朝潮遠征 1
遠征任務。
本来の意味の遠征は敵を討つために遠くまで出かける事だけど、鎮守府では少し意味が異なり、船団護衛やボーキサイト輸送任務、近海の哨戒も 遠征任務に含まれます。
遠くに行くって意味では同じだけど『おつかい』って揶揄する人もいるくらいです。
「大切な任務だと思いますけどね。」
「そりゃそうよ、艦娘なしで航海しようものならたちまち深海棲艦の餌食よ?」
山の木々が紅く染まりだした9月下旬、私たちが今就いているのはタンカー護衛任務。
もっとも、今はまだタンカーとの合流地点へ向け移動中だけど。
タンカー護衛任務とは、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、南シナ海、バシー海峡を抜けるシーレーンを石油を満載にして運んでくるタンカーを東南アジアの各泊地の艦娘がリレーをするように護衛を続け、バシー海峡を過ぎたあたりで佐世保の駆逐隊と洋上で交代し、後はタンカーの行先によって各鎮守府の駆逐隊が佐世保の駆逐隊と交代して護衛を続ける任務です。
今回は横須賀行きなので私たちの出番なわけです。岩国基地で補給を済ませた後、鹿児島沖まで移動し、現在護衛中の二十七駆と交代します。
護衛してるのが二十七駆と聞いて満潮さんが若干嫌そうな顔をしてたけど、苦手な人でもいるのかしら?
「泊地の子達に比べたら楽な仕事だけどねぇ。」
「あの辺は激戦区だからね、シーレーンを守るためにみんな必死だよ。」
資源のない日本にとって石油を運ぶタンカーが通るシーレーンは生命線と言っていい、その生命線を各泊地の艦娘達が死守している。
艦種問わず、損耗率が激しいと聞いたことがあるわね。
「シーレーンを取り戻すためにかなりの数の艦娘が犠牲になったって聞いたことがあるけど?」
「満潮ちゃんが言ってるのってシーレーン奪還作戦の事でしょう?私も聞いた事あるわぁ。」
え~とたしか7年前だっけ、佐世保主導で全艦娘の3割を投入した一大反攻作戦だったって座学で習ったけど。
「姉さんも当時の第八駆逐隊を率いて参戦したらしいよ、大潮の先々代もその時の作戦で戦死したって聞いたなぁ。」
さぞ激しい戦闘が繰り返されたんでしょうね……その当時に比べたら、私たちの現状はぬるま湯と言われても反論できないかも……。
「ここが合流地点よねぇ?船影が見えないんだけどぉ?」
ホントだ、タンカーの大きさを考えればもう見えていてもおかしくないのに影も形もないわ。
「時間は合ってるね……。満潮、二十七駆に連絡取ってみて。」
「もうやってる、ちょっと待って。」
何かあったのかしら……もしかして敵の襲撃を受けた?
「ええ、じゃあ平気なのね?うん、わかった向かうから現在位置を教えて。」
「襲われてたの?」
「敵駆逐隊の襲撃を受けたらしいわ。でも撃退はしたってさ。」
やっぱり敵の襲撃を受けていたのね、近海とは言え敵の襲撃はあるから艦娘による護衛は欠かせない、このせいで特に駆逐艦は毎日大忙しだ。
「念のため合流してくれってさ、ここから10海里ほど先を航行中らしいわ。」
「わかった、警戒レベルを一つ上げるよ。最大船速で二十七駆と合流する。」
大潮さんの号令で針路と速度を変え航行再開、二十七駆が護衛しているタンカーを目掛けて猛然と突き進む。
20分もしないうちに水平線にタンカーらしき船影が見えて来た、ここから見る限りだと被害はなさそうだけど……。
ん?タンカーの方から誰か向かって来る、時雨さんと同じ白露型の制服だけど髪型も色も違う、アレは……白露さん?
