艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮遠征 4

 三陸沖。

 

 北から寒流の千島海流、南から暖流の日本海流、さらに津軽海峡から対馬海流の分岐流である津島暖流が交錯する複雑な潮境を形成しており、マグロ・カツオ・サバ・アジ・イワシなどの暖流系の魚はもちろん、サケ・マス・サンマ・タラなどの寒流系の魚も密集して、好漁場となっています。

 

 千島海流と日本海流は別名、親潮、黒潮と呼ばれ、呉に所属している親潮さんと黒潮さんの元になった艦の名前の由来になってますね。

 

 呉の男性職員の方が『黒潮と親潮が交わる(意味深)』と言って陽炎型全員から袋叩きにされたことがあると、昨日霞からラインで聞きました。

 

 私には意味がよくわかりません。

 

 私たちが今いるのは宮城県の気仙沼港、他にも漁港はあるんですが護衛できる艦娘の数に限界があるため、漁協が決めたローテーションに従って決められた漁船のみ、一度ここに集まります。

 

 「それでも20隻以上いるんですね……。」

 

 数が制限されているとは言え、港に集まった漁船は20隻以上、まさに船団です。

 

 日が傾き始めたヒトナナマルマルにも関わらず港は人で溢れ、まるでお祭りのような喧騒です。

 

 「大丈夫?朝潮。眠くない?」

 

 満潮さんが心配そうに私の顔を覗き込む、マルゴーマルマルに叩き起こされた私達は、朝食もそこそこに鎮守府を出発、沿岸沿いを哨戒しつつ気仙沼港まで移動し、夜に備えてさっきまで寝ていました。

 

 「曙さん達はどこでしょう?」

 

 「あそこの群れの中じゃない?セーラー服がチラチラ見えるし。」

 

 叢雲さんが指さす方向を見てみると屈強な漁師さんたちと談笑している曙さんが見えた。

 

 あんな顔して笑うのね、あの人。

 

 「曙さ~ん。」

 

 私が名前を呼びながら手を振ると曙さんが私たちに気づいた、でも顔がみるみるうちに青ざめて……。

 

 「ひぃ!朝潮!」

 

 いや、私を見るたびに怯えないでくださいよ、私何もしてないじゃないですか。

 

 「あん?朝潮だと!?」

 

 「ぼのたんをイジメてたっていうアイツか!」

 

 私の名前になぜか反応した漁師さんたち十数人が、曙さんの前に壁を作るように立ちふさがって来た。

 

 「アンタかい、俺らのアイドルをイジメてたって言う性悪は。」

 

 いえ、イジメた事なんてありません、まともに話したのも昨日が初めてです。

 

 って言うかアイドルって何ですか?

 

 「こんな大人しそうな子がイジメとはなぁ、女は怖ぇや。」

 

 むしろ私が貴方達にイジメられてるような気がしますが?

 

 「言っとくけどな!俺らのぼのたんに何かしようもんなら三陸全域の漁師を敵に回すと思えよ!」

 

 もう面倒くさくなってきたな、神風さんが魚雷でどうにかすると言ってた気持ちが少しわかりました。

 

 「ちょっとちょっと!その子は違うの!私が言ってたのはその子の先代で……ってかイジメられてないから!」

 

 漁師さんたちをかき分けて、私の前に出てきた曙さんが両手を広げて私を庇ってくれた。

 

 もうちょっと早く出て来てもよかったんじゃないですか?

 

 「そうなのか?ぼのたん。」

 

 「ぼのたんが言うんならそうなんだろ。悪かったな嬢ちゃん。」

 

 「いやいや、ぼのたんは優しいからな。コイツを庇ってるのかもしれないぜ?」

 

 漢気の塊みたいな見た目の人たちが『ぼのたんぼのたん』と連呼する光景はなんだか寒気がしてきますね。

 

 「なるほど!さすがぼのたん!」

 

 「嬢ちゃん、ラブリーマイエンジェルぼのたんに感謝しろよ?」

 

 なんですかそれ、どこかの魔法少女ですか?

