「で、どうすりゃええと思う?」
一か月ぶりの『居酒屋 鳳翔』そこに来るなり司令官がそう言ってきた。
今日は私からではなく、司令官からのお誘いだ。
普段は私から誘う方が多いんだけど、たま~に司令官から誘ってくることもある。
ちなみに今日は愚痴ではなく相談事、明後日に迫った朝潮の誕生日プレゼントを何にしたらいいかという相談ね。
まあ、司令官くらいの歳の人が、十代前半の子に何を送ったらいいかわからないってのはわかるんだけど……。
なんで、手の平に乗るくらいの大きさで、ヘルメット被って橙色の制服を着た女の子の人形を肩に乗せてるんだろ?
その人形をあげたら良いんじゃない?
「俺の私物で御守りに出来そうな物っちゅうリクエストは聞いちょるんじゃが……。」
そう、問題はコレ。
普通プレゼントはサプライズでしょ、誕生日プレゼントを用意してると匂わす程度ならまあいいわ。
だけど、普通何が欲しいか聞く?
自分の子供にあげるんじゃないのよ?
自分の子供にあげる時でも、何が欲しいかさり気なく聞いて当日まで黙っとくくらいの事はするんじゃないの?
なのに本人に『プレゼントあげるから何がいい?』って聞いちゃったのよ?
ムードもへったくれもないじゃない!
女の子はそういうの気にするのよ?
くれるってわかってても当日まで隠しててほしいもんなのよ!
「パンツでもあげたら?あの子なら喜ぶと思うわよ。」
「いやいや、それはさすがにないじゃろ。」
半分冗談だけど、あの子の場合は喜びそうだから困るのよ、サイズが合わなくてもベルト締めれば何とかなるとか思いそうだわ。
「ねえ司令官、女性にプレゼントとかした事ある?」
「そりゃああるいや、それがどうした?」
その女性はさぞかしガッカリしたでしょうね、プレゼントする前に『何がいい?』とか聞いたんでしょうねこのオッサンは。
「その時さ、その女の人少しだけガッカリしたような顔しなかった?」
「そんな事は……。いや待てよ?そういえば一回、『次はサプライズがいいな。』とか言われたことがあったような……。でも嫌な顔は一回もされなかったぞ?」
やっぱり聞いてからプレゼント用意してたのか!
その女の人とどういう関係だったかは知らないけど、毎回顔に出さないようにするのに苦労してたでしょうね。
いや、嬉しいのよ?
何かプレゼントしてくれること自体は嬉しいの、でも女はそれにプラスアルファを求めるのよ。
何かプレゼントしようとしてるのは雰囲気でなんとなく察しはつくからね。
ありきたりだけど、例えば指輪なら夜景の見える高級レストランとか、綺麗な風景をバックに指輪を差し出されるとか、そういうのを求めちゃうのよ!
「その人とはどんな関係だったの?結婚を考えてた人?」
結婚してた話は聞いた事ないから破局したんでしょうね、きっと司令官の無神経な所に呆れて……。
「考えちょったもなにも、女房だ。」
んん!?ニョウボウ!?ニョウボウって女房!?
「ちょっと待って!司令官結婚してたの!?初めて聞いたんだけど!」
「そりゃ言うちょらんけぇな、艦娘で知っちょるのは神風と先代の朝潮、そんで今の朝潮くらいか。」
あ、姉さんも朝潮も知ってたんだ……。
それでも姉さんと婚約したりしてたって事は別れたのね、離婚か死別かはわからないけど……。
「深海棲艦の爆撃でな、苦しまずに逝けたとは思う……いや、思いたい……。」
そっか……死別したのね……。
しまったなぁ、完全に地雷踏んじゃったじゃない、私的には『捨てられた』的なエピソードを期待して聞いたのになぁ……。
「まあ、気にすんな。別に秘密にしちょったわけじゃないんぞ?こんな話聞かせても困らせるだけじゃ思うて言わんかっただけで……。」
「ご、ごめん……もうちょっと気をつかうべきだったわ……。」
そうよね、深海棲艦の爆撃で家族を失った人は大勢いるんだから、司令官も家族を失ってる可能性を考えるべきだったわ。
私だって……そのせいで孤児になったんだし……。
「で、話は戻るが、何がええと思う?」
「え?ええ、そうね……。」
どうしよう……雰囲気云々について説教してやろうと思ってたのにできなくなっちゃったじゃない。
「な、何か候補はないの?御守りに出来そうな物なんでしょ?」
「一応いくつかあるんじゃが。護身用の短刀とか、初めてひ……撃った銃の薬莢とか。」
なんで言い淀んだ?まあ
「薬莢はちょっと血生臭すぎるわね、短刀はサイズ次第かな?長さはどれくらい?」
「一尺くらいかのぉ……邪魔になるか?」
「一尺って30センチくらいだっけ?その長さじゃ邪魔になるかもね……折り畳みナイフとかないの?それくらいならポケットに入りそうだけど。」
そんな物をポケットに忍ばせさせたくないけど、まあこんな商売だし?いつか役に立つ日が来るかもしれないし。
「シーズナイフならあるが……俺のは結構ゴツいタイプじゃしのぉ……。」
「陸軍時代の認識票は?あれなら首から下げるんだし邪魔にならないわよ?」
「こっちに移るときに叩き返した……。」
取っときなさいよ……辞めるときに返却しなきゃいけない規則とかあったっけ?
