どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい   作:通りすがりの外典マン

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そんな餌には釣られクマー!

 

 

 

 

「馬鹿な......何故当たらない」

 

 絶望が戦場を支配していく。少年は声を震わせて、ゆらゆらと雷光を避け続ける影を呆然としながら見ていた。

 

「有り得ない......」

 

 四方八方から飛来する電撃をこうも容易く回避するなど人間業ではない。最早見る前から何処を狙うかを読みきっている"それ"は、踊るようにステップを刻みながら、少年へと掌底を放ち──。

 

「──逃げろッ!」

 

 叩き落とされる。

 少年は息を飲み、自分と"それ"の間に割って入った兵士に声をかける。

 

「お、お前は──」

「早くしろ......! あと十秒も持たねえ!」

「く......すまない!」

 

 事実上の撤退。歯噛みしながらも目の前で繰り広げられる格闘戦を目に焼き付ける。高速での技の応酬は、やはり"それ"の方が分があるかのように見える。徐々にだが兵士に焦りが見え始め、もろに食らうことはないものの拳が掠り始めていた。

 

「早く......いけ......!」

 

 兵士は呻く。そしてその様を見た"それ"は口許を歪めた。

 

「終わりだ──沈むがいい」

 

 一瞬。僅か一瞬ではあるが影のように"それ"の体が沈み、夜闇に紛れる黒髪によって兵士は僅かに距離感がずれるのを感じ取る。そして同時に理解した。これは避けられないと。

 大気を切り裂きながら迫る拳。下段からアッパーの如く拳を放ちながら、"それ"は嗤う──。

 

「マジカル──キィィィック!」

「それパンチだろぉがッ!」

 

 先程の再現のように、その拳は叩き落とされる。兵士一人では回避不可能だったはずの拳を止めた同士は、ニッと笑みを浮かべる。

 

「悪ィな、遅くなった......シェロ」

「......ったく、遅ぇんだよ、カッシュ」

 

 お互いの様子を見て苦笑する。ぼろぼろだ。全身が泥に塗れ、【ショック・ボルト】の衝撃によって筋肉は痙攣している部分すらある。だが、まだ、それでも──。

 

「俺達はあんたを越えるッ!夢を棄てたあんたを、この拳で叩きのめすッ!」

楽園(エデン)を諦めたアンタなんざには負けてやれねぇんだよ──グレン先生ッ!」

 

 グレン=レーダスはふっと自嘲する。確かに己は夢を棄てた。男の風上にも置けないだろう。

 カッシュやシェロの感情は理解できる。出来ることなら通してやりたいというのが本音だ。しかし、彼にも譲れない想いというものがあるのだ──!

 

「俺はなぁ......! リィエルの度重なる破壊によって、給料が減らされまくってんだよ......! これ以上失態を重ねてみろ、最早マイナスに突入して俺が学院に給料を払うハメになっちまう!」

「......そう、か。あんた、そこまで困窮して......」

 

 シェロとカッシュは唇を噛み締めた。どちらにも譲れないものがある。男としての矜持、そして給料袋──。

 

「だがッ!俺達はあんたを越えていくッ!」

「一人なら無理だ──それでも、二人ならば届く!」

 

 連携してのコンボ。シェロとカッシュ、お互いをカバーしあった連撃ならば、或いは。

 

「......ふ、丁度良い。なら教えてやるよ」

 

 信念を棄て、給料を選んだ万年金欠講師は吠えた。

 

「教師より優れた生徒など存在しない、ということをなぁ────!」

 

 二人の少年と一人の男。かつて同じ道を進んでいた師弟が、ついに激突する──。

 

 

 

 

「......それで結局負け帰ってきたと。全く、このクラスには馬鹿しかいないのかい?」

「まあ頭は良くても使う方向性を全力で間違ってるのは否定しねぇよ......あ、あと十二手で詰むぞ」

「なにっ!?」

 

