外から砲撃や爆撃の音がワダツミの艦内まで響いてくる、すでに作戦開始から4時間半。
そろそろ、艦隊のローテーションが一巡する頃でしょうか。
「窮奇、来ないね……。このまま来なければいいのに」
いや、窮奇は来ますよ大潮さん。
私の中で確信に近い予感がしている、彼女が来ないはずはない。
だって、私がここに居るのですから。
「今度こそ、仕留めないとね。あんなバケモノと何度もやり合うなんてご免よ、主に朝潮が」
まったくその通りです満潮さん。
窮奇に挑むのはこれで三度目、しかも国の命運をかけた大作戦の最中、私たちが負ければ奴はそのまま、司令官のいるワダツミを襲うでしょう。
それだけはさせちゃいけない。
プルルルルルル……。
後部出撃ドックの待機室にある電話が鳴った。
きっと司令官だ。
司令官が電話をかけてきたと言う事は彼女が来たと言う事。
そう、窮奇が来たんだ。
「はい、朝潮です」
なんとか3コール目で出れた。
変に聞こえてないかな、声とか上ずってないですよね?
『窮奇がネ級1隻駆逐棲姫2隻を伴って背後から進行中だ。窮奇自信も水鬼に強化されている』
満潮さんが言った通りですね、窮奇が強化されているのは予想外ですが……。
「……想定の範囲内です。問題ありません」
そう、問題ない。
窮奇が強化されていようと問題ない。
倒す事に変わりはないのですから。
『補給が終わり次第、援護の艦隊を出すことも出来るが……。必要か?』
嘘ですね、そんな余裕は無いはずです。
先ほど、三艦隊ほど戻ってきましたが皆さん疲労の色が出始めていました。
今はまだいいでしょうが、ローテーションを崩せばどこかに無理が出てきます。
そしてそれは、作戦の失敗にも繋がりかねない。
私の覚悟を確認したいのでしょう?
援護の艦隊がなくても、私がやれるか確認したいのでしょう?
貴方が求めている私の答えはきっと……。
「必要ありません、むしろ邪魔です」
そう、邪魔です。
慢心して言ってるのではありません、私達なら、いえ、今の私なら出来る。
私には今まで出会ってきた人たちの全てが詰まってるんですから。
誰にも渡すものか、窮奇は私の手で討つ事に意味があるんだ。
先代を亡き者にして貴方を深く傷つけた窮奇を、同じ朝潮である私が討ち果たす。
それで少しは貴方の心の傷も癒えるはず。
だから私に命令してください。
朝潮と言う名の復讐の刃を解き放ってください。
貴方のご命令なら、私は何でもできます!
「司令官、ご命令を!」
貴方の不安は私が取り除きます。
だから貴方は前だけ見ていてください。
貴方は私が守ります!
『第八駆逐隊に窮奇艦隊迎撃を命ずる。行って来い!』
「了解しました!いってきます!」
貴方に悲しい思いはさせません。
私は先代とは違う、私は生きることを諦めない、必ず戻ります。
必ず帰ってきます、貴方の元へ。
「さあ行きましょう!」
「アゲアゲで行っきまっすよ~♪」
「三人ともしくじるんじゃないわよ?」
「うふふっ♪暴れまくるわよぉ~♪」
私たちは待機室から出て出撃ドックへ向かう、三人とも緊張はしてないみたい、それどころか自信と余裕に満ちている。
さすがは歴戦の駆逐艦ですね。
三人を見ていると、私までこの状況を楽しんでしまいそうになります。
『第八駆逐隊各艦、準備はよろしいですか?』
艤装を装着して、3メートル程の滑り台状のカタパルトの頂点に並んで立った私たちに、ブリッジに居るオペレーターがスピーカー越しに声をかけて来た。
さあ、出撃の時間です。
「はい、問題ありません」
『了解、注水開始。カタパルトスタンバイ』
オペレータの指示で滑り台に海水が流れ始め、後部ハッチに向けて流れていく。
ザァァァどころかドドドドって感じで流れてますね、幅約70センチ程のなだらかな滝が同じくらいの間を空けて等間隔に六つ、その内両端の二つを除いた四つに私たちは立っています。
あとは、満潮さんから順に射出されるだけ。
『了解、それでは抜錨シークエンスに移行します。各艦はカタパルトへ』
言われた通りにカタパルトと主機を接続、足が動かないのが少し不安ですね。
最初に射出される満潮さんは余裕そうです。
前を見据えて腰に手を当ててます。
『後部カタパルトハッチ解放、進路クリア。これより順次抜錨を行います』
隊列に沿った順番でカタパルトが滑り台に移動して行く、満潮さん、大潮さん、荒潮さん、私の順だ。
『射出タイミングを満潮に譲渡します。DD-087 満潮、抜錨どうぞ』
「了解!満潮、出るわ!」
カタパルトが、満潮さんの操作で海水を切り裂きながらハッチに向かって直進して行く。
何度見ても凄い速度ですね、この時点で私たちの最高速度に達してるんじゃ……。
次は大潮さんか、見るからにテンション上がってますね。
訓練の時もやたらとハイテンションでしたし……もしかして気に入ってます?
