艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮遠征 8

 耳の奥に響く様な警報音で昼寝から叩き起こされて部屋の窓から外の様子を伺ってみると、敵襲への対応で一般職員が右往左往しているのが見えた。

 

 「警報まで鳴らすとは珍しいな……。」

 

 私がタウイタウイ泊地に着任してからの一年間で何回あっただろうか、覚えてるだけで3回くらいか。

 1回目と2回目は誤報に終わり、3回目で業を煮やした私は、司令や能代達の制止を振り切って出撃し……そして……。

 

 「ふん……どうせ今回も誤報だろ……。」

 

 空を見ると晴間がチラホラと見え始めていた。

 もう少しでスコールも止みそうだな。

 

 私は身支度もろくにせず部屋をでて基地の裏口へ向かう。

 

 「傘は……いいか、風邪を引いても関係ない……。」

 

 私は濡れるのも構わず裏口を出て山道を目指した。

 

 「そう言えば、今日も長門は来なかったな……。」

 

 別に来て欲しいわけじゃないが、私にあれだけ偉そうに言っておきながら初日以外は姿も見せていない。

 

 (貴様はいつまで清霜を裏切り続けるつもりだ?)

 

 長門が言ったセリフが頭の中に蘇る。

 さあ、いつまでだろうな……どうしたらいいかわからないんだ……。

 仇でも討つか?

 でもそれは無理だ、清霜を殺した潜水艦は救助に来た能代達が沈めてしまった。

 じゃあ深海棲艦を根絶やしにでもするか?

 それも無理だ、戦艦一人で出来る事なんて知れている……。

 

 「やはり……解体されるべきなんだろうか……。」

 

 そうすればしつこく異動の命令が来ることもないだろう、だけど……。

 

 「それだけは……何故かしたくない……。」

 

 私は武蔵である事に未練でもあるのか?まともに敵と撃ち合ったこともないのに。

 それとも戦艦の地位を他人に譲りたくないのか?こんな泊地では戦艦の権勢など振るいようもないのに?

 

 「なあ清霜……私は何がしたいんだ?」

 

 伏せていた顔を上げると、目の前に慰霊碑が立っていた。

 何か月も通い続けた道だ、考え事をしていようとちゃんと辿り着ける。

 この海域で戦死した艦娘達と、清霜の名前が刻まれた慰霊碑に。

 

 「そういえば、清霜の艤装はどうしたんだったか……。」

 

 本土に運ばれて次の適合者の手に渡っているんだろうか。

 艦娘の本体はあくまで艤装、私達は替えの利くパーツでしかない。

 

 「本土には別の清霜がいるんだろうか……。」

 

 会いたい気もする、あの子と同じように纏わりついて来るんだろうか……。

 それとも、ここの駆逐艦のように恐れて近づかないか?

 

 私が、いつも通り慰霊碑に背を預けて北の空を見上げると、スコールはとっくに止んでいた。

 

 「なんだ?後ろから何か……。」

 

 基地の方から……いや、もっと南の方から何か聞こえる。

 これは……砲撃音?潜水艦くらいしか出ないこの海域でなぜ砲撃音が聞こえる?

 

 私は慌てて立ち上がり、南の水平線を凝視する。

 だが煙と時折上がる水柱らしき物以外はまるで見えない、距離が遠すぎる。

 

 「クソ!ここからじゃよく見えん!」

 

 何が起こっている?あの警報は誤報ではなかったのか?

 

 「よう、思ってたより元気そうじゃねぇか。」

 

 私が現状が確認できずにイラ立っていると、山道から司令が顔を覗かせた。

 なぜ司令がここに?敵襲を受けているんじゃないのか?

 

 「ちくしょう……割と緩やかだつっても年寄りに山道はこたえるねぇ……。」

 

 ぜぇぜぇと息を落ち着かせようと膝に手をついて司令が悪態をつく。

 なぜこんな所に来たんだ?まさか私を迎えに来たのか?