 ぐぬぬ、という顔をするギイブル。穴熊は確かに使いやすくはあるがその分崩し方もよく研究されている。前世で将棋を多少かじっていたこともあって、珍しくギイブルに頭を使うゲームで勝ち越しているのが新鮮だ。

 

......ほんと、このクラスの奴等は頭こそいいんだけどなぁ。巡回路を割り出し、女子側に潜ませた内偵を利用してレーダス先生の巡回時間と移動にかかる時間を擦り合わせ、どうやっても遭遇しない()()の時間を算出する──ここまでにかかったのが僅か三時間だというのだから恐れいる。しかしその目的が「リィエルちゃんと双六したい」「ルミアちゃんと王様ゲームしたい」「ウェンディ様に踏まれたい」といったものなのだから本当に世話がない話だった。

 ちなみにフィーベルに関しては全会一致で「アレはめんどくさいからいいや」ということで誰も取り合おうとしていなかった。フィーベルェ......!

 

「く......君、このショーギとやらをやったことがあるだろう!?」

「まあ少しな。馴れればすぐ追いつけるさ」

 

 ギイブルは天才の類だ。あの意味のわからない魔導理論を理解できるのであれば、将棋程度一日二日やれば初心者は脱せられるだろう。現に俺も既に数回負けているのだ。馬車内で延々とやっていたとはいえ、大したものである。

 

「そう言えば、ギイブルは明日どうするつもりなんだ?」

「......唐突だね。どういう風の吹き回しだい?」

「いや、別に変な意味とか含みはねぇよ。単なる興味本意の質問だ」

 

 明日は予備日。何をしようと自由な時間であり、カッシュ達はビーチに突撃するのだろうが──。

 

「僕は暇じゃない。遊んでいる暇があったら教本でも読んだ方がマシだ」

「ま、お前ならそう言うと思ったよ。......今現在進行形で遊んでるけどな」

「ぐ、ぬ」

 

 何とも言い難い顔になるギイブルを見てくつくつと笑う。こいつは皮肉屋で性格こそひねくれているが、別に悪い奴ではないのである。本人は否定するだろうが──それがわかっているからこそ、カッシュも何だかんだ言って仲良く出来ているのだろう。

 そんなことを思いながら、夜は更けていった。

 

 

 

 

 翌日。嵐が唐突にやってくることもなく燦々と太陽は輝き、何処か間の抜けた海鳥の声が海原に響く。砂の上で小さく欠伸をし、波間に反射する陽射しに目を細めながら──俺は釣糸を垂らしていた。

 

「サメかエイでも引っ掛からねーかなぁ......いや、引っ掛かっても釣れないけど」

 

 現在の戦績は黒鯛に似た何かが五匹程度。名前はさっぱりわからないが黒鯛っぽいとしか言えないのである。そろそろ他の釣れないかなあ、と引き上げてみれば何故か蛸がつぶらな瞳でこちらを見ていた。お前絶対生息地違うだろ。帰れ。

 

 とりあえず蛸を全力で沖へと投擲し、アジでも釣れないものかと再び釣糸を投げる。磯の薫りが鼻を擽った。

 そして同時に、背後で風が僅かに吹いた。

 

「あんた、こんな所で何してるの?」

「見りゃわかるだろ、釣りだよ釣、り──」

 

 声をかけてきた少女へと振り向いた瞬間、僅かな時間だが思考が停止する。予想だにしていなかった姿に、思わず反射的に口をつぐむ。

 

......控えめなカーブのラインが清楚な印象をもたらす、そのスレンダーな肢体。セパレート型の水着は花柄をあしらったパレオとなっており、控えめながらも主張している胸部装甲を羞恥で僅かに頬を染めながら隠す様は可憐の一言に尽きる。

 

「な、なによ......何か文句でもある?」

 

 ある筈がない。俺は感嘆の溜め息を吐き、そして震える声を絞り出した。

 

「フィーベル、お前......やれば出来る子だったんだな......!」

「あんたは一体誰視点なのよ!?」

 

 いやだってしょうがないじゃん。普段女子力とかそんなもの以前に説教が先行する系女子だぞ。あのカッシュが敬遠するようなやつだぞ。何というかもう、ギャップにときめくとかそういったもの以前に感動してしまった。