「次は大潮です♪ドキドキしますねこれ♪」
ドキドキと言うかワクワクしてますよね?
カタパルトで固定された足を軸にして左右にリズム取ってるじゃないですか。
『射出タイミングを大潮に譲渡します』
「はい!いただきました!」
元気よく右手を上げて返事をする大潮さん、アゲアゲは最高潮みたいです。
『進路変わらず異常なし、DD-086 大潮、抜錨どうぞ』
「駆逐艦大潮!いっきまっすよぉ~!」
両手を横に広げて、『やっほぉ~♪』と言いながら打ち出されて行きましたが……。
大潮さんは絶叫マシンではしゃげる人なですね。
次は荒潮さんですけど……大潮さんとは違って不敵な笑みを浮かべていますね。
違う意味でテンションが上がってそうです。
『続いて DD-088 荒潮、抜錨どうぞ』
「荒潮、華麗に出撃よぉ~♪」
なんか……『あはははははははは~♪』って笑い声が聞こえて来たんですけど……。
深海化してませんよね?深海化にはまだ早いですよ?
『続いて朝潮の抜錨を開始します、準備はよろしいですか?』
「はい、大丈夫です」
『了解しました、今度は無事のご帰還を祈っています』
今度は?この人は先代の最後を知ってる人?
まあいいか、帰ってから聞けばいい事です。
『視界良好、進路オールグリーン。DD-085 朝潮、抜錨どうぞ。ご武運を……。』
「はい!第八駆逐隊、旗艦朝潮!出撃します!!」
カタパルトの操作と同時に体に急激なGがかかる、気を抜けば後ろに吹き飛ばされそうだわ。
射出で最高速度近くまでついた勢いを殺さないように海面を滑るように航行を開始、先行していた三人に後について単縦陣を組む。
「さあ行きましょう!ワダツミには指一本触れさせません!」
「「「了解!」」」
司令官が居るワダツミが後方へ遠ざかって行く。
司令官とのしばしのお別れ、次にお会いする時は勝利と言う名の花束と共にです。
ーーーーAM 11:30
抜錨から約一時間、窮奇もこちらに向かっているのだから、そろそろ見えてもいい頃だ。
「そろそろ目視で確認できてもいい頃ですけど……。ワダツミから何か情報は?」
「特にないわ、策敵機は落とされちゃったみたい。自分を発見させれば用済みって事でしょうね。」
私の問いに先頭の満潮さんが答える。
先に発見して先手を取りたかったですが、私たちが装備している小型電探が窮奇捉えるより、窮奇が私たちを捕捉するのが先でしょうね。
先手は諦めるしか無いか……。
「電探に感あり!数は4、窮奇の艦隊だよ!2時方向!」
出撃時とは一転して、凛々しい声で窮奇を捕捉した事を大潮さんが伝えてくる。
「いよいよねぇ。燃えて来たわぁ♪」
私たちが、大潮さんの言った方向へ舵を取ろうとした瞬間、水平線がチカッと光り、その数秒後に……。
「回避!面舵!」ドン!
