どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい   作:通りすがりの外典マン

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目玉焼きは塩か醤油かソースなのか。

 

 

 

 

 

「《雷精よ・紫電の衝撃を以て・撃ち倒せ》」

 

 基礎魔術でも初歩の初歩、もうこれが使えなかったら『お前この学院に明日から来なくていいよ』と言われるレベルの基礎魔術──【ショック・ボルト】。投影に全リソース突っ込んでるとしか思えない俺でも三節詠唱すれば何とか使えるようなそれだったが、擬似質量を付与された電撃は的をギリギリかする。

 

「......六分の二。お前ほんっと魔術使えないんだなぁ」

「いや、いつもそう言ってるじゃないですか」

 

 あらぬ方向へ飛んでいったり手前で力尽きて消滅したり、もう習いたての一年次生に敗北するんじゃないかというレベルで惨々たる結果だ。うん、筆記で頑張るから許して。

 

「ま、要練習......ってことで。んじゃ、次はリンな」

 

 かすった程度だがどうにか命中判定を貰えたらしく、俺はほっと溜め息を吐いて後方へと下がる。肩を叩かれ、振り向けばカッシュが超笑顔でサムズアップしていた。ぶっ飛ばすぞ。

 というかお前ゼロだったろーが。どれも俺より惜しかったけど。

 

「......六分の二か。まぁ、落ちこぼれにしては頑張った方じゃないのかい? そこのデカブツよりはマシ、程度の成績だけどね」

「なっ......んだとテメェ!」

「落ち着けカッシュ、お前がデカブツで割と脳筋なのは否定できん」

「ちょ、ちょっとイグナイト君!?」

 

 ギイブルが俺をダシにしてカッシュを煽り、男の娘枠のセシルがおろおろし、俺がカッシュを宥める──振りをして煽る。まるで一歩間違えれば喧嘩になりそうな関係性だが、これが不思議なもので、別に仲が悪いわけでもないのだ。

 

「ったく......そういうお前はどうなんだ、ギイブル? ん? そういうからには自信があるんだろうな?」

「ふん。まぁ、黙って見ていればいいさ」

「おーい、次、ギイブル。お前だ、行け」

 

 丁度レーダス先生に呼ばれ、ギイブルは狙撃の定位置へと歩いていく。その気になる結果だが──。

 

「......ちっ。相変わらず嫌になるほど優秀だな」

「あ、あはは......ギイブル君は努力家だからね......」

「全部綺麗に中心に当たったな。あいつめっちゃ目が良いんじゃねぇの? あれひょっとして伊達眼鏡?」

 

 案の定六分の六。悠然と戻ってくる姿は"出来て当然"という雰囲気すら漂っており、嫌味なことこの上ない。これぞ煽り眼鏡(ギイブル)である。その眼鏡割るぞテメェ。

 

「さて......と。よし、リィエル。お前の番だ。やれ」

「......ん」

「いいか? 同じ的を狙ったらダメだぞ? 」

 

 ぐちぐちとレーダス先生が懇切丁寧に説明し、律儀にレイフォードが頷く。そして定位置に立ち、遥か二百メトラ先のゴーレムを眠たげな瞳で見据えたレイフォードは前方を指差し──。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃を以て・撃ち倒せ》」

 

 普通に外れた。しかも、的どころかゴーレムに掠りもせずに。

 何とも微妙な空気が場を満たすが、当の本人は淡々と詠唱を繰り返す。しかしその悉くがものの見事に四方八方へ飛んでいき、俺は眉をひそめる。

 

「これが、【戦車】の執行官......?」

 

 俺にすら劣る制御能力。果たしてこれが本当に特務分室のメンバーなのか疑念を抱いたその瞬間、レイフォードは傍らのレーダス先生を見上げた。

 

「ねぇ、グレン。これって【ショック・ボルト】じゃないと駄目なの?」

「駄目とは言わねーが......この距離じゃ、他の攻性呪文(アサルトスペル)だとマトモに届かねーぞ?」

 

 【ショック・ボルト】じゃないと駄目だというより、この長距離を効果的に狙える学生用の呪文は【ショック・ボルト】くらいしかない。雷撃系の魔法は面制圧にそ向かないが、こういった長距離狙撃や着弾時間の速さに定評があるのである。

 しかし。レイフォードは小首を傾げて再度尋ねた。

 

「つまり、呪文自体は何でもいい?」

「まぁ、一応、そうだが......」

「わかった。なら、わたしの得意な呪文でやる」

「......は? おい、言っておくが、軍用魔術は禁止だからな?」

「大丈夫。問題ない」

 

 ぼそぼそとそんな声が聞こえてくる。というか今フラグ立った気がするんだけど。

 しかしレイフォードは二百メトラ先のゴーレムに対して、再び向き直る。そして、次の瞬間。

 

「《万象に請い願う・我が腕手に・十字の剣を》」

 

 紫電を撒き散らしながら、レイフォードが身を屈めて触れた地面に巨大な魔法陣が展開される。出現するのは身の丈を越える十字大剣(クレイモア)

 思わずその場にいた全員が絶句する中、レイフォードはその大剣を、あろうことか──。

 

「いぃぃぃやぁぁぁああ──ッ!」

 

 投げた。ぶん投げた。超投げていた。

 唖然としてその軌跡を見ていたが、しかも信じられないことに、二百メトラも先のゴーレムに見事命中。哀れゴーレムは爆発四散! 南無三、ハイクを詠む暇もなし!

