艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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第8章 駆逐艦『朝潮』決戦!
朝潮決戦 1


 「すごく……大きいです……。」

 

 艦娘運用母艦 ワダツミ。

 基準排水量19500トン、全長248m 全幅38m。

 

 呉造船所で3年かけて建造された海軍の新型艦で、艦娘の輸送と、現地での補給と修復をする事を目的に建造された艦です。

 大きすぎて桟橋からでは甲板が見えないですね。

 

 「両舷にカタパルトがあると聞いていましたが見当たりませんね、外しちゃったんでしょうか。」

 

 「喫水線の上に妙なラインがあるでしょ?あそこからスライドして出て来るらしいわ。」

 

 私の疑問に、横須賀鎮守府までワダツミを護衛して来た霞が答えてくれました。

 言われてみると滑り台みたいなラインがありますね。

 お金持ちが持ってる家の様な外観のクルーザーを、超大型にしたような艦の喫水線の10mほど上から喫水線ギリギリのところまで滑り台がおりてます。

 

 「見た目だけじゃなくて、艦内も居住性を重視してるみたいよ。下手すりゃ鎮守府より快適に生活できるかも。」

 

 艦娘のコンディションを保つのが設計コンセプトなのかしら。

 うん、そうかもしれない、艦娘のコンディションやテンションを保つのは大事だもんね。

 艦娘のテンションが上がった状態、通称『キラ付け』がされた状態の艦娘は、性能が上昇してるわけでもないのに通常以上の戦果を叩き出す。

 なぜ『キラ付け』と呼ばれるようになったかと言うと、テンションが上がった状態の子の目がキラキラと輝いて見えるかららしいですけど……。

 たまに、テンションが上がり過ぎて暴走しちゃう子がいるんですよね……。

 その結果、キラ付け状態なのに速攻で被弾して撤退しちゃう事もよくあるとか。

 

 「ところで、横須賀提督は執務室?」

 

 「いますけど……、もうすぐ少佐や辰見さんと一緒に、ワダツミ艦内の視察に出るはずだから入れ違いになるかもしれないわよ?」

 

 「そう、ならいいわ。ちょっと文句言ってやろうと思ってただけだから。」

 

 ほう?文句ですか、何についての文句でしょう。

 中枢棲姫攻略戦の編成に、呉の駆逐艦が入っていない事についてでしょうか。

 理不尽な文句だったら許しませんよ?

 

 「そ、そんな怖い顔しないでったら!それに、文句と言うより苦情に近いわ!」

 

 「苦情?何かあったんですか?」

 

 「あの『艦長』の事よ。横須賀でワダツミの到着を待つんじゃなかったの?」

 

 あ~、元タウイタウイ泊地の司令ですか。

 懐かしいですね、あれからもう2か月くらいですか。

 

 「いえ?少佐さんが説得して、完成前に取りに行く(・・・・・・・・・)のは阻止したみたいなんだけど、呉に留まるのは阻止できなかったみたいよ?」

 

 「阻止できてないわよ!?あのオッサン、完成前からワダツミの艦橋に居座ってたんだから!」

 

 そんな事言われても……それは私の不手際じゃなく、少佐さんの説得不足です。

 

 「それにあのオッサン、毎日毎日執務室に、『出港はまだかー!』って怒鳴り込んでくるわ。毎晩のように空母共と酒盛して大騒ぎするわで大変だったんだから!」

 

 そう言えば、霞のお誕生日会の最中に大騒ぎしてる声がどこからか聞こえて来てましたね。

 声の元は艦長さんだったんだ。

 

 「空気読んだのか、引き渡し式の時は大人しくしてたけどね。」

 

 「ならいいじゃないですか、済んだ事は水に流しましょ?」

 

 「いやいや、せめて苦情の一つも言わなきゃこっちの気が収まらないわ!」

 

 気持ちはわからなくもないですが、作戦が正式に発令した今、司令官は多忙を極めています。

 そんな些事に気を取られている暇はありません。

 

