艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 辰見と叢雲 2

 「はい、お疲れ様。今日は終わりにしましょう。」

 

 「あ……ありがと……ございました……。」

 

 呼吸の乱れが収まらない、いまだについて行くのが精いっぱいなんて情けないわね……辰見さんの訓練を受ける様になって結構経つのに……。

 

 「だいぶ良くなったわよ、私もうかうかしてられないわ。」

 

 バケモノが……心にもない事を……。

 辰見さん息切れ一つしてないじゃない、私はバッチリ整備してある艤装で挑んでるのに辰見さんは内火艇ユニット、しかも武装は日本刀だけ。

 そんな辰見さんに手も足も出ない私に、うかうかもなにもないでしょうに。

 

 「嘘ばっかり……。」

 

 「嘘じゃないわ、少なくとも艦娘一年目の時の私よりは強いわよ?」

 

 でも艦娘二年目の辰見さんよりは弱いんでしょ?

 艦娘やってた頃の辰見さんが、どれくらい強かったかは知らないけど。

 

 「工廠に行きましょ、練度を確認して可能ならそのまま改装。出来そう?」

 

 「よ、余裕よ。私はやれば出来るんだから。」

 

 ハッタリだけどね、腕は上がらないし膝は笑ってる、目の焦点だって合わないわ。

 でも負けっぱなしは性に合わない、せめてハッタリくらいはかましてやらなきゃ気が済まない。

 

 「ふふ、貴女ってホント、昔の私そっくりね。」

 

 懐かしそうな目で見つめてないで、早く工廠まで引っ張ってよ、動けない事くらい見ればわかるでしょ。

 

 「こうやって貴女を工廠まで曳航するたびに思い出すわ。もっとも、その時は私が曳航される側だったんだけどね……。」

 

 「誰に曳航されてたの?龍田さん?」

 

 天龍型の二番艦、そして辰見さんが死なせてしまったと言った人。

 辰見さんの実の妹だった人……。

 

 「ええ、ケガした私を龍田が曳航して、神風にダメ出しされながら帰る。それが日常だったわ……。」

 

 「今の辰見さんからは考えられないわね、あんなに強いのに。」

 

 「そりゃ死に物狂いで努力したからねぇ……。その努力を最初からしてれば……龍田を死なせずに済んだかもしれないのに……。」

 

 それっきり、工廠に着くまで辰見さんは口を閉ざしてしまった。

 今も後悔してるのね、昔の自分を。

 だから私に同じ後悔をさせないようにしてくれてるんだ。

 

 「私、辰見さんの初期艦でよかったわ……。」

 

 辰見さんが私を引く手に少しだけ力を込める。

 照れてるの?

 まったく、素直にありがとうくらい言えばいいのに変な所で意地っ張りなのね、ほんっと仕方ない人。

 仕方ないから……これからも辰見さんに付き合ってあげるわ……ったく……。

 

 「何……これ……。」

 

 工廠に入って目に飛び込んできたのはズラーっと並べられた内火艇ユニット数十機と、数十人の上半身裸になった男共だった。

 

 「あれ?テストって今日でしたっけ?」

 

 「ああ、予定より早く数が揃ったんでな。前倒ししてテストする事にした、コイツ等も暇を持て余したしな。」

 

 辰見さんにそう答えた司令官が親指で後ろでポージングを取り合ってる男共を指さす。

 この人たちってたしか司令官の私兵よね?

 テストってまさか内火艇ユニットが使えるかどうかのテスト?

 

 「随分カスタマイズされてますねコレ、従来のより一回り小さくなってる。」

 

 辰見さんが背負ってる60リットルサイズくらいのと比べると良くわかるわね、形はそのままに小さくなってる。

 目の前に並べられてる奴は40リットルサイズのリュックサックくらいの大きさしかないわ。

 

 「陸上で『弾』を使えるようにする事だけに特化させたからな、『脚』も『装甲』も使用不可だ。」

 

 「捨身にも程がありません?内火艇ユニットで展開できる『装甲』なんて知れてますけど無いよりマシですよ?」

 

 陸上で内火艇ユニットを使うの?

 何のために……今まで行われた棲地奪還のための大規模作戦でも、そんな物を使ったって話は聞いた事ないわよ?

 

 「それはわかっているんだが……。実験の結果、陸上での使用を考えた場合、どれか一つに特化させてようやく実用レベルと言う事がわかった。それでも弾薬の消費が半分になる程度しか敵の『装甲』には効果がないが……。」

 

 それで実用レベルって……艦娘を陸上で運用した方がいいんじゃないの?

 そんなの陸に上がった駆逐艦以下じゃない、駆逐艦でも軽自動車程度の『装甲』なら張れるし『装甲』だって削れるわよ?

