艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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ハワイ島攻略戦 1

ーーーーAM 06:00

 

 夜が明ける、水平線が徐々にオレンジ色に染まり始めた。

 もうすぐ米軍による攻撃が開始されるだろう、そうすればこちらも行動開始だ。

 不気味なほど敵の策敵機や哨戒する艦隊に出会わないのが気になるが、作戦開始までに捕捉されなかった事を幸運に思おう。

 今だけは神とやらに感謝してやってもいい、ハワイまで40海里の位置まで来ても捕捉されなかったのだから。

 

 「緊張してんのかい?」

 

 艦長席に座る艦長が帽子の鍔をクイッと上げながら、隣の席に座る私を覗き見る。

 緊張?そりゃあ緊張もするさ。

 数年がかりで準備し、装備と人員を整え、万全を期して挑める贅沢な作戦。

 

 贅沢すぎて逆に不安になる、わずかな可能性すら潰したつもりだが安心など片時も出来ない。

 だが、私が緊張を顔に出すわけにはいかない。

 下の者に私の緊張が伝わってしまっては大事な所でミスをしかねないからな。

 

 「そう……見えますか?」

 

 「いんやぁ?ワシが知っとる太々しいお前ぇさんだよ。今のはまあ……社交辞令って奴だ。」

 

 貴方が社交辞令とは驚きましたね。

 そういうのはしない人だと思っていたのに。

 

 「米軍の様子は?」

 

 「今だ連絡はありません。」

 

 私の問いに、左前方の通信席に座るオペレターが返答する。

 彼女も私の部下になって長いな、配属されたのはたしか……横須賀事件の半年前くらいだったか。

 

 「機関出力を上げとけよ、米軍の攻撃開始と同時にこちらも動くからなぁ。」

 

 艦長が機関室と連絡を取り出力を上げさせる。

 作戦開始の予定時刻まであと10分足らず……。

 米軍が先に仕掛け、東側に敵の目を向ける当初の予定が上手くいきそうなのは僥倖だ。

 作戦開始までに、こちらも捕捉くらいはされると思っていたんだが……。

 

 まさかとは思うが……西はまったく警戒されていないのか?

 米軍は捕捉されるのを前提で動いているはずだ、しかも艦娘100名と輸送艦数隻からなる大艦隊で。

 

 そんな艦隊が正面から堂々と来れば、私なら背後や側面からの奇襲を警戒するが……。

 

 「敵さんは慢心してるのかねぇ、ハワイ島を攻めるのはこれが初なんだろ?」

 

 「ええ、ですがハワイは太平洋側最大の棲地です。慢心して警戒を怠っているとは考え辛いのですが……。」

 

 本当に慢心しているのか?

 それとも西側は攻められないと思っているのか?

 今だワダツミは航行を続けている、速度は上げていないがそろそろ35海里を切る。

 それなのに敵策敵機が一機も見当たらない、護衛艦隊から潜水艦発見の報告もない。

 私が慎重すぎるのか?

 

 「米軍より入電!米軍艦隊、攻撃を開始しました!」

 

 オペレーターから米軍が狼煙を上げた報告が入る。

 悩んでる暇は無くなったな。

 

 「艦長、15海里までワダツミを進めろ。同時に、艦内及び護衛艦隊へ第二種戦闘配置から第一種戦闘配置への移行を通達、作戦開始だ。」

 

 「おうよ!ワダツミ、最大船速!かっ飛ばせ!」

 

 艦内に警報が鳴り響き、オペレーターが第一種戦闘配置への移行を告げる放送が流れる。

 出撃ドックでは艦娘達が、出撃の合図を今か今かと手ぐすね引いて待っているだろう。

 

 「ハワイ島までの距離、およそ21海里です。」

 

 「よぉっし!ワダツミ減速!15ノットまで速度を落とせ!」

 

 オペレータの報告を聞いて艦長が指示を出すと、ワダツミがゆっくりと速度を落とし始めた。

 このままゆっくりと進みつつ、15海里に到達する前に艦娘を出撃させる。

 さあ、戦闘開始だ。

 

 「両舷、カタパルト展開。少佐、第一前衛艦隊と対潜部隊を出せ。鳳翔、後部出撃ドックから第一機動部隊を。」

 

 「了解であります!」

 

 「承知しました。」

 

 少佐と鳳翔が通信で指示を出し、艦娘達が出撃して行く。

 それなのに、まだ敵艦載機が見えない。

 今だハワイは水平線の向こう側だが、ここまで堂々と動いているのに敵の反応がないとはどういう事だ?