それとも叩き返すほど陸軍上層部が嫌いだったの?
「はぁ……思いつかん……。すまんが一本吸ってええか?」
「どーぞ、今さら気にする事でもないじゃない。」
気を使ってくれるのは素直に嬉しいと思うけど。
「ふぅ~……。悩ましいのぉ、作戦よりこっちの方がよっぽど悩ましいわ。」
おいおい、国の命運を賭けた戦いより、十代の小娘へのプレゼントを考える方が難しいって言うの?
適当でいいじゃない、司令官からの贈り物ならなんでも喜ぶわよあの子。
「あ、いっそさ、体中にリボン巻いて、『私がプレゼントだ!』でいいんじゃない?」
「俺に変態になれと?」
いや、ロリコンの時点で変態よ?
今さら何言ってんの?
「満潮がそんな特殊プレイを求めちょるとは思わんかった……。これも戦争の弊害か……。」
おいこら、私を特殊性癖者にするんじゃない。
大丈夫よ、あの子なら飛び跳ねるくらい喜ぶわ、私ならそのまま海に沈めるけど。
「あ、そのシガレットケースって姉さんからのプレゼントだったやつ?」
「ん?ああ。おかげで煙草を辞める機会を逃してしもうた。」
どうせ辞めないでしょうが、別にルール守って吸ってるからうるさくは言わないけど、体に悪いのは確かなんだから辞めるに越したことはないわよ?
「古い方はどうしたの?捨てちゃった?」
「いや?部屋にあるぞ。長いこと使っちょったけぇ捨てにくうてな。」
「サイズはそれと同じくらい?」
「そうじゃけど……。それがどうした?」
それよ!それでいいじゃない!
大きさは30×60くらいかしら、ちょっとした小物入れになるし、ポケットに入れて持ち運べる大きさだわ!
「お古のシガレットケースをあげなさいよ。司令官が長い間使ってた物だし、御守りにもなりそうだし丁度いいじゃない。」
「結構歪んじょるし汚れちょるぞ?それに、煙草を吸わん子にシガレットケースっちゅうのも……。」
「いいのよ、小物入れくらいにはなるでしょ?」
「ならん事もないとは思うが……。」
「そうだ!鎖とかつけてペンダントにしちゃいましょうよ!ちょっと大き目だけど、ロケットペンダントになるじゃない!」
「飛ばすんか?」
そうそう、3・2・1発射!ってやかましいわ!
なんでそうなるのよ、私ペンダントって言ったよね?
ロケットペンダントってちゃんと言ったわよね!?
「マジで言ってんなら殴るわよ?」
「怖い笑顔じゃのぉ、冗談に決まっちょろうが。」
「なんだ、冗談だったのね。よかった……。」
そうよね!冗談よね!
なら許してあげる、笑顔のままでいてあげるわ。
「なんだかんだと言われたら……。」
答えてあげるが世の情け。
じゃない!
いつからラブリーチャーミーな敵役になったのよ!
ロケットか!ロケット繋がりでそれ言っちゃったの!?
しかもセリフの順番的に私がコ〇ロー?
せめてム〇シにしてよ!
「そんなに憤慨してどうした。大丈夫か?ニ〇ース。」
え?私の肩をポンと叩きながらそう言うって事は私がニ〇ース?
私、人じゃなかった!
じゃあコ〇ローは誰よ!
まさか鳳翔さんじゃないわよね!?
「提督……私はム〇シの方が……。」
乗り気か!
そうよね!鳳翔さんってブラジルに行こうとするくらい頭の痛い子だもんね!
三人の体格的に私がニ〇ース役ってのも納得はしてあげる。
でも私は、見た目は子供だけど頭は大人なのよ?
本当なら高校に通ってる歳なんだから、私早生まれだからね!
「にゃーんてな。」
盗らないでよ!
なんで私のセリフ盗っちゃったの!?
私がニ〇ースって司令官言ったじゃない!
「はい満潮ちゃん、今日のお通しです。」
はぁ……お通しでもつまんで少し落ち着こう……ツッコミ過ぎて疲れ……。
ん?今日のお通し変わってるわね、茶碗によそわれたご飯に味噌汁がかかって……。
ねこまんまか!しかも西日本風!
