艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 少佐と由良3

 慢心は人間の最大の敵だ。

 

 元はシェークスピアの名言の一つだが、今の軍でそうだと知って使っている者がどれ位いるだろう。

 何事に関しても念には念を押す事は大事だ。

 人間のやる事に完璧に近いことはあっても、完璧な事などあり得ないのだから。

 

 その事を自分は、目の前でハロウィンパーティーのための仮装に身を包んだ由良に声を大にして言いたい。

 

 「どう?似合うと思います?」

 

 似合うか似合わないかと問われれば似合っていると言うしかない。

 別に似合ってないと言えば由良に怒られるとかではなく、純粋に似合っていると思う。

 いや、似合いすぎている。

 

 「似合うとは思うが……。少々刺激が強すぎないか?」

 

 「そうですか?別に肌を晒してるわけじゃないですけど……。」

 

 そう言って由良が体をクネクネ動かしながら自分の体を確認していく。

 

 やめて、自分のような女性経験の少ない男には刺激が強すぎます。

 背中を確認しようと首だけで振り返ろうとしてるポーズのなんとエロいことか。

 

 由良の本性を知らない男なら理性が吹っ飛んでいただろうな、若干反り返り気味な姿勢のせいで小振りながらも形の良い胸部装甲がこれでもかと自己を主張し、ヘソの凹みを中心とした臍部(さいぶ)周りが蠱惑的に見えるからもう大変。

 

 完全に童貞を殺しに来ている、自分がその手の店で似たようなコスプレを見たことがなかったら一撃でハートブレイクされていただろう。

 

 しかしそこは大して問題ではない、それよりも問題なのは包帯の隙間から見える素肌だ。

 ピッタリと張り付くように巻かれた包帯のせいで若干盛り上がってるじゃないか、はみ出していると言っても過言ではないほどに!

 

 自分じゃなかったら、そのはみ出た素肌にむしゃぶりついていたかもしれん。

 

 そしてそれよりも更に問題なのが小山の先から若干出ている突起だ!

 絶対にノーブラだろそれ、いくらなんでも無防備すぎる!

 せめてパットくらいしよ?

 その突起は危険すぎるぞ、鎮守府内で襲われる事はないと思ってるんだろうがそれは慢心だ!

 

 君に苦手意識を抱いている自分でさえ狼になりそうになってるんだぞ、そんな如何にも襲ってくださいと言ってるような格好で男連中の前に出てみろ。

 たちまちパーティー(意味深)の始まりだ!

 

 待てよ?上に下着を着けてないと言うことは下も穿いてないんじゃないか?

 

 「少佐さん?」

 

 いやいや、いくらなんでもそれはないだろう、それじゃただの痴女じゃないか。

 だが実際のところどうなんだろう、もし穿いていたなら下着のラインが見えそうなものだが、そのような物は見当たらない

 

 「少佐さんったら!」

 

 と言うことはノーパン!

 なんと破廉恥な、見損なったぞ由良!

 君がそんなに自分を安売りする女性だとは思わなかった!

 

 「聞こえてないんですか?ね!ね!」

 

 「え?あ、なんだ由良。」

 

 「なんだ、じゃないですよ!少佐さんも早く着替えないとパーティーに遅れますよ?」

 

 パーティー(意味深)……だと?

 やはり君はそのつもりでそんな格好をしていたのか!

 更に自分にも着替えろだと?

 自分を干からびさせて本当にミイラにする気か!

 

 「これとかどうです?ドラキュラとかいいと思うんですけど♪」

 

 思うんですけど♪じゃないよ!

 自分にドラキュラの仮装をしろと?

 自慢じゃないが自分の顔面偏差値は心得てるんだよ!

 そんな自分にイケメン専用みたいなドラキュラの仮装をしろと?

 どんな罰ゲームだ!

 フランケンシュタインのほうが絶対に似合う自信があるぞ!

 

 「い、いや……自分にドラキュラは……フランケンシュタインとかの方がいいんじゃないか?」

 

 「ダメです!絶対にこれを着てください、サイズもピッタリですから!」

 

 強制だと!?

 しかも、なんで君がピッタリと言い切れるほど自分の服のサイズを知ってるんだ!?