 まさか本当に警戒すらしていなかったのか?

 

 「レーダーに反応は?」

 

 「ありません、敵からのレーダー波も皆無です。」

 

 「おいおい……マジかよそりゃ……。」

 

 艦長が驚くのも無理はない、艦隊の第一陣が出撃してすでに30分、敵が哨戒していればとっくに捕捉されていてもいい頃だ。

 それなのにここまで無警戒とは……敵を過大評価しすぎていた?

 

 「少佐、前衛艦隊から会敵の報告は?」

 

 「ありません、報告ではすでに10海里を切っているとの事ですが……。」

 

 「鳳翔、機動部隊は何と言っている?」

 

 「現在、策敵機をハワイ上空に向かわせて……あ、少々お待ちください!」

 

 なんだ?鳳翔の顔が驚愕しているように見えるが……。

 まさか、すでに我が方は包囲されている?

 無警戒を思わせての包囲殲滅が敵の狙いだったのか?

 だとしたら大問題だが……。

 

 「ええ、それは本当なのね?……いえ信じないわけではないの……ええ、念のため索敵範囲を広げて。うん……お願いね。」

 

 「どうした?すでに包囲でもされていたか?」

 

 「いえ……それが……。」

 

 どうしたと言うのだ?

 鳳翔にしては歯切れが悪い、君が動揺するほどの報告とはいったいどういった内容なのだ?

 

 「信じられない事ですが……敵は艦隊を展開していませんでした。こちらの策敵機に気づいてようやく展開をはじめた様子です。」

 

 「んなバカな!哨戒すらしてなかったってぇのか!?」

 

 開いた口が塞がらない、私が思わず言ってしまいそうになったセリフを艦長が先に言ったのが主な原因だが……。

 

 「事実です、念のため索敵範囲を広げさせましたが……。」

 

 敵は本当に慢心していた?

 いや、これはもう慢心と言っていいレベルじゃない、ただのバカだ。

 ここは太平洋側最大の棲地ではないのか?

 その棲地がここまで無防備だったとは……。

 

 「少佐、第二前衛艦隊も出せ。鳳翔、第二機動部隊もだ、ただし艦攻を優先装備に変更。第一機動部隊で制空権を確保しつつ、第二機動部隊で前衛艦隊を支援だ。出撃してくる端から叩き潰せ。」

 

 敵が艦隊を出していないからと言って遠慮してやる義理は無い。

 今から艦隊を展開では逐次投入しているのと同じだ、しかもあちらはワダツミのような艦隊を即時に展開できるカタパルトがない。

 これならば、序盤は展開しようとする端から潰す事も十分可能。

 

 「辰見、予定変更だ。第一、第二水上打撃部隊を出せ、両飛行場姫を牽制しつつ、雑魚を片付けさせろ。」

 

 「了解、思ったより楽にいけそうですね。」

 

 「油断するのはまだ早い、敵の総数は不明だからな。」

 

 とは言ったものの……、想定外だが奇襲は完全に成功。

 今の状況では敵はまともに反撃できない、だが予定は多少変更しても計画通り事は進める。

 中枢棲姫の首を、確実に獲るために。

 

 「第二機動部隊より入電、『我、敵第一陣ノ掃討ニ成功セリ』です。」

 

 「対潜部隊からも入電であります。『潜水艦ノ影、今ダ無シ。指示ヲ乞ウ。』であります。」

 

 「対潜部隊にはそのまま警戒を続けさせろ。鳳翔、敵の策敵機はどうだ?」

 

 「上がってくるのは艦戦と艦攻ばかりのようです、島の南側まで敵影無し。本当に信じられないです……。」

 

 まったくだ、しかも一撃目で敵の第一陣を掃討?

 上手く行き過ぎて逆に恐ろしくなるではないか。

 奇兵隊を出すなら今か……?南側に敵影はないと鳳翔は言っていたが……。

 考えろ、まったく予期していなかった状況で攻撃を受けたらどうなる?

