どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
駆ける。
延々と続く通路を、恐らくはレーダス先生が既に進んだであろう通路を駆けていく。時折走る頭痛を無視して突き進み──そして突然、二人同時に足を止めた。
無論、言葉を交えずとも理由はわかっている。俺は口元を歪めて吐き捨てる。
「......臭ェな。腐った肉の臭いがしやがる」
「あら。
本人の趣味なのだろうか。メイド服のスカートの裾を翻し、くすくすと笑いながらそれは立っていた。
俺が数度殺した相手。生きた屍、
「エレノアぁ......!」
「うふふ......そう熱い視線を送らないで下さいまし。興奮してしまうではないですかぁ......」
気色悪い。死人のような肌を朱に染める様を見て純粋にそう思った。マジで殺してぇ。
というか殺す。そう思った瞬間には剣を投擲していた。
「まぁ、乱暴なお方。ですがこの程度では──」
エレノアは高速で迫る刃を指で受け止める怪力を遺憾無く発揮する。だがそれは予想していた行動であり、俺の口は既に詠唱を紡いでいた。
「《
瞬間、爆ぜる。
基本骨子を強制的に自壊させ、構成に使われていた魔力をツァイザーの三属比及びレメディウスの魔力変換公式に基づいて純粋熱量へと変換する。変換効率は魔力を10とすれば約8.52──零距離で放たれたそれは人を丸焼きにし、ばらばらに引き裂いたとしても尚余りある火力だった。防がれたとしても頭部は確実に吹き飛ばしただろう。
体勢を低くして爆風を凌ぎ、爆心地へと視線を送る。いくら広いとはいえ通路で爆破するなど自殺行為に等しく、先程の一回が限界なはずだ。これである程度時間を稼げればいいが──。
「流石ですわ。先程も拝見させて頂きましたが、この一ヶ月で随分とお強くなられたのですね」
「......ちィ」
やはり死なない。いや、確実に一殺はした。だが再生速度がおかしすぎる。あの攻撃、余程タフな魔獣でも数秒は封殺できるはずだというのに。
「無駄だ、イグナイト。あの女は不死身だ。どこかに仕掛けはあるのだろうが......今の私達にはそれを見抜く術はない」
「面倒な......!」
歯噛みする。ここで足止めを食らうとは思いもしなかった。
「......ふふ。何やら勘違いしていらっしゃるようですが、私としては邪魔する気などさらさらありませんよ?」
「なに?」
予想外の一言に、フレイザーが片眉を跳ね上げる。無論俺も驚愕している。この女のことだ、嬉々として襲ってくると予想していたが。
「......信じられるか。お前、行き掛けの駄賃とかほざいて襲ってきたの忘れてんじゃねぇだろうな?」
「あら、本当ですのに。今回の目的は達成されていますからねぇ......貴方様一人であれば多少無理をしてでも捕らえようとしたかもしれませんが、アルベルト様がいらっしゃるもの」
......一人で来なくて良かった、と心底思う。今の俺ではこの女には勝てない。単純な地力に差がありすぎる。
「おわかりでしょう? 貴方様では私を殺せない。そして私も貴方様を奪えない。不毛な消耗になるばかりであれば、避けるのも当然でしょうに」
「..................」
筋は通っている、気はする。だが到底信用に足るような女ではない。フレイザーを見上げれば、眉間に皺を寄せてエレノアを睨み付けている。
「......何を考えている、
「今の言葉以上には何も。ですが、一つ言えることがあるとすれば──良いのですか? グレン様は今頃なます斬りにされているかもしれませんよ?」
嘲笑を浮かべながら、コツコツと靴音を響かせてエレノアがこちらへと近付いてくる。俺は妙な緊張感を紛らせるべく殺気を叩き付けた。少しでも妙な挙動をすればとりあえず殺す。
そうして俺とフレイザーが警戒する中──すれ違う瞬間、不死身の魔導士は俺の耳元で囁いた。
「次は、もっと強くなっていて下さいね? 楽しみにしていますわ」
中身に反し、息を飲むほどに美しい微笑。吐き気がするほど艶やかなそれに思わず一歩後ずさる。
......底の見えない怪物、という評価が妥当だろう。俺は苦虫を噛み潰したような顔でその後ろ姿を見つめる。
「行くぞ。ここで魔力を浪費しては奴の思う壺だ」
「......ええ。行きましょう」
今はあの女よりも優先すべきことがある。通路の奥へと俺は駆け出した。
「レーダス先生! ......って、何だこれ......!?」
唖然とする。壊れた扉の先にあったのは、何故か複数のレイフォードが殺し合っている様子だった。
......多重影分身の術?