 

 「もう!それやめてっていつも言ってるでしょ源さん!」

 

 どこかの大工さんみたいな名前ですね、本職が大工だったりしません?

 

 「んな謙遜すんなよぼのたん。」

 

 「そうそう、本当にイジメられてるんなら言えよ?ぼのたんのためなら横須賀と戦争だってしてやっから。」

 

 それは司令官に害を及ぼすと捉えてよろしいでしょうか、よろしいですね?ならば戦争です。

 

 「やめなさい朝潮。シャレにならないから。」

 

 連装砲を向けようとした私の右手を満潮さんに掴まれた、離してください、この人たちは敵です!

 

 「朝潮ってこんなに血の気多かったっけ?」

 

 いいえ叢雲さん、私の血圧は普通です。

 

 「網元!この辺でアレいっときましょうぜ!」

 

 「おうアレか!よし、野郎ども整列!」

 

 《うっす!》

 

 十数人の漁師さんたちが曙さんの両脇に単縦陣を二列形成した、輪形陣っぽい複縦陣と言った方がいいのかしら?

 

 そして中央の曙さんにはマイクが手渡される、貴女が何か歌うんですか?

 

 「それではお聞きください、海ぶしの替え歌で『ぼのぶし』!」

 

 網元と呼ばれた人の合図でどこからともなく曲が流れ始め、港に漁師さん達の合いの手が響きだした。

 

 《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!》

 

 曙雪浪 かいくぐり

 

 船に連れそい 敵を撃つ

 

 髪を束ねる 髪留めに

 

 しばしの別れと 思い込め

 

 ヤンアレサー《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!》

 

 追分(おいわけ)の 海でサンマとる

 

 ヤンアレサー《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!》

 

 男衆は 君に恋をする

 

 なるほど、ぼのたんと連呼する合いの手以外は割とまともですね、曙さんもこぶしの利いたいい歌声です。

 

 知らずに聞いていたら気分が高揚してたかもしれません、ですが……。

 

 「撃ちます。」

 

 「気持ちはわかるけどやめなさい!気持ちはすんごくわかるから!」

 

 止めないでください満潮さん!漁師さんたちが、ぼのたんぼのたんと拳を振り上げながら合唱してるんですよ?こんな光景見せられて撃つななんて無理です!

 

 「当の曙は照れと恥ずかしさでオロオロしてるけど。」

 

 叢雲さんが苦笑いしながら曙さんを見てる、オロオロするくらいなら歌わなきゃいいのに!こんなの毎回やってるんですか!?

 

 「もう!そろそろ時間でしょ!皆さっさと船に乗りなさい!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 漁師さんたちが一斉に敬礼し各々の船に散っていく、セリフは怒ってる風ですけど顔がニヤケてますよ?本当は嬉しいんでしょ。

 

 「私コレ知ってる、釣りサーの姫でしょ。」

 

 「釣りじゃないでしょ、漁サーになるのかしら?」

 

 どっちでもいいですよそんなの……。

 

 「ほらほら、アンタ達もボケっとしてないで海に出て!出撃よ!」

 

 今まで貴女のせいで時間を食ってたんですけど?

 

 海に出ると、曙さんを除いた七駆の三人がすでに洋上で待機していた。

 

 あの騒ぎになると知ってて逃げてたのね。

 

 「ごめんね朝潮、前もって言っとくべきだったね。」

 

 朧さんが申し訳なさそうに謝罪してくる、ホントにそうですよ、おかげで私は身に覚えのないイジメの犯人にされたうえに曙さんを讃える歌をステレオで聴かされました。

 

 「まあ、ここからもう一回騒がしくなるんだけどね……。」

 

 そう言って漣さんが遠い目で夜空を見上げる、まだ何かあるんですか……正直もうお腹いっぱいです……。

 

 「すみません!ホントすみません!」

 

 潮さんはひたすらペコペコと頭を下げている、そこまでされると怒る気が失せてしまいますよ……。

 

 そこでふと、さっきまでの喧騒が嘘のように港がシーンとしている事に気づいた。

 

 夕日を背景に居並ぶ漁船、その先頭で右手に持った大漁旗を風にはためかせて船団と向き合う曙さん。

 

 いったい何が始まるの?