 

 「ふぅ~~。鈍ってんなぁ、お嬢が言う通り、ぬるま湯に浸かり過ぎてたみてぇだ。」

 

 「何を……しに来た……?」

 

 司令が横目で私を一瞥した後、私がいつも背を預けているのとは反対側に背を預け座り込んだ。

 

 「最後はここで迎えようと思ってな……。」

 

 「最後……だと?」

 

 何を言っている?ここで自決でもする気か?なんで……。

 

 「もうすぐこの泊地は落ちる。そうすりゃワシもお陀仏だからな、せめて見晴らしがいい所でと思ってここまで来たんだ。善戦してくれてる長門達には悪いと思うが……。」

 

 「なっ……!?そんな規模の艦隊に襲われているのか!?」

 

 だとしても、泊地の最高責任者が早々に諦めるとは何事だ!

 

 「貴様それでも司令官か!能代や長門達に戦わせておいて貴様はさっさと死に場所探しか!」

 

 「お前ぇさんがワシにそれを言うのか?」

 

 司令の目が鋭く尖り私を射抜く。

 確かにな、私に司令責める権利などない、そんな状況だと知っても、私は出撃しようと思えないのだから……。

 

 「なあ武蔵、お前ぇさんはどうしたい?」

 

 それがわからないからこんな所で燻っている。

 

 「武蔵、お前ぇさんは何になりたい?」

 

 何にもなれはしない……神風が言う通り、私はただの腑抜けの戦艦だ……。

 

 「清霜の口癖、覚えてるか?」

 

 ああ、覚えている……。

 ことある毎にあの子は『戦艦になりたい』と言っていた……。

 

 私が出鱈目な訓練法を教えた時も……。

 

 (え? これが完璧に出来たら、戦艦になれるの? くっ、頑張るか。)

 

 初めて大規模改装をした時も……。

 

 (あと何回改装したら、戦艦になれるのかなぁ…。え?な、なれるもん!)

 

 訓練したところで……改装をしたころで戦艦になれるはずもないのに、あの子は愚直に私の言うことを信じ、実行し続けた……。

 戦艦になるために。

 

 「あの子はな……。戦艦になりたかったんじゃねぇんだよ……。」

 

 え……?でも清霜は……じゃあ、あの子は何になりたかったと言うんだ……?

 

 「わからねぇか?」

 

 わからない……だって清霜は戦艦になりたいって言っていたんだ。

 なのに、なりたかったのが戦艦じゃないだと?

 

 「あの子がなりたかったのはな。武蔵……お前ぇさんだよ。」

 

 「私……?」

 

 それは私と同じ大和型になりたかっという事か?だが大和型は私以外はまだ……。

 

 「お前ぇさん、眼鏡かけてる割にバカだな……。」

 

 バっ……!?別に眼鏡をかけてるから頭が良いとは限らないだろう!そんな哀れむような目で私を見るな!

 

 「あの子はお前に憧れていた、『戦艦武蔵』ではなくお前ぇさんにな。」

 

 (清霜は、貴様に憧れていたのではないか?)

 

 司令と長門のセリフが被って聞こえる。

 清霜が憧れていたのは戦艦ではなく私?こんな所で何もせずに惰眠を貪っていた私に憧れただと?

 

 「バ、バカな事を言うな。清霜と私は3か月も一緒に居なかったんだぞ?それなのになぜ憧れる、別に命を救ったとかもないんだぞ!?」

 

 逆に命を救われたのは私だ、出撃する機会もなく、無為に過ごす日々に嫌気がさしていた私は、警報を理由に無理矢理出撃して潜水艦共にいいように嬲られた。

 そんな私を庇って清霜は死んだ……私に直撃するはずだった魚雷に身を晒して……。

 

 「カッコよかったんだよ。お前ぇさんが。」

 

 は?カッコよかった?ソレが清霜が私に憧れた理由だと?

 

 「あの頃のお前ぇさんは、出撃がなくても訓練に明け暮れてたろう?いつか来る出撃の時のために目ぇギラギラさせてよぉ。それがあの子にはカッコよく見えたのさ。」

 

 「そ、そんな理由で……。」

 

 「それで十分なんだよ。『カッコイイあの人みたいになりたい』子供が誰かに憧れるにゃ十分過ぎる理由だ。」

 

 だから私を庇った……?そんな理由で命を投げだしたのか?