満潮さんの指示とほぼ同時に砲撃音、この音は散々聞いて覚えてる。
窮奇の主砲、戦闘開始だ。
「目視で確認!距離約5000!窮奇の前方2000に重巡ネ級!その後ろに駆逐棲姫2!」
私たちは舵を右に切り砲弾を回避、左後方に上がった水柱を尻目に窮奇艦隊を前方に捉え、それと同時に満潮さんが、弾道から窮奇の位置を把握、大凡の距離を算出した。
「ネ級は私が相手するわ。あっちもそのつもりだろうし。」
「あ~弱い方取った~!満潮ずっこい!」
「うっさい!アンタらは改二改装受けてるでしょうが!文句言わずに強い方とやってなさい!」
ドン!ドン!ドン!
満潮さんと大潮さんの軽い口論をかき消すようにネ級が砲撃開始。
でも、この砲撃は当てる気がなさそうね、全部デタラメな場所に着弾してます。
窮奇は……砲撃してこない、きっとネ級が満潮さん達を分断するのを待ってるんだわ。
「散開!一番最後に合流した奴は、帰ってから甘味を奢らせてやるから!」
「りょうか~い♪行くわよぉ~♪」
「大潮はお金無いから最後はやだー!」
満潮さんが右へ、大潮さんと荒潮さんが左方向へ別れた。
遠目に、ネ級が駆逐棲姫達に指示を出してますね、あ、ネ級が満潮さんの方へ行った。
駆逐棲姫達は大潮さんと荒潮さんの方へ。
やはりあちらの目的は私たちの分断でしたか、満潮さんの予想した通りでしたね。
むしろネ級の方が慌てているように見えます。
あちらは、まさか私たちの方から別れるとは思っていなかったのでしょう。
最初から分断される事を念頭に置いているのと、そうでないのとでは対応が変わりますものね。
『うわっ!堅っ!やっぱ堅いよこの子!』
通信から大潮さんの悲鳴じみた声が響く。
まあ、駆逐艦とは言え姫級ですからねぇ……。
『あらぁ、堅い方がいいじゃなぁい?こういう堅い奴をぉ、ジワジワ削ってぇ、潰してぇ、追い詰めてぇ、絶望していく様を見るのが楽しいのよぉ?』
怖っ!セリフが進むにつれて狂気も増してますよ!もの凄く悪い笑顔浮かべてるのが目に浮かびます!
『アンタらうっさい!集中できないでしょうが!』
ですよね、満潮さん……心中お察しします……。
『ねぇねぇ荒潮、この子ってどことなく春雨ちゃんに似てない?』
『そう言われてみればそうねぇ。さしずめ、ワルサメちゃんって感じかしらぁ』
たしか白露型の人ですよね?
大潮さんと荒潮さんでも、敵とは言え知り合いに似てる人とは戦いにくいのでしょうか……。
『丁度良いわぁ♪私ぃ、あの子の事泣かせてみたかったのぉ♪』
うわぁ……杞憂でした……。
本人には絶対聞かせれませんよ……きっとそのセリフを聞いただけで泣いちゃいます。
私は聞かなかった事にしよ……。
『ふふふふふふふふ……やっと二人になれたわねぇ朝潮……』
荒潮さんのドSっぷりにドン引きしてる最中、通信通して窮奇の色っぽい声が耳に届いた。
出来る事なら、貴女と二人きりにはなりたくないんですが……。
けど、司令官のためなら我慢します!
「相変わらず気持ち悪いですね。鎮守府にも居ますよ?貴女みたいな変態が」
『またそんなつれない事を言って……。仕方なくそういう言い方をしてるのはわかってるけど、やっぱり悲しいわ……。でも安心して?もうすぐ解放してあげるから♪』
相変わらず訳のわからない事を、解放ってなんですか?私は別に監禁とかされてませんよ?
