気分が落ち着かない。
決戦の前夜はこんな気分になるのでしょうか。
不安と恐怖、期待と興奮が入り混じったようなおかしな気分。
私たちの出番は他の人たちに比べて後の方とは言え、明日には戦闘が始まると思うとなかなか落ち着かない。
今晩、ちゃんと眠れるかしら……。
「艦列を変える?」
「そうよ、私を先頭に、大潮、荒潮、アンタの順番に変えるの。」
ベッドに腰かけて、そんな気分を落ち着かせようとしている時に満潮さんが『艦列を変えよう』と意見具申をして来た。
旗艦である私を一番後ろに?
どういう意図があってそんな事を言いだしたんでしょうか。
「満潮、旗艦は朝潮ちゃんだよ?どういうつもり?」
「簡単よ大潮、私達三人で露払いをするの。」
露払い?窮奇が随伴艦を連れていた場合、三人で随伴艦を引き離す、もしくは倒すつもりなのでしょうか。
「へぇ、満潮ちゃんは、窮奇が艦隊を組んで襲ってくると思ってるのねぇ。」
やっぱりですか、でも相手が艦隊で来るならこちらも艦隊で挑んだ方がいいのでは?
まるで、分断するか、されるのを前提に話しているみたいに聞こえるのですが。
「相手が大潮たち以上の数で来るかもしれないのに?それじゃあ最悪、各個撃破されちゃうんじゃない?」
「前提が間違ってるわ大潮、窮奇は艦隊で挑んでくるんじゃない。窮奇以外の随伴艦の任務、目的と言ってもいいかしら。それは窮奇とは別なのよ。」
窮奇とその随伴艦は目的が別?
窮奇の目的はまぁ……予想はつきます……考えたくないですけど……。
では随伴艦の目的はいったい何?
「規模の予想はついてるのぉ?」
「窮奇を含めて最大で4隻、それ以上はないと思う。」
その根拠は?
確かに隠密に行動するにはそれが限界でしょうけど、それ以上の規模ですでに私たちの後方に隠れている可能性もありますよ?
「いくらなんでも楽観しすぎじゃないかな、根拠はあるの?」
「もちろんあるわ、窮奇は朝潮と一対一で戦いたがってる。いえ、デートしたいと思ってるからよ。」
窮奇の目的はやはりソレですか……。
窮奇とデートとかゾッとしますね……確かにそれっぽい事は言ってましたけど……。
でもどうしてそれが根拠になるのでしょうか。
「それはわかるけどぉ、でも随伴艦が最大で3隻って言うのがわからないわぁ。」
「姉さんが戦った時、そして朝潮が戦った二度の戦い、その全てが邪魔者によって中断してるからよ。」
邪魔者……、先代の時は知りませんが、私が窮奇と相対した二度の戦闘は、どちらもネ級によって邪魔されている。
一度目はそもそも一対一とは言えないけど、ネ級が誘因して来たこちらの艦隊を察知して窮奇が撤退、二度目はネ級自身が止めに来た。
と言うか助けられた?
どちらの戦闘も、私を仕留めるだけなら出来ていたはずだものね。
「ネ級だけじゃ私達三人を押さえられない。かと言って艦数を増やせば、手の空いた奴が朝潮との戦闘を邪魔するかもしれないし、背後に回り込む前にこちらに捕捉されかねない。だから3なの、隠密に行動し、私達を朝潮と分断し、足止めが確実にできる一対一の状況を3つ作るために。」
「大潮たちが四人なのは仕方なくだよ?その事を窮奇は知ってるって言うの?」
「知らないわ、だけど私がネ級ならそうする。アイツが知ってる朝潮の随伴艦の最大数が3なんだから。私たちが4人以上の場合を考えて、窮奇の随伴艦には上位種を選択するくらいはしてるかもしれないけどね。最悪、姫級か鬼級が二隻加わってるかも。」
もし、私たちが駆逐隊以上だった場合を考えてですか?