 我々は正面から堂々と攻撃している、ならばまずは正面をどうにかしようとするはずだ。

 攻撃されて、慌てて艦隊を展開してるような奴が側面からの奇襲、ましてや島への侵入を警戒するだろうか。

 いや……、しない!

 

 「少佐、敵の抵抗は?」

 

 「艦載機の攻撃をすり抜けた敵が艦隊を組みなおして抵抗していますが、前衛艦隊だけでどうにかなっています。潜水艦の影は今だ無し。」

 

 「ふむ、鳳翔。機動部隊の方は?」

 

 「制空権は確保、敵の目は一つ残さず潰すように指示しています。第二機動部隊も前衛支援を継続中です。姫級、鬼級も確認されていますが、今のところ完全にこちらが有利です。」

 

 「辰見、水上打撃部隊はどうだ?」

 

 「飛行場姫の装甲が通常の個体より硬い以外は問題ありません。ただ、随伴艦隊の子達が暇を持て余しています。前衛艦隊の支援に向かわせますか?」

 

 「今は向かわせるな。この状況が続くようなら随伴艦隊を前衛艦隊の交代に回す。」

 

 「了解しました。」

 

 困った……順調すぎて逆に計画が狂いそうだ。

 まさか東側もこのような感じなんじゃないだろうな。

 

 「どうすんだい提督、奇兵隊に首まで狙わせる必要はねぇんじゃねぇかい?」

 

 艦長の言う通り、このままなら奇兵隊にはギミック破壊だけさせて真っ当に攻略した方が早い気がする。

 だが、だからと言って油断して痛い目を見るのはご免だ。

 私の考えすぎならそれでいいが、この状況が敵の作戦だったら目も当てられない。

 

 「米軍側の状況はわかるか?」

 

 「詳しい事は……ただ、攻撃開始前に送られて来たデータによりますと、敵東側艦隊は米軍の二倍近く、こちらと違って迎撃態勢も整えていたようです。」

 

 ふむ、オペレーターの言う事が確かなら、敵は米軍の陽動に見事に引っかかった事になる。

 戦力を東側に集中し、西側からも攻められるとは思っていなかったのだろう。

 だが、米軍が二倍の戦力を相手にしているなら万が一もあり得る。

 米軍が負ければ、下手をすると我々は三方から攻撃を受けることになるのだから。

 やはり……作戦は予定通り行う。

 

 「神風に予定通り出撃しろと伝えろ。長門と金剛、それと米軍にも通達、『島への一斉砲撃は予定通り』とな。」

 

 「了解しました。」

 

 私の指示をオペレーターと辰見が伝え始める。

 この調子なら島への侵入はすんなりと行くだろう、島内の敵の数が気がかりではあるが。

 今の状況なら東、もしくはこちら側へ戦力として投入している可能性もなくはない。

 

 「鳳翔、ワダツミ後方に索敵機を飛ばす余裕はあるか?」

 

 「出撃中の機動部隊にはありませんが、私か海上で指揮中の龍驤なら可能です。」

 

 「龍驤にやらせろ、窮奇を捕捉するまでワダツミ後方30海里の範囲を索敵だ。」

 

 「承りました。」

 

 空いた艦隊を朝潮たちに回してやりたいところだが……。

 難しいな、有利に事を運べているとは言っても敵の数に底が見えない。

 物量戦に持ち込まれれば、こちらの余裕も無くなるだろう……。

 やはり北に回した呉艦隊が惜しまれる、元帥殿の考えも理解しないではないのだが……。

 

ーーーーAM 08:00

 

 「少佐、前衛艦隊の状況は?」

 

 「依然、有利に戦闘を続けておりますが、単純に数が厄介です。押されはしていませんが押し込む事も出来ないと言った感じでしょうか。」

 

 戦線が膠着してきたな。

 結界などと言う厄介な物さえ無ければ、奇襲が成功した時点で詰みだったものを……。

 

 「前衛艦隊に、余裕がある内に補給と休息をさせろ。辰見、随伴艦隊との交代は可能か?」

 

 「可能です。すり抜けて来た敵の数を考えても、主力艦隊だけで飛行場姫の牽制、及び迎撃も可能です。」

 

 「わかった、第一、第二前衛艦隊を第一、第二随伴艦隊と交代させて補給に下がらせろ。」

 

