艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮着任 3

 「なんていうか……小学生みたいね。」

 

 暦の上では春であるが桜の蕾はまだ固く、庭が霜枯れて見えるほどまだ春も浅い日の朝、朝潮型の制服であるサスペンダー付きのプリーツスカートと黒いアームカバーを着た私に叢雲さんが哀れんだ目で言ってきた。

 

 たしかに、13歳の割に発育があまり良くない私は完全に小学生にしか見えない。

 

 「気にしてるんですから言わないでください!それにすぐ大きくなります!きっと!」

 

 うん、私は成長期なのだ、何年かすると先代みたいなスラッとした大人の女性になるに違いない!あ、でも……夢で見た先代の朝潮も胸はあまり成長してなかったような……

 

 「アンタ、艤装には成長を抑制する機能があるの忘れてない?」

 

 そうだった!艤装にはそんな機能があったんだった。

 

 まったく成長しないわけではないが成長が非常に緩やかになる、二十歳前だと言うのに10代前半にしか見えない駆逐艦もいると聞いたことがある。

 

 「まあ、それはいいとして、ホントにこれで行くの?」

 

 私が打ちひしがれているのをしり目に、養成所の玄関前に横付けされた車を見て、心配するような目で叢雲さんが聞いてきた。

 

 「何か問題でもあるんですか?」

 

 叢雲さんは何を心配してるんだろう、私を迎えに来た車は、真っ黒なハイエースと呼ばれるワンボックスの車だった、人や荷物をたくさん載せれそうだし耐久性も高いそう、乗り心地も悪くなさそうね。

 

 「いや、まあハイエース自体に問題はないのよ、便利でいい車だと思うわよ?でも、ねえ?」

 

 叢雲さんは、隣で笑顔とは受け取れないくらい歪んだ顔の教官に話をふる。

 

 「迎えの者の身分も確認はできている、間違いはない、間違いなく鎮守府からの迎えに違いないんだが……」

 

 教官と叢雲さんが問題にしてるいるのは迎えに来た二人?たしかに軍人には見えない、髪は金髪と……緑?緑の人はモヒカンって言うのかな?俗に不良と呼ばれる人たちみたいな風貌の人たちがタキシードに蝶ネクタイという格好をしている。

 

 これが最近の軍人さんなのだろうか。

 

 「はい!自分たちは間違いなく横須賀鎮守府提督から駆逐艦朝潮殿を連れて来るよう命じられた者です!」

 

 そう言って二人は、手のひらは水平、二の腕が地面と水平になるように上げられた陸軍式の敬礼をした、鎮守府って海軍の組織じゃないの?

 

 「信じられるわけないでしょ!何よその恰好、警察が見たら即座に職質するか逮捕するわよ!」

 

 「そ、そんなにおかしいでしょうか……」

 

 二人は本気でわからないという感じでお互いの格好を確認しあう、金髪の人はともかく、モヒカンの人は……うん、あまりお近づきになりたくない。

 

 「ま、まあ叢雲、身分証は確認できているんだし。」

 

 「いやいやいや、その身分証、偽装なんじゃない!?それにこいつら陸軍の人間でしょ!?ってかこんな格好の軍人なんているの!?DQNどころか変態でも通用するわよ!」

 

 なんだか私もそうなんじゃないかと思えてきた、海軍所属の艦娘をなぜ陸軍の人が迎えに?

 

 「提督殿は私兵として陸軍時代の部下を引き連れていると聞いたことがある、今も副官を務める少佐殿もその頃からの部下だとか。」

 

 横須賀の提督は元陸軍?陸軍から海軍に異動することなんてあるのかしら、二つの組織は仲があまり良くないと聞いたことがあるのだけど。

 

 「お二人は提督の私兵の方なんですか?」

 

 叢雲さんに罵倒されてシュンとなってる二人に私は聞いてみた。

 

 「は、はい!自分たちは提督殿が陸軍にいたころから部下でありまして、あ、そうだその頃の提督殿と撮った写真を持っております!」

 

 そう言ってモヒカンさんが内ポケットから一枚の写真を取り出した、端が所々かけた古ぼけた写真、戦車をバックにして10人ほどの人が写っている。

 