 

 私たちが見守る中、沈黙を打ち破るように、その小柄な体からは想像できないほどの声量で曙さんが言葉を紡ぎだした。

 

 「只今をもってアンタ達はダメ亭主の仮面を脱ぎ捨てる!アンタ達はサンマ漁師だ!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 「兄弟の絆に結ばれる。アンタ達のくたばるその日まで、どこにいようと漁師仲間はアンタ達の兄弟だ!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 「多くは漁場へ向かう。ある者は二度と戻らない。」

 

 いや戻りますよ、そのための護衛ですよ?

 

 「だが肝に銘じておきなさい!漁師は魚を捕る。日本の食卓を彩るために我々は存在する!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 「日本の食卓に魚は不滅である。つまり!アンタ達も不滅だ!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 そこで一度言葉を切り、胸いっぱいに息を吸い込んで曙さんは雄たけびの如く叫びをあげた。

 

 「野郎共!!アンタ達の特技は何だ!」

 

 《棒受け網!棒受け網!棒受け網!》

 「この漁の獲物は何だ!」

 

 《サンマ!サンマ!サンマ!》

 「アンタ達はサンマを愛しているか!三陸沖を愛しているか!!」

 

 《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!フォオオオオオオオオ!!!》

 

 「よし!それでは全船舫い(もやい)を解け!曙の水平線に、大漁旗を掲げに行くぞ!」

 

 《オオオオオオオオオオオオ!!!!》

 

 気仙沼港に漁師さん達の雄叫びが響き渡る。

 

 迸る熱気がここまで伝わってくるわ、士気は最高潮、コンディションもよさそう。

 

 何も知らずに見たら感動すら覚えたかもしれないわね……。

 

 だけど……。

 

 「撃ちます。」

 

 「撃つな!わかるわよ?撃ちたい気持ちはすごくわかるの!でも撃っちゃダメ!絶対!」

 

 「怒らないで朝潮!気持ちはわかるから真顔で怒るのはやめて!」

 

 満潮さんと叢雲さんに二人がかりで羽交い絞めされた私は撃つことを断念、今なら全船沈められるのに!

 

 怒りのぶつけ所を見つけられないまま港を出港し、船団を中心に七駆と私達で輪形陣を形成した一団は、三陸沖の漁場に到達すると魚群探知機でサンマの群れを探し始め、見つけたら集魚灯をつけながら輪形陣の範囲内で移動を開始した。

 

 サンマが光に集まる修正を利用した『棒受け網漁』の始まりだ。

 

 魚群に近づいたら船の右側の集魚灯だけを点けサンマを右側に誘導し、その間船の左側では網を敷き準備する。

 

 準備ができたら右側の集魚灯を後ろから順番に消すと同時に左側の集魚灯を前から点けていきサンマを網の方に誘導する。

 

 サンマを左側に集めたら赤色灯を点け興奮状態のサンマを落ち着かせ、網の中で群れ行動をとらせ、網の中で、サンマが群れ行動をとったら網を手繰り寄せ、氷を混ぜながら魚 倉にいれる。

 

 これが棒受け網漁な主な流れとなります。

 

 ただし、艦娘が護衛するようになった事で、漁師さんたちも予想しなかったメリットができました。

 

 艦娘がソナーで群れを探し、探照灯の光で群れを船団まで誘導するようになった事で、最初以外は群れを追って移動する手間が減ったのです。

 

 この役をやるのは主に曙さん、この任務を仕切ってるのは伊達ではないようで、見事な手際でサンマを船団まで誘導していきます。

 

 「ぼのたーん!そろそろ船がいっぱいになりそうだー!」

 

 曙さんに網元と呼ばれていたゴツイ漁師さんが曙さんに向かって叫ぶ、後は漁港に戻るだけね、着いたらマルロクマルマルくらいかしら。

 

 「何もなかったですね。」

 

