どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい   作:通りすがりの外典マン

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感想が悉く「アルベルトさんがヒロインってマジっすか!」みたいな反応ばかり。どういうことなの......?(困惑)








未成年の飲酒は法律で禁止されています。

 

 

 

 

 目が覚めると、そこにあったのは医務室の天井──ではなく、よくある木張りのものだった。ランプの灯りが幻想的な影を壁に投げ掛けている様を何とはなしに眺める。

 

 どうやら俺は生き残れたらしい。何か夢を見た気もするが、判然としていなかった。

 

「今度は何を忘れた?」

 

 そう自問自答する。日常生活に差し支えないものならば良いが。

 一つ一つ幼少期からの記憶を反芻し、欠落が増してないことを確認しながら思い出していく。自分の名前、そして──。

 

「............ああ、そうか」

 

 今世における両親の顔を思い出そうとした瞬間、その全てが黒く塗り潰されてしまっていることに気付いた。

 普通の忘却のようにぼやけた記憶、というわけではない。ピントがずれたようにぼやけているのではなく、まさしく"喰われた"としか形容の仕方が思い付かないほど綺麗に切り取られている。その記憶に辿り着くまでの過程が断絶され、ただ思い出せないという事象のみをくっきりと刻まれたような違和感。

 

 もう慣れてしまった感覚だった。

 

「俺......何歳になるんだったかな」

 

 自分が生まれた日の記憶も欠落している。誕生日も歳も親も最早思い出せやしない。だが不思議と悲哀も憤怒も浮かんではこない。ただそこにあるのは虚無感だけで。

 まるで心そのものが硬質化していくような──硝子に変わっていくような感覚すら覚えていた。

 

「まぁ、()()()()()()か」

 

 すっぱりと諦める。過ぎてしまったものは戻らない。欠けたものは埋められない。割り切って進むことしか俺には出来ないのだ。

 

 寝かされていたベッドから降り、体の調子を確かめるように屈伸する。何も問題はない。機能に異常はなし──。

 しかしふと壁にかかっていた姿見に映る自分の姿を見た瞬間、俺は違和感に気付いた。

 

「髪......」

 

 姉のような紅蓮ではないが、赤に近い茶髪の髪。その前髪の左側に違和感は紛れ込んでいる。摘まんでみせれば、それはより顕著となった。

 

「白髪、か」

 

 一房の、自然発生したとは思いにくい白髪。今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。俺は首を傾げ、そして直後に興味を無くした。まあそういうこともあるだろう。別に注意を払うべき事柄ではない。

 

──何か大事なことを忘れている。彼方で誰かが必死に叫んでいる気がしたが、ついぞ思い返すことはなかった。

 

 

 

 

「お、目が覚めたのかシェロ。心配したぜ?」

 

 階下に降りてみれば、そこにいたのはカッシュだった。状況が飲み込めず周囲を見渡せば、そこに広がっているのはまさに惨状だった。

 

「女王陛下を襲ったテロリストの残党に出くわしたんだって? 運び込まれたって聞いた時には腰抜かしたぞ」

「いや......まぁ、それは悪かったよ。んで──」

 

 けたけたと笑うギイブルにオクラホマミキサーを踊っているいつもの三人組。女子もなかなかに酷く、何故か脱ぎ出すテレサ=レイディをウェンディ=ナーブレスが必死に押し止めている。

 

「なんだこの混沌(カオス)

「いや、これには色々と事情があってだな」

 

 何故か冷や汗を流しているカッシュを見て嘆息する。一体今度は何をやらかしたというのか。

 

「まさかブランデーケーキでこんな事になるなんて思うわけないだろ!?」

「原因お前じゃねーか」

 

 白い目を向ければ違う違うオレは悪くない、と主犯格(カッシュ)が顔をぶんぶんと横に振る。

 

「違う、オレはやってないんだ! それでほろ酔いになったシスティーナがぶどうジュースと勘違いして高級ワイン頼んで、それでみんながぶ飲みしちまって......!」

「はぁぁああ!?」

 

 まさかの戦犯だった。というか、え? これ未成年が酒飲んでいいの? 法律的にアウトちゃうん?

