どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
「ここは......?」
大亀を突破し、更に通路を進んだ先で声が響く。
大広間のような室内は薄暗い。床や壁、高い天井の所々に設置された結晶型の光源──魔術の照明装置の光はかなり絞られており、足元がよく見えない。そして、辺りには謎の液体で満たされたガラス円筒が、無数に、延々と規則正しく立ち並んでいた。
それらガラス円筒の一つ一つが、部屋のあちこちに設置されたガラクタの塊のような魔導装置にコードで繋がれ、その装置は現在進行形で低い音を立てて稼働している。
「ったく、何なんすかね、これは」
何とはなしにその円筒へと目をやる。周囲が薄暗いため、そのガラス円筒の中身がよく見えない。俺は何気なくガラス円筒へ近付き、中を覗き込んで──
「......っ!?」
──瞬時に、止めておけばよかったと後悔した。
背筋が凄まじい悪寒で総毛立ち、ぶわっと気持ち悪い脂汗が全身から噴き出した。隣を見れば、同じように中身の正体に気付いてしまったレーダス先生が口元を抑えている。
「人の......脳髄......」
隣の円筒もそうだ。その隣もそう。その隣の隣もそうだ。
延々と、標本のように──否、事実として標本にされている脳髄が陳列されていた。
「......『感応増幅者』......『生体発電能力者』......『発火能力者』......」
フレイザーが読み上げていくのはガラス円筒につけられているラベルの文字だ。そう、標本の名前を示したラベル。
「......全ての円筒に異能力名がラベルされているな。後は被験体ナンバーと各種基礎能力値データが少々......つまり、これは『異能者』達の成れの果てか」
そう言ってフレイザーは足を止め、立ち並ぶガラス円筒へ鋭い眼差しを送った。これはもはや人間に対する扱いではない。
いや──本当にバークス=ブラウモンは異能者を人間と思っていないのだろう。
異能。
それはごく稀に、人が先天的に持って生まれる特殊な超能力を指す言葉だ。
基本、学べば誰でも扱えるようになる魔術とは異なり、異能は生まれついての異能者でなければ使うことができず、現代の魔術では再現不可能な効果を持つ強力な異能も多い。
その自分が決して持ち得ぬ卓越した力に対する羨望か、あるいは嫉妬か、異能嫌いの魔術師は少なくない。その無知さゆえに異能を忌避する人間も多い。
......いや、違うか。異能とは嫌悪の対象であり、常に差別と迫害にあってきたのだ──"この国では"。
まるで誰かが仕向けたかのように、忌避されている。
「──私の貴重なサンプルの数々、お気に召されたかな?」
唐突に、場違いに。声は聞こえた。
その瞬間、フレイザーが
「バークス=ブラウモン......!」
ぎりぎりと歯を食い縛りながら、レーダス先生が殺意を向ける。初老の男は薄く嗤うことで応じた。
「いやはや、遠路はるばるご苦労だったな。では──」
す、と腕を此方へと伸ばす。同時に感じた嫌な予感に、俺はその場から飛び退いた。
「死んでくれ。なあに、頭部さえ残れば後は必要ない。その錬金術を越える異能、私の新たな研究材料とさせてもらうぞ」
「ぐっ......シェロ!」
嗤いながら放たれたのは極低温の冷気だ。俺が先程までいた空間は瞬時に凍結され、巨大な氷柱がそこには鎮座していた。ぞっとするような出力に警戒を最大に引き上げる。
「俺のことはいい、早く行ってください!」
「おま、何を──」
「ルミア=ティンジェルが
レーダス先生が息を飲む。そうしてフレイザーを一瞥し、頷いたのを確認した後に、背を向けて出口へと走り出した。
「は、馬鹿が! 良い的だ──ぐっ!?」
放たれた【ブレイズ・バースト】がブラウモンの体を焼き焦がす。更に炭化した左腕を投擲した剣が砕き、ほぼ無力化した......と思ったのだが。
「効かんなぁ......」
再生する。見ているこちらが気持ち悪くなるほど鮮やかに、傷口が膨れ上がって再生する。エレノアとも違う驚異的な再生能力──しかしそれは再生するだけには止まらず、更に肥大化した筋繊維の束がブラウモンの全身から溢れだし、そのまま筋肉の塊のような醜悪な怪物へと変貌を遂げた。
「さて、では少し遊んでやろうかのぅ」
巨人となったブラウモンがそう呟けば、左腕からは冷気が溢れだし、右腕からは圧倒的な熱量が噴出される。
流石にこうも露骨に示されれば嫌でもわかる。詠唱なくこの威力の攻撃を──B級軍用魔術にすら届きうる威力のものを放てるのは異能者以外に存在しない。
「貴様、異能を取り込んだのか......!」
「ご名答。褒美をくれてやろう、王家の犬よ」
周囲を巻き込みながら放たれる絶対零度の冷気とガラスを数秒で融かす焔。そしてさらにその口から漏れる蒼電を視認した瞬間──僅かだが意識が飛ぶ。
「ご、は......!?」
気付けば俺は床に伏し、ガラス円筒が並べられていた研究室は煉獄のような様子へと変貌を遂げていた。
......衝撃で数秒間意識が飛んでいたらしい。慌ててフレイザーを探せば、マグマの如くどろどろに融けたガラスや氷柱が同時に乱立する不自然なフィールドの中央に立っていた。