ここ東日本でしょ?東日本のねこまんまと言ったらご飯に鰹節でしょうが!
まあ、こっちの方が食べやすくて具も多いし私は好みだけどね!
うん、鰹出汁が効いて凄く美味しいじゃない。
いいとこ取りか!
「でも提督、ロケットペンダントはいいと思いますよ。」
ようやく話が戻った……もうボケないでよ?
ねこまんま食べるので忙しいから。
「そうだな、妖精に頼んで改造してもらうか。」
「妖精さんってそんな事もしてくれるの?」
装備の開発や修理くらいしかしてないんだと思ってたわ。
「材料さえ渡せばな、部屋だって増設してくれるんぞ?」
部屋まで!?
妖精さんマジパネェ!
あれ?肩に乗せてる人形が、『任せろ』と言わんばかりにサムズアップしてるけど……いつポーズ変えたんだろ?
「ねえ、司令官が来た時から気になってたんだけど、その人形何?ってええ!?動いた!怒った!?え?なんでなんで!?どうなってるのこれ!?」
「み、見えるのか!?妖精が見えるのか満潮!」
え、ちょ痛い!
肩を掴む手に力入れすぎ!潰れちゃうじゃない!
「こ、これが妖精さんなの!?ちょ!痛いったら!」
「あ、すまん。それよりだ!お前はこの妖精が見えてるんだな?」
「ええ……。あ、降りてきた。」
司令官の肩から降りてきた妖精さんが、私と司令官の中間までカウンターをトテトテと歩いて来て『エッヘン』って感じでドヤ顔した。
「そこに妖精さんが居るんですか?え?満潮ちゃん本当に見えるの!?」
「うん、見える。でも今まで見えた事なかったのよ?急に見えるようになる事ってあるの?」
「ああ、歳をとって自然に見えるようになる事もあれば、頭に強い衝撃を受けて見えるようになる事もある……。たしか辰見は後者だったな。」
「え?じゃあ、あの時の?あんなアホな事で?」
鳳翔さんが、私と司令官の視線が交わる場所を見て不思議そうな顔をしている。
って言うかアホな事って言わないで、私も詰め所での一件くらいしか身に覚えないけど……。
普段は妖精さんが居そうな工廠とかに行かないものね、詰め所での一件の後も入ったのは治療施設の方だし。
それで見えるようになってる事に気づかなかったのかしら。
「鳳翔さんは見えないんですか?」
上位艦種、特に空母の人は艦載機に乗る妖精さんを見たり、指示を出したり出来るって聞いたことがあるけど。
「私達が見えるのはパイロット妖精さんだけなんです。見えないって事は工廠妖精さんがそこに居るんですか?」
「少し違う気もするんだが……ワダツミ艦内の工廠に居たからそうなんだろうな、昼間にワダツミを視察した際に、そのまま着いて来られた。」
ふぅん、こんなのが工廠にいっぱい居るのね。
あ、ねこまんまに興味持ってる、食べれるのかしら。
「あ、食べた。」
箸でお豆腐を摘まんで差し出してみたら、美味しそうに食べ出した。
小さな手でお豆腐を抱えて齧りついてる姿がとっても可愛いわ。
「不思議な光景ですね……カウンターからちょっだけ浮いたお豆腐がチビチビ減っていってる……。」
見えない鳳翔さんからはそう見えるのね、幸せそうな顔してるわよ?
お豆腐が気に入ったのかしら。
「満潮、来年は任期を更新せずに士官になる気はないか?」
「はぁ!?急に何よそれ、妖精さんが見えるから?」
「それもある、だがお前になら私の席を譲ってもいいとは常々思っていた。」
いやいや、私まだ十代の小娘よ?
そんな私に提督をやれとか無茶ぶりが過ぎるでしょ。
「いきなり提督になれとは言わん、まずは辰見のように私の下で下積みはしてもらう。どうだ?」
「どうだって言われても……。」
普通に考えればチャンスではある。
鎮守府のトップになれるチャンスなんて、そうそう巡って来る物じゃないもの。
私みたいに、軍での生き方しか知らない人間が普通の仕事に馴染めるとは思えないし、大きな失敗をしなければ将来は安泰だものね。
でもそれは、私の双肩に鎮守府皆の命のみならず、民間人の命までのし掛かってくるという事……。
そんな重圧に耐える自信なんてないわよ……。
「作戦前に勢いで言ってしまってすまないと思うが、少し考えてみてくれ。嫌なら嫌で構わないから。」
「うん……わかった……。」
誕生日プレゼントの相談に乗るはずが、とんでもない事になっちゃったなぁ。
妖精さんに気づかなきゃよかっ……。
「……。」
心配そうに私を見上げてくる妖精さんがやばいレベルで可愛いわ……。
ダメよ満潮!