 

「......ああ、いや、そうか。一応ここ中世ファンタジーって設定だもんな......十六で成人だもんな......」

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 しかしこの惨状の切欠を作り出したのがカッシュであることは間違いない。

 

「いや、こういう打ち上げの時とか株上げたくなるじゃん? それで皆の分のケーキ頼んだんだよ」

「......わからんでもないが、一応聞いとくけどお前大天使ルミア様狙いじゃなかったっけ?」

「そうだ──だが可愛い女子にちやほやされたいのもオレの本音なんだよ!」

「アッハイ」

 

 正直なのはいいけど割とカスな発言をしていることにいい加減気付け。というかこいつも絶対酒入ってんだろ。

 酔っ払いで占拠された一階から逃れるべく、俺は再び二階へ戻ろうと階段へ足を向ける。何やらカッシュが喚いているが無視。ほとぼりが冷めるまでは寝ているのが最善だと判断し、

 

「シェェェェロォォォォォ!!」

「ぐんまけんっ!?」

 

 唐突に背後から突っ込んできた衝撃にたたらを踏んだ。非常に背中が痛い。いややわらかい。やわこい。──え?

 

「なぁんであんたはいっつもケガばっかしてんのよ!」

「は、いや、ちょ──待ってギブギブギブ! 締まってますから!」

 

 流れるようにチョークスリーパーへと移行し、軽く決まってしまっている細い腕をぺちぺちとタップする。というか背後から漂ってくる吐息が非常に酒臭い。この酔っ払いが......!

 

「く、苦し......かゆ、うま」

 

 意識が飛びかける。しかしいよいよ俺の口から魂が飛び去っていく寸前、突如として腕の力が緩んだ。咳き込みながら腕を振りほどき、俺は突然突っ込んできた酔っ払い(フィーベル)を睨んだ。

 

「テメェいきなり首締めるたぁいい度胸だなオイ──って、うぇ!?」

 

 無駄に隙のない動きでフィーベルが懐へと踏み込んでくる。もしやこいつ酔拳の使い手か。

 見事としか言えないその歩法に戦慄すら抱いて飛び退く。しかしフィーベルの速度は予想以上に早い。

 

 そして回避も出来ず、その拳は俺の鳩尾へと叩き込まれ──るなんてことはなく。

 

「............、..................Why?」

「えへへー」

 

 何故か首に手を回してぐりぐりと頭を擦り付けてくるフィーベルに目が点となった。......どういうことなの。

 

「もー、いつもいつもケガして帰ってきてぇ」

「......OK、落ち着こう。まずは俺から離れるんだフィーベル。この状態はお互い非常によろしくないと俺は思うんだ」

「んー、やだ」

「即答ゥ──!」

 

 何故か幼児退行し始めているフィーベルの顔を間近で見下ろし、俺は冷や汗を流しながらも高速で思考する。落ち着け......クールだ、クールに行こうシェロ=イグナイト。そう、落ち着いて思考すれば頭脳明晰なお前ならば打開策を見出だせるはず──!

 

「撫でて?」

 

 無理でした。というかこうも密着されて冷静に思考できるほど俺は賢者ではない。だれかたすけて。

 

 不満そうに此方を見上げ、酔っ払ったフィーベルは更に頭を擦り付けてくる。ついでに何やらやわこい物体も押し付けられている。擬音語にすればぎゅむ、とかそんな感じで。

 

......いや正直に言おう。俺はシスティーナ=フィーベルという少女を舐めていたのだ。普段はうるさいわ喧しいわで意識などしていないし、加えてカッシュと共にあれは断崖絶壁だ、つるぺただ、ぺったんこだと散々言いたい放題言っていたが──これはやばい。微妙な大きさだというのに割と容赦なく主張してくるし上から見ると形はわかるし完全に凶器と化している。というか密着状態だとよりやわこい感覚が伝わってきてやばい。何がやばいってナニがやばい。割と洒落にならないレベルでやばい......!