『あ!なんだ大潮達か、敵かと思って撃っちゃうところだったよ!』
「敵艦隊に一人で突撃?相変わらず無謀ねアンタは。」
「いやいや、一番艦としてはやっぱ一番に突っ込まないとね!こればっかりは時雨には譲れないよ!」
通信じゃなくても声が届く距離まで近づいた白露さんが満潮の質問に答える、なるほど一番艦は一番に突っ込まないといけないのか。
「朝潮ちゃんはマネしちゃダメよぉ。一番艦だからって突っ込むのは白露ちゃんくらいなんだからぁ。」
参考にしようとした途端ストップをかけられちゃった、私の実力じゃまだまだダメか。
「アナタが朝潮?大会の時は自己紹介できなかったけど、さすが一番艦だね!私と同じくらい威厳を感じるよ!よろしくね♪」
なんか陽炎さんにも似たような事言われた気がするけど……私に威厳があるとは思えないんだけどなぁ……。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
「白露、襲われたって聞いたけど被害は?大丈夫だったの?」
「うん、平気平気。パパっとやっつけちゃったよ。」
心配そうな大潮さんとは対照的に陽気に答える白露さん、まあ二十七駆は佐世保のトップ駆逐隊だし近海に出て来る敵くらいなら余裕なんでしょうね。
「念のために横須賀まで護衛を継続しろって指示が出てるから、このまま同行するよ。」
「ありがとう、じゃあ白露達はタンカーの上で待機しててよ。何かあったら呼ぶから。」
「オッケー、じゃあ一足先に時雨達の所に戻ってるね。」
大潮さんとこれからの打ち合わせを軽く済ませた白露さんがタンカーの方へ手を振りながら戻って行く。
明るい人だなぁ、悩みとかなさそう。
「大潮たちも行くよ。ただし警戒は緩めないで。」
タンカーと合流した私たちは護衛を二十七駆と交代し、二十七駆の4人はタンカーへ乗り込んで行った。
「このまま何事もなければいいですね。」
「油断しちゃダメよ、私たちが失敗したらここまで護衛して来た子達の努力が無駄になるんだから。」
満潮さんの言う通りだ、東南アジアだけで3カ所の泊地の艦娘が護衛に係わっている。
私たちが失敗すればそのすべてが水泡に帰す、『おつかい』なんて言ってられないわ。
「まあ気張り過ぎるのもよくないから、いつも通りにね。」
「はい!」
結局、二十七駆が襲われた以外に襲撃は無く。
タンカーは無事横須賀港に入港し、私たちのタンカー護衛任務は成功に終わった。
荒潮さんは『襲撃がなくて暇ぁ~』とか言っていたけど、私は無事に横須賀に戻れた事に心底ホッとしました。
「白露達はこれからどうするの?佐世保にトンボ返り?」
「護衛して来たタンカーと一緒に戻って来いってさ、タンカーが出港するまでは横須賀で待機だね。」
タンカーも石油を運んで終わりじゃないものね、運び終わったらまた戻らないといけないんだから当然護衛も必要になる。
「と言うわけでしばら厄介になるからよろしくね満潮♪」
「ホントに厄介よ!引っ付くなこの変態!」
満潮さんに抱きつこうと近づく時雨さんを満潮さんが連装砲を向けて威嚇してる、そんなに嫌わなくても……お友達じゃないんですか?
「なんなら私達が訓練見てあげようか?なんせ今年の大会の優勝駆逐隊だし!」
そう言えば決勝に残った私達と十八駆が揃って失格になったから、三位決定戦で勝った白露さん達が繰り上げで優勝したんでしたね。
「繰り上げ当選が何言ってるのよ!なんならここで白黒つける?コイツもぶっ飛ばしたいし!」
連装砲で威嚇されようとお構いなしに抱きつこうとしてる時雨さんから必死で逃げ回る満潮さん、艤装背負ったまま走って疲れませんか?
「やっぱり私は一番の神様に愛されてるわ♪私こそいっちば~ん!」
一番の神様ってなだろ?世の中には色んな神様がいるのね。
「気にしちゃダメよぉ、アレは白露ちゃんの鳴き声みたいなものだから。」
なるほど『いっちば~ん』は鳴き声だったんですね、霰さんの『んちゃ』と比べると可愛げに欠けるけど。
「ねえ、この子信じちゃってない?」
「朝潮ちゃんは純粋だからぁ♪」
「騙されやすいだけだと思うのは私の気のせいかな?」
荒潮さんと白露さんが好き勝手言ってますが私はそこまで騙されやすくありません。
世情に疎いだけです!