 真ん中で日本刀?を片手に写ってるのが横須賀の提督なのかな?あれ?この人って……

 

 「間違いない、少し若いが横須賀の提督殿だ。君たちは……ああ、この右に写ってるのがそうかな?」

 

 「はい!それが自分であります!」

 

 疑いが解けたことが嬉しかったのか二人の目がキラキラしだした、モヒカンさんは側頭部の方が太陽に照らされてキラキラしてるけど。

 

 「まあ百歩譲ってアンタたちが横須賀が寄越した迎えってのは信じてあげるわ、でもなんでタキシードなの?蝶ネクタイまでつけて。」

 

 たしかに、軍服姿ならここまで疑われることもなかったろうに。

 

 「提督殿に『養成所の方々に失礼のない恰好で行け。』と言われましたので新調しました!自分たちはこれ以外の服は軍服しか持っていませんので!」

 

 失礼のない恰好がタキシードに蝶ネクタイか、勉強になった、二人には後でお礼を言っておこう。

 

 「いや、逆に失礼なんじゃない?少なくとも私はアンタたちを見て不快になったわよ。」

 

 違うの!?タキシードに蝶ネクタイは失礼なの!?二人も心底驚いたような顔をしている、どうやら本気で大丈夫だと思っていたようだ。

 

 「まあまあ、叢雲、出発の時間も迫っているからその辺でやめなさい。」

 

 「ふん。」

 

 教官にたしなめられて叢雲さんがようやく矛を収めた、もうすぐ私は横須賀へ向けて出発する、高速道路を休憩を挟みながら進み、明日の昼頃到着する予定らしい。

 

 「朝潮、今までよく頑張ったなこれでお別れだと思うと切なくなってくるよ。」

 

 教官が私との別れを惜しんでくれている、私も切ないです、教官にはご迷惑ばかりかけてしまった。

 

 今までの3年間、内火艇ユニットすら使えない私が養成所に居続けられるよう、教官が便宜を図ってくれていたことを試験の後、モニターを担当してくれていた医師の方に聞かされた。

 

 「追い出そうとしてたクセに?」

 

 「いや、それは、私にできることにも限界があってだな……」

 

 「そういえばそうでした。」

 

 「朝潮までそんなことを言うのか!?」

 

 少し意地悪してみた、最後だしいいよね?

 

 「冗談です、長い間、本当にお世話になりました。」

 

 私はできる限りの笑顔で頭を下げた。

 

 「ああ、元気でやりなさい。」

 

 教官が帽子を目深に被りなおす、泣いているのですか?

 

 「まさかアンタの方が先に配属先が決まるなんてね、先を越された気分だわ。」

 

 叢雲さんが腕を組んで頭の艤装をピコピコと小刻みに動かしながら言ってきた。

 

 「ふふ、もし同じ鎮守府に配属になったら私の方が先輩になるわね。」

 

 「は!落ちこぼれが言うようになったじゃない。」

 

 頭の艤装がピーンと立った、気分と連動してる?

 

 それにしても、相変わらず言葉がきついなぁ、そんなんじゃ他の子に嫌われちゃうよ?

 

 「でも、アンタと過ごしたこの一年はその……たの……楽しかったわ!」

 

 そこまで言って叢雲さんは下を向いてしまった、私は、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった叢雲さんの前まで行き右手を差し出した。

 

 「1年間ありがとう、アナタに励まされてなかったら、私は挫折してたかもしれない。」

 

 「ふ、ふん!別に励ました覚えなんてないわ!」

 

 叢雲さんの目に涙が浮かんでいる、泣かないで?私まで泣きそうになるじゃない。

 

 「元気でね、手紙ちょうだい、返事書くから。」

 

 「ええ、私の配属先が決まったら一番に教えてあげるわ、だから……それまで死ぬんじゃないわよ?」

 

 「当り前です、私は絶対に死にません!お約束します!」

 

 私たちは目に涙を浮かべながらも心は嬉しがって、顔に精一杯の笑顔をうかべて固く握手を交わし、どちらからともなく抱擁を交わそうとしたその時。

 

 「「うおおおおおんおんおんおん!」」

 

 突然の泣き声?に驚いた私たちは慌てて離れる、ビックリしたぁ、金髪さんとモヒカンさんが当事者の私たち以上に号泣していた。

 