 

「カァァァァァ────ッシュ!」

 

 最早これは俺一人ではどうにもなるまい。大至急この危険物体を引き剥がすべく、俺は親友の名を叫んだ。奴ならきっと来てくれる......!

 

 そんな祈りが通じたのか──いや実際には俺の悲痛な叫びが聞こえたのだろうが──カッシュが振り向く。目が合い、そして俺の状態を見た瞬間に全てを悟ったのだろう。いつになく真剣な目をして、カッシュの口が動いた。

 

 

──がんばれ☆

 

 

「あいつ後でぶっ殺す」

 

 友情は崩壊した。シェロは激怒した。かの邪智暴虐の元友人を決して許してはならぬ。具体的には次に食堂に行った際には辛子丸ごとカレーにぶちこんでやろうと決意した。戦争勃発である。

 勿論宣戦布告などない。奇襲こそ最強なのだ。

 

「んぅ......シェロ、聞いてる?」

 

 妙に艶かしい声を洩らしながらフィーベルが上目遣いでそんなことを聞いてくる。聞いてる聞いてる超聞いてるからマジで動かないで下さいすいません。これ以上動かれたら色々ともう限界を迎えてしまう。

 がくがくと頷けば、フィーベルはにっこりと微笑んで囁いた。

 

「じゃあ、撫でて?」

 

 この時の俺は死んだ目をしていたことだろう。逆らうことなど出来るはずもなく、その聖銀(ミスリル)を溶かしたような銀糸へと指を沈める。

 

「ん......」

 

 心地良さそうに──まさしく猫のようにフィーベルが目を細める。丁寧に手入れされているであろう銀髪はまるで流水の如く指の間をすり抜けていく。

 気付けば俺は無心でフィーベルの髪を透いており、フィーベルは俺の首に腕を絡ませながら時折声を洩らす。

 

「ん、ぁ......」

「それ色々と不味いんで止めて貰えません?」

 

 もう既に何人かが此方を生暖かい目線で見ているが、これどうやって収拾つけるのだろうか。というかフィーベル、お前死ぬぞ......? 主に二日酔いと羞恥が死因で死ぬぞ......?

 

「というかこーゆー時こそルミア様の出番じゃねーのか? 何処行ったんだよ」

「んー......? ルミアならぁ、さっき先生と何処か行ったけどぉ......?」

 

 それを聞いた瞬間、カッシュを初めとした数人の男子が据わった目で立ち上がった。というかお前ら聞いてたのかよ助けろよ。処すぞ。

 

「けどまぁ......先生はへたれだしぃ......」

 

 座った。全員何もなかったかのように再び騒ぎだした。これはレーダス先生の人望なのだろうか。本人の名誉のためにもそういうことにしておこう。

 

「ばーかばーか、シェロのばーか」

「あーはいはいそーっすね、俺は馬鹿ですよっと」

 

 酒が入って気分が高揚しているのだろう。妙に上機嫌なフィーベルの頭を撫で、俺は嘆息した。これ以降絶対にフィーベルには酒を飲ませないようにしよう。抱きつき魔は危険すぎる。

 

「......ふぁ、ねむ......」

「さっさと寝ろ。ついでにお前の精神衛生のためにも忘れちまえ」

 

 しばらくして寝息を立て始めたフィーベルの腕をそっと首から外し、そこらへんの席に座らせるべく四苦八苦しながら運ぶ。そしてちょうど目があったナーブレスに顎で示し、手伝うように求めた瞬間──。

 

「シェロ......約束......覚えてる......?」

 

「────」

 

 

 

 頭が冷めた。真上から冷や水を被せられたかのように。

 

 

「いつか、二人で......メルガリウスの......お祖父様の......」

 

 寝言だったのだろう。再び寝息を立て始めたフィーベルの体温を肩に感じたまま、俺は俯いて立ち尽くす。

 

「イグナイト、どうしましたの?」

「......ああ、悪い。ちょっとこの馬鹿を頼む」

 