「いつからNAR○TOの世界に......?」
「おい、なにぼけっとしてんだシェロ!」
そう叫ぶレーダス先生もレイフォードと斬り合っている。......あ、足斬られた。
「ぐぅ......!?」
「本当に──」
流石に見ていられないため、大剣の腹を剣で弾いて脇腹に蹴りを叩き込む。だが予想以上に柔らかいその感覚に怪訝な顔になる。
「どうなってんですかねぇ!」
身体強化のかかりが甘い。レイフォードらしくもないその軽さにふむ、と少し考え込む。
「......やっぱ影分身だからかな?」
「何言ってんのかさっぱりわからんが、多分違うぞそれ」
呆れた様子のレーダス先生に手を貸そうかと尋ねれば、首を横に振られる。
「あれはリィエルのクローン体だ。あの馬鹿が量産化しやがったのさ」
「色々ツッコミ所多いんですけど、とりあえずあれは敵ってことでいいんですかね?」
「そんなもんだ。オリジナルほどのスペックはないが如何せん数が多い。それに幸か不幸かやっこさんが思考能力を奪っている......というよりは脳自体を縮小してるらしいからな、あらかじめ刷り込まれた
「成る程。本当にただの肉人形ってことですか」
その言葉にレーダス先生は顔をしかめる。だが否定はしなかった。
「......それで、その本体は何処に?」
「あっちだよ」
半裸の量産型レイフォード──もはや趣味としか思えない下着を申し訳程度に身に纏っている──それらと剣を交えている、幾分かマシな格好をした方の蒼髪の少女へ目を向ける。やはりオリジナルというだけあってまさに鎧袖一触といった風だが、しかし数というのはそれだけで強い。いかにプログラミングされた"死んだ"剣技といえ、数人がかりで斬りかかればそれだけで脅威となる。
数とは暴力だ。セリカ=アルフォネアのような個としての暴虐を極限まで突き詰めた理不尽でない限り、数の暴力は容易く個人を圧殺する。
「......それで? あれは味方なんですかね?」
「ああ。俺は何体か引き付ける──頼んだぞ、シェロ」
その言葉に頷いて返すと、俺は複数のクローンに囲まれるレイフォードの方へと駆け出した。俺の弓はまだ必中の領域にはない。当たらない弓など邪魔にしかならない以上、剣に頼る他にない。
「ハ、ァ──ッ!」
思考を持たない肉人形。ならばこそ、見た目が人間であろうと躊躇なく斬れる。全身とは言わないまでも身体強化を広範囲に付与し、大剣を弾き飛ばした後に籠手打ちの要領で手首を斬り落とす。そのまま当て身を食らわせた後に上体を反らして後方からの斬り上げを回避。
更に加勢した三体目のクローンによる正面からの斬撃──が、後方からの的確な狙撃によりずれる。俺は薄く笑いながらその喉元へ中華刀を突き込んだ。
「何体いるんだっての」
肉を裂き、偽りとは言え命を奪い去る感覚。だが不思議と嫌悪感は湧かなかった。
......ああ、いや、違うか。単にそんな贅沢な感覚は既に削ぎ落とされてしまっている、ただそれだけの話だ。
「あな、たは──」
「よう、久方ぶりだなレイフォード」
肩を斬られたのだろうか。左腕をだらんと下げて、肩で息をしながらレイフォードがこちらへと視線を向ける。俺のお陰で包囲が解けたらか、右手一本で残る一人を既に斬り捨てていた。
「残りは幾つだ?」
「......たぶん、六。後は兄さ......ライネル、と一緒に地下に潜っていったから」
唇を噛む少女の姿に尻目に溜め息を吐いた。どうやらまだ出入り口が存在していたらしい。まあどうせ罠とか満載なんだろうなぁ、と考えると追うのが馬鹿らしくなってくる。
「......宮廷魔導士団に連絡を入れておこう。小隊の一つか二つならば即座に動かせるよう手配してある」
いつの間にか六体のクローンを始末していたフレイザーが暗がりから現れて告げる。もうこの場にいたクローンは掃討したのだろう。それにしてもやたら多かったなと血溜まりを見下ろし──あれ?と胸中で呟いた。