 「私が聞いたという事で我慢してくれない?あまり司令官の心労を増やしたくないの。」

 

 「う……わかったわよ……。わかったから真顔はやめて……。」

 

 素直でよろしいです、私も怒るのはあまり好きではありませんから。

 

 それにしても……いよいよですね、ワダツミを目の前にすると嫌でも実感してしまうわ。

 これに乗って、十日後に私たちはハワイ島へ向けて出発する。

 着任した時はこんな大作戦に参加するなんて思ってもみませんでしたね。

 それどころか駆逐隊の旗艦や司令官の秘書艦まで……。

 

 「感慨深げね、作戦前で緊張してる?」

 

 「緊張はしてないわ。今の自分が少し不思議で……。」

 

 「不思議?頭の弱さが?」

 

 なんでそうなるんですか、別に私の頭は弱くありません。

 司令官の事以外をたいして考えてないだけです。

 

 「私が、養成所で落ちこぼれだったって話したっけ?」

 

 「アンタから直接は聞いてないけど……噂で聞いたわ。正直信じられなかったけど。」

 

 「そんな私が後方の守りの要ですよ?不思議に思うのは当然じゃないですか。」

 

 「アンタくらい強いなら当然じゃない?本気の大潮姉さんにも勝っちゃったんでしょ?」

 

 それが不思議でしょうがないんです。

 『朝潮』の艤装と適合するまで海面に浮いた事すらなかった私が、今は横須賀の駆逐艦 NO,2 ですよ?

 みんなの指導が良かったんだと思っていたけど、それだけじゃ説明がつきません。

 

 「私って、もしかして天才だったんでしょうか?」

 

 艦娘になる事で秘めていた才能が一気に開花した。

 うん、きっとそうよ!

 ふふふ……自分の才能が恐ろしいです、もしかしたら神風さんより強くなってるかもしれません。

 今こそあの時のリベンジを……。

 

 「アンタがそう思うんならそうなんじゃない?アンタの中ではね。」

 

 なんですか?その含みのある言い方は。

 呆れてます?どうして『またバカな事言ってる』みたいな顔してるんですか。

 それじゃ私が普段からバカな事ばっかり言ってるみたいじゃない。

 

 「バカと天才は紙一重とも言いますよ?」

 

 「じゃあバカの方でしょ?」

 

 なるほど、あくまで私をバカと言いますか。

 お姉ちゃんへの敬意が足りないようですね、お尻ペンペンしてあげましょう。

 

 「でもまあ、アンタはその方がいいんじゃない?目的に向かってバカみたいに邁進する。そっちの方がアンタらしいわ。」

 

 一度落として持ち上げてきましたか。

 あら、自分が言った事で照れちゃったのかそっぽ向いちゃったわ。

 もう~霞ったらツンデレなんだから。

 

 「だったら素直にそう言えばいいじゃない、ラインではあんなに素直なのに。」

 

 『今日ね、司令官が一人で書類全部片づけたのよ♪』とか『今日司令官が褒めてくれたの♪すごく嬉しかったわ♪』とか、『今日司令官とデートしたの!どう?羨ましいでしょ♪』って感じなのに。

 あれ?よく考えたら惚気話ばかりですね……。

 

 「いやほら……ラインだと顔が見えないから……。」

 

 人差し指の先同士をツンツンしながら照れる姿は可愛くて大変よろしいんですが、なんだか腹が立ってきました、私でさえ司令官とデートしたのは一回しかないのに。

 

 ま、まあ今の私は秘書艦ですから、司令官と毎日デートしてるようなものですけどね!

 神風さんという邪魔者が居るのさえ気にしなければ……。

 

 「ラインの内容を公開してやろうかしら……。呉提督に。」

 

 「な!?絶対やめて!あんなの見られたら司令官の顔まともに見れなくなっちゃうじゃない!」

 

 「距離が縮まっていいかもしれないわよ?うん、そうしましょう!妹の恋を応援するのも姉の務めです!」

 

 「バカでっかいお世話よ!そんな事したら、アンタが横須賀提督の事をどう思ってるかバラしてやるんだから!」

 

 ふ……甘いですね霞。

 私にとってはむしろ望む所です、私と司令官は相思相愛、今さら気持ちをバラされて恥ずべき事などありません!