 そう言って、ナーブレスにフィーベルを預ける。茶髪のツインテールを揺らして了承の意を示すと、ナーブレスはゆっくりとフィーベルを受け止める。

 

「......貴方、随分と酷い顔をしてますわよ? 大丈夫ですの?」

「ああ、大丈夫だ。ちょっと、な」

 

 冷めきった意識は熱を求めている。浮かれていた頭はあの一言で残酷なまでに冷静になっていた。

 

──本当に、嫌になる。

 

「おっさん、酒まだ残ってる?」

「ん......? いや、お前さん学生だろう? そりゃ──」

「悪い、一本貰うぞ」

 

 棚から一本奪うように取り出すと、店の奥にある裏口の扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。

 

「......やってらんねぇわ」

 

 自覚する。何が"どうでもいい"だ。確実に壊れてきてしまっているではないか。もしフィーベルの一言で"忘れてしまうことの恐怖"を思い出さなければ、俺は──。

 

「ははは」

 

 封を切って一口含む。かなり度数が高いのだろう、前世でもそう飲んだことのない熱さが喉を伝わっていく。ひょっとしたらこれもかなり高い酒なのかもしれないが、まあどうにかなるだろうと責任を彼方へとぶん投げた。

 

「......クソ不味いじゃねーか」

 

 久々の酒の味だった。しかし冷や水を浴びたような脳に再び熱を戻すための、ただの作業じみた酒だ──美味いはずがない。

 裏口から出てすぐの路地裏、そこで空を仰ぎながら淡々と酒を流し込む。今なら死んでもいい気分だった。勿論悪い意味で、だ。

 

 そうして適当に呑んでいると、ふと背後に出現した気配が酒瓶をかっさらった。見覚えのあるシャツに白手袋、黒い髪。

 

「はい没収。裏口でなに飲んでんだよ不良少年──っておおおおおい!? これ高いやつじゃねぇか!?」

「......レーダス先生」

 

 グレン=レーダス。ロクでなしなのか善人なのか、凡人なのか英雄なのか、或いは正義なのか悪なのかいまいち判然としない男。それを見て、俺はくつくつと笑った。

 特に意味はない。何となく笑えた──酒が入った人間に理由など求めても無駄である。

 

「病み上がりが酒飲んでんじゃねぇよこのアホ。というか飲むなら安酒にしとけよ......!」

「......そーっすね、すいません」

 

 しかし同じように一口煽り、「うわきっついなこれ」とグレン=レーダスは呟く。いや注意するなら飲んじゃダメじゃないのか。いや別にいいのか? いよいよ判断能力が怪しくなっている。

 

「先生」

「んだよ?」

「アルベルトさんに、礼言っといて下さい。お陰で生き残れました、って」

「......ああ、機会があればな」

 

 一瞬神妙な顔になり頷く。一応は教え子のくくりに入る俺が被害を受けたということで何か思うことでもあるのかもしれない。

 

「あと、酒返して下さい。今飲みたい気分なんすよ」

「はぁ? お前なぁ............ったく、今日だけだぞ」

 

 そこ返していいのかよ。まあ俺はいいけど。

 投げ渡された酒を再び煽り、視界を戻す。しかしそこには仏頂面でこちらに手を伸ばす教師がいて。

 

「......これ、何の手です?」

「んな高い酒お前にだけ飲ませられっかよ。あの白猫は二本も空けやがったし......ヤケ酒だ、付き合えシェロ」

「はははは」

 

 マジでロクでもねぇ。

 

「あんたそれでも教師かよ」

「不良学生に言われたかねぇな」

 

 ちびちびと回し飲みしながら、無駄に綺麗な空を何も考えずに馬鹿みたいに仰いだ。店内からは喧騒が伝わり、気付けばレーダス先生は聞いたこともない曲を鼻歌で歌っている。

 

 

──そして。体内からは、鍛鉄の音が響いていた。

 

 








飲まなきゃやってられない主人公。翌日、そこには二日酔いで呻く教師と学生の姿があったとか。

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