 作戦開始から2時間も経てば、敵も態勢を整えるか……。

 歯痒いな……。

 それでも艦隊をローテーションさせる余裕があるのは良い事だが、どうにも踊らされてる感がある。

 有利な事が不安で仕方ない、物資も人員もギリギリ以下の作戦の方が落ち着くような気さえする。

 

 「奇兵隊からの連絡は?」

 

 「ありません。今だ無線封鎖を継続中の模様です。」

 

 オペレーターからの返答は淡々としたもの。

 もうちょっと感情を込めて言えばいいのにと思わなくも無いが、今の不気味な状況ではそちらの方が私を安心させてくれる。

 

 「お嬢たちはそろそろ隊を分けてる頃だな。やっぱり心配かい?」

 

 「愚問ですよ艦長、大事な娘ですので。」

 

 「お前ぇさんが心配ねぇ……。しばらく見ぇ間に、随分と人間らしくなったじゃねぇか。いや、戻ったと言った方が良いか?」

 

 そうだろうか、私の胸中は今も深海棲艦への恨みで満ちている。

 それでもそう見えると言う事は、間違いなく彼女のおかげだろう……。

 

 「好きな女でもできたか?」

 

 好きな女……か。

 そうだな、私は朝潮に惚れている。

 私への好意を隠そうともしない朝潮に。

 私の命令を愚直に遂行しようとする朝潮に。

 私との約束を守ろうとする朝潮に。

 私を……救ってくれた朝潮に……。

 

 いかんな、作戦中だと言うのについ物思いに耽ってしまった。

 

ーーーーAM:09:30

 

 「提督、第一機動部隊が補給を求めています。下がらせてよろしいですか?」

 

 第一陣が出撃して3時間ほどか、確かに補給が必要になる頃だ。

 

 「わかった。少佐、前衛艦隊は出れるか?」

 

 「第一、第二共に出れます。」

 

 「ならば両前衛艦隊と両随伴艦隊を交代させろ。鳳翔、機動部隊の補給が済むまで龍驤に指揮権を委譲し、護衛艦隊が動ける範囲内から制空を支援しろ。」

 

 「承知しました。」

 

 「暴れすぎるなよ?あくまで支援が君の役割だ。」

 

 「わかっております。ですが……艦載機と間違えて敵艦を沈めてしまった時はご容赦を。」

 

 間違える?

 間違えたふりをして沈める気だろう?

 昔のように目がギラついているじゃないか、普段の君しか知らない子が見たら泣いてしまいそうだぞ。

 

 「構わん、君の裁量で好きにして良い。」

 

 「ありがとうございます。それでは少々出かけて参ります。」

 

 鉄火場の血生臭さなどとは縁が無いような丁寧なお辞儀をして鳳翔がブリッジを出て行った。

 

 だが、その身に纏っていたのは私ですら寒気を感じるほどの殺意、『つるべ落とし』に食い散らかされる敵に少し同情してしまったよ。

 

ーーーーAM 10:30

 

 「少佐、対潜部隊にまだ余裕はあるか?」

 

 「潜水艦の数が少ないので弾薬は余裕があります。燃料も……あと1時間は楽に戦闘が継続できるほどあります。」

 

 一斉砲撃開始はヒトサンマルマルそれまでにローテーションを一巡させておきたいな。

 この際、こちらの状況を少しまとめておくとするか。

 

 まずミッドウェー、ジョンスン及びハワイ島から出撃して来た敵の総数はおよそ100隻。

 内、約二割は第二機動部隊の初撃で撃破済み。

 第二機動部隊と鳳翔のおかげで、第一機動部隊を下がらせた今でも制空権は我が方にある。

 

 第一、第二主力艦隊は両飛行場姫、及びその直衛の艦隊と交戦中。

 燃料、弾薬はまだ保つはずだが、早めに補給をさせたいところではある。

 

 第一、第二前衛艦隊及び対潜部隊は、両主力艦隊のほぼ中間地点でハワイ島から出撃して来た艦隊と交戦中。

 第二機動部隊の支援はあるが、ほぼ拮抗状態。

 

 現在補給中の第一、第二随伴艦隊及び第一機動部隊は補給が済み次第、それぞれ第一、第二主力艦隊、第二機動部隊と交代させる予定だ。

  

 これ以上敵の増援がなければ正面は問題ない。

 問題は背後、満潮が予想した窮奇による襲撃がいつ行われるかだ。

 

 「龍驤より入電!ワダツミ後方、20海里付近にて敵艦隊を捕捉!こちらに向け進行中です!」

 

 「数は?」

 

 噂をすればこれだ、しかも艦隊だと?