 

 「構わないわ、私と司令官にとっては気持ちを確かめ合う事にしかなりません!」

 

 「え!?アンタ達もう付き合ってるの!?完全に犯罪じゃない!」

 

 何を言ってるんでしょうこの子は、まだ付き合ってはいませんよ?

 でもお互いに想い合っているのはいるのは確実!

 それに犯罪でもありません、なぜならば……。

 

 「愛に歳の差なんて関係ありません!それに犯罪だと言われるなら誰にもバレなきゃいいんです!バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!」

 

 「いやダメでしょ!アンタやっぱりバカじゃない!」

 

 「バカとはなんですか!妹ならお姉ちゃんの恋を応援してください!」

 

 「さっき私の恋を応援するとか言ってたよね!?」

 

 そんな事も言ったかもしれません、でも今は霞の恋より私の恋の方が優先です!

 霞は呉に戻ってあのマザコンと好きなだけイチャついてください!

 

 「はぁ……こんなのが後方の要だなんて大丈夫なのかしら……。」

 

 「問題ありません、霞たちが来るまで(・・・・・・・・)ワダツミには指一本触れさせないから。」

 

 「私たちが合流する事、横須賀提督から聞いたの?」

 

 「いいえ、何も聞いてないわ。だけど、司令官が呉の艦娘を遊ばせておくとは思えない。誰かと共に、遅れて参戦する手筈なんじゃないですか?」

 

 司令官と元帥さんの会話でそれっぽい話題も出ていたし、編成に呉の軽巡と駆逐艦が一人も組み込まれてない事を考えれば予想はつきます。

 誰を連れて来るのかまでは予想は付きませんが。

 

 「そう、なら詳しくは教えないでおくけど、私たちは明後日には呉を出発して単冠湾泊地に移動、アンタ達の出発から半日遅れで泊地を出る予定よ。」

 

 「北側から侵攻するの?」

 

 「進行ルートまでは知らされてないけど、後方からの襲撃を予想してるならそうなるんじゃないかしら。」

 

 「後方から窮奇を挟撃してくれてもいいんですよ?」

 

 そうしてくれたら私たちは助かるんだけど……、それが出来ない理由があるんでしょうね。

 

 「それは期待しない方がいいわ。私たち……と言うよりは私達の護衛対象(・・・・・・・)が足手纏いになりかねないから。」

 

 「誰を護衛してくるの?戦力にならない人を護衛してきても意味が無いんじゃない?」

 

 そう言えば、司令官と元帥さんも役には立たない(・・・・・・・)と言ってたわね。

 

 「中枢棲姫を倒すだけが作戦の目的じゃないって事でしょ。もしかしたら中枢棲姫の攻略はおまけ(・・・)かもしれないわ。」

 

 なるほど、中枢棲姫討伐は本来の目的のための手段ですか、それにしては博打が過ぎると思いますけど。

 

 「中枢棲姫討伐が作戦の目的に変わりはないけど、その先の目的のための演出(・・)でもあるわけですね。」

 

 「やる気が失せた?」

 

 「いいえ、私がやる事に変わりはないわ。司令官の敵を切り裂くだけよ。」

 

 作戦の本当の目的なんてどうでもいい、私は私がやるべき事をするだけだわ。

 

 「お~怖っ。横須賀提督はとんだ狂犬を飼ってるみたいね。」

 

 「せめて忠犬と言ってくれない?もし、司令官が待てと仰るならいつまでも待つ覚悟ですよ?」

 

 「忠犬なら首輪くらいしてなさいな。野放し状態じゃない。」

 

 そう言われてみればそうですね、でも首輪をするのはちょっと……。

 司令官がそういう特殊なプレイをご所望なら吝かではありませんけど、そうでないならただのおバカさんですし……。

 

 逆に司令官に首輪をつけるのはどうでしょう。

 司令官を狙ってる艦娘は私だけではないはず、他の艦娘に盗られないようにするために首輪をつけておくのはアリなのでは?