 

 「わ、わかった……着がえるから少し外に出ていてくれないか?」

 

 由良の格好のせいで意思とは関係なしに主砲が最大仰角なんだ、さすがに由良の前で晒すことなどできない。

 

 「そ、そうですよね!まだそういう仲じゃないですし!」

 

 どういう仲か知らないが早く出て行ってくれ。

 それとも自分の裸が見たいのか?

 泡姫の前で脱いだ途端、『フ……。』と鼻で笑われたこの愚息が見たいのか!

 男の価値は大きさだけなんだチクショウメェェェ!

 

 「じゃあ着がえ終わったら呼んでくださいね。チェックしますから。」

 

 何を!?

 何をチェックすると言うんだ君は!

 こんな物、普通に着ればいいだけだろうに……。

 あれ?このネクタイはどうやって結ぶんだ?

 蝶結びでいいんだろうか……。

 

 「終わりました?」

 

 「え?あ、ちょっとま……。」

 

 「あー!やっぱりまともに着れてないじゃないですか!ちょっと貸してください!」

 

 しょうがないじゃない……スーツか軍服くらいしか着ないんだもの……。

 そんな自分にこんな凝った服を着ろとか無理に決まってるだろう……。

 

 「せっかく由良が手作りしたんですからキチッと着てくれないと困ります。」

 

 こっちが困ります。

 そんなに近づかれたら本当に困ります。

 自分の愚息は主人の気持ちも知らずに元気一杯なのですから……。

 

 「あら?少佐さんコレ……。」

 

 どれ!?

 まさかバレた!?

 まずい……『何考えてるんですかいやらしい!』とか言いながら殴られるんだろうか……。

 

 「やっぱり!ボタン掛け違えてるじゃないですか!仕方ないなぁ……。」

 

 よかった気づいてはいないようだ……。

 ズボンを盛り上げる程のサイズじゃなくて助かったよチクショウ……チクショウ!!

 

 「はいデキました♪よく似合ってるじゃないですか。うん、いいんじゃない?」

 

 君の目は節穴か?

 自分で言うのも何だがコレじゃない感が凄いぞ!?

 

 「じゃあ行きましょうか。パーティー、楽しみですね。ね♪」

 

 なるほど……パーティーで自分を晒し者にして笑いを取ろうという魂胆か……。

 ああわかったよ、せいぜい道化を演じてやろうじゃないかコンチキショー!

 

 「そういえば、提督さん達はもう行ってるんでしょうか。たしか午後から演習してましたよね?」

 

 そうでしたねー。

 来てなくてもその内来るんじゃないっすかねー。

 食堂が近づくにつれてテンション下がるわー。

 

 「また上の空……。そんなに由良に魅力がないのかしら……。」

 

 別にそんな事ないんじゃないっすかねー。

 自分以外にはバカウケっすよきっと。

 

 ん?食堂の方から歩いてくるのは憲兵殿か?

 相変わらず女性みたいな容姿だな、あれでは男に愛を囁かれた事もあるんじゃないだろうか。

 

 「あ、これは憲兵殿。ご苦労様です。」

 

 せめて労いくらいは言っておかないと、皆がパーティーだとはしゃいでる中仕事に勤しんでおられるのだから。

 

 「すみません、私達だけ楽しんでしまって……。」

 

 なんだ?由良が若干警戒しているな。

 はは~ん、破廉恥な格好だから憲兵殿に咎められると思ってるんだな?

 憲兵殿もまるで由良を射貫くような目で見ておられる、遠慮せずに連行してもらって構いませんよ?

 

 「いえいえ、これも仕事ですので。」

 

 特に咎めるような様子はないな……。

 パーティーだから見逃すつもりだろうか、いけませんな憲兵殿、そんな事では鎮守府の風紀は乱れ放題ですぞ?

