どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
結論から言おう。新任の講師であるグレン=レーダス先生は近年稀に見るほど(あくまで俺にとってだが)優秀な先生だった。やったぜ。わざわざ自習、もとい昼寝の時間をくれるのだ、これを使わない手はない。
ちなみにいつも喧しい銀髪は俺よりレーダス先生を説教対象として優先しているためこっちに来ることはない。俺の安眠を邪魔する者は誰もいないのだ、誰も......。
「......、............。あの、無言でこっち見るの止めてくれません?」
「あ、ごめん。起きてたんだ」
ルミア=ティンジェル。テンプレ染みた金髪美少女大天使がじっとこちらを見ていては流石の俺でも居心地が悪い。
「今自習の時間でしょうに」
「それをイグナイト君が言っちゃいけないと思うんだけどね......」
その言葉に肩を竦めて応える。自分が如何に不真面目かは理解している。理解はしているのだが──やはり眠いもんは眠い。そして、
シェロ=イグナイトに普通の魔術をまともに扱うことは不可能だ。それはある種の呪いであり、先天的なもの。
「俺は"無能"ですからねぇ。一応魔術学院に預けられはしても、まあギリギリ卒業できれば御の字......ってとこかと」
「......だからと言って、最初から諦めるのは違うと思うけど」
天使にしては珍しく、不快感を含む声色だ。やはり真面目なのだろうな、と俺は薄く笑った。真面目で、まともで──そして普通の才能がある。
「そーっすね。ま、落第しないためにも筆記の勉強でもすることにしますわ」
適当に、軽薄に。へらりと笑ってそう受け流し、新品に近い教科書を机の上へと広げる。そうして理解することもなく文字列を目で追い始めると、何処か諦めたような溜め息が耳に届いた。
そして、小さな呟きも。
「......これじゃ、システィがあんまりだよ」
黙殺する。
システィーナ=フィーベルなど俺は知らない。"イグナイト家の無能"は何も知らないのだから。
グレン=レーダス臨時担任講師による適当極まりない授業が始まって一週間。最早授業をろくにするつもりもないその態度についにフィーベルがキレた......らしい。勿論俺はうたた寝をしていたため知らない。カッシュに肩を叩かれてようやく気が付いたくらいなのだ。
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃレーダス先生じゃねぇの? 流石に学生に負けることはねーだろ......というかそうあって欲しい。俺の寝る時間を奪わないで」
「ほんっとブレねーよな、シェロって」
カッシュ=ウィンガーはそう言って苦笑する。彼もそこまで魔術が得意というわけではないが、流石に俺よりはマシだ。
たまに座学の宿題を俺が教え、実践的な魔術行使をカッシュが俺に教える──まあ俺が成長する傾向は欠片も見られないのだが──そんな感じの俺の数少ない友人だ。俺が本当にどうしようもなく魔術が使えないことを理解している数少ない人間、と言い換えることもできる。
「ほら、そろそろ始まるぞ」
「負けないよな......まさか負けないよな?」
何となく感じた嫌な予感。まるでやる気の無さそうなレーダス先生の背中に漠然と抱いた不安感は──。
「ぎゃああああああ──っ!?」
「ウッソだろオイ」
ものの見事に的中した。ついでにショックボルトも命中した。ぷすぷすと焦げたような黒い煙を上げる様は何とも滑稽だが、昼寝の時間がかかっているこちらとしては全く笑えない。
「え、ええー。これどうなんのよ」
「い、いや、これはオレも予想してなかったというか......」
隣を見れば、カッシュも困惑している。仮にも講師、負けることは万が一にもないと考えていたはずなのだが。
「ふぐっ、不意打ちとは卑怯な……!」
「えっ!? いつでも掛かって来いとか言ってませんでしたっけ!?」
「だがしかぁし! 今のは先生からのハンデだ! 三本勝負のうち一本をくれてやったに過ぎない......次からは本気だかんな!」
「三本勝負とか初耳なんですけど!?」
何かいちゃもんつけて三本勝負に引きずり込んでいた。いいぞもっとやれ。
だがそんな俺の密かな応援とは裏腹にレーダス先生はろくに回避することも出来ず──というか仮にも雷速なため回避は不可能、必然的に速打ち勝負になるのだが、弁護のしようもなくフィーベルに滅多うちにされていた。これは酷い。というかフィーベル自身が困惑していた。みんな唖然としていた。俺は絶望していた。
「と、ともかく! 決闘は私の勝ちです。約束通り、先生には真面目に授業をしてもらいます!」
「は? なんのことでしたっけ? バカスカ電撃叩き込まれちゃったから記憶があやふやだなぁ〜」
「なっ、魔術師同士で交わした約束を反故にするつもりですか!? それでも魔術師の端くれなの!?」
......確かに、決闘前にしていた約束を反故にすることは言語道断だろう。魔術に対して壊滅的なほどやる気のない俺でもそう考えたが、そう言われた本人はケッ、と吐き捨てるように言った。
「だって俺、魔術師じゃねーし」
「はぁ!?」
屁理屈ここに極まれり。流石に眉の根を寄せざるを得ないが、果たして反故にされた本人はどんな思いを抱いているのか。
「......っ、最っ低......!」
逃げるように去っていく背中に、果たしてその罵倒は届いたのだろうか。
何処か白けたような空気の中、俺は唖然としているカッシュの肩を叩き、帰ろうぜ、と校舎を示すのだった。
それから、別段レーダス先生の態度が変わることはなかった。俺としては嬉しい限りなのだが、神聖な決闘──少なくともフィーベルはそう思っているであろう──による約束を反故にされたフィーベルを見ていると若干同情の念が沸かないこともない。が、それでも居眠りする辺りが俺が"イグナイト家の無能"である所以なのだろう。
無駄な努力はしない主義、押して駄目なら諦めよう。やはり人間得意不得意があると思うし、魔術は俺以外の人間が頑張ってくれる。適材適所っていい言葉だよね!