「あー、加減間違えちまったかぁ......」
病み上がりで体力が限界に近かったというのに身体強化で無理矢理に動かしていたのだ。また筋肉がいくつか断裂したかなぁ、と思いながら膝をつく。疲労と痛みと魔力欠乏の三重苦がアドレナリンが切れたと同時に襲ってくる。
「あ......」
闇に飲まれていく意識の中、血溜まりに倒れこむ寸前で誰かに受け止められたのを自覚する。だが瞼はもう開く気配もない。
「......ありがとう、シェロ」
礼を言うくらいなら金を寄越せ。
そう文句を言ってやる前に、俺の意識は闇の奥へと落ちていった。
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と言うわけで、まぁ。後日談、というやつなのだろうか。
俺は釣りをするでもなく海を──というより少年少女がキャッキャウフフしているビーチを眺めていた。ちなみに参加する気はまるでない。流石に疲れた。
そう、参加する気はない──のだが。
「......おい。いつまで其処にいる気だ」
呆れて背後へと目を向ければ、そこにはスク水としか言えないものを纏った少女の姿があった。
つるーん、とかぺたーん、という表現がよく似合う容姿ではあるのだが、如何せんその幼い容姿とスク水が背徳的な方向性でマッチしてしまった結果、ルミア=ティンジェルやフィーベルとはまた別ベクトルでの蠱惑的な魅力を発揮してしまっている。
名付けてロリコンホイホイ。そのまんまだった。
「いつまで......?」
いつものように眠たげな目で、レイフォードはこてんと首を傾げた。あざとい。
「シェロが"お願い"してくれる、まで?」
「......あのなぁ。それはもういいって言ったろ」
嘆息する。強情にレイフォードが言い張る"お願い"──それは二時間前のことが発端だった。
俺は一晩寝ることである程度体力を回復し、こうして動き回ることができるようにはなった。そして目が覚めた直後、フィーベルとティンジェルを伴ってレイフォードが部屋にやってきたのだが──。
『......あの時は、ごめん。あと、止めてくれてありがとう』
『あー、まあいいよ。別に死んじゃいないんだし、もう終わったことだしな』
『でも......』
『じゃあ、貸し一つだ。それでいいだろ?』
『......ん。わかった』
『"何でも"するわ。シェロは私に何をして欲しいの?』
「どうしてそうなった」
本当に、どうしてそうなったとしか言えない。何を履き違えたのかレイフォードはこうして俺に雛の如くくっついて回るし、フィーベルは顔真っ赤にして何処かに行くし、ティンジェルは苦笑混じりにこっちを見てくるし。
「......?」
再び重々しく溜め息を吐いてレイフォードを睨む。きょとんとした様子で見つめ返してくる様に少しイラッとした。
「あのなぁ......! お前には貞操観念とかそういうのがねぇのかよ!? お陰で何か色々と誤解されたような節があるんですがそこんとこどう考えてるんですかねぇ──!」
「......つまり、シェロは"そういう事"をして欲しいの?」
「違う。断じて違うからとりあえずその危険な位置にかけた手を放そうか」
本気で冷や汗が湧き出てくる。やばい。こいつマジでやばい。なまじ容姿が整ってるだけに絵面がやばい。
「と──とにかく! 俺はお前みたいに扁平な胸には興味ねぇし"そういう事"を頼むつもりは一切ない。わかったな?」
「......へんぺい......」
心無しかしょんぼりとした様子でレイフォードは胸に手を当てる。同時に何処からか殺気が飛んできたため咄嗟に振り向けば、少し向こうの木に寄り掛かったレーダス先生が凄まじい形相でこちらを睨んできているのが見える。
──過保護すぎんだろテメェ......!