 

 「それでは憲兵殿、自分たちはこれで。」

 

 ともあれ、由良を引き剝がしてくれないのなら憲兵殿に用はない。

 由良も早くここを離れたそうにチラチラとこっちを見てくるしな。

 

 「お仕事頑張ってくださいね。」

 

 『そそくさ』とは今の由良のような動きだろうか、まるで憲兵殿から身を隠すように私の前に出て来た。

 そんな格好をしなければ目を付けられる事もなかったろうに。

 

 「あ、あの少佐さん……。あの人ってけんぺいさんです……よね?ね?」

 

 「どうしてそんな事を聞くんだ?由良も会ったことがあるだろ?」

 

 「そうなんですけど……何というかその……。」

 

 後ろからでは表情がよく見えないが、耳どころから首筋まで赤くなっているな。

 なるほど、由良はああいうタイプの男が好みなのか。

 自分とは真逆だな。

 「じ、自意識過剰とか思わないで下さいね!?その……し、視姦されてるような気がして……それでちょっと怖くなっちゃったんです……。」

 

 憲兵殿が?由良を?

 それはないだろう、あの真摯な眼差は職務に忠実な軍人そのものだったぞ。

 それを視姦だなどと言っては憲兵殿が可哀想だ。

 

 「気のせいだよ由良、憲兵殿は真面目な方だ。きっと由良の格好が過激だったから注意すべきか悩んだのだろう。」

 

 「そ、そんなに過激ですか……?由良は別にそう思わないんだけど……。」

 

 なんだ?

 自分の顔に何かついてるのか?

 そんなに自分の方ばかり振り向いてると何かに躓いて転けても知らんぞ。

 

 「しょ、少佐さんは由良のこの格好どう思います?グッと来ます?」

 

 そんなに真っ赤な顔をするくらいなら聞かなければいいのに……。

 ああ、確かにグッと来るよ。

 主に股間にな、だから非常に困っている……。

 

 「自分としては、出来れば……あまり人目につく場所でそういう格好はしないで欲しいな……その……困るんだ……。」

 

 「そ、それは他の人に見せたくないって事……ですか?」

 

 そりゃそうだろう、おっ立てた竿を見せて自慢したがるほど自分は変態じゃない!

 ってか自慢できる程のサイズでもない!

 哀しいことにな……。

 

 「そうですか……そうですよね!」

 

 なんか知らんが納得したらしい、哀しいなぁ……自分の愚息にも提督殿くらいのサイズがあれば……。

 

 「この格好は今日限りにしますけど……少佐さんがどうしてもって言うならまた着てあげますね。ね?」

 

 言わないよ?

 何をとち狂った事を言ってるんだ君は、どうせ言った途端に『少佐さんってやっぱりいやらしいですね!この変態!包帯フェチ!』とか言って自分のメンタルをボロボロにする気だろう!

 だが残念だったな由良!

 自分はその手のイジメには慣れてるんだ、学生時代にさんざんやられたからな!

 あの経験のせいで自分はすっかり女性不信だよ……。

 

 「あ、けっこう集まってますね。うわ!愛宕さんと辰見さんの格好凄すぎません!?」

 

 ああ、凄い。

 まさにパンパカパーンだ、何がパンパカパーンなのかは言うまでもないと思うが、とにかくパンパカパーンなのだ。

 ちなみに自分の愚息もパンパカパーンである。

 

 完全に油断していた、まさか由良以外にも男を悩殺しようとしている艦娘が居るとは思っていなかった……。

 

 やはり慢心は恐ろしい……。

 由良の格好に慣れてきたと思ったところにこれだもの……。

 

 「あ、少佐さんに由良さん!とりっくおあとりーと!なのです!」

 

 おやおや、誰かと思えば六駆の暁とその面々じゃないか。

 キキみたいな魔女の仮装がよく似合っているぞ、雷と電はキキララかな?これも大変可愛らしい。

 だが響、お前はダメだ。

 それはサンバか?サンバカーニバルの衣装か?

 いくらなんでもフリーダム過ぎるだろ!

 

 「響ちゃん……それはさすがに……。」

 

 「不死鳥をイメージしてみた。」

 

 炎のような色合いの羽は確かに不死鳥を思わせるが……さすがにサンバはないだろサンバは……。

 顔に施している化粧はバケモノみたいだが。

 

 「あ、少佐さんお菓子お菓子。」

 

 「おっとそうだった。ほら、コレをあげるからイタズラは勘弁してくれよ?」

 

 「これだけぇ?まあいっか、少佐さんにイタズラするのはやめとくわね。」

 

 うん?自分には?