 

 「それじゃ清霜はただの……。」

 

 「それ以上は言うんじゃねぇ!」

 

 司令の叱責で私は言葉を飲み込んだ。

 だけどしょうがないじゃないか……私には理解できない……そんな理由で死んでいった清霜が愚かに思えて仕方ないんだ……。

 

 「あの子には許せなかったのさ、憧れの人を鼻歌混じりで弄ぶ潜水艦共がな。それでもお前ぇさんは清霜を愚かと思うのか?大事な人のために命を投げだすのを愚かな行為だと蔑むのか!言ってみろ武蔵!」

 

 司令の言葉とともにあの時の清霜の姿が頭に浮かんでくる……。

 潜水艦に嘲笑われながら死を待つだけだった私の元に、清霜は颯爽と駆けつけてくれた……。

 

 「あ……ああ……。」

 

 (武蔵さんをイジメるな!この清霜が相手になってやる!)

 

 小さな体で潜水艦共の前に立ち塞がり、私を守ろうと懸命に戦い続けた。

 

 「ごめ……ごめん……。」

 

 (もう大丈夫だからね!潜水艦なんか清霜に任せて!)

 

 自分も恐怖に震えているのに私の事ばかり気遣って……。

 

 「ごめん……清霜……私は……。」

 

 (今だけは……駆逐艦でよかったかな……。武蔵さんを守れたから……。)

 

 そう言い残して、清霜は息を引き取った……。

 私なんかより清霜が生きるべきだったんだ。

 お前ならきっと、私以上の戦艦になれたのに……。

 

 「ううう……。」

 

 涙が止め処なく溢れ、私は膝を屈して泣きながら謝る事しか出来なかった。

 謝っても清霜には届かない。

 今さら泣いたところであの子は帰ってこない。

 だけど私には、それ以外にできる事が何もない……。

 

 「泣くな武蔵、みっともねぇ所を見せるんじゃねぇ!」

 

 「でも……。」

 

 いつの間にか立って私を見下ろしていた司令が私を叱責する。

 じゃあどうすればいい?教えてくれ。

 

 「私は……どうしたらいいんですか……。」

 

 「そんな簡単な事もわかんねぇのかお前ぇさんは。見せてやりゃあいいんだよ、お前ぇさんのカッコイイ姿をよ!」

 

 「私の……カッコいい姿……?」

 

 「そうさ!泊地に迫るは敵の大艦隊!味方は劣勢!そこに颯爽と登場して敵を迎え撃ち、撃滅して味方を救うのは大戦艦武蔵だ!」

 

 司令が両手を広げ、大仰な仕草で弁を振るう。

 

 「これほどの見せ場はそうそうねぇぞ?そんな大一番にお前ぇさんは何をしてる。こんな所で泣いてるだけか?」

 

 私はポカンとして司令を見上げる事しかできない、そんな事でいいのか?それで清霜に報いることができるのか?

 

 「憧れさせたんなら最後まで責任取りやがれ!最後まで清霜が憧れたカッコイイ武蔵で居続けろ!それがお前ぇさんに唯一できる事だ!」

 

 カッコイイ私で居続ける……それが私に唯一できる事。

 それが清霜にしてやれる唯一の償い……。

 

 「どうだ?まだ泣き続けるか?別にワシゃ構わねぇぞ、やっと巡って来た堂々と死ねるチャンスだ。」

 

 だがそれは泊地の壊滅を意味するんだろ?そうすれば能代や駆逐艦たち、一般職員の命も……。

 

 「それは……ちょっと格好がつかないな……。」

 

 私が居るのに泊地が壊滅?襲撃してきてるのは潜水艦だけじゃないのだろ?

 水上艦に攻められて泊地が壊滅など戦艦武蔵()が居るのにさせるものか。

 それでは清霜に顔向けできない!

 

 「司令、私の艤装は?」

 

 私はゆらりと立ち上がり司令に問う。

 

 「カッコつけ続ける覚悟は決まったか?」

 

 ああ、決めたよ。

 私は清霜が憧れた武蔵で在り続けよう。

 

 「私は大和型。その二番艦だからな。当然だ。」

 

 司令がフッと笑い、顎で山道を指す。

 

 「準備させてる、工廠へ行け。」

 

 私は無言でうなづき山道を駆け下り始めた。

 艤装はまだ私と同調してくれるだろうか、もう軽く八か月は艤装を背負っていない。

 

 (どお?清霜かっこいい?強い?)

