どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
研究所見学の日がやってきた。よく考えたらこれが当初の目的である。ほぼ忘れてたけど。
歩きにくいことこの上ない道を進むことで原生林を突っ切り、切り立った崖に面した道を蛇行し、谷間にかかった吊り橋を渡り、冷たく透き通った水の流れる渓谷沿いに進み──ようやく白金魔導研究所に到着する。というかこんな僻地に建ててんじゃねーよ。
最早ほとんどの生徒が息も絶え絶えといった様子であり、あのレーダス先生ですら息を整えている。二時間以上も都会っ子に歩かせるとか拷問に近い。......実はこの遠征学修の目的って体力つけさせることなのではなかろうか。
「しっかし、ここまで浮世離れしてると研究所見学っつーより、古代遺跡調査にやって来たっていう気分だな......」
そんなことを口走るレーダス先生に同意し、俺は頷く。原生林の奥地に座す神殿じみた建物は研究所という風情ではない。観光地としても十分やっていけそうなほどである。
「えーと、ひぃ、ふぅ、みぃ、......ちゃんと全員いるな? はぐれた奴はいねーな?」
レーダス先生がそうして生徒達の数を確認していた、その時だった。
「ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院の皆様。遠路はるばるご苦労様です」
いつの間にかそこには、初老の男が一人立っていた。いかにも好々爺然としており、ついでに頭頂部は見事なまでに輝いていた。うむ、いい煌めきだ。
「私はバークス=ブラウモン。この白金魔導研究所の所長を務めさせていただいている者です」
「や、あんたがバークスさんか──」
レーダス先生が背筋を正し、教師らしく......しかし微妙に丁寧じゃない物言いで挨拶を述べた。だが件のブラウモン氏は顔をしかめることもなく、終始一貫して柔らかい物腰で応対し、あろうことか自ら引率を申し出たのである。これには流石のレーダス先生も恐縮せざるを得なかったのか、ぺこぺこと頭を下げていた。
「..................」
言動から受ける印象としては、研究職の魔術師らしからぬ人格者だというものだろう。しかし、俺は一瞬だが──何故か妙な雰囲気を感じた気がして、じっと観察するようにブラウモン氏を見つめるのだった。
とは言え、見学そのものは恙無く進んだ。
俺が感じたあの空気に関しては、まあ考えすぎというやつだったのだろう。まさしく水の神殿といった風情の研究所内を、そこかしこに群生している樹木や植物の間を潜り抜けながら見て回っていた。
至るところにヒカリ苔が生えているため、窓もランプもないのに関わらず程よい明るさを保っているのは何処か不思議な感覚であり、所内環境を保つためにあるのであろう黒いモノリスもあいまって本当に神殿のようである。
ちなみに白金魔導研究所という名前から察せられる通り、この研究所の研究対象は白金術である。とは言えそれは
生命力に干渉する白魔術と、元素の配列変換や
俺とて巨大なガラスの円筒の中に浮かぶ
「まあ......いい気はしないわな」
何が正しいかなんてさらさら説く気はないが、本能的に忌避感はどうしても抱いてしまう。そしてそれは正常な反応なのだろう。
魔術師というものは元来知的好奇心というものが酷く旺盛だ。故にこうした生物研究も、如何に人道を訴えようが停まることはないだろう。太古から魔術師というのはそういうものだと周知されているのだ。
きっとこの研究は止まらない。そして、いつか必ず禁忌に手を出す人間も現れる。外道へと身を堕とす者が現れる。
そしてそうした存在──人間性を捨て、好奇心だけに捕らわれ禁忌の道に邁進するものを処断するのが特務分室の役割だ。
「そういや姉貴、元気にしてんのかなぁ......」
特務分室、ということでふと思い出す。
見栄っ張りで名誉欲が強く、他人を蹴落とすことを何とも思わず、躊躇いなく人を駒のように使い捨てられる──しかしどうしようもなく有能な腹違いの姉。どうせ今も全方向に喧嘩を売りながらも、その有能さから切り捨てられずに美味い飯を食ってるのだろう。