 

......と、まぁ。冗談は置いておくとして。

 

「は、はは。何だそりゃ」

 

 戦慄する。その錬成速度に、ではない。あんなものは俺でも出来る。リィエル=レイフォードの怪物性はそこにはない。

 無詠唱による【フィジカル・ブースト】。確かにそれも驚異的だろう。しかしそうではない。そうではないのだ。

 

 あの華奢な身体では、本来あんな大剣を振るうなど土台不可能な話だ。しかし、リィエル=レイフォードはあろうことか、それを二百メトラ先の的に向けて正確に投擲すらしてのけたのだ。それはただ身体強化しただけでは不可能な芸当である。

 つまり。レイフォードは通常では一部にしか付与しない身体強化呪文を"全身に"付与し──そしてバネのようにその全運動エネルギーを大剣の一点へと注ぎ込んだのだ。

 

「すっげぇ......」

 

 思わず感嘆の声が洩れた。完成されている。無詠唱の【フィジカル・ブースト】、それを全身に張り巡らせる魔術展開、そしてともすれば容易く自壊するほどの暴力を完璧に制御しきる天賦の運動神経──認めよう、あれは確かに怪物だ。あの若さで執行官であることも納得がいく。

 例えるなら、あれは一瞬でトップスピードに到達するモンスターマシンのオンオフを自在に切り替えながら小回りがきくように操縦しているようなものだ。一瞬でもミスをすればあらぬ方向へ腕が曲がり、骨は砕け、肉は裂ける。肉体の速度に意識がまずついていけないはず。

 

......なのだが。

 

「天才......か」

 

 恐らくあれは直感だけで身体を動かしていた。そこに理屈などなく、ただ染み付いた動きを何も考えず為したのみ。本能だけであの領域に辿り着いている事実に驚愕する。

 生半可な技では受け流す前に押し潰される。ただの防御であればその上から叩き斬られる。パワーファイターの究極形......ただ強く速く、そして重いだけの単純な剣。故に最強。

 

 故に──【戦車】。

 

「......ん。六分の六」

 

 何処か自慢げに呟く少女の肢体は、よく見れば細くはあるが肉食獣のようにしなやかな筋肉が備わっていた。乱雑に纏めた蒼い髪を揺らし、常に眠たげなレイフォードは豹のようにすら見える。

 

「あ、あのなぁ、リィエル......攻性呪文(アサルトスペル)使えっつったろ......」

「ん、攻性呪文(アサルトスペル)。......だって、あれ、錬金術で錬成した剣だし」

「間違ってる......その解釈は絶対、間違ってる......」

 

 レーダス先生は呆れ果てたように空を仰ぎ、他の生徒は規格外の結果に怯んでいる。

 そんな何とも言えない雰囲気になってしまっている中で、俺は無言でその少女を見つめていた。

 

 

 

 

 少し経って昼休みの時間となった。未だに教室には妙な空気が漂っている。その原因は無論のこと、リィエル=レイフォードである。

 

「......んで? 何で俺は取っ捕まってるんですかね?」

「まぁ待て落ち着けシェロ。お前はちょーっとばかしリィエルに話しかけてくればいいだけなんだ。簡単な仕事だろ?」

 

 へへへ、と何故か揉み手をするレーダス先生を一瞥し、俺は額に手を当てて嘆息する。

 

「そんなに心配なら自分で話しかけりゃいいじゃないですか」

「いや、俺一応教師じゃん? そこは生徒の自主的な成長に任せてだな」

「自主的って言葉を辞書で引いてきやがれください」

 

 ばりばり俺を使おうとしてただろーが。

 

「いやそこを何とか頼むって。流石に見てられないというか......主に俺の昔を思い出してだな」

「レーダス先生......」

 

 あんたぼっちだったのか。

 哀れんだ目で見ていると、目潰しをかまそうとしてきたため慌てて避けた。カウンターに鳩尾へ拳を叩き込むもあっさりと受け止められて終わる。......ちっ。

 

「それで? 話しかけてどーしろと?」

「食堂にでも誘ってやってくれよ。簡単だろ?」

「地味にハードル高いっすよそれ」

 