「ん"ん"っ......まあ、なんだ。別に魅力的じゃないと言いたい訳ではないからそこんところを考慮してくれると非常に助かる」
鬼の形相の保護者にビビりながらフォローはしておく。とは言え、レイフォードが魅力的かそうでないかと問われれば当然前者ではある。
一見して幼いという印象を受けるその小柄な身体だが、よくよく見れば全体的にアスリートのように鍛えられていることはよくわかる。単に未成熟というよりは、どちらかというと必要最低限の栄養を摂取してきたが為に未成熟な肉体になってしまったというのが真実だろう。
故にその身体には一切の無駄がなく、純粋な機能美を追求したようなその肉体はむしろ好ましく──。
「......つまり、抱きたい?」
「「ブッフォ」」
同時に俺とレーダス先生が吹いた。何言ってんだこの戦車ロリ。
「あのな? お前が何処からそんな知識を得たか知らんがそういうのは黙っておくべきで──」
「ん。イヴが教えてくれた」
「姉貴ィィィィィィィイ!」
なに余計なことしてくれとんじゃワレ。いくら特務分室に同性が少ないからといって何も知らないホムンクルス同然の少女にいらん知識吹き込んでんじゃねーよ。
今度あったら追求しよう。そう心の中でメモしておきつつ、こめかみを抑えながら言葉を紡ぐ。
「......とりあえずそっち系は禁止だ、レイフォード。OK?」
「おーけー」
よーし、と頷く。だがレイフォードは不満そうな顔で──やはり無表情に限り無く近いが──袖を引っ張ってくる。
「何だよ?」
「......レイフォード、じゃない。リィエル」
「あー......まぁ、別にいいだろ?」
「ん。リィエル」
「......名字が嫌いなのか?」
そう問えば、ふるふると首を横に振って否定される。
「リィエルって呼んで」
「......宗教上の理由があってな」
「リィエル」
「はい」
よく考えれば別に拘るような話でもない。俺は諦めて両手を上げる。
「わかったよ、リィエル。これでいいんだろ?」
「ん」
何処か満足げに頷く様を見て苦笑いをしていると、遠間からふと声が響いてくる。見ればフィーベルだった。手をメガホンのように利用して大声を送ってきている。
「ちょっとー! 二人とも、泳がないのー?」
「......行ってこいよ。呼んでるぞ」
「ん......シェロはどうするの?」
「俺はちょっと気分が悪くてな。少し部屋に戻っとくわ」
そう言ってその場を離れる。どうした、と声をかけてくるレーダス先生に手で旅籠に戻っておくと示し、砂浜を抜けて部屋へと足を運ぶ。
そうしてふぅ、と息を吐いて座り込み、
「さて......上手く
震える手を必死に抑え込む。違和感はなかったはずだ。受け答えは完璧だったはずだ。
俺は俺であり続けた。その、はずなのに──震えは止まらない。
「そろそろ、限界か」
上着とシャツを脱ぎ捨て、部屋に備え付けられた鏡で自分の上半身を観察する。同年代に比べ鍛えられているであろう身体付き、所々走る傷跡、そして──心臓から左半身にかけて伸びている
「ははは──畜、生」
代償は大きい。
増えた白髪と侵食する褐色を前にして、俺は歪んだ笑みを浮かべていた。
ヒロインが増えたぞ!やったねシェロくん!()