むしろ貴女から解放されたいです。
『さあ、踊りましょう?もうすぐ終わるから……。もうすぐ私たちは自由になるから。それまで踊って待ちましょう?』
もうすぐ終わる?自由になる?
終わるとは何が?もしかして作戦が?
作戦が終わると、私と貴女が自由になる?
まさか他にも艦隊が!?
「それは一体どういう事ですか?他にも艦隊が潜んでるんですか?」
『違うわぁ、そうじゃないの。もうすぐ『母』が人間共に討たれる、そうすれば私は自由。それから私と貴女で人間共を沈めるの、それで貴女も自由になる……。ふふふふふふ……楽しみだわぁ……♪』
『母』?母とは中枢棲姫のことでしょうか、それは良い事を聞きました。
その後、私と貴女とで人間を沈めると言うのは理解できませんが、少なくとも貴女をここで倒せば作戦は成功する。
始めて私が喜ぶ事を言ってくれましたね、鵜呑みにする訳じゃないですけど嬉しいです。
貴女を倒せば、司令官の完全勝利なんですから!
『響かせましょう、砲声と波と叫声の
「ええ、これを最後にします。貴女はここで倒す、だから今回だけはお付き合いしてあげます」
『「私と……貴女の……」』
機関出力最大。
『脚』を研ぎ澄ませ、イメージするのは鋭い刃。
あの時見た、満潮さんのような鋭く尖った刃のような『脚』。
『「ラストダンス!」』
宣言と同時にトビウオ、落ちていた速度を一気に取り戻し窮奇の砲撃に備える。
ズドドドドドドン!!!
窮奇の初手は主砲による一斉砲撃、狙いは大雑把だけど、着弾点が絞りづらい分避けにくい。
だけど惑わされるな、全部避ける必要はない、見極めろ!直撃弾だけ躱すんだ!
私は右へ左へと、稲妻と水切りを駆使して砲弾の雨を掻い潜る。
ドン!
砲弾の雨と水柱を掻い潜った私に向けて、今度は副砲による正確な砲撃、タイミングもバッチリ。
だけど当たってやるものか!私は後方へ向けてトビウオを使用、さっきまで私がいた位置に着弾して上がった水柱の左方へ向け稲妻を使用して針路を修正。
窮奇との距離、残り4000!
『そうよね!貴方は躱すわよね!アレを躱したのは貴女が初めてよ!素晴らしいわ!!!』
不思議ですね、前は貴女に褒められても嬉しくなんてなかったのに今は少しだけ嬉しいわ。
貴女は私が知ってる中で最強の戦艦、敵でなけば憧れていたかもしれない。
『じゃあ……これはどう?』
窮奇が艤装であるはずの双頭の怪物を分離、二手に分かれた。
左方に移動した窮奇の手には副砲の連装砲、左右から攻める気か。
「そんな事もできたんですね、驚きました。」
窮奇が副砲で牽制し艤装が主砲で狙ってくる。
窮奇の射撃精度は相変わらず正確だけど、艤装の方の精度は低いから躱せない事はない……。
躱せない事はないけど……やっぱり厄介ね、現状は単純に二対一。
窮奇からしたら、自分の艤装だから一対一に変わりないんだろうけど……。。
『ほらほらぁ♪私はここよぉ♪早く捕まえてごらんなさい♪』
荒潮さんみたいなセリフを吐かないでください。
けど、見た目が大人な分荒潮さんが言うよりしっくり来てるのは認めます。
艤装からの砲撃が私の進路を水柱で塞ぐ、私は窮奇の射線から逃れるため艤装側へ水柱を迂回。
それを読んでいたかのように艤装が砲撃、私は船首を起こし、水圧でブレーキをかけて前に砲撃が着弾したのを右目の端に捉えながら、今度は窮奇に向けて稲妻。
窮奇との距離、残り2500!
『あはははははははは!いいわ!とてもいいわ!もっと踊りましょう朝潮!!』
貴女が曲を奏で、私が合わせて踊る。
なるほど、たしかにダンスと言えないこともないですね。
私は命懸けですが。
ズドン!