 

 一度だけ、清霜の高さに合わせて置いた私の艤装を清霜が背負った事があったな。

 艤装のサイズが大きすぎて、お世辞にも似合ってるとは言えなかったが……。

 

 「でも……あの時、私は見たんだ……お前の意思に反応して砲身が動くのを……。」

 

 清霜なら本当に私の艤装と適合できていたかもしれない。

 あの子になら……私の名前と艤装を譲ってもいいと、心のどこかで思っていた……。

 

 「清霜……私は、お前はいつか戦艦になれると信じていた……。」

 

 だけどお前はもういない……だから見せてやる!

 お前が憧れた大戦艦のカッコいい所を!

 

 山道を一気に駆け下り、私が工廠に到着すると、司令が言った通り私の艤装がすでに準備されていた。

 

 「武蔵さん!お待ちしておりました!」

 

 整備員が敬礼で迎えてくれた、艤装の横には計測器。

 久しぶりの同調だから念のために計測するのか。

 

 「準備はできてます、こちらへどうぞ。」

 

 私は整備員に促されて艤装を背負い、同調を始める。

 

 「問題は……なさそうですね、心拍数が若干高いですが。」

 

 私としたことが少し緊張しているのか?

 いや、昂っている、考えてみれば初めての対艦戦だ。

 初めてまともに挑む戦場に心が昂っている。

 

 「練度30で安定。」

 

 「30か。サボっていたツケだな。」

 

 なんとも情けない数字だ、この泊地で最低じゃないか?

 

 「その割には余裕そうですが?」

 

 「当り前だ、私を誰だと思っている?」

 

 どれだけ低い練度だろうと余裕の表情を貼り付けろ!見栄を張れ!カッコをつけろ!私は武蔵なのだから!

 

 「失言でした。武運長久をお祈りいたします!」

 

 工廠を後にして、桟橋へ到着した私は戦場になっているはずの水平線を見つめて一息つく。

 息を切らせるな、息を乱している姿はたぶんカッコよくない。

 

 『さっきから五月蠅いぞ!私と朝潮の逢瀬を邪魔する雑音を放っているのは何処のどいつだ!!』

 

 息を整えるついでに長門との通信を繋ごうとした途端におかしな会話が耳に飛び込んできた。

 なんだ?全周波通信?逢瀬がどうとか言っているが、戦闘をしてるんじゃないのか?

 

 「行ってみればわかるか。」

 

 まずは長門と合流しないと、久しぶりだが上手く浮けるか?

 

 (大丈夫だよ!武蔵さんなら!)

 

 そうだな清霜、私なら大丈夫だ。

 

 私は意を決して主機に力場を流す。

 よし、感自体は忘れていない、主砲の操作は移動しながら確かめるとしよう。私は桟橋を飛び降り着水、水平線の彼方を目指して微速前進。

 

 「戦艦武蔵、いざ……出撃するぞ!」

 

 見ていてくれ清霜、今から私の本当の姿を見せてやる。

 私が徐々に速度を上げ、最高速度に達したところで南から誰かが近づいてくるのが目に入った。

 清霜と同じ臙脂色の制服、早霜だ。 

 

 「能代さんから言われてきました……。戦場まで護衛します……。」

 

 久しぶりに声を聞いたが、相変わらず覇気が感じられない喋り方をするな。

 さっきまで覇気の欠片すらなかった私が言えた義理ではないが。

 

 「戦況はどうなってる?」

 

 「潜水艦隊は粗方片づけました。現在、能代さん達が索敵をしながら長門さん達の方に向かっています。ですが艦載機に邪魔をされて水雷戦隊の排除が上手くいってません……。横須賀の皆さんが頑張ってくれてはいますが……。」

 

 声が淡々とし過ぎてて今一危機感が感じにくいな……。 

 

 「……。」

 

 「私の足元ばかり見てどうした?潜水艦でもいるのか?」

 

 私の前を航行している早霜がチラチラと私の足元を気にしている。

 目で見る限りでは潜水艦の影は見えないが……。

 

 「いえ……嬉しそうにはしゃいでいるのが見えたので……。」

 

 はしゃいでいる?私の足元で?誰が?