 数によってはローテーションを崩してでも艦隊を増員する必要が出てくるが……。

 

 「戦艦水鬼1重巡ネ級1駆逐棲姫2です!」

 

 「『水鬼』?棲姫の間違いではないのか?」

 

 オペレーターの報告に思わず疑問を投げかけてしまった。

 たしかに、戦艦棲姫の上位種に戦艦水鬼がいることは確認されている。

 今迫っている戦艦水鬼は窮奇なのか?艦娘のように改装を受けて水鬼に進化したと言う事だろうか……。

 

 「間違いありません、『隻腕の戦艦水鬼』との事です。」 

 

 隻腕……窮奇でほぼ確定か。

 深海棲艦も改装で強化されると言う、当たらなくてもいい仮説が当たってしまったな。

 

 「少佐、艦隊を回す余裕は?」

 

 「残念ながら補給が間に合いません……。奇しくも、3年前と似たような状況であります……。間に合ったとしても、背後に艦隊を回すと作戦が滞る可能性が出て来ます。」

 

 やはり迎撃に向かわせられるのは第八駆逐隊だけか、まったく……相変わらず嫌なタイミングで襲撃してくる奴だ。

 数は同数でも性能に差が有り過ぎるのが問題だな、本来なら連合艦隊挑むべき相手に、駆逐隊だけで向かわせなければならないとは……。

 

 「君、朝潮に繋いでくれるか?」

 

 「了解しました。お手元の受話器に繋ぎます。」

 

 私はオペレーターに言われるがまま、肘掛けに取り付けられた白い受話器を耳に当てる。

 響いているのは朝潮を呼び出す電子音、このまま朝潮が出てくれなければいいのにとも思ってしまう。

 そうすれば……。

 いや、それは彼女への侮辱になるか……。

 

 『はい、朝潮です。』

 

 3コール目で朝潮が出た。

 何の要件かわかっているようだ、声に確信と決意がこもっている。

 

 「窮奇がネ級1隻駆逐棲姫2隻を伴って背後から進行中だ。窮奇自信も水鬼に強化されている。」

 

 『……想定の範囲内です。問題ありません。』

 

 ほう、姫級を伴って来ることも、窮奇が強化されている事も想定していたのか。

 大方、想定したのは満潮だろう。

 

 「補給が終わり次第、援護の艦隊を出すことも出来るが……。必要か?」

 

 嘘だ、そんな余裕は無い。

 だからそう慌てるな少佐、これは儀式だよ。

 私が朝潮を送り出すための。

 

 『必要ありません、むしろ邪魔です。』

 

 ああ、わかっている。

 君ならそう言うだろう、慢心からの自信ではない。

 君は自分に厳しいからな、その君が必要ないと言うんだ、自分と仲間たちなら勝てると信じて。

 

 そしてあのセリフを言うのだろう?

 君が自分を鼓舞し、私のために戦う決意を再確認するあのセリフを。

 

 『司令官、ご命令を!』

 

 3年前、私は彼女が死ぬ事をわかった上で出撃を命じた。

 彼女が生きて帰る事を諦めていたように、私も彼女が生きて帰ってくる事を諦めた。

 

 だが今回は違う、朝潮は必ず帰ってくる、窮奇を倒し、随伴艦も倒し、第八駆逐隊の4人で勝利を引っ提げて帰ってくる。

 朝潮が諦めないのなら私も諦めない、君たちは安心して窮奇艦隊に挑むといい。

 正面は気にするな、絶対に抜かせはしない。

 君の背中は私が守ろう。

 

 「第八駆逐隊に窮奇艦隊迎撃を命ずる。行って来い!」

 

 『了解しました!いってきます!』

 

 『いってきます』か……。

 あの時とは逆だ、君は行って帰ってくる。

 君が帰ってきた時の第一声は決まったよ。

 ああ……言うのが楽しみだ。

 やっと言う事が出来る。

 あの時言う事が出来なかった『おかえり』を……。

 

 彼女の分まで君に言おう、3年分の想いを込めて……。

 3年越しの『おかえり』を……。


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