ってレーダス先生は席について此方へこっそり耳を傾けていた生徒達を見回す。その悉くがさっと視線を逸らす辺り、全員に心当たりがあるのだろうか。

 

......うん、まぁ。俺も馬鹿じゃないし何が言いたいのかは理解している。

 

 だがそれは"以前の俺がどうだったか"がわからない今の俺としてみれば、どう踏み込んでいいのかいまいちわからない問題だ。

 

「............」

 

 何が消されたかわからない。何処から綻びが生じるかわからない。何が奪われたのかわからない以上下手な行動は取るべきではなく、今こうして俺が俺自身に対して疑心暗鬼にならずに済んでいるのは周囲の人間の反応から以前の俺と擦り合わせているからであり──だからこそ正解となる行動のわからないこうした問題は、そのままの意味で反応に困るのだ。

 

 記憶が消されたのであれば、それに付随した想いも消されたも同然。だからこそ謎の焦燥感と恐怖が増していく。

 

──俺は、何を考えていたんだ?

 

「おいおい、お前今凄い眼になってんだけど......だいじょぶか?」

「......大丈夫っすよ」

 

 ならいいけど、と首を捻る。落ち着け、と俺は自己暗示のように内心で呟いた。

......OK、俺は冷静だ。俺はシェロ=イグナイトだ。それ以上それ以下でもない。

 

「そろそろ例の先生の授業でしょう? 先生も聴くんですか?」

「ん? あー、まあな。......もし適当な授業だったらそれにかこつけてボロカスに扱き下ろしてやるけどな!」

「それ、堂々と言っていいことじゃないでしょうに」

 

 別にいいじゃんあんな高学歴イケメンとか許せるわけねぇだろ、なぁ!と再び教室を見回した。そこで何人かが激しく頷いている辺り、汚染されてるなぁとも思う。

 

「んじゃまあ、若手秀才婚約者のお手並み拝見といきましょうかねぇ......!」

「何であんたが張り切ってるんですか」 

 

 溜め息を吐く。そして──。

 

 

 

 

「......完璧でしたね」

「......完璧だったな」

「......普通に面白かったっすね」

「......普通に面白かったな」

 

「............これ下手したらレーダス先生より上手いんじゃ」

「チェストォォォォォォォォォォォォオ!」

 

 奇声と共に放たれる手刀を防ぐ。だが割りとマジな感じの衝撃に受けた左手が痺れた。

 

「ちょ、あんた今本気でやったな!?」

「喧しい! 俺があんなイケメンに負けるわけがねぇぇぇぇぇえ!」

「うるせぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 お互いに上半身だけ、高速で繰り広げられる机上の攻防。拳を払い巻き込みカウンターを放ち、延々と型の応酬が繰り返される。そうして何故か不毛な殴り合いを続けていると、ふとつんつんと肩をつつかれた。

 

「......呼んでる」

「うん? あー......じゃあ、ちょい休戦で」

「だな」

 

 休戦協定を結んだ後に振り向くと、そこには何故かルミア=ティンジェルの姿があった。どうやら用はレーダス先生にあるらしい。

 

「先生......あの、一つお願いがあるんです。その......大変、申し訳ないことなんですが......」

 

 いつになく思い詰めたようなその顔を見て、担任講師は不思議そうに目を瞬かせた。

 

 

 

 

「なーんで、俺が他人の恋路を覗き見せにゃならんのだ......」

「すいませーん、それ俺の台詞なんですけど。俺あんたに連れてこられたんですけど......ですけど!」

 

 頭に木の枝を括り付け、両手にも木の枝を持った似非ゲリラ戦のような格好のまま、レーダス先生はえ?と声を洩らす。

 

「いや、お前は当事者だろ」

「え?」

「え?」

「あ、あははは......」

 

 男二人が本気で首を傾げる横で苦笑を洩らす少女が一人。ちなみにもう一人は既に飽きてきたのか船を漕いでいる。

 

「ごめんなさい、変なことを頼んでしまって......でも、先生についていて欲しくて」

 

 俺はついてこなくて良かったじゃねーか、やっぱり。

 

「ま、親友に変な虫が迫ってるんだもんな。心配なのはわかるが......残念ながら、俺、そういうのに興味ねーんだよなぁ......」

 

 と。そんな事をほざいておきながら、舌の根も乾かぬうちに。

 

「おお──ッ!? あの男、やるなッ!? 今、いきなり結婚を申し込みやがった!? 見かけによらずなんて大胆なヤツ! これはシェロ君も内心穏やかではいられないはず、さぁ盛り上がって参りました──「テメェが一番乗り気じゃねぇかッ!」ぷげらっ!?」

 

 手刀を後頭部に叩き込む。いくら消音結界があるとはいえここまで喧しいと向こうに聴こえるのではと考えてしまう。

 