 飛び交う火力を考えれば文字通り紙装甲だけど……。

 

 「そこまでしなきゃいけませんか……。それじゃ何人生きて……、いえ……何でもありません……。」

 

 辰見さんの視線の先に居るのは私兵の人たち……もしかして内火艇ユニットを背負わせて敵凄地に送り込むのかしら。

 だけどそんな事をして何の意味があるの?

 ほとんど効果がないと言ってもいいような装備で棲地を攻略?

 無謀としか思えない、それなら防衛する敵艦隊を叩いて戦艦の艦砲射撃なり空母の航空爆撃なりで攻撃した方がよほど現実的じゃない。

 

 「心配しなくたって大丈夫っすよ辰見さん。自分らは死なないっすから。」

 

 あ、世紀末ヒャッハーだ、相変わらず凄いヘアスタイルね、工廠の明かりが側頭部に反射して眩しいじゃない。

 

 「そう言いながら死んでった人を何人も見て来たけど?」

 

 「死にゃしねぇよ、俺ら無敵の『奇兵隊』だかんな。しかも昔と違って装備も弾も充実、竹槍担いでた頃に比べりゃ天国よ。」

 

 と言いながらモヒカンと肩を組んだのは金髪だ、男同士でくっつくな暑苦しい。

 ってか竹槍ってあの竹槍?

 そんな物担いで何してたのよ、落ち武者狩りでもしてたの?

 

 「まあ、アンタらは殺しても死にそうにないけど……そもそも使えるの?内火艇ユニット。」

 

 そうよね、それが一番問題じゃない。

 稀に男の人でも適合できるって話は聞いた事があるけど……大丈夫なの?

 筋肉ダルマが適合できるとは思えないんだけど……。

 

 「今のところ適合できたのは10人だな、もっと少ないと思っていたから上出来だ。」

 

 「一個分隊程度じゃないですか……残りは機械式で補う気ですか?」

 

 「無いよりはマシだからな。銃のトリガーと『弾』の発生を連動させるのにも成功しているから同調式より扱いは容易い、『弾』の出力は落ちてしまうが……。」

 

 司令官の考えがわからない……そこまでして陸戦をするつもり?

 そもそも陸戦をやる意味がわからないわ。

 

 「ちなみに自分は適合できたっすよ。もしかして艦娘の素養があるんすかね?」

 

 いやない、絶対にない。

 そもそもアンタ男じゃない。

 それに、それを言うなら艦娘じゃなくて艦息でしょうが、考えただけで気持ち悪いから二度と言わないで。

 

 「アンタ今死になさい、介錯くらいはしてあげるから。」

 

 「怖!じょうだんじゃないっすか辰見さん!あ、やめて、刀に手を掛けないで!」

 

 自業自得よ、アンタみたいなモヒカン野郎が艦娘になるだなんて冗談でも言って欲しくないわ。

 艦娘って不思議と容姿が整った子ばかりなのよ?

 

 「せめて外でやれ辰見、整備員と妖精に迷惑がかかるだろうが。」

 

 「いや庇って!?自分こんな所で死にたくないっすよ!」

 

 ちょっとちょっと、工廠をこんな所呼ばわりはやめなさいよ。

 艦娘にとっては大切な施設なのよ?いつもお世話になってるんだから。

 

 「あん!?こんな所だと!?」

 

 「いい度胸だ若造……表に出ろコラァ!」

 

 ほら、整備員さん達が怒った。

 モヒカンが辰見さんを筆頭にした整備員さんの群れに追いかけられ始めたわね。

 

 「叢雲は艤装の整備か?」

 

 「え?ええ、辰見さんは練度次第で改装も考えてたみたいだけど。」

 

 この司令官はどうも苦手だわ、朝潮はこの人のどこが好きなんだろう?

 たしかに腕が立つ歴戦の軍人って雰囲気だけど……怖いのよね……抜き身の刀が人の形をしてるような感じがして、触れたら切れちゃいそう。

 それに……単純に顔が怖いし……。

 

 「そこに艤装を下ろしなさい、代わりに私が見てやろう。」

 

 「いいの?あ、いえ……いいんですか?」

 

 流石にため口で話す気になれない……この人ってたしか、長門さんと生身でやり合って勝っちゃったのよね……。

 艦娘じゃない辰見さんに海上で勝てない私が陸でそんな人に勝てるとは思えないもの……。

 

 「別に敬語じゃなくてもかまわんよ、慣れてないんだろ?敬語。」

 

 いやぁそう言われましても……。

 辰見さんと同じ接し方でいいのかしら……。

 

 「じゃ、じゃあお願いするわ。は、早く確認なさいな。」

 

 調子に乗りすぎたかしら、別に怒ってるようには見えないけど……。

 呆気に取られてる?