そんなことを考えながらぐっと伸びをする。今日はそこまで眠くはない。珍しいこともあったものだと我ながら思っていると。
「──そんなに偉大で崇高なもんかねぇ、魔術って」
そんな言葉が教室に響いた。
「何を言うかと思えば......」
ふとレーダス先生が溢したその言葉に反応し、まさしく立て板に水の如くフィーベルが魔術について語り出す。そのご高説にはほーん、と感心する部分がいくつかあった。というか真理を追求するために魔術ってあんのか、初めて知ったんだけど。単に楽したいためにあるんじゃなくて?
「世界の真理を追究した所でそれが何の役に立つんだ?」
それ言っちゃ駄目なやつじゃねーの。
思わず口をついて出そうになったその台詞を慌てて飲み込んだ。いや、でもそれ言っちゃ駄目でしょ。例えるなら理学部進んで数学者になった奴に対して「で、それ何の役に立つの?」って訊くようなもんだぞ。
「より高次元の存在って何だよ?神様か?」
「そ、れは......」
それは俺も知らないから教えて欲しい。というか神様ってマジでいるのか。確かに神殺しを為した魔術師の話とかはたまに聞くが、あれお伽噺とかそんなんじゃなかったのか。
「例えば医術は人を病から救うよな。農耕技術、建築技術。人の役に立つ技術は多い。だが魔術は?何の役にも立たないってのは俺の気のせいか?」
「魔術は......人の役に立つとかそんな次元の低い話じゃなくて......!」
「あー、悪かった。嘘だよ。魔術はすげー役に立っているさ──」
そこで一拍。まるで演劇の俳優のように教室全体を見回し、そしてグレン=レーダスは顔を歪めた。
「人殺しに、な」
瞬間、教室内の空気が凍った。
「剣術で人を10人殺してる間に魔術は100人は殺せる。こんな単純で簡単な方法は無いぜ?だってこれは世界中でやってることだ。なんでこの国が魔術国家として未だに他国から滅ぼされないと思う?魔術の力、いわゆる軍事力があるからだよ。今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ」
......確かにそれは決して否定することの出来ない側面だ。以前生きていた頃、まだこんなファンタジーな異世界に転生してしまう前には"科学は戦争によって発展してきた"と豪語されていたが、ここでは科学が魔術に入れ換わっただけだ。
まぁ、それも魔術の側面の一つ。魔術の全てがそうだと言うには些か短絡的に過ぎる、とは思うのだが──。
「魔術は人を殺すことで発展してきたロクでもない技術だからな。まったくお前らの気が知れねぇよ。こんな人殺し以外何の役にもたたん術を勉強するなんてな!」
最早極論に近い。魔術講師らしからぬ言葉を吐き捨て。
「お前もこんなくだらんことに人生費やすならもっとましな」
──パァン!と。乾いた音が教室中に響き渡った。一瞬何が起きたのかわからなかったが、フィーベルの体勢からようやく事態を察知する。
「──大っっ嫌い!」
そう言い残し、銀髪を振り乱して教室を飛び出していく少女。頬を抑えた男は苦虫を噛み潰したかのような顔で同じように教室を出ていき、乱雑に閉められた扉の音を最後に静まりかえった。
......。
............。
......え、なにこの空気。
結局硬化した空気は変わることなく、俺はどうしようもなくふて寝を決め込むのだった。ちなみに寝心地は久々に最悪だったと言っておこう。
はいはいテンプレテンプレ。