 冷静に考えてみよう。編入初日の美少女に向かって『Hey、俺と一緒にお茶しない?』とかいう奴がいたら周囲はどう感じるだろうか。とりあえず俺は社会的に死ぬ。

 

「いやぁ大丈夫大丈夫! どうせお前、下がる株も無いんだし!」

「喧嘩売ってんのかテメェ......というか、俺の出る幕ないみたいっすよ?」

 

 ほれ、と指せばそこにはレイフォードを誘う二人の少女の姿がある。いつもの二人組、即ち大天使と説教魔のコンビである。

 

「お、おお......! 流石ルミア......って、うん? つっても護衛対象と接触してるってのは......うぅむ......」

「なにぶつくさ言ってるんですか」

 

 うーんうーんと首を傾げたり身を捩ったり気持ち悪い動きをしていたレーダス先生だったが、結論が出たようで「まぁいいか」と呟いて頷いた。俺は帰っていいのかしら。

 

「んじゃ、そう言うわけで俺は──」

「よぉし、あいつらを追うぞシェロ!」

「えっ」

 

 そうして鼻息荒く食堂へと突撃するレーダス先生に引き摺られ──。

 

 

 

「目玉焼きに醤油はねーわ」

「あ"? ソースの方が有り得んでしょうが」

 

 何故か俺たちは『目玉焼きに合う調味料』について議論、というか口喧嘩していた。というかレーダス先生、あんた本来の目的忘れてないか。

 

「というかおたくの娘さんどういう教育してるんすか。さっきから苺タルトしか食ってないように見えるんだけど」

「......あいつにとっちゃ食事はただの"補給"だったからな。ああいったのを食うこと自体が初めてかもしれん」

「はぁ?」

 

 思わず目を見開く。ということはまさか、今までレイフォードは軍用食しか食ってなかったと?

 

「そりゃまた何というか......」

 

 哀れむべきか怒るべきか。しかし事情もろくに知らず糾弾することも憚られ、俺は眉をひそめるに留めて目玉焼きを口に運ぶ。やはり半熟は至高。

 

「......にしても、あんなに食って大丈夫なんすかね? カロリーとか栄養バランスとかかなり心配になりません?」

「あー......そうだな。後で一応言っとくかねぇ」

 

 がりがりと後頭部を掻き、レーダス先生は溜め息を吐く。しかし俺はもうひとつ気になることがあった。

 

「フィーベルのやつ、何であれで足りるんですかね」

「スコーン二つって、あいつひょっとしてカジノで全財産すったのか? もしくは酔っぱらって大穴に全賭けしたとか。しょうがない、ここは俺の奥の手であるシロッテの木の位置を──」

「あんたと一緒にするんじゃねーよ」

 

 それはともかく。

 

「ま、年頃の女子として体重でも気にしてるんだろうよ。これ以上痩せてもどうかと思うけどな」

「そんなもんですかねぇ......あれだとぶっ倒れるんじゃないかって気もしますけど」

 

 余程燃費が良いのだろうか。或いは軽いから消費が少ないか。いや、むしろ空気抵抗の差が──。

 

「──ッ!」

「──ッ!」

 

 その瞬間、俺とレーダス先生は同時に何かを悟った顔になる。そう、俺達は世界の真実に気付いてしまったのだ。

 

「......そう、か。ルミアが実は相当なポテンシャルを秘めていたことは知っていたが、あれは日々の健啖によるものだったんだな......」

「ええ。そしてフィーベルは体重を気にするあまりに栄養が回らなかったのでしょう。この世界は......残酷だ......!」

 

 レーダス先生は悔しさに拳を握り締める。ぺたーん、ぺたーんと並んだ横でのエベレスト。その驚異的な──いや胸囲的な格差を生み出してしまった原因を知ってしまったが故の絶望だった。

 

「す、すまねぇリィエル......! 俺が、もっとお前の食事事情を知っていたら、今頃お前は!」

「レーダス先生......!」

 

 悔しさに歯を食い縛る男の肩に手を置き、俺は震える声で告げる。

 

「違うんだ......ッ! あなたは、あなたは悪くない......ッ!」

「違わないさッ! 俺が、リィエルをあんなにしちまったんだ......!」

 

 エベレスト、平原、焼け野原。

 何故かそんな言葉が思い浮かぶ程に、そこには圧倒的な戦闘力の差があった。これが世界の選択だと言うのだろうか。あまりに残酷な事実を前にして、俺達はただ打ち震えるしかなかった。

 

「神よ、何故我等を見捨てたのですかッ......!」

「こんなの......こんなの残酷過ぎるだろうよッ......!」

 

 

 

「いや、何やってんのあんたら」

「「......世界平和についての議論?」」

 

 呆れた様子のカッシュにつっこまれ、顔を見合わせた俺とレーダス先生は異口同音にそう答えるのだった。

 


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