どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい 作:通りすがりの外典マン
「フッ──!」
放たれる拳を寸前で回避し、頬を掠める大気の圧力を感じながら肘を軌道に置く。しかし相手は既に行動を変更済みだった。
まるで蛇のように下段から強襲する拳をいなし、回転に巻き込みながら裏拳を叩き込む。しかしそれは肘に手を置くことで無効化され、膝の内側を巻き込むように払われる。
「なッ──あ?」
くるりと見事に回転した俺は後頭部を地面に強打する──寸前、襟首を捕まれ停止する。後頭部が地面ギリギリを擦る感覚に肝を冷やしながらも息を吐いた。どくどくと心臓が脈打つ感覚。
呼吸を整えて相手の顔を見上げれば、逆光でありながらも笑っているのがわかった。
「一本、だな」
「......徒手格闘に関しては、ほんと化け物レベルですね」
相当な使い手でなければ対抗は難しいだろう。ぐいっと引っ張られたたらを踏むが、どうにか息を整えて目前の男を見つめる。
「おいおい、俺なんか下から数えた方が早いんだぞ? 【隠者】のおっさんなんてこの比じゃねぇよ」
「......やっぱ特務分室は化け物しかいないみたいっすね」
元執行官ナンバー0【愚者】のグレン=レーダス。優れた魔導士であるほど
「お前も筋は悪くない。技術こそまだ拙いが、その勝負勘と攻守の流れの読み方はなかなか良い線いってるぞ?」
「勝負勘......ですか」
曖昧なその言葉に怪訝な声が洩れる。そんな俺の様子に、レーダス先生は片眉を跳ね上げた。
「勝負勘──まあ言ってしまえば"経験則に基づく直感"だよ。敵が姿を眩ませたら大体背後を狙ってくる、とか。思考過程を破棄して結果だけを予測する直感力のことさ。戦ってる時に悠長に考え事なんてしてられるか? 無理だろ?」
そしてこの勝負勘は魔術戦でも、それこそ剣術でも役に立つ。
そう言ってレーダス先生は手袋についた土埃を払い落とし、にしても、と意外そうに続けた。
「お前がまさか俺に『特訓してくれ』だなんて言い出すとはな」
「そんなに意外ですかね?」
「そりゃ意外だろ。だってお前、それなりに剣で鍛えてんだろ?」
......やはり驚異的な観察眼だな、と俺は苦笑する。
「やっぱり、簡単にわかるもんなんですかね」
「そりゃあな。手をみりゃド素人でもなければ大体気付くだろうよ」
「......マジですか」
『自分なんて雑魚だ』と普段卑下こそしているが、やはりこの男も怪物の一人だということを改めて再認識する。確かに【愚者の世界】は魔導士からすれば脅威だろう。だが、たかがその程度の
手段を選ばない冷徹さと敵を死角から殺す思考の柔軟性──そしてその手数の多さがグレン=レーダスをその若さで執行官足らしめていたのである。
しかし、きっとそれは生半可な努力では到達不可能な境地だ。幾度も血反吐を吐きながら、時に死すら覚悟しながら進んできた筈だ。ならば、そんな男は何故そうも進めるのだろうか。その精神的支柱となっているのは何なのだろうか。
「お前がまさか拳闘の特訓に精を出すとはねぇ......まあ俺はそこまで剣使えねぇし、その方が有り難いけどな」
「......手段は多ければ多いほど良い。剣も格闘も使えるに越したことはないでしょうよ」
「ほーう?」
そこで何かに気付いたかのようににんまりとレーダス先生が笑みを浮かべる。
「どうしてそんなに強くなりたいのかなー? ひょっとして誰かを守りたいとか、そういう青春的でロマンチックなあれなのかなー? 僕すっごく気になるー」
「心底うぜぇ......」
ぶふ、と後ろで誰かが噴き出すような音がしたが黙殺する。相変わらず根性がひん曲がった講師だ、と俺は嘆息した。
「別にそんなんじゃないですよ。俺はいつだって俺のためにしか動かない」
守りたいから、ではない。喪うことが怖いから──ただ恐怖から逃げるために強くなる。この上なく後ろ向きな理由だろう。