 「なんでアンタ達が泣いてるのよ!関係ないじゃない!」

 

 叢雲さんが顔を真っ赤に染めて二人に怒鳴る、まったくだ、おかげでせっかくの雰囲気が台無しになってしまった。

 

 「すみません!でも、自分らはどうもこういうのに弱くて……ううううううううう」

 

 子供が見たら泣き出しそうな風貌の二人が鼻水まで垂らして泣いてる様はなんとも滑稽で、思わず吹き出してしまいそうになる。

 

 「はぁ、なんか冷めちゃったわ。」

 

 「ですね。」

 

 呆れる叢雲さんを横目に私は荷物を背負う、荷物と言ってもリュックサック一つ分しかないけど。

 

 「あ、荷物お持ちします。」

 

 「いえ、これだけしかありませんので。」

 

 金髪さんの申し出を断って私は叢雲さんと教官に向き直る。

 

 「では、いってきます!」

 

 手のひらを内側に向けて肘を前に出す海軍式敬礼を二人にし、答礼してくれた二人に背を向けて車へ歩き出そうとした。

 

 「何やってんの?あの二人。」

 

 叢雲さんの視線の先には車の後部座席のドアの前に並んだ二人の姿、何か赤い布を丸めたようなものを抱えている。

 

 「あれはなんでしょう?」

 

 「間違っていてほしいとは思うが、レッドカーペットじゃないか?」

 

 教官がそう言い終わると同時に、ニヤリとした二人は目に沁みるほど鮮やかな色彩のレッドカーペットを車から玄関までの間に広げた。

 

 叢雲さんが目を細め、二人に詰め寄っていく。

 

 「一応聞くわね?それも失礼のないようにってことなのかしら?」

 

 「は!日本防衛の要である艦娘を迎えるのに、やっぱレッドカーペットくらい必要じゃね?と思い、来る途中にホームセンターで購入しました!」

 

 レッドカーペットってホームセンターで買えるんだ……

 

 「アンタ達は……」

 

 叢雲さんの肩が震えている、感激してる?いや違う、これダメなやつだ。

 

 「二人ともそこに直りなさい!酸素魚雷を喰らわせてやるわ!!」

 

 「「ひっ!?」」

 

 頭に浮いてる艤装を鬼の角のように逆立てた叢雲さんに身の危険を感じて逃げ始めた二人を叢雲さんがを追いかけ始めた、叢雲さん、かまわないからやっちゃってください。

 

 「ハハハハ、せっかくの別れがあの二人のおかげで喜劇になってしまったな。」

 

 まったくです、さっきまでの湿っぽい雰囲気もどこへやら。

 

 「だが、おかげで笑って君を送り出せる。」

 

 「ええ、そこだけは感謝ですね。」

 

 目の前ではどこから取り出したのか、アンテナ型の槍を手にした叢雲さんが二人を追いかけまわしている、ホントに刺し殺しそうな勢いね。

 

 それから、教官と私で叢雲さんをなんとかなだめて、私は二人ともう一度別れの挨拶を交わして車に乗り込んだ、なんだか内装がすごいんだけど……。

 

 「準備はよろしいですか?」

 

 「は、はい、大丈夫です。」

 

 内装に呆気に取られていた私に助手席に座ったモヒカンさんが聞いてきた、モヒカンが天井を擦ってるけど平気なのかしら。

 

 「休憩したくなったらいつでもお申し付けください。」

 

 金髪さんがルームミラー越しに爽やかな笑顔を向けて言った、顔に青い痣ができてるけど叢雲さんにやられたのかな?

 

 「では出発します。」 

 

 そう言って金髪さんが、慣性をほとんど感じさせないほど緩やかに車を進ませ始めた、陸軍の人って運転も上手なのね。

 

 3年過ごした養成所が遠ざかっていく、いい思い出の方が少ないけど離れるとなるとやっぱり名残惜しい。

 

 今日、私は艦娘としてここを去る、先代との約束を守るため、そして私の目的のために。

 

 快晴だけど冬の寒さが残る3月1日、手を振る叢雲さんと教官に見送られ、私は横須賀鎮守府へ向け養成所を後にした。

 


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