右方の艤装による再度の砲撃、着弾点は……私の後方!問題ない!
ドン!
私が艤装の着弾点を確認したと同時に窮奇が私の前方に向け砲撃。
窮奇にしては精密さに欠ける、これは私の前方に着弾するだろう。
ならば再び船首を立てて……。
ダメ!選択を間違えた、これは主砲と副砲による夾叉だ、前後の回避先を潰された!
バシャシャーーーン!
私の前後に立ち上がった水柱で回避先を潰されるばかりか、着弾点同士が近すぎて、私の居る海面が爆ぜ、体を浮かされた。
このままじゃ狙い撃ちされる!
『さあ、これはどうする?』
ドン!
軽く空中浮遊している私に向け窮奇が発砲、私はなんとか窮奇に連装砲は向けれたものの、体勢が悪すぎて回避は不可能。
海面に『脚』がついていなければ何も出来ない。
タウイタウイの時みたいに『装甲』へ全力場を集中する?
ダメ!被弾したら中破以上は確定、その後の追撃で確実にやられる、この砲撃は躱さなきゃダメだわ。
でも手段がない、方法がない、この状況で回避する術を私は知らない!
窮奇の凶弾が私に迫るのがスローモーションで見える、何かない?
まだ、私は窮奇に対して一発も撃っていない。
今までで一番何もできていない!
結局私は皆がいないと何もできないの?強くなったと思っていたのに、今の私なら司令官との約束を果たせると思ったのに!
嫌だ!こんなところで終わりたくない!
こんな事で司令官との約束を破りたくない!
誰か……。
誰か教えてよ!
このままじゃ私……死……。
(このままじゃ貴女、死んじゃうわね。)
誰?頭の中に直接声が聞こえてくる。
(誰!?)
私がふいに声をかけてきた第三者に意識を向けると、視界が徐々にホワイトアウトし始めた。
(こ、これは一体……)
完全に世界が真っ白に染められた、体も自由に動く?どうして……。
あの時に似てるかしら、初めて艤装と同調した時の感じと……じゃあ声の主は……。
(ここは艤装の中。そして、何年も私を閉じ込めてきた檻。)
声がした後ろの方を振り返ると、そこには適合試験の時に見た少女が立っていた。
私と違う蒼い瞳と、私と同じ黒髪をなびかせた15~6歳くらいの少女……、先代の朝潮だ。
(こうやって会うのはひさしぶりだね。)
(はい……お久しぶりです。)
半年以上会っていないのに懐かしさを感じない、逆にずっと一緒に居たような安心感を覚えてしまう。
(ずっと……ここに居たんですか?)
(ええ、ずっとここから貴女を見てた。)
ずっと私を?
ずっと私を見守っていてくれてたんですか?
その、聖母のような微笑みで。
(ねえ、貴女はどうしたい?)
どうしたい?私がしたいのは窮奇の討伐です、今の私にそれ以外にしたいことなんてありません。
(窮奇を倒したい……そして司令官の元に……。)
帰りたい……。
司令官に褒めて貰いたい。
頭を撫でて貰いたい。
抱きしめて貰いたい。
なのに……私は……。
(でも、あの砲弾は貴女に直撃するわよ?)
そう……このままでは私は死ぬ。
このままでは帰れない。
このままでは失望される。
あの人を悲しませてしまう。
けどそんな事はわかってるんです、今更貴女に言われなくたってわかってるんです!
ここで見てるだけの貴女に言われなくたってわかってるんです!
(だけど、倒さなきゃいけないんです!倒して帰るんです!私はあの人に嘘をつきたくない!あの人に失望されたくない!あの人を守りたい!あの人を悲しませたくないんです!)
ぱしん……。
鋭い音と共に頬に痛みが走った。
ここでも痛みって感じるんですね……。
私の体は、今も窮奇の砲弾の前に晒されているはずなのに。
(落ち着きなさい、ここで泣き喚いたって状況は変わらないわよ。)
(だけど……だったらどうすればいいんですか?この状況の対処法なんて私は知りません!)