「......で、どうなってるんです?」

「お、気になる? 気になっちゃう?」

「表に出ろやコラ......!」

 

 こめかみに青筋を浮かべて締め上げる。今、フィーベル達の近くにはレーダス先生の召喚した鼠の使い魔が放たれている。その使い魔との聴覚同調を通して聴こえてくる会話を聞けるのはこの男だけであり──。

 

「おうおう、白猫のやつ、戸惑ってる戸惑ってる! 柄にもなく顔赤くしちゃって......初々しいねぇ......ぷっ、これでまた一つ、からかうネタが増えたわ......しかし」

 

 ひとしきり邪悪に笑い、ふとティンジェルに振り返る。

 

「ルミア......お前、何がそんなに不安なんだ?」

 

......確かに、と俺はレーダス先生の襟首から手を離して眉をひそめた。このストーキング自体、レーダス先生が自ら進んでやっているわけではないのだ。

 

「確かに、俺だって個人的に気に食わんしシェロの敵みたいな「おいコラ」やつだが......レオスはそれなりに信頼できる男だと思うぞ? 何か不名誉なことをやらかせば、家名に傷がつくわけだしな」

 

 レオス=クライトス。

 クライトス伯爵家の次代当主候補であり、クライトス家自身もアルザーノ帝国魔術学院に並ぶとまでは言わないもののそれなりに有名なクライトス魔術学院を運営している名家である。加えてレオス=クライトスは学会で今話題の期待の新星、クライトス魔術学院きっての名講師なのだ。

 こうして考えてもフィーベル公爵家にも見劣りしない肩書きの持ち主だろう。

 

「古参の貴族にとって家名は命同然だ。だから、あの野郎が白猫に対して力ずくで......とか、そういうことはするわけねぇって、正直、俺は思......」

 

「嫌な、予感がするんです」

 

 はっきりとそう言い放たれ、レーダス先生が押し黙る。俺はふむ、と腕を組んでティンジェルを眺めた。

 ちなみにリィエルは寝ている。おい。

 

「......やーれやれ、女の勘ってやつかな......ま、いーや」

 

 心細そうなティンジェルの頭を、安心させるように、レーダス先生がくしゃりと撫でた。

 

「どのみち、この覗きはもう止める気ねーしな! こぉーんな、面白いこと見逃してられっかよ、ぐっへっへ! さぁ明日、白猫になんて言ってやるか──」

 

 と。そこで、今まで寝ていたはずのリィエルの目がぱっちりと開いた。

 

「......わかった、ルミア」

 

 突如として無表情で立ち上がる。その手にはいつの間に錬成したのか、鉄塊のような大剣が提げられていて。

 

「斬ってくる」

待て(ステェイ)!」

 

 尻尾のような後ろ髪を咄嗟に掴み、すたすたと向こうへ歩いて行こうとする少女を茂みの中へと引っ張り戻す。リィエルは尻餅をつき、無表情ながらも不満そうにこちらを見上げていた。

 

「早まるなこのアホ」

「でも」

「でももへったくれもあるか。学院中で無闇に剣は振り回すんじゃねぇって昨日も言ったろーが」

「......むう」

「むくれても無駄だ」

 

 だが納得はしたのか、「シェロがそう言うなら」とギリギリで思い止まってくれたようだ。

 この狂犬どうにかしろよ、とレーダス先生へ目を向ければ、がんばれ、と目線で返される。お前が頑張れよ保護者......!

 

 何とも言えない疲労感の中、こっそりと茂みの隙間からフィーベル達を見つめるティンジェルの姿に溜め息を吐く。どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 

 

 

「ハッハァ──! 残念無念再来年! この白猫ちゃんは既に恋愛のABCまできっちりしっかり卒業しちまってんだよレオスさぁん! だから諦めな、このド振られ寝取られ野郎! ふっはははっは、ザマ見ろ!? お前が長年想い続けた女はとっくに別の男のモノになっていましたというわけだぁああっはっははははははははは!ねぇ今どんな気持ち!? ねぇどんな気持ち!?

 

──と、この少年は申しております。マジテラワロス」

 

「な、ぐ、ぬ......そ、そうよ! 私とシェロは将来を誓いあった仲なの。だから、私のことはもう諦めてレオス。私は貴方とは結婚できない......!」

 

 ヤケクソ気味に俺の腕に抱きつくフィーベル、背後でげらげら笑いながら煽るレーダス先生、そして怒りと殺意を込めて俺を睨むレオス=クライトス。

 

 

......いや、本当に、マジで。

 

「どうして、こうなった」

 

 完全に死んだ目で、俺はそう呟くのだった。




熱い風評被害がシェロを襲う......!

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