 確かにこの子は『私、実は見える(・・・)んです。』と急に言い出しても不思議ではない雰囲気を纏っているが……。

 

 「そうか……ならば期待に応えないとな。」

 

 「はい……そうしてあげてください……。」

 

 それっきり、早霜は押し黙って警戒を続け、私は主砲の調子を確認し始めた。

 言うことは聞いてくれるが細かい調整が利きにくいな……。

 練度が上がればミリ単位で砲身を動かすことも可能だろうが、練度が30程度の私ではこれが限界か。

 

 「こちら武蔵、聞こえるか長門。」

 

 『随分と遅い登場だな。』

 

 私の呼びかけに長門が間を置かずに応えた。

 声の感じだけでは分かりづらいが、余裕はないが無理はしていないといった感じか?

 

 「化粧に時間がかかってしまった、初めての戦場にみっともない顔で挑むわけにもいくまい?」

 

 本当は化粧などしていないし服はずぶ濡れ、みっともない事この上ない。

 

 『ふん、減らず口だけは一人前だな。それでどうした?何かして欲しいことでもあるのか?後輩。』

 

 「敵を出来るだけ一カ所に集めてもらいたい。私は細かい狙いをつけるのが性に合わないんだ。出来るだろ?先輩。」

 

 実際はつけれないんだけどな、言わなくてもこの先輩は気づいてるんだろうが。

 

 『……。いいだろう。可愛い後輩の頼みだ、聞いてやるよ。三人とも聞こえたな!』

 

 『艦載機の攻撃を避けながらぁ?無茶言わないでよぉ……。』

 

 『大潮ね……帰ったら長門さんに甘味を胸焼けがするまで奢ってもらうんだ……。』

 

 『帰ったらアンタ達二人の財布が空になるまで奢らせてやるから覚悟してなさいよ!』

 

 一人死亡フラグになりかねない事を言ってるが大丈夫か?

 だがこれで照準の問題はある程度クリア、後は主砲の反動に私の体が持ち堪えられるか……だな。

 

 戦闘海域が肉眼でハッキリ見える距離まで来ると、長門が戦域のさらに南から向かってくる艦載機を主砲に装填した三式弾で撃ち落としているのが見えた。

 

 「ハエを落とすのが上手いじゃないか先輩。私にもやり方を教えてくれないか?」

 

 『ふん!横須賀に帰ったら泣いて謝るまで叩き込んでやるさ!』

 

 さて、神風と他二人が砲撃と魚雷で敵を誘導して、ある程度限られた範囲に敵が集まってるな。

 空母の姿は見えないが軽巡と駆逐艦が合わせて10隻ほど、それが直径50メートルほどの範囲に集められている。

 艦載機が飛び回っていると言うのに大したものだ。

 

 『ご要望には応えたぞ、後は任せていいんだな?』

 

 「ああ、任せろ。」

 

 私は円の中心から1海里ほどの所で航行を止め、完全に停止。

 

 「む、武蔵さん何を!?」

 

 早霜のこんなに驚いた声を聞いたのは初めてだな、普段は前髪で隠れている方の目までまん丸に見開いて。

 わからないでもない、こんな戦闘海域のすぐそばで完全停止、もし艦載機がこちらまで来ればいい的だ。

 

 「問題ないよ早霜、ハエは全て先輩が叩き落としてくれるさ。そうだろ?先輩。」

 

 『ああ構わんぞ後輩。ただし!神風達への甘味の代金はお前持ちだからな!』

 

 私は挑発するような口調で長門に問いかけ、長門がちゃっかりと甘味の代金を押しつけてくる。

 まあ、こんな金の使い道もない僻地に居たせいで給料はほぼ手付かずだ、甘味くらいいくらでも奢ってやるさ。

 

 「それと早霜、そこだと潰してしまう(・・・・・・)から、もう少し私から離れていてくれ。」

 

 「は、はあ……いったい何に潰されると……?武蔵さんは何をするつもりなんですか?」

 

 何をする?戦艦がやる事など決まっている。

 

 早霜が私から100メートルほど距離を取ったのを確認した私は全ての主砲を戦域に向けた。

 

 全主砲装填、反動に耐えられるだけの装甲を残し、余剰力場は全て『弾』に。

 

 「先輩、駆逐艦達を退避させてくれ。巻き込まれても知らんぞ。」

 

 『お、おい武蔵……貴様まさか……。』

 

 気づいたか長門、私がやろうとしている事に。

 今の私に動き回る軽巡や駆逐艦を撃ち抜くなんて芸当はできない。

 ならば射程のみ調整して撃てばいい……。

 

 『三人とも急いで退避しろ!あのバカ、海ごと吹き飛ばす気だ!』

 

 見ているか清霜、私が今から見せるのはどの戦艦にもマネできない規格外の砲撃。

 お前が憧れた戦艦武蔵()の本気の一撃だ!