 襲撃がなくて退屈だと言っていた荒潮さんの気持ちが少しわかったかも、漁港で受けたストレスがまったく発散されなかった……。

 

 『何もないに越したことはないでしょ。』

 

 呆れたように言ってますけど満潮さんも退屈なんじゃないですか?声に張りがないですよ?交代しながらとは言え10時間近く見張りしかしてなければ仕方ないとは思いますけど。

 

 『曙!電探に感あり!東から曙の方に向かってる!』

 

 通信で朧さんが敵の襲来を告げる、狙われてるのは探照灯をつけたままの曙さんだ。

 

 『あとは帰るだけだってのに!漁船に指一本でも触れたらマジで怒るから!あり得ないからっ!』

 

 船団から一人離れていた曙さんが、南東へ向けて移動を開始、一人で敵を引き付ける気なの!?無謀すぎる!

 

 「満潮さん!叢雲さん!」

 

 『わかってる!朧!七駆で船団を護衛して港に戻って!私たち三人で敵を潰して曙を連れ帰るわ!』

 

 『改装された叢雲の力、いよいよ戦場で発揮するのね! 悪くないわーっ!』

 

 満潮さんと叢雲さんもやる気満々ね、実は暴れる機会を待ってたんじゃ?

  

 『ちょっと何を勝手に!って痛!クソ!たかが主砲と魚雷管と機関部がやられただけなんだから!』

 

 いや、それダメでしょ。

 

 機関がやられたら速度落ちちゃいますよ、急いで助けないと。

 

 幸い探照灯は消えていない、曙さんの位置はわかる!

 

 「曙さん!狙われついでです!敵艦隊を照らしてください!」

 

 このままじゃ曙さんの位置はわかっても敵の位置がわからない、曙さんには悪いけど敵に探照灯を向けてもらうしかない。

 

 『アンタ無茶苦茶言うわね!私に死ねって言うの!?』

 

 「当たらなければ平気です!早く!」

 

 「朝潮が神風さんみたいな事言いだしちゃった……。」

 

 「心中察するわ満潮、養成所に居た頃はこんなじゃなかったのに……。」

 

 私の後ろについた二人が好きかって言ってくれる、私は神風さん程酷い事言ってませんししてません!

 

 『あーもう!次から次へと……こっち来んな!』

 

 曙さんの探照灯の光で敵艦隊が照らし出される、敵は駆逐艦イ級が4、数だけなら互角。

 

 さてどうする?満潮さんの実力は知ってるけど、私は叢雲さんの実力を知らない……私と満潮さんで突っ込んで叢雲さんに援護してもらうか……。

 

 「朝潮、アンタの好きにやりなさい。合わせてあげるわ。」  

 

 「私は射撃はそこまでじゃないけど近接戦なら自信がある。トビウオも使える。参考にして。」

 

 満潮さんと叢雲さんの意見を取り入れ戦術を考える、叢雲さんもトビウオが使えるなら……。

 

 「満潮さんは私と叢雲さんを援護しつつ曙さんの救助を、叢雲さんは敵中央に突撃して艦隊を分断してください!」

 

 「「了解!」」

 

 二人の返事とともに突撃を開始、敵との距離は500もない。

 

 「曙さん!右に舵をとって大きく旋回してください!満潮さんがそっちに行きます!」

 

 『回避で精いっぱいなんだけど!?ええい!やってやろうじゃない!後で覚えてなさいよ!』

 

 私を見ただけで怯える曙さんとは思えないセリフですね。

 

 「叢雲さん!」

 

 「OK!行くわ!」

 

 距離が100を切ったところで叢雲さんがトビウオで急加速、横腹をこちらに向けている敵艦隊中央へ主砲を撃ちつつ突撃して行く。

 

 実際の艦ならT字不利だけど、目の前のイ級は口の中に主砲があるためむしろこっちが有利。

 

 「私の前を遮る愚か者め。沈めっ!」

 

 トビウオで加速した叢雲さんがアームで繋がった主砲で最後尾のイ級を牽制しつつ一つ前のイ級に槍を突き刺した。

 