そうすると、姫級以上が3隻にネ級が1隻って事になりますけど……。
嫌な予想ですね……。
「勘弁してよぉ……もしそうなら一対一で姫級以上とやり合わなきゃいけないのぉ?窮奇が居るから深海化が使えないのよぉ?」
そういえばそうでした。
そのままでも十分強いとは言え、スペック自体では劣っていますものね。
数が同数でもこちらが圧倒的に不利、頭が痛くなりそうだわ……。
「前みたいに窮奇の命令で強制停止させられる事はないと思うわ、窮奇は朝潮にご執心だから。」
「随伴艦の姫級がその権限を持ってたらどうするのぉ?私死亡確定じゃない。」
「深海化して姫級以上とやり合って停止させられたのは窮奇の時だけでしょ?心配なら相手の姫級なり鬼級なりに聞いてみたら?」
いやいや、答えないでしょ。
いくら上位種が人語を解するって言っても素直に答えてくれるとは思えないんですけど……。
「満潮がそう確信できるのはなんで?さっき『私がネ級なら』って言ってたけど、それがその考えの根拠?」
「そうよ、アイツと私は考え方が似てるの。違うのは『部下として仕えるか、仲間として信じるか』これだけよ。」
満潮さんは仲間として私の背中を押し、守り、そして道を切り開いてくれる。
じゃあネ級は?
それが部下になるとどう変わるんだろう。
「アイツの最優先事項は窮奇の命、それを守るためなら窮奇に沈められる覚悟もしてる。」
「それだと理屈が合わないよ。窮奇の命が最優先なら……。ああ、だから一対一なのか……。」
「そうよ、普通に考えればわかるでしょ?戦艦と駆逐艦がやり合って戦艦が負けるわけがない。例え随伴艦を伴っていても、駆逐隊で連携して来られるより一対一の方が万が一が起こる可能性は減るわ。それに、守る対象の窮奇自身が朝潮との一対一を望んでいる事も理由の一つ。窮奇の望みを叶え、窮奇が沈められる可能性を減らせるギリギリのラインが一対一なのよ。」
「でもぉ、それなら私たち三人と随伴艦は一対一でやる必要ないんじゃない?」
「さっき言ったでしょ?『確実に足止めするため』って。例えば、三人の内二人が足止めして、残りの一人が援護に向かう事も出来るかもしれない。その可能性も排除したいのよ。」
つまり随伴艦の主任務は場を整える事ですか。
私と窮奇の決闘を邪魔させないように。
「なるほどねぇ……。理屈はわかったわぁ、でもさぁ……。私たちがわざわざネ級の考えに付き合う必要はないわよねぇ?」
確かに、あっちが一対一での時間稼ぎが目的だからと言ってこちらまで付き合う必要はないわ。
それに一対一に持ち込まれたとしても……。
「そうだね、一対一に持ち込まれたとしても、とっとと倒して朝潮ちゃんに合流しちゃえばいいんだから。」
そうです、速攻で倒して合流すればいいんです。
と言うか、大潮さんも荒潮さんも一対一でやる気満々なんですね、相手が姫級以上かもしれないって事は気にしてないみたい……。
「はい決まり、じゃあそういう感じで行くから。朝潮は私達が合流するまで死なないように頑張ってね。」
軽っ!いや、ホント軽すぎませんか!?
私何も言ってないんですけど!?
三人だけで決定しちゃってるじゃないですか!
「あらぁ?朝潮ちゃんどうしたのぉ?冷や汗なんか掻いちゃってぇ。」
「い、いえ……別に……。」
冷や汗も掻きますよ、窮奇とやり合うのって精神的に凄く消耗するんですよ?
物理攻撃と精神攻撃の嵐なんですから、何度も本人に言ってますが本当に気持ち悪いんです。
もし、これが司令官なら喜んで胸に飛び込むんですが、生憎と女性は対象外ですので窮奇は無理です。
って言うかあの人、愛してるとか言いながら本気で殺しに来てますからね?
一発でも当たれば即死の砲撃を避けながら、精神攻撃にも耐え続けるってホント大変なんですから!
「察してあげなさいよ荒潮、朝潮は自信がないのよ。ねえ朝潮?」
「え?」
いやいや、別に自信がないわけじゃありませんよ?
なんなら皆さんが合流する前に窮奇を倒しましょうか?
私ならきっと出来ます!
「相手は戦艦棲姫だもんね~。無理せず、大潮達が合流するまで逃げ回っててもいいんだよ?」
あ、これ挑発されてますね。
三人ともニヤニヤして凄く悪い顔してます。
いいですよ?