 それまさか、由良にイタズラするという事か!?

 

 「ちょ!響ちゃんダメ!ダメだったら!」

 

 気づくのが遅かった!

 頼むから由良を怒らせるような事だけはしないでくれ!

 

 「大丈夫か由良!」

 

 「ダメ!少佐さんこっち見ちゃダメだから!あ……。」

 

 由良、それが慢心の結果だ。

 やっぱり穿いてなかったんじゃないか。

 響に包帯をずらされたせいで由良が一番隠してなきゃ行けない部分が丸見えになっている。

 さすがにこんなに明るい場所で見るのは初めてだ……風呂屋って基本薄暗いし……。

 

 「ブホォ!」

 

 自分の鼻から勢いよく鼻血が噴き出ているのが目に見える、鼻血って本当に噴き出るんだな……。

 

 「しょ、少佐さん!?やだ、どうしよう……取りあえずティッシュを!」

 

 意識が遠のく……血を流しすぎたか……。

 

 「ちょっと由良大丈夫!?お腹のあたりが血まみれじゃない!」

 

 辰見、由良のそれは自分の鼻血だから大丈夫だ、それより首の後ろをトントンしてくれないか?

 

 「私は大丈夫ですけど少佐さんが、血が止まらないんです!」

 

 「これは……少佐、介錯がいる?」

 

 諦めないで!ただの鼻血だから!

 お前半分笑ってるじゃないか!

 

 「なんだ?この騒ぎは。ん?どうした少佐!誰にやられた!」

 

 提督殿!

 よかった、まともな人が来てくれた!

 

 「これは酷いな……ん?由良もか、一体何が……。」

 

 提督殿が自分と由良を交互に観察している、それよりティッシュくらい鼻に詰めてもらえませんか?

 マジで貧血気味になってきましたよ……。

 

 「あ~なるほど……。」

 

 なるほどって何?

 もしかして察しちゃいました?

 何があったか察しちゃったんですか!?

 

 「由良、どこまで見られた?」

 

 「え!?あ、いやその……。」

 

 何聞いてんの!?

 やめてあげて!由良も困ってるじゃないですか!

 って言うかそれ聞いてどうするつもりですか!?

 

 おい由良、何を提督殿に耳打ちしている?

 やめてくださいお願いします、提督殿が新しい玩具を貰った子供のような笑顔を浮かべてるじゃないか。

 絶対悪ふざけ始めるからこの人!

 この顔した時の提督殿は本当に(たち)が悪いんだから!

 

 「そうか、そこまで見られたか。少佐、どうすればいいかわかってるな?」

 

 まったくわかりません、いえ、わかりたくありません!

 

 「安心しろ由良、少佐には必ず責任を取らせるから。」

 

 いつの時代だよ!

 ちょっと下半身を見たくらいで自分の一生を決めないでもらえません!?

 

 「で、でも少佐さんの気持ちの問題もありますし……。」

 

 「大丈夫、少佐も由良の事を想っていることは私が知っている。そこは気にしなくていい。」

 

 気にして!

 自分を地獄に叩きこむ気ですか!?

 アンドレ・プレヴォーもこう言っている、『独身者とは妻を見つけないことに成功した男である』と!

 自分は独身でいいんですよ、だから余計な事しないでもらえます!?

 

 「ハロウィンパーティが婚約発表会になっちゃいましたね。」

 

 辰見ーー!余計な事を言うな辰見ーーーーー!!

 自分は婚約した覚えなんてないぞ!

 

 「こ、婚約だなんて……付き合ってもいないのに……。も、もう~どうしよう♪」

 

 ホントどうしようねこれ、と言うかなんで嬉しそうなの?

 こっちは絶望感が半端ないんですけど。

 もう気絶しちゃおうかな……いい感じに意識が遠のいて来たし……。

 

 「ねぇ提督?これ気絶してません?」

 

 「おい、何気絶してるんだお前は。起きろ。」

 

 殴られたって起きませんよ、むしろもっと殴ってください提督殿。

 そしてこのまま永眠させてください。

 自分を助けると思って……。

 

 後日、半年分の給料で婚約指輪を買わされる事になったのだが、それはまた別の話だ……。

 


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