 「海の底に、消えろっ!」

 

 槍を引き抜き、後ろへトビウオで退避すると同時に魚雷を発射、三番目のイ級を撃破した。

 

 残り三隻、私は稲妻5回で二番目のイ級の背後に回り込み砲弾を叩きこみ撃破、踵を返して叢雲さんの援護に回る。

 

 「満潮さん!そっちはどうですか!?」

 

 探照灯に照らされた旗艦のイ級に砲弾が殺到してるのが見える、射角からして曙さんと合流できてるみたいね。

 

 「問題ないわ。まったく、手ごたえのない子!」

 

 旗艦のイ級が爆炎に飲み込まれる、おそらく魚雷が命中したのね。

 

 「朝潮!イ級がそっちに行ったわ!」

 

 叢雲さんの脇をすり抜けたイ級が私に迫ってくる、破れかぶれの特攻?

 

 私は砲撃を稲妻と水切りで躱しつつ接近、距離50ほどで魚雷を2発発射し、同時に稲妻で左後方に飛ぶ。

 

 ドドーーン!!

 

 魚雷が命中しイ級が炎に包まれる。

 

 「ま、当然の結果よね。イ級ごときに遅れはとらないわ。」

 

 「まだです、確実に撃沈できてるか確認を。」

 

 叢雲さんが槍を肩にかけ炎を睥睨するように見つめる、アームに繋がれた連装砲は向けたままだから油断しているわけではなさそうね。

 

 「真面目なところは相変わらずなのね。少し安心したわ。」

 

 「まあ、痛い目見てるからねこの子。」

 

 そうです、仕留めたと思い込むのが一番危ないことを私は身をもって知っています。

 

 「大丈夫そうね、イ級4隻の撃沈を確認したわ。」

 

 「わかりました。満潮さん、曙さんは無事ですか?」

 

 探照灯の光に顔をだけ向けて満潮さんに問いかける、光がフラフラしてるわね、大丈夫かしら。

 

 『機関がやられてるから曳航するしかないわね、曙本人は軽い火傷程度よ。』

 

 「了解、私がそちらに合流します。叢雲さんは一足先に船団と合流してください。」

 

 「OK、任せときなさい。」

 

 叢雲さんと別れ満潮さん達と合流するなり曙さんに睨みつけられた。

 

 「なんでこっちに来たの!私なんて放っておいて船団に合流してよ!」

 

 「そうはいきません。貴女を曳航している間、満潮さんが無防備になってしまいますから。」

 

 船団はすでに港からそう遠くない位置まで戻ってるし、叢雲さんも向かわせてるからこちらより危険度は低い。

 

 「だったら満潮も行ってよ!私は一人で帰れるから!」

 

 いや無理でしょう、機関は大破寸前で脚を維持できてるのが不思議なレベル。

 

 しかも主砲と魚雷菅も使用できるような状態じゃない、襲われでもしたら戦死は不可避です。

 

 「却下です、恨むなら敵襲来時に一人で突っ走った自分を恨んでください。」

 

 せめてあの時点で誰か一人でも曙さんと一緒に居ればここまで被弾しなくて済んだでしょうに。

 

 「うるさい!責任者は私よ!私の指示に従いなさい!」

 

 責任感が強いのですね、自分の命よりも任務の成功を優先しますか。

 

 いや、違うわね。本当に優先してるのは漁師さん達の命か。

 

 ですが万が一、貴女が戦死すれば司令官が悲しみます。

 

 司令官を悲しませないために、例え漁師さん達を見殺しにしても貴女は連れ帰ります。

 

 その結果貴女に恨まれたとしても。

 

 「秘書艦権限で拒否します。現時刻をもって駆逐艦曙に与えられた指揮権を全て剥奪。以降、私の指示に従って貰います。」

 

 曙さんが目を見開き口をパクパクさせて何か言おうとしている、まあこんな言い方じゃ納得なんて出来ませんよね。

 

 「朧さん、漁師さん達の様子はどうですか?」

 