妖精さんの愛らしさに負けちゃダメ!
でも……。
(ドウシタデス?大丈夫デス?)
声がぁぁぁぁ!妖精さんの可愛い舌足らずな声が脳内に直接ぅぅぅ!
「ど、どうしたの満潮ちゃん!耳を押さえて頭をブンブン振っちゃって……。」
「この様子だと声も聞こえてるようだな。声まで聞こえる者は稀で、それこそ提督しかいない。」
(新シイ提督サンデス?)
やぁめぇてぇぇぇぇ!
お願いだから誘惑しないで!
そんな期待に満ちた瞳で私を見つめないで!
「声が聞こえる者は、だいたい妖精の愛らしい声と仕草でやられてしまう。佐世保の奴はお兄ちゃんと呼ばせてると言っていたな。」
呼び方変えてくれるの!?
無理無理無理!こんな愛らしい生き物に『お姉ちゃん』って呼ばれた日にゃ即轟沈よ!
耐えられる自信なんか……。
(オ姉チャン♪)
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
「満潮ちゃんしっかりして!頭をカウンターに打ちつけちゃダメ!提督!もしかして妖精さんの声って苦痛を伴うんですか!?」
「いや?むしろ快感を感じすぎて悶えてるんじゃないか?ほら、やばいくらいニヤけてる。」
そりゃニヤけもするわよ!
破壊力が強すぎるもの!
佐世保の提督がお兄ちゃんって呼ばせたがる気持ちが凄くわかるわ!
わかりたくなかったけどわかっちゃったわよ!
「まあ、士官になるならないは置いといて、しばらくその妖精と一緒に行動してみるか?」
「い、いいの!?」
「ああ、だが気をつけろよ?他の者には見えないから、愛でる時は顔に出さないようにしなさい。変な目で見られるぞ。」
「うん♪」
名前とかあるのかしら、妖精さんと話す時って普通に話しかければいいのかな?それとも考えたことが伝わるのかしら。
「私……満潮ちゃんのこんなキラキラした笑顔を初めて見ました……。」
「こう見ると、年相応の子供じゃのぉ。」
子供でけっこうよ、それより名前がないなら決めてあげなきゃ。
ねえ、あなた名前はないの?
(シュウチャンデス♪)
シュウちゃん?それがあなたの名前なのね!
よろしくね、シュウちゃん♪
「提督……これはかなり貴重な映像ですよ……。満面の笑みの満潮ちゃんなんて、拝もうと思って拝める物じゃありません……。あ、何もない空間に頬ずりを……。」
「妖精を手の平に乗せちょるのぉ……。妖精も満更じゃなさそうじゃし、気に入られたみたいじゃの。」
なぁに?シュウちゃんはそんなに私の事が好きなの?
(ハイ!オ姉チャン大好キデス♪)
「もう!シュウちゃんのバカ!私も大好きよぉぉぉぉぉぉ!」
「こりゃもう相談にゃならんの。鳳翔さん、一本浸けて。」
「あ、あれを放っておくんですか?慣れてらっしゃいますね提督……。」
「まあ……。辰見もああなったしな……。」
「なるほど……。天龍だった頃の辰見さんも可愛い物に目がなかったですものね。ちなみに提督は?」
「俺か?俺は反応が普通すぎて、最初の頃は妖精に嫌われちょった。」
はぁ!?こんな可愛い生き物を見て普通の反応しちゃったの!?
頭おかしいんじゃない!?
(アリエマセン。)
そうよね!あり得ないわよね!やっちゃえシュウちゃん!
(イエッサ♪)
「うお!?妖精をけしかけるな満潮!ちょ!髪はやめろ!特に前髪は!前髪はやめて!」
「あ、そういえばお誕生会の会場はどうするの?食堂を使うなら話しておいてあげるけど。」
ん~、作戦前だしあまり大っぴらにやるのもなぁ、八駆か司令官の部屋でささやかにやろうと思ってたんだけど……。
「体裁なら気にする事ないわ。このカウンター周りだけでやれば盛大にとは言えないけどそれなりのパーティーは出来るでしょ?」
「じゃあそうしようかな。ありがとう、鳳翔さん。」
「お料理も任せてくださいね。腕を振るっちゃいますから。」
「いいの?鳳翔さん忙しいんじゃ……。」
作戦の打ち合わせとか艦隊の訓練に付き合ったりで、最近忙しそうにしてるじゃない。
「それくらいの時間は作れます、安心してください。」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるわ。」
よかったわね朝潮。
ささやかではあるけど、それなりのパーティーになりそうよ。
私も何かプレゼント考えなきゃね、何がいいかなぁ。
「それよりこの妖精を止めてくれ満潮!髪が!俺の髪がぁぁぁぁぁ!」