 

 「この武蔵の主砲の本当の力、味わうがいい!」

 

 目標、敵艦隊中心から直径50メートルの範囲(・・)

 狙いがつけれないなら範囲ごと全てを吹き飛ばせ!

 

 (やっちゃえ武蔵さん!)

 

 ああ、遠慮はしない!

 

 「撃てぇぇぇ!」

 

 ズドン!

 

 砲撃と共に私を中心として海が沈み込む、なるほど、私が本気で撃つとこうなる(・・・・)のか。

 

 「う……海にクレーターが……冗談でしょ……。」

 

 早霜の位置からはそう見えるのか、私は穴に落ちた気分だよ。

 

 ドオオオオォォォォォン!

 

 『な、なんちゅうバ火力……。』

 

 『ねえ荒潮、大潮の目の前に滝があるんだけど……。』

 

 『夢よ大潮ちゃん、これは夢……。って言うか海水のスコールとか最悪なんだけどぉ!?』

 

 駆逐艦達が騒いでるな、着弾点はそんな事になってるのか……。

 

 「武蔵さん、顔色が悪いですけど……。」

 

 顔色?ああ、それはたぶん、今全身を襲っている痛みのせいだ。

 情けない、たった一回の砲撃でこの体たらくとは……。

 

 『まだ空母が二隻残っている!大潮、荒潮!行けるな!』

 

 『人使い荒ぁい!』

 

 『帰ったら長門さんを破産させてやる……。駆逐艦全員でたかってやるから!』

 

 流石に空母は無理だったか、だがまあ、初めての戦果にしては上等だろう。

 横須賀に駆逐艦が何人いるか知らないが……ご愁傷さまだ先輩。

 

 『大潮ちゃん!10秒ほど守って!』

 

 『ちょ!こんな所で使う気!?』

 

 騒がしいな……静かにしてくれ。

 耳に届く通信の振動さえ体中に響くようだ……。

 

 『ヒャッハーーー!汚物は消毒だああああああ!』

 

 『もう!後でどうなっても知らないからね!』

 

 なんだかキャラが崩壊してる駆逐艦が居るみたいだが大丈夫なのか?世紀末スタイルで火炎放射器を振り回しそうな感じだが。

 

 「肩を貸してやろうか?」

 

 無意識に伏せていた顔を上げると、目の前に長門が居た。

 肩を貸すだと?冗談を言うな、そんな所を見せられる訳がないだろう。

 私は笑っている膝を無理矢理黙らせ、両手を組んで何も問題がないように装う。

 痛みに悶えるのは部屋に戻ってからだ、人前で醜態は晒さない!

 

 「いらん。それより、空母を駆逐艦だけに任せておいていいのか?」

 

 「問題ない。それよりも……海ごと吹き飛ばすとはさすがに思わなかったぞ。滅茶苦茶しおって……。」

 

 「あまり先輩面をされ続けるのも面白くなかったからな。実力の差を思い知ってほしかったのさ。」

 

 「見栄っ張りめ。だが確かに、同じ砲を装備しても私にアレは真似できんな……。さすがは武蔵と言わざるを得ない。」

 

 清霜、聞いたか?目の前に居る私より凄い戦艦が認めてくれたぞ。

 

 (清霜が言った通りだったでしょ?武蔵さんは凄いんだから♪)

 

 ああ、お前が憧れた私は凄いんだ。

 だから見守っていてくれ、これからもカッコイイ私を特等席で見せてやる……。

 

 (うん♪)

 

 目の前で清霜が笑っている姿が見えた気がする、私に霊感なんてあったのか?

 だけど、たとえ幻だとしても、お前の笑顔が見れたのがとても嬉しく、そして誇らしい。

 初めて戦艦でよかったと思えたよ。

 ありがとう……清霜……。

 

 「そうだろうそうだろう。どうだ、恐れ入ったか?先輩。」

 

 私の言葉に若干呆れたように笑って長門は私にこう言った。

 

 「ああ、恐れ入ったよ。後輩。」

 


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