 

「いや俺は信じてたよ、お前はやれば出来るって。うん......あれ、何か目から塩水が......」

「本当に塩水ぶちこむわよあんた」

 

 口元を引きつらせながらフィーベルが魔力を蠢かせる。慌ててバケツに入った黒鯛五匹を献上すれば、胡乱げな目でこちらを見下ろしていた。

 

「......はぁ。それで、あんた何してるのよ」

「いや、だから釣りだって。魚食べる?」

「流石に生だといらないわよ......それに、小さめだから骨が多そうだし」

 

 割りと本気で食うことを想定していて驚いた。白猫と呼称されるだけあって魚好きなのだろうか。

 

「よく飽きもせず釣糸を垂らしていられるわね......まあ、少しくらいはこっちにも顔出しなさいよ。ギイブルだって参加してるのよ?」

「マジっすか」

「大マジよ」

 

 あのギイブルがビーチバレーに参加するなど想像も出来──るわ。普通に出来るわ。あいつ負けず嫌いだから煽ったら余裕で釣れそうだった。

 

「じゃあ後でちょっとそっち行ってみるわ。宿のすぐ近くのとこだろ?」

「ええ。全く、あんたくらいのものよ? 海に入るでもなく釣りばかりしてるなんて......」

 

 いつも通りぶつくさ言いながらフィーベルは歓声が僅かに響いてくる方へと戻っていく。俺はそんなフィーベルの背中へと目を向け、ふと声をかける。

 

「フィーベル」

「......なに?何か用?」

 

 いつもと変わらぬ仏頂面。だがいつもと違うのはその白磁のような肌を惜しみ無く晒しているところだろうか。

 

「言うの忘れてたけどさ、水着似合ってるぞ。率直に言って滅茶苦茶可愛い。もっと自分に自信持てよ」

 

 きょとんとした顔で一秒ほど固まっていたが、その顔が唐突にしゅぼっと赤くなる。そして気付けばそこには、口をぱくぱくさせながら声にならない声を洩らす謎の生命体が誕生していた。

 

「な、な、な............!」

 

 欠伸をしつつ目を逸らし、釣り竿へ意識を戻す。そうしてきっかり三秒たつと同時にフィーベルが爆発した。

 

「あ、う、あ──こ、この、馬鹿あぁぁぁぁぁあ!」

 

 猛スピードで去っていくその姿を見送り、もうひとつ欠伸を噛み殺す。

......柄にもないことを言った自覚はある。これはカッシュには言えないなぁと思いつつ、俺はいつの間にか餌だけ食われていた釣り針を再び投げるのだった。

 

 

 

 

 まあそんな感じでいつの間にか自由時間は終わり。就寝時間も過ぎてもう深夜に近くなってきた所で、俺はカッシュ達を起こさないようにしつつこっそりと部屋を抜け出した。その手に握られているのは無論のこと釣り道具である。

 

「夜釣りってのもなかなか乙なもんだよなぁ......」

 

 静寂が満ちる砂浜で、月明かりに照らされる海へと一人竿を振るう。ぽちゃりと言う音と共におもりが沈んでいく様を眺めながら、ひんやりとした大気を深く吸い込む。

 

──悪くない。

 早速竿がたわみ、必死に糸を引く魚との駆け引きを楽しみながらリールを巻く。海面下で蠢く影、そしてただ糸にかかる感覚だけを頼りに行う綱引きは俺に高揚感をもたらせる。この楽しみばかりはやったことがある人間でなければわかるまい。

 

「別にここの魚を取り尽くしてしまっても構わんのだろう......?」

 

 続け様にフィィィィッシュ!と思わずテンションが上がるが、叫ぶようなことはせず粛々と、しかし巧みに魚を釣り上げる。今度はカレイのようなやつだ。適当にバケツへと放り込み、俺は嬉々としながら再び竿をしならせて釣り針を投げる。