「..................」
無言。だがその瞳は明確にバークス=ブラウモンを脅威として認識していた。僅かに焼けた軍服の裾を揺らし、再び放たれる電撃を寸前で防ぐ。
「ふはははははは! これが"力"だァ! あのアルフォネア等と言うアバズレすらこのバークスは越えたのだ! 異能とはかくも素晴らしきものよ──魔術など馬鹿らしくなってくるわ!」
巨人は哄笑を上げる。だがそれを見て、アルベルト=フレイザーは呟いた。
「......アルフォネアを越えた、か。笑える冗談だな、バークス=ブラウモン」
「何ィ......?」
冷酷な嘲笑を浮かべて、フレイザーは告げる。
「お前は確かに人外だ。愚かにも人の範疇を越えた外道魔術師だ。だがな──その程度であの女を、"神殺しの怪物"を越えられるものか」
元執行者ナンバー21【世界】のセリカ=アルフォネア。その能力はもはや対人規模にはない。あれは単騎にて一国を捻り潰す──生まれた時代を間違えたとしか思えない、理性を持った怪物である。
例え相性が良かったとしても、例え下級邪神程度だったとしても、本来人の身で到底届くはずのない神格を完全殺害した現代の"
時間をも掌握し、星すら墜とす、不老不死たる金色の魔女。
「それをお前が越えただと? 笑わせるなよバークス。せめてそれは、腕の一振りで山を消し飛ばすくらい出来てから言って欲しいものだな」
「こ、の......戦争犬風情がァ!!」
憤怒に染まった顔から──いや、口から極光が放たれる。増幅されたそれは生体発電能力によるもの。それを瞬時に作成した魔力障壁で防御するフレイザーも大したものだ。
ちなみに俺は余波で死にかけている。プラズマとか初めて見たぞ。目が潰れそう。
「っ、おい!」
恐らくこのままでは俺もフレイザーも死ぬ。そう判断し、俺は巨人へと呼び掛けた。
「テメェが欲しいのは俺の能力だろう? なら──」
近くにまだ残っていた器具、無針注射器を掴みとった。そして魔術設定を操作し、左腕へと押し付けて
「くれてやるよ。だから俺達を見逃せ、バークス=ブラウモン」
ぎょろりと巨人の眼球がこちらへと向く。俺は突きつけるように血液で満たされた注射器を掲げた。
「......ほう?」
「っ!正気か、イグナイト!」
予想だにしていなかったのだろう。珍しく声を荒げるフレイザーを無視し、俺はブラウモンを睨んだ。
「良かろう。それを寄越せ」
「......ああ」
注射器を投げ渡す。それを肥大化した手で掴みとり、そうしてしげしげと観察すると──あろうことかそのまま飲み込んだ。
ばり、とかぐしゃ、という音の後に注射器ごと咀嚼する。そして巨人はにやりと笑い、俺へと手を翳した。
「馬鹿め、能力さえ手に入れれば貴様に用などないわ! 消し炭にしてくれる!」
暴力的な熱量が収束する。そうして俺はなすすべもなく放たれた火炎に焼かれる──
「......何?」
──何てことはなかった。
ブラウモンが怪訝な顔で自分の腕を見る。不意にぶちゅり、という音が響き渡った。
「は?」
それは能力を使えないことに対する驚愕か、或いは"突如として眼球が潰れたこと"に対する驚愕か。俺にはわからなかったが、ただ一つ明確なことがあるとすれば、それはブラウモンの眼窩から剣が突き出しているという事実だ。
「な、何だこれは──」
言葉を紡ぐ暇すらなく剣が肩から突き出す。内側から貫く。眼球を、腕を、背を、腹を、足を貫く。次々と溢れ出す。
「き、貴様何をしたァ!」
「俺は何もしていないさ」
そもそも"それ"は俺ですら制御不可能なナニカなのだ。十数年付き合い続けてそれでも尚、完全駆動させることが出来ずにいる。
本来の所有者が持て余すような異能。それを譲渡してしまえばどうなるか。
「あが、あぎゅ、ごふ」
錬成される剣の素材は体内にあるもの。故にブラウモンが宿す異能を取り込んで具現化する剣は魔剣と化した。稲妻が、冷気が、炎熱がブラウモンの体を破壊しながら剣に宿って内側から貫く。再生能力すら剣に吸収されたのかもしれない。声帯さえも剣に貫かれ、怯えたような目を此方へ向けてくる。
「あびゃ──た、たす、たすけ」
「......さようなら、バークス=ブラウモン」
地に伏したこの男を見下ろす俺はどのような目をしているだろうか。蔑んでいるのだろうか。哀れんでいるのだろうか。
それとも、何の感情もない鋼のような目か。
「あびゃびゃびゃがぎゅッぎィ────ぁ」
ぱぁん、という音を立てて。呆気なくそれは破裂した。
血肉が辺り一面に撒き散らされ、剣に喰われた臓物が床に貼り付く。無論のこと俺にもその肉片は付着する。頬にこびりついたそれを拭いとると床に捨て、無造作に踏みにじった。
──魔力の消費もなし。効率の良い殺し方だったな、と胸中で呟く。血に塗れた無数の魔剣が肉片から生えている様は、人が見れば芸術のようだとでも言われそうだ。
「さあ、行きましょうか。大分時間をロスしてしまいましたし」
「......ああ、そうだな」
視線が交錯する。詮索するような鷹の瞳に対し、俺は笑って返す。
そう──
アっくん「ジー」
エっちゃん「まだかなー♪」
そろそろ四巻の終わりも見えてきた。もうちっとだけ続くんじゃよ。