 そうだわ、そうしよう!

 司令官に首輪をつけて、何処かの部屋に隠してしまいましょう!

 

 そうと決まれば首輪を買いに行かないと、でも普通の首輪じゃ簡単に千切ってしまいそうね……。

 鎖の方がいいかしら……それでも千切ってしまいそうだけど……。

 私が四六時中監視していれば大丈夫よね!

 ふふふ……絶対に逃がしませんからね司令官♪

 

 「横須賀提督も大変ね……。」

 

 「そうですよ?司令官は大変なんだから苦情は言わないでね?」

 

 「あ、そこに戻るんだ……。」

 

 え?そういう話じゃありませんでしたっけ?

 まったく、しょうがないですね、忘れっぽいならちゃんとメモくらいとっておかないと。

 それともどこかでケガして忘れっぽくなっちゃのかしら、だとしたら大変だわ、すぐに入渠させなきゃ!

 

 「霞、大丈夫?どこかで頭打ったんじゃない?」

 

 「え?何で私が頭の心配されてるの?嘘でしょ!?」

 

 嘘じゃありません、幸いな事に工廠はすぐ近く、すぐに連れて行ってあげますからね。

  

 「ちょっ!離して!どこに連れて行く気よ!」

 

 「工廠です!きっと頭を打ったせいで忘れっぽくなっちゃったのよ。そんなに怯えなくて大丈夫よ霞、お姉ちゃんがついててあげるから。」

 

 「アンタが怖くて怯えてるのよ!前は恐怖を感じる程バカじゃなかったじゃない!」

 

 あ、またバカって言いましたね?

 よろしい、お仕置きを兼ねて少々手荒く治療してもらうとしましょう。 

 

 「え?マジで工廠に連れてく気?私明日までに帰らなきゃいけないのよ!?冗談じゃないったら!」

 

 「小さな損傷でも命取りになる事があります!だからちゃんと診察してもらいましょう!」

 

 霞にもしもの事があったら司令官の作戦に穴が出来るかもしれない。

 だけど、秘書艦としてそんな事は絶対にさせないわ!

 

 「むしろアンタが診てもらいなさいな!アンタこそどっかで頭でも打ったんじゃないの!?」

 

 はて?そのような覚えはありませんが……。 

 あ、わかりました。

 入渠したくないから話を逸らそうとしてるんですね。

 

 「大丈夫、怖くないですから、お姉ちゃんがついてますからね。」

 

 「話を聞いて!?お願いだから話を聞いてちょうだい!」

 

 なんだか楽しくなってきました。

 今、私はお姉ちゃんしてるって感じがしてとても楽しいです♪

 

 「あは……。」

 

 笑いがこみ上げてくる……。

 さあ霞、もうすぐ工廠に着きますよ!

 お姉ちゃんが存分に診察してあげますからね!

 スキップだってしちゃいますよ~♪

 

 「あはは♪あはは♪あははははは♪」

 

 「何笑ってるの!?怖い怖い怖いぃぃぃぃぃ!」

 

 私は、なぜか半ベソをかきだした霞を引っ張って工廠へと赴いた。

 

 霞が何かを涙ながらに訴えて、それを聞き入れた治療施設の職員さんたちが霞ではなく、私をベッドに縛り付けて高速修復材(バケツ)を溶かした液体を無理矢理飲まされたんですけど……。

 

 それはまた別の話ですね。

 




 なんだかんだで、残りはこの章とエピローグだけとなりました。
 駄文にここまで付き合ってくださった皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。
 
 この章から投稿に日単位で遅れが出る可能性があるんですが、出来る限りペースを変えずに投稿していきたいと思っていますので、最後まで付き合っていただけると幸いです。
 

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