挑発に乗ってあげようじゃないですか。
逆に窮奇を速攻で倒して皆さんの度肝抜いてあげますよ。
「皆さんこそ頑張ってくださいよ?じゃないと、皆さんの相手も私が取っちゃいますから。」
その前に挑発し返さなきゃ、普段やられっぱなしなんですからこういう時くらい……。
「あっそ、じゃあ随伴艦共もまとめてお願いするわ。部屋で待ってるから終わったら教えてね。」
あ、あれ?どうしてそうなるんです?
私は挑発したつもりだったんですが……本気だと思われました?
「それじゃもったいないわよぉ。お菓子とジュース用意して朝潮ちゃんの戦いを観戦しましょぉ?」
ちょっ……、ホントにお菓子用意し始めてるじゃないですか、ホントに観戦する気!?
嘘ですよね?
早く『冗談よぉ~♪』とか言ってくださいよ!
「双眼鏡もいるね。あ、ヘリがあるらしいからソレに乗って観戦するのはどう?」
あ、これお仕置きですね、生意気言った私へのお仕置きなんですね?
ごめんなさい!調子に乗り過ぎました!
だからその辺で勘弁してください!
「冗談よ、これくらいでベソ掻くんじゃないわよ。」
隣に来て慰めてくれるんなら最初からからかわないでくださいよ……。
「やっぱり泣きベソ掻いてる朝潮ちゃんっていいわぁ……。」
なんで恍惚に顔を歪めてるんです?
窮奇並みの恐怖を感じるんですけど……まだ深海化してないですよね?
「え!?冗談だったの!?」
大潮さんは本気だったんですか!?
じゃあ、その右手に持ってる内線で連絡を取ろうとしてる先はまさか司令官?
本当にヘリを借りようとしてたんですか!?
「まあアホは置いといて。アンタは窮奇を倒す事だけ考えなさい。他の雑魚共は私達が片づけてあげるから。」
雑魚って……、窮奇の手の内をある程度知ってる私と違って、満潮さん達は初見の相手と戦うんでしょ?
しかも満潮さんの予想では姫級以上、私より満潮さん達の方がはるかに危険です……。
「死んじゃ……ダメですよ……?」
「誰に言ってるの?アンタに心配されるほど、私たちは落ちぶれてないつもりだけど?」
満潮さんが私の頭を胸に抱き寄せて撫でてくれる。
心配なんてしていません、信じています。
これはただの確認です、皆で生きて帰るための。
「生きて……帰りましょうね。」
皆が当然だと言うような顔で私を見て来る。
そうですよね、当然ですよね。
皆の頭に負けるなんて考えは微塵もない、勝つことだけ。
「もちろん!アゲアゲで帰りましょう!」
そうですね大潮さん、私たちは勝って帰るんです、沈んだテンションで帰るなんてありえません。
「当たり前でしょ。負けるなんて論外なんだから。」
わかってます満潮さん、私たちは司令官虎の子の第八駆逐隊、勝って当たり前です。
「もちろん、全員一緒にねぇ。」
ええ、一緒に帰りましょう荒潮さん、敵に勝って、作戦を成功させて、そして大手を振って帰りましょう。
司令官の元に、私たちの
「ところでぇ……、ねえ朝潮ちゃん?帰ったら司令官とデートとかしないのぉ?」
「え……どうでしょう……。」
そりゃしたいですよ?
そういう約束はしてないですけど……。
「荒潮の魂胆はわかったよ……朝潮ちゃんと司令官のデートを覗き見してニヤニヤする気だね!場所はどうする?」
は?覗き見?
趣味悪いですよ!
もしその……キ、キスとかする雰囲気になったらどうするんですか、それも見る気ですか!?
「デートの時くらい二人っきりにしてあげなさいよ……。カメラも要るわね!」
撮影までする気!?
止めるのか便乗するのかどっちかにしてください!
「楽しみだわぁ、とっとと敵を倒して帰りましょう?」
「明日まで待ちなさいよ荒潮、それよりある程度作戦練っとかない?」
あ、デートを覗き見するのは確定なんですね……。
いいですよ?皆さんがそれでやる気が出るなら。
でも責任は取りませんからね?
私と司令官の熱々っぷりを目の当たりにして火傷しても知りませんから!