うちの姉は確かに天才だ。イグナイトの名に相応しい魔術を保有し、魔導学院を首席で卒業し、その才を見込まれて特務分室に入った才女。またその美貌は身内ながらも感心するほどではあるのだが──性格だけは何というか、もう論理的なクソ野郎としか言えない何かなのだ。
傲慢だわ見下すわ嘲るわ陰口叩くわ──だが有能である。
人を使い潰すしそれに対して罪悪感を欠片も抱かないし人間として色々と終わっている──しかしあらゆる分野において天才である。
最早人としてここまで苛立たせるような存在は他にない。とは言え無駄なことで人を捨て石することはないし、彼女がそう考えたのであればそれが最善かつ最速なのだ。
故に上層部は姉貴を切り捨てられない。まるで呼吸するように全方向に喧嘩を売りにいくアホではあるが、頭は良いのだ。
「......まあ、極悪人ってわけでもないんだが」
どうせ職場でも嫌われてるんだろうなぁ......と考えると他人事ながら胃が痛くなってくる。たまに優しい時もあるにはあるし、人間である以上ずっと気を張りつめるわけにもいかないので甘えてきたりもするのだが──如何せんそういった人間的な所を外部で出すことがないため誤解......いや誤解じゃないけど真性のクソ野郎だと思われていることが多いのだ。いやクソ野郎ではあるんだけど。何というか、もうちょっとその才能を人心掌握の方面に伸ばして欲しいものである。
......どうせそう言えば「実力を示せば人はついてくるでしょう?」とかすっとぼけた顔で返してくるんだろうけど。少しは他人のことを気にかけてくれ頼むから。
「......ん?」
そうして身内のことを思い返してげんなりとしている最中、ふとある説明が耳に飛び込んでくる。
「──仰るとおり。生物の構成要素は肉体たる『マテリアル体』、精神たる『アストラル体』、霊魂たる『エーテル体』の三要素なのですが......死を迎えた生物は、その三要素が分離し、それぞれがそれぞれの円環に還ります」
すなわち、『マテリアル体』が自然の円環へ。
『アストラル体』は集合無意識の第八世界──。
「" 阿頼耶識"......」
「──なんと! これは専門知識に近いものですが、まさかご存知だとは」
ぽつりと呟いた言葉はしっかりと聞かれていたらしく、唐突にこちらへと向けられた言葉にぎょっとして振り向いた。
「先程彼が言ったように、『アストラル体』は集合無意識の第八世界である『阿頼耶識』......言ってしまえば意識の海へ、『エーテル体』は輪廻転生の円環、摂理の輪へと回帰します。ゆえに──」
ちらりとこちらを見て、ブラウモン氏は言う。
「生物の死後、『アストラル体』が意識の海に溶け消え、『エーテル体』が次の命へと転生する以上、死者の蘇生は不可能──これがマーヴェルのコスモゾーン理論からの派生論、死の絶対不可逆性です。今のところ、この死の絶対不可逆性を覆す魔術はございません。それゆえに、この死者蘇生計画たる『Project:Revive Life』......通称『Re──」
「『Project:Revive Life』ってのはな、要するにさっきバークスさんが言ってた生物の三要素を別のもので置き換えて、死者を復活させようという試みなんだよ」
突然、レーダス先生が何故か言葉尻を奪うように割って入る。フィーベルやルミア様が面食らう様子を見ながら、俺は訝しげな視線を担任講師へ向ける。
......続けてぺらぺらと彼の口から立て板に水のような説明が為される。しかしそこに焦りが見えたのは、果たして俺の気のせいなのだろうか。
「って、ちょっと、先生! 説明はありがたいんですけど、今、バークスさんがお話ししてるでしょ!? 横から割り込みなんて失礼です!」
「おっと、失礼。なーんか興味深い話してっから、つい......話の腰折っちゃってすんませんね、バークスさん」
「いえいえ、構いませんよ。それにしても流石は学院の現役講師殿。説明が理路整然としていて、私が説明するより早かったでしょうな──」
いや、違う。言いたかったのではなく、何かをブラウモン氏に言わせたくなかった......?