それとも、貴女はこの状況をどうにかできると言うんですか?
私の知らない方法を貴女は知っているんですか?
(私と代わりなさい。そうすれば、後は私がなんとかするわ。)
は?今なんと?私と代われ?
私の体を寄越せと言っているの?
(ただし、代わったらもう貴女に体を返す気はない。今度は、貴女が私のように艤装に宿るの。)
何をふざけたことを……、それで貴女は3年前に添い遂げられなかった司令官と添い遂げようと言うの?私の体を使って!?
(ふざけないでください!貴方じゃあの人の心を守れない!窮奇を倒せたとしても、きっとまた貴女は司令官を傷つける!)
貴方は勝手な人だ、あの人の事を一番に考えてるようでそうじゃない!
3年前だって自分の自己満足のために司令官を置き去りにした!
(だけど貴女じゃ、あの人の命を守れない)
ええ、このままじゃ貴女の言う通りになります。
命を失ってしまえば心を守るもなにもない事はわかっています……だけど。
(貴女には……この状況をどうにかする手立てがあるのですか?)
(ええ、これは神風さんにもできない。けど、死ぬ前の私も思いついただけで実行する事はできなかった)
いや、それじゃ意味ないじゃないですか、使えないなら手段が無いのと同じでは?
(でも貴女の体でなら出来る。私の体じゃ出来なかった事でも、才能に満ち溢れてる貴女の体でなら)
才能に満ち溢れてる?
私が?
冗談はやめてください、私が強くなれたのは指導してくれた人たちが強かったからです。
(私に……才能なんてありません……)
(あら、また自信のないダメな貴女に戻っちゃったわね。たかがこんな事で貴女の心は折れちゃうの?)
(だって!)
(だってじゃない、言い訳はやめなさい)
静かな叱責、声を荒げた訳じゃないのに、たった一言で黙らされた。
(私ね、貴女が羨ましかった……)
(え……?)
(私と違って才能に溢れ、私と違って素直で、私よりあの人に愛されてる貴女が羨ましくて……妬ましかった)
妬ましい?
なら、なんで満足そうな顔をしてるんですか?
貴女の表情に妬みや僻みは一切見受けられません。
(だから、貴女に意地悪をしたわ。艤装に干渉して練度の上昇を意図的に操作した。急激に上げれば戸惑う貴女が見れると思った、ここぞと言う時に止めれば狼狽するところが見れると思った。でも、貴女に対しては意味がなかった……練度を急激に上げても気にしないんだもの……)
そんな事を……でも、私は練度が急激に上がっても違和感を感じたことがない。
動きやすくなったな位にしか思ってなかった。
(嫌になったわ、自分との力の差を思い知らされた。私が数年がかりで手に入れたモノを、貴女はたった数ヶ月で手に入れ、貴女は私から全てを奪った、あの人を奪った……)
恨み言……ですよね?
まるで、昔話に花を咲かせるように語っている。
まるで、泣いた子を慰めるような声色で語っている。
こんな恨みなど微塵も感じさせない恨み言は初めてです……。
(そうしてる内に、貴女でよかったと思うようになってきたわ。『朝潮』を継いでくれたのが貴女でよかったって……)
そんな風に、思ってくれてたんですか……。
それなのに私は貴女を……。
(なのに貴女は失望させるの?ここで諦めるの?あの人との約束を破るの?貴女はここで死ぬの?)
(わ…わた…私は……)
そう、失望させようとしている、私を『朝潮』として認めてくれた貴女を。
(やる気がないなら私に体を寄越しなさい!私が窮奇を倒す!私があの人を守る!貴女はここで、いつまでもイジケていなさい!)
先代が初めて声を荒げた、体の芯を殴られたような衝撃、訳もなく泣きたくなる。
理屈抜きに、悪い事をしたんだと思い知らされる。
そう、お母さんに叱られた時のように……。
(わかり……ました……)
この人なら、私より上手く私を使える……。
入れ替わったらあの人は気づくかな。
見た目は同じでも中身は別人、でも、あの人を愛する気持ちは同じはず。
だったら……中身が私じゃなくても……。
(それは、私に体を明け渡すと言う事でいいのね?)