「下着にも拘らなきゃね……大潮の勝負下着貸してあげようか?」
「大潮ちゃんの勝負下着って黒のTバックでしょぉ?朝潮ちゃんには早いんじゃないかしらぁ……。」
大潮さんそんなの持ってるの!?
意外すぎてビックリしましたよ!
誰と勝負するつもりでそんなの買ったんですか!?
そこが一番気になるんですけど!
「いや、やっぱ白でしょ、朝潮は白以外あり得ないわ。妥協して水色!」
そうですよね!
さすが満潮さん、私の下着の好みをわかってらっしゃる!
まあ、黒のTバックとかも興味はありますが、それはもうちょっと大きくなってからでいいです!
司令官の好みじゃないかもしれませんし!
「意外性は大事だと思うなぁ。清楚でいかにも優等生って感じの朝潮ちゃんを剥いてみたら黒のTバック。ギャップが凄いよ!」
剥くとか言わないでください大潮さん。
何を剥くんですか?服ですか?
甘栗剥いちゃいましたみたいに言わないでください。
「ところで、なんで下ばっかりで上の話が出てこないんですか?ブラは必要ないと?」
「「「…………。」」」
なんとか言ってくださいよ!
なんで三人とも無言で目逸らしてるんです!?
「あ、朝潮ちゃん……ブラジャーはね……胸の形を保つのが主な役割でね……その……。」
「それ以上言っちゃダメよ大潮!無いんだから!朝潮には形を保たなきゃいけない程無いんだから!!」
「言ってますよね!?私が気にしてる事ズバッと言いましたよね!?」
満潮さんだって似たような物じゃないですか!
なんでそんな酷い事言うの!
「擦れるのを防ぐためならバンソーコーでもいいしねぇ……。あ!それでいいんじゃない?下手な下着よりエロいわよぉ?」
「黒Tバックにバンソーコーか……、それなら下もバンソーコーでいいんじゃない?」
「満潮ちゃん……ナイスだわ!それで行きましょう!」
どれで!?
ただの痴女じゃないですか!
嫌ですよそんなの、痒くなりそうじゃないですか!
どこがとは言いませんけど……。
「あ、あの……明日の作戦の話だったんじゃ……。」
「そんなのどうでもいいのよ!アンタの勝負下着をどうするかの方が大事でしょ!」
いや、それこそどうでもいいですよ、白でいいですよ。
純白が一番ですよ。
「もういっそノーパンとかどぉ?脱がす手間が省けるわよぉ?」
バンソーコーより嫌ですよ!
スースーするじゃないですか、そっちの快感に目覚めたらどう責任取ってくれるんですか!
「わかってないね荒潮は、男は脱がせる過程も楽しみたいんだよ!むしろ脱がした後はオマケなんだよ!」
大潮さんはまるで男性の嗜好をわかってるように語りますが、もしかして男性経験があるんですか?
私たちが知らないだけで付き合ってる人がいるんですか?
これはもう作戦の話にはなりませんね。
またTバックがいいか白の下着がいいかの議論を始めてますよ。
最初の真面目な雰囲気が影も形もありません。
私の緊張をほぐそうとしてくれてるんだろうけど……。
いや、楽しんでますね。
これ素だわ、完全に通常営業です。
円陣組んで座って本気で作戦を練り始めましたよ、しかも当事者である私抜きで。
でも、お姉ちゃんたちの思惑はともかく、眠気に襲われだした私の横でお姉ちゃんたちが悪だくみする、
やっぱり、普段と変わらない光景を見たら落ち着きますね。
これなら寝れそうです。
眠りに着こうと目を閉じた私の脳裏に浮かぶのは、現在の光景であり未来の光景。
楽しい事ばかりじゃない事はわかってる。
悲しい事があるのもわかってる。
だから生きて帰らなきゃ。
死んだら楽しむ事も、悲しむ事も出来ないんだから。
そのためには勝たなければ。
窮奇に勝たなければ。
窮奇と戦うのはこれが三度目、三度目の正直だ。
この戦いを最後にしよう、私と窮奇が敵としてまみえる最後の戦いにしよう。
窮奇にならって言うならこんな感じでしょうか……。
私と窮奇が踊る最後のダンス……。
そう……。
私と窮奇の、ラストダンスです。