「自分すら守れないくせに、他人を守るなんて烏滸がましいにも程がありますからね」
そう締め括り、俺は顔を上げ──思わず絶句した。そこにあったのはおちゃらけたいつものレーダス先生ではなく、何かを悔いるような男の顔だった。
「......そう、だな。自分すら
自嘲でもするような口調。何か核心に触れてしまった気がして、俺は押し黙る。
「お前は正しいよ、シェロ。だから──決してその言葉を忘れるな」
理屈抜きに理解する。これはグレン=レーダスの──執行官ナンバー0【愚者】としての言葉なのだと。教師としてではなく、一人の人間としての警告なのだと。
「人間には限界がある。人の手ってのは二本しかないんだ......何もかも掴もうとすれば、いずれ全てを取り零す」
昏い瞳だ。
俺はその様に息を飲み、深呼吸した後に口を開くと──。
「......あの。二人とも私がいること忘れてない?」
「「んんッ」」
ジト目で此方を睨むフィーベルの言葉に、シリアス風味な空気が霧散する。同時に咳払いし、一旦もとの空気へとリセットされた。
「そうだな、うん。じゃあ次は白猫とシェロが組み手してみろ。案外いい勝負になるんじゃないか?」
「えっ」
「そうね......こんなのに負けてたら、ルミアを守るなんて夢のまた夢だもの」
「えっ」
結局フィーベルとの組み手は俺の優勢で終わったが、ヒヤリとさせられる場面も多々あったとだけ言っておこう。実は案外才能があったりするのだろうか。
......何故か笑顔で首を絞められる俺の姿が幻視されたが、きっと気のせいだろう。気のせいな筈だ。あれ以上格闘性能が上がってたまるか。
早朝の拳闘訓練が終われば、その後は普通に登校して授業が始まる。眠い。だが寝れば最近技のレパートリーが増えてきたフィーベルの餌食となってしまう。だが眠い。どうしたものだろうか。
「つまり半分寝て半分起きればいいんじゃないか、という発想に至ったんだよカッシュ」
「うん、悪いことは言わないから一回寝ろ。お前マジで今頭おかしくなってるから」
「失礼な。それは元からだ」
「......うん、やっぱ寝ろよお前」
実は自分でも何言ってるかわかんなかったりする。とりあえず眠い。
「にしても、今日はグレン先生遅いな。また寝坊か? それとも徹夜で競馬の必勝法でも考えてたのか?」
どちらも今まで実際にあったのだから笑えない。もう少し私生活をまともに送る気はないのだろうか。
だがまあ、今日に限ってそれはない。流石にあの後家に戻って二度寝したとは考えにくいし、何かしら面倒事でも起きたのだろう。それはともかく眠いが。
とか何とか考えていると、ようやくいつも通りに戸が開け放たれ、何やらどんよりとした空気を纏って黒髪の講師が教室に足を踏み入れた。
「......おー、全員揃ってんな。んじゃ授業を始める......前に、一人編入生を紹介する。お前らが散々ぱら噂してたあれだよ、わかんだろ?」
そう言ってちょいちょいとレーダス先生が手招きする。そうしてクラスメイトに加わるのであろう人物が同じように足を踏み入れ──教室中から感嘆の声が洩れた。
「本日から、新しくお前らの学友となるリィエル=レイフォードだ。まぁ、仲良くしてやってくれ」
「おぉ......」
「......か、可憐だ」
「うわぁ、綺麗な髪......」
「なんだかお人形さんみたいな子ね......」
教壇の横に立つ少女は、確かに"お人形"という言葉が最も似合うのかもしれない。
見れば決して忘れることのない淡青色の髪に瑠璃色の瞳、そして実に端麗なその相貌。だがその体は微動だにすることなく直立しており、彫像のような静謐な佇まいは何処かミステリアスな雰囲気すら醸し出している。
──まぁ大剣ぶん回してたけど。
「あー、まぁ、とにかくだ」
実に強引かつ雑なやり方で、レーダス先生が収拾がとれなくなりつつあった生徒達の注意を集める。
「お前らも新しい仲間のことは気になるだろうし、まずはリィエルに自己紹介でもしてもらおうか。つーわけで、リィエル」