厳しい目つき、だけど責めてるのとは違う気がする。
侮蔑とも違う、諭してるのとも違う。
この人は私の答えを待っている、私が応えるのを待っている。
本当にいいの?体を明け渡して。
私はあの人と約束した、必ず戻ると。
だったら体は渡せない、体だけ戻っても意味はない。
中身が私のままあの人の元へ戻らなければ、それは約束を破ったのと同じじゃない!
(違います!)
だけど、私だけではあの人との約束を守れない。
(ではどういう?)
この人だけでも、あの人との約束は守れない。
(貴女の全てを私にください!)
ならば一つになればいい。
どちらか一人しかあの人を守っちゃいけないなんて誰が決めたんですか。
私と貴女であの人を守るんです!
(・・・・・・・。)
あ、あれ?先代が面食らったような顔をしてる、そこまでおかしな事を言ったかしら?
(ぷ……あははははははは♪)
(な、なんで笑うんですか!)
体をくの字に曲げるほど爆笑された!こっちは真剣だと言うのに!
(ご、ごめんなさい……。ただ、そのセリフ……。あの人から言われたかったなぁと思って)
あ、よく考えればプロポーズしたのと大差ないようなセリフだ……。
うう……確かに、私も言われるならあの人から言ってもらいたいかも……。
(でも……、うん、いいわ。私の全てを貴女にあげる。私を一緒に連れて行って。そして……あの人を守って、私の分まで……)
先代がうっすら涙を浮かべながら右手を差し出してくる、体を乗っ取るなんて嘘だったんですね。
貴女は最初から、私のお尻を叩いてくれてた。
どうしようもない状況でパニックになった私に、どうすればいいか教えようしていた。
私を……奮い立たせるために……。
そして連れ出してほしかったんですね……。
この白一色の暗い世界から。
(はい!一緒にいきましょう!)
ああそうだ、これでやっと貴女と交わした最初の約束が守れます。
私があの人と会えば約束を守った事になると思ってたけど、貴女がここに居たのなら約束は果たせていない。
一緒に会いに行きましょう、私と貴女の愛しい人に。
そして一緒に言いましょう、あの人に3年越しの『ただいま』を。
先代と握手を交わすと、白い世界が元の世界に侵食され始めた。
時間は経っていない、経っていたなら私はすでに木っ端微塵になっている。
目の前には変わらず私に迫る砲弾。
さあどうする?回避はできない、装甲を集中するのも間に合わない。
どれも無理なら……
ズドオオオオォン!
目の前に、窮奇の砲弾を
そう、簡単な事でした。
避けれないなら、撃ち落としてしまえばいい。
神風さんほど才能に恵まれていなかった先代が、それでも神風さんに追いつこうとして考えついた苦肉の策。
敵の砲身に打ち込めるほどの射撃精度と、自分に向かってくる砲弾を正確に見極められるほどの観察眼があって初めて実現する未完の奥の手。
私の中に先代の力を感じる、彼女の知識と思いが私と一つになっていくのがわかる。
一つになっていくにつれて、艤装から新たに発せられた装甲が私の体を白いボレロのような形になって覆っていく。
海面を見ると、瞳も茶色から先代と同じ全てを慈しむような蒼色に変わっていた。
煙が晴れてきた、相変わらず
お待たせしました、それじゃあダンスを再開しましょう?
ただし、ここに居るのはさっきまでの私じゃない。
先代とも違う。
私は
今、私は本当の意味で
だから、高らかに名乗ろう。
今までは遠慮して名乗れなかった。
私が名乗ってはいけないと思っていた。
私にその資格はないと思っていた。
ネームシップと口にしても、コレだけは一度も言えなかった……。
(さあいきましょう、
ええ、いきましょう!
そう、私の名は!
「朝潮型駆逐艦