 『曙と同じ事言ってるよ。俺たちのことは放っておいてぼのたんを助けに行ってくれ。だってさ。』

 

 予想通りですね、これだけ愛されてるんですから貴女は無事に帰らないとダメですよ。

 

 「曙さんも聞こえましたね?漁師さん達の安全のためにも、大人しく従ってください。」

 

 満潮さんに肩を貸された曙さんがうつむきならうなづく。よかった、下手をすると漁師さん達がこっちに来かねないもの。

 

 「朧さん、くれぐれも漁師さん達を勝手に動き回らせないでください。曙さんの救助は完了しましたから。」

 

 『了解。曙の事、よろしくね。』

 

 曙さんの刺すような視線を背中に受けながら気仙沼港に私達が着いたのはマルナナマルマルを少し過ぎたくらい、桟橋に漁師さん達が集まってるのが見えるわね。

 

 「おーい!帰ってきたぞー!」

 

 集まってる漁師さんの一人が港に向かって声を張り上げる、けっこうな人数が集まってるけどサンマの水揚げは終わったのかな?

 

 「大丈夫か、ぼのたん!ボロボロじゃねぇか!」

 

 「こっちの二人はかすり傷一つついちゃいねぇな、まさかぼのたんを囮にしたんじゃねぇだろうな!」

 

 桟橋に上がった途端漁師さん達に詰め寄られた、だいたい合ってるから言い返しづらいわね、どうしよう。

 

 「これは私がドジっただけよ、この二人は関係ないわ。」

 

 「そうなのか?でもそれにしちゃぁ……。」

 

 「いいから!それにまだ水揚げの途中でしょ!」

 

 そう言って漁師さん達を追い払う曙さん、まだ怒りは収まっていないみたいね。

 

 「助けてくれたことには礼を言うわ、ありがとう……。」

 

 私と満潮さんに背を向けたままそう言うと、曙さんは港の方へ走って行ってしまった。

 

 「嫌われちゃいましたね……。」

 

 「気にすることないわ、曙だってわかってくれてるわよ。」

 

 満潮さんが私の頭を撫でてくれる、私の方が少し背が高いから腕が辛そう。

 

 「でも、私が曙さんの指示を拒否したのは個人的な理由からですよ?」

 

 すべては司令官のため、そのために曙さんが命がけで守ろうとしてる人たちを見捨てる事さえ考えた。

 

 「ソレは言わなくていいの。実際、漁船を守るより曙を無事に連れ帰る方がメリットは大きいんだから。司令官的にも鎮守府的にもね。」

 

 あの人を悲しませないためなら私は何でもする気です、この決意だけは何があっても揺るがない。

 

 だけどやっぱり……。

 

 「嫌われるのは苦手です……。」

 

 胸を罪悪感が締め付ける、満潮さんはこれに似たような思いをし続けて来たんでしょうか……。

 

 「すぐ慣れるわよ、私みたいに。」

 

 左目でウィンクしながら私の頭をポンポンと叩く、それは私も満潮さんみたいになると言うことでしょうか?

 

 『朝潮、満潮!今どこに居るの?』

 

 通信で叢雲さんが呼んでる、何かあったのかしら。

 

 「まだ桟橋ですけど、何かあったんですか?」

 

 『曙が朝ご飯にしようってさ。あ、そこに居たのね。私が手振ってるの見える?』

 

 水揚げが行われて居る場所から南に少し行った辺りで叢雲さんが手を振ってるのが見えた、そこに行けばいいんですね。

 

 「海から行きましょ。そっちのが早いわ。」

 

 そう言うやいなや満潮さんが海に飛び降り、私も後に続く。

 

 漁師さん達の居るところは通りたくないものね、曙さんをイジメてると思われてるし。

 

 私達が叢雲さん達が待つ場所に着くと、曙さんが段ボールで囲んだ七輪でサンマを焼いているところだった。

 

 脂がのってて美味しそう、見てるだけで口の中に涎が溢れてくる。

 

 「採れ立てのサンマの塩焼きよ。こんな贅沢、漁師でもやってなきゃ味わえないんだから。」

 

 「私は食べ飽きちゃったけどね~。」

 

 お盆に人数分のオニギリを載せて来た漣さんが曙さんの隣に腰を下ろす。

 

 「じゃあ漣はいらないのね?」

 

 「いらないとは言ってないよ!ぼのたんのいけず~!」

 

 曙さんもお料理出来るのね、焼くだけだから私でも出来るかな?