 

 「ハハハハ、辰見に聞いてた通りお姫様みたいな子だな叢雲は。」

 

 辰見さんたらそんな事言ってたの!?

 べ、別にお姫様なんかじゃないし、生まれは庶民だし……悪い気はしないけど。

 

 「ふむ、練度は70か……。ん?改二改装ができる?」

 

 誰と話してるのかしら、艤装の天辺あたりに向かって話しかけてるわね。

 あそこに妖精さんが居るのかしら。

 

 「って改二改装!?受けれるの!?」

 

 「ああ、可能らしい。辰見は……まだ追い回してるのか……。」

 

 私が改二……改二かぁ……これで少しは朝潮に追いつけたかしら……。

 朝潮の力になれるのかしら……。

 

 「どうする叢雲、改二改装を受けるか?」

 

 「ええ、お願いするわ。」

 

 迷う事なんてない、強くなれるんなら何でもするわ。

 天龍だった頃の辰見さんがそうしたように。

 

 「わかった。おい辰見!いつまで遊んでるんだ、こっちに来い!」

 

 ひぅ!予想通りと言うか見た目通りと言うか、怒鳴り声が凄く怖い!

 さっきの決意がどこかに吹っ飛んじゃったじゃない!

 

 「え?なんですか提督。」

 

 あの声で怒鳴られて、なんでそんなにケロッとしてられるの?

 私なんか今にも泣きそうなのに。

 

 「叢雲が改二改装を受けるそうだ、付き添ってやれ。」

 

 「ホント!?やったじゃない叢雲!ってどうしたの?そんなに怯えて。」

 

 「いや……その……。」

 

 司令官の怒鳴り声が怖かったなんて言えない……私が怒られたわけじゃないけど怖いものは怖いし……。

 

 「あ、わかった!さっきの提督の怒鳴り声が怖かったんでしょ!」

 

 「ち、違っ……!」

 

 言わないでよ!司令官に悪いでしょ!

 ほら、厳つい顔を歪ませてすごく困ってるじゃない!

 

 「な、何!?私は辰見に対して……。いや、すまん叢雲、怖がらせてしまったみたいで。」

 

 「気をつけないとダメですよ提督、見た目も声もヤクザそのものなんですから。」

 

 「お、お前が怒鳴らせるのが悪いんだろうが!」

 

 「ぴぃ!」

 

 怖い怖い怖い!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

 私悪くないから、悪い事何もしてないから怒らないで!

 

 「おお……叢雲が半ベソかいてる。提督、もっと怒鳴ってもらえません?」

 

 やめて!これ以上怒鳴られたらマジ泣きするから!

 それどころか漏らしちゃうかもしれないから!

 

 「するか!あ、いや……すまん叢雲、お前を怒鳴ったんじゃないんだ。だから泣き止んでくれ。な?」

 

 「あー浮気だー。提督が叢雲に媚び売ってるー。朝潮ちゃんに言ってやろーっと。」

 

 「別に媚びなんか売ってないだろうが!頭を撫でてるだけだ!」

 

 「ひっ!」

 

 もう無理、私の頭を撫でるために身を屈めてるから怒った顔が目の前じゃない……。

 まさに鬼の形相、司令官が怒った顔に比べたら深海棲艦の方がよっぽどキュートだわ……。

 

 「ごめ……ごめんなさい……ひぐっ!ひぐっ!ごめんなさい……。」

 

 「おーよしよし、こっちおいで叢雲。怖かったねぇ~。」

 

 「うわぁ~ん!だづみ゛ざぁぁぁん゛!」

 

 なんだかわからないけどごめんなさい!ホントごめんなさい!

 だから怒らないでぇぇぇ!

 

 「うほっ!超貴重な叢雲のガン泣き!提督、動画撮ってもらっていいですか?……って叢雲、抱き着くのはいいけど頭のアレがちょっと痛いわ!ちょ!刺さりそう!頭のアレがお腹に刺さる!」

 

 私が泣いてしまったせいで、結局この日は改二改装を受けるどころじゃなくなってしまった。

 とんだ醜態を晒してしまったわ……。

 

 この件以来、司令官は私に会いそうな時は必ず朝潮を連れて来るようになった。

 ごめんなさい司令官、でも怖いんだからどうしようもないの。

 

 呉から戻って来た朝潮が。

 

 「司令官の怒った顔が怖い?アレがいいんじゃないですか!叢雲さんは男性を見る目がありません!」

 

 とか言ってたけど……。

 ごめん朝潮、私には理解できないわ……。


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