 釣る。

 投げる。

 釣る。

 投げる。

 釣る──。

 

「おい」

「!?」

 

 びくりと体が震える。振り向いて驚きに声をあげかけるが、慌てたその男は「しーっ!」と言って静かにするようジェスチャーをする。

 

「......没収ですか?」

「いや、そんだけ楽しそうに釣りをしてたらな......ってか、釣りすぎだろお前」

 

 下手人──レーダス先生はバケツの中身を見て呆れたような顔になった。「別に食う気はないんだろ?」と聞かれたため頷いて答えれば、ひっくり返して放流する。グッバイ魚ちゃん、また俺に釣られてください。

 

「ちょっといいものを見せてやるよ。......静かにしとけよ」

「いかがわしい店とかじゃないですよね」

「お前は俺を何だと思ってるんだ......?」

 

 そんなやり取りをしつつ、少しばかり場所を移動する。そうしてやって来たのは宿泊街どころか町の外にある砂浜だ。町の灯りも届かない中、海岸線はより一層幻想的な風景を演出していた。

 

 絶え間なく寄せては引いていく波。淡く青に輝くやうな白砂に沸き立つ泡は、まるで波に打ち上げられた大量の真珠が如く。

 ダークブルーに染まった海と、悠然と続く水平線。空には白銀に輝く三日月。

 月光が揺らめく波間を金剛石(ダイヤモンド)のように白く輝かせ、その光景はただただ幻想的で──。

 

「──────」

 

 そんな中で戯れる三人の少女の姿に、俺は知らず知らずのうちに呼吸すら忘れて見入っていた。

 

「な? 見に来てよかっただろ?」

「そう、ですね。確かにこれは......」

 

 妖精のよう、とは些か陳腐に過ぎるか。

 カメラがないことが惜しまれるな、と考えた直後にその考えを否定する。この光景は到底フィルムに収まるようなものではない──。

 

「少し付き合えよ」

 

 コツン、と。小突いたその手にはブランデーの瓶がある。俺は呆れてグレン=レーダスを見上げた。

 

「いつの間に買ったんすか......」

「元から飲むつもりだったんだよ。いいだろ? お前のことも黙っといてやるからさ」

 

 それを持ち出されれば黙らざるを得ない。俺は嘆息し、担任講師の晩酌に付き合ってやることにする。

 

 それに。この光景を肴に飲む酒ならば──。

 

「......美味い、ですね」

「だな。最高だよ、ほんと」

 

 以前飲んだ酒は確かに高いものだったのだろう。そして今この瓶に入っている酒は、銘柄もわからないほど安いものなのかもしれない。

 だが、それでも、確実に──。

 

「ええ。最高ですね」

 

 今この瞬間だけは、世界最高の美酒に違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備は出来たのだろうな?」

「万事滞りなく。あの感応増幅者が手に入るのも時間の問題でしょう」

 

 蒼い髪を揺らし、青年が胸に手を当てて答える。

 

「......ふん。しかし、本当にあの餓鬼がいれば『Project:Revive Life』は完成するのだろうな?」

 

「あら、まさか私をお疑いで?」

 

 女は僅かに目を細める。その様に男はたじろぎつつも、疑念を呈した。

 

「いや、疑っているわけではない。しかしあのような都合の良い存在がいるのかと不安になってな......」

「何も問題はありませんわ。あの少女は"本物"です」

 

 ばっさりと切り捨てる。しかしその直後、ふと思い至ったかのように女は呟いた。

 

「ああ、そう言えば。バークス様は異能者の収集が趣味でしたわね?」

「収集ではなく研究だ!」

 

 苛立ったような声に答えることなく、話を続ける。

 

「感応増幅者の他に一人興味深い──そう、実に興味深い異能の持ち主が生徒の中にいるのですが、興味はありませんこと?」

「......なに?」

 

 深く、深く。

 

 

「確か......"シェロ=イグナイト"という名前だったかしら?」

 

 光すら届かない深淵で、誰かが嗤った。

 

 







愉悦先輩がアップを始めました。

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