クラス中の衆目がリィエルへと集まる。そして、静まり返った中でその言葉に傾聴しようとするのだが──。
「....................................................」
ガン無視だった。というかぼけっと空中を見ている。果たして聞いてるのだろうか。
「......って、おい。聞こえなかったのか? それともわざとか?」
「......?」
小突くレーダス先生を不思議そうに流し見し、リィエル=レイフォードと呼ばれる少女は首を傾げた。
「あの......頼むから自己紹介してくれませんか?」
「......なんで? わたしのことを紹介してどうするの?」
「いいからやれ! 頼むから! お決まりっつーか、定番っつーか、そういうもんなんだよ!こういう場合!」
「......そう、わかった」
微かに頷き、蒼髪の少女が一歩前に出る。そして──。
「......リィエル=レイフォード」
ぽつりと呟いて、ほんの少しだけ頭を下げた。
「......................................................」
「......おい、続きは?」
「......もう終わった」
──あー、キャラ濃いなぁ、と遠い目になる。
もう既に天使と説教魔とドジっ娘お嬢様がいるのに加えて、天然系無口がついに参戦。キャラ被りしてないのが幸いだが、こんな調子でこれからも増えてくのだろうか。ラノベかよ。次はあれか、武人系美少女か。
「名前しか紹介してねえだろぉがッ!? てか、名前の紹介は最初に俺がやったッつーの!? ふざけてんのか!? どんな思春期真っ最中で『斜に構えまくったクールなオレかっけー』的なガキでも、もうちょっとマシな自己紹介するわ──ッ!?」
「おい
後ろでカッシュが噴き出すのが聞こえた。ついでに何やら殺意が突き刺さってるが振り向くのが非常に恐ろしいので気にしないことにする。すまん......俺真実しか言えない純粋な少年なんだ......!
「でも、グレン。何を言えばいいかわからない」
「なんでもいいんだよ、趣味でも特技でも! とにかく皆がお前のことを知れるように、お前自身のことを適当に話せるだけ話しときゃいいんだよ!」
「......そう、わかった」
微かに頷き、レイフォードは改めて一歩前に出て──。
「リィエル=レイフォード。帝国軍が一翼、帝国宮廷魔導士団、特務分室所属。軍階は従騎士長。コードネームは【戦車】、今回の任務は」
「だあぁああああああああああああ──ッ!」
突如、レーダス先生が奇声を上げてレイフォードを横抱きにかっさらい、猛スピードで教室の外へと飛び出していく。
......というか何かもう色々と聞こえたけど、どうすればいいのだろうか。また特務分室かよ。しかし、任務......?
ちらりと大天使ルミア様の方へと視線を向ける。十中八九彼女が原因なのだろう、が。もし護衛だとしても、あんな様子で大丈夫なのだろうか。
そうして数分後、ようやく戻ってきたレイフォードは再び自己紹介を始めたのだが──。
「......将来、帝国軍への入隊を目指し、魔術を学ぶためにこの学院にやってきた、ことになった。出身地は......ええと、イテリア地方......? 年齢は多分、十五。趣味は......確か......読書。特技は......ええと、なんて言えばいいんだっけ? グレン」
「俺に聞くな」
何というか、もう、色々とぐだぐだだった。
その後はナーブレスが家族のことで質問したり、レーダス先生と禁断の関係なのが発覚したり、最終的に男子が血涙を流しながらレーダス先生に殴りかかったりしたのだが......まぁ、うん。いつも通りな気がしないでもない。
何だか馴染めそうだな、と考えながら俺は眠りにつく──ことは出来ず、フィーベルによるアイアンクローの痛みに呻くのだった。あたまがいたひ。
Q.何でシスティーナは格闘技にやたら精通してるの?
A.母親がアレだからです。システィマッマ可愛い。