ふと辺りを見回せば、いつものようにぼうっとして
「......いや、まさかな」
かつて自分の生い立ちを、何故前世を背負って生まれてきたのかを知りたくて調べた時の知識が甦る。その全てが告げているのだ。死者蘇生など不可能。ましてや、アストラル体を保ったままでの転生など不可能なのだと。
何の根拠もない憶測を振り払い、俺は研究所の奥へと歩を進めた。
あらかた見終わり、気付けば夕方を回っていた。魔術に然程興味のない俺でも時を忘れて見入るほどに研究成果は興味深く、その手の研究が好きな人間には堪らないものだったことだろう。現に未だ名残惜しそうな顔をした生徒が何人かいる。
「ふぁ......」
脳を使った疲労からか、またいつものように欠伸が洩れる。そしてカッシュ達を探そうと振り返った、のだが──。
「おい、シェロ! リィエルを見なかったか?」
「は!?」
唐突に視界内に現れたレーダス先生の顔に目を白黒させる。てか何処から現れたねん。
「い、いや知らないっすけど」
「ちっ、こっちには来てないってか......しょうがねぇ、ちょっと手伝え!」
「え、えぇー......」
なんでさ。
そんな言葉を胸中で吐き、俺はうへぇ、という顔をしながら話を聞くことにする。
「で、俺はどうすりゃいいんです?」
「リィエルは路地裏を抜けていった。方向としちゃ裏通りと表の大通りがあるが、一人で探すにはちょいと広すぎる」
「俺はどちらを?」
「表を頼む。......悪ぃな、助かるぜ」
「その代わり、単位の方はよろしくお願いしますよ?」
俺の実技は相変わらず壊滅的だ。単位の方を融通してもらうように頼むと、言われた通りに表通りを辿っていくことにする。
......夕方に差し掛かった表通りは混雑している。四苦八苦しながら人混みを抜けるが、レイフォードが通ったような痕跡はまるでない。いや、あのレイフォードに人混みを潜り抜けるような器用さはない気もするが。
「こっちじゃない気がするな......」
十五分ほど探し回るが、やはり陰も形もない。それほど巨大な町でもないのだ、行けるところなどそう多くもない。これはレーダス先生の行った裏通り沿いの方向が当たりかな、と考えて方向を転換する。
「《我・秘めたる力を・解放せん》」
一瞬だけ【フィジカル・ブースト】を脚部に行使し、裏技的に近道をするため屋根へと跳躍する。レイフォードのように全身に付与するようなことはできないが十分である。
魔術師でないならば、余程身体能力が卓越していなければ駆け上がることは不可能な高さだ。こういった利便性も魔術師の特権の一つなのだろう。無論のこと、それに伴う責務なども存在するが。
「こっちか」
裏通りの方へと屋根を駆けながら向かい、適当なところで再び地上に戻る。よくよく見れば真新しい靴の痕跡が残っており、この方向にレーダス先生が向かったことは容易に推測できた。
しかし、この方向は。
「昨日の砂浜......か?」
町外れ、というか外と言うべき砂浜。あの幻想的だった光景を見たあの場所である。
......早朝からの鍛練の成果が出ているのだろうか。以前より少し上がったスタミナのお陰でそんなに疲弊することなく足跡を辿って件の場所へと到着する。そうして沈みかけた夕陽に照らされる中、俺の視界に写ったのは。
「......っ!?」
謎の蒼髪の青年から、レイフォードを庇うように立つレーダス先生の姿だった。既にレイフォードもあの大剣を錬成し終えており、いかに青年が強かろうと既に決着がついたも同然に思える──。
──瞬間。嫌な予感が背筋を貫いた。
昏く虚ろな瞳を見てしまったからだろうか。それとも青年が嫌らしく嗤う様子を無意識のうちに捉えたからか。気付けば、既に俺は動いていた。
──ギィィィン! と、金属同士が激突する軋みが響き渡る。
「なっ......シェロ!?」
「おい」
レーダス先生の言葉を無視し、俺は
「何のつもりだ──リィエル=レイフォード」
「......だれ?」
顔を覚えてすらいないとは。クラスメイトとして悲しむべきか、それとも。
「何故グレン=レーダスを殺そうとした? お前は【戦車】じゃないのか?」
「......そう。あなたも兄さんの邪魔をするんだ」
虚ろな瞳に意思が宿る。それは──殺意。
「お、おい。どういう──」
「話は後です......今のレイフォードは、"敵"だッ!」
状況が飲み込めず......いや、わかってはいるのだろう。だが納得出来ずにいるレーダス先生に向かって「あの男を頼みます」とだけ告げる。
「邪魔するなら、斬る!」
「斬らせねぇよ、誰もな!」
状況がわからないのは俺も同じだ。だが確かな事実として、リィエル=レイフォードは牙を剥いている。
俺は圧倒的格上を前にして、何処まで凌ぎきれるかを計算し始めるのだった。
ちなみに作者は妹キャラより姉の方が好きです。特に他意はない。