 

 「漁港だから漁師飯が食べれるの期待してたんだけど?」

 

 そう言う割には七輪の上で焼かれるサンマに熱い視線を注いでますね叢雲さん、涎が少し垂れてますよ?

 

 「ぼのたんは塩焼きしか作れないからね、しかたないね。」

 

 「うっさいわよ漣!焼き加減とか難しいのよコレ!」

 

 難しいのか……なら今のうちによく見て焼き加減を覚えておかないと。

 

 「そ、それと朝潮!」

 

 なんでしょうか、ウチワで七輪をパタパタしながら曙さんが目を逸らしつつ私に話しかけてきた。

 

 「皆がアンタのこと悪く言うのは、私がアンタの先代に叱られた話が変な風に広まっちゃったせいなの……。誤解は解いとくわ……。」

 

 つまり私は先代のとばっちりを受けたわけですね、でも元を正せば曙さんが司令官をクソ提督と呼んだせいなんじゃ?

 

 「だからその……。指揮権返して!お願いだから!」

 

 そういえば剥奪したままでしたっけ……でもどうしよう、そもそも……。

 

 「アレは嘘です。秘書艦にそんな権限あるのかどうかも知りません。」

 

 実際どうなのかな?帰ったら司令官に聞いてみよう。

 

 「は、はぁ!?嘘ってアンタ……。」

 

 「ああでも言わないと曙さんホントに私達を帰しちゃったでしょ?」

 

 曙さんが呆れとも怒りともとれる何とも言えない顔をしてるわね。

 

 「呆れた……怒る気も失せるわ……。」

 

 はぁ~っとため息をつきながらもサンマの調理はしっかり行う、サンマのひっくり返し方が手馴れてるわね。

 

 「出来たわ、それ食べたら帰るわよ。」

 

 曙さんがぶっきら棒にサンマが載せられた紙皿を差し出してくる、立ち昇る湯気と香ばしい匂いにゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 

 「アンタ、サンマの綺麗な食べ方知ってる?」

 

 「いいえ知りません、そんなのあるんですか?」

 

 「当たり前でしょ、他の魚でも応用できるから覚えておいて損はないわ。」

 

 曙さんが言うには、まず頭から尻尾に向かった背骨に沿って水平に箸を入れ、表面の上半分をいただきます。

 

 皮も残さず食べるのが基本、パリパリしててとても美味です。

 

 身の上半分を食べ終えたら下半分へ、肝の部分はお皿の端によけておきましょう。

 

 これがたまらないという人も、苦手な人も多いので残してもマナー違反とはならないから安心していいとのことです。

 

 表側を食べたら裏返してはいけません!背骨を外してそのまま裏側の身を食べます。

 

 背骨は頭の付け根を箸で押すとポキッと簡単に外れます、手を使っても外してもいいそうです。

 

 これでお皿の上に残るのは頭と背骨だけになります、内臓が苦手な人は内臓も残っちゃいますね。

 

 「やりました!綺麗に食べれました♪」

 

 綺麗に食べれるだけで嬉しいものですね、思わず胸の前で小さくガッツポーズしちゃいました。

 

 満潮さんと叢雲さんも無心でサンマに貪りついてる。

 

 なんだか二人ともネコに見えるわね、私個人の感想ですけど。

 

 「美味しい上に嬉しいでしょ。」

 

 七輪の反対側でサンマを焼き続ける曙さんが私を見てニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

 「ええとっても、何皿でもいけちゃいそうです♪」

 

 「まさに大勝利ね!私に十分感謝しなさい、朝潮!」




 なんとか日付が変わるまでに間に合った……。

 

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