「ねえ大潮、私たちってどこの部屋で寝たらいいの二駆の部屋?」
「僕は満潮と同じ部屋でいいよ。と言うか同じ部屋がいい!」
「私が嫌よ!こっち来んな!触んな!」
二駆って言うと村雨さん達だっけ、やっぱり同じ艦型同士仲がいいのかしら。
「それでもいいとは思うけど狭いよ?こうゆう時用の空き部屋があるからそっちに案内しようと思ってたんだけど。」
「じゃあそっちで、有明、夕暮、時雨引っ張ってきて~。」
「「は~い。」」
初春型の有明さんと夕暮さんが、時雨さんを羽交い締めにして満潮さんから引き剝がそうとするけどなかなか手を離さない。
「僕と満潮の仲を引き裂こうとするなんて、君たちにはガッカリしたよ!」
満潮さんは本気で嫌がってるように見えるけど……ホントに仲いいの?
「私はアンタにガッカリしてるわよ!ちょ!スカート引っ張らないで!」
おお!懐かしい水色の下着が見えそう!ってそうじゃないわね、助けた方がいいのかな?でも満潮さんの態度が照れ隠しって可能性もなくもない訳で……悩ましいわね……。
「そこで変な気使ってるバカ!助けなさいよ!」
バカ?誰のことでしょう、人をバカ呼ばわりしちゃいけませんよ?
「離れないんなら満潮ごと連れて行っちゃっていいよ?」
「満潮ちゃんも嬉しそうだしねぇ。」
「アンタ達目が腐ってるんじゃないの!?何処をどう見れば嬉しそうに見えんのよ!」
なんだやっぱり照れ隠しなじゃないですか、心配して損しました。
「朝潮ちゃん、悪いけど司令官に戻ったって報告だけしといて。報告書は後で持って行くから。」
なんという幸運!いや大役!堂々と司令官にお会いできるなんて嬉しすぎます!
「お任せください、全力で司令官とお話ししてきます!」
「ちょっと待って朝潮!お願いだから助けて!助けてよぉぉぉぉ!」
何を話そうかしら……特に変わった事はなかったし……。
「残念だったね満潮、朝潮の耳に君の声は届いてないみたいだよ?」
「耳元で囁かないでよ気持ち悪い!私にそっちの気はないって言ったでしょ時雨!」
そうだ!岩国基地に寄ったって言ったら故郷話に花を咲かせてくれるかもしれないわ!
「ねえ大潮、朝潮って実はバカだったりしない?」
「普段はまともなんだけどね、司令官が絡むとバカになっちゃうんだよ。」
「大潮ちゃんも白露ちゃんも酷いわぁ。恋する乙女なら当然の反応よぉ。」
「このままじゃ私、乙女じゃなくなりそうなんだけど!?無視してないで助けなさいよ!」
よし!これでいこう!そうと決まれば執務室へ急がなければ!
「ひぃぃぃ!首筋を舐めるのやめて!マジやめて!」
任務終わりで疲れているはずなのに足が羽のように軽い、執務室まで飛んでいけそうなほどだわ。
「さあ満潮、一緒に天国へ羽ばたこう?」
「一人で逝け!私にとっては地獄よ!」
待っていてください司令官、今すぐ行きます!
「もう待てないよ満潮、今すぐ部屋に行こう!」
「絶対に嫌ぁぁぁぁ!朝潮ぉぉぉ!朝潮助けてぇぇぇ!」
後ろで満潮さんが呼んでるような気がしますが足を止める訳にはいきません!司令官が私を待ってるんです!
ああ、頬が紅潮していくのわかる。
「ああ、君と触れてるだけ僕の顔が赤くなっていくのがわかるよ満潮。」
「私は逆に真っ青になってるんだけど!?」
執務室近づくにつれ鼓動も激しくなっていく。
「なんだか心臓の鼓動も速いんだ。病気かな?」
「間違いなく病気よ!しかも特殊な!」
ちゃんと話が出来るか少し不安だけど……。
「ちゃんと気持ち良くしてあげれるか少し不安だけど……。」
「すでに気持ち悪いのよぉぉぉぉ!お願いだから離してぇぇぇぇ!」
普段は同じ場所に居てもなかなか会えないんだ、だから……。
「普段は違う場所に居てなかなか会えないんだ、だから……。」
そう、きっとこれは神様がくれた私へのご褒美、堪能しなければ。
不意に訪れた司令官とのひと時を!
「「このチャンス、逃すわけにはいかない!」」
秋の空に満潮さんの悲鳴がこだまする、明日もいい日になりそうね。
夕日に照らされた執務室までの道が、まるで私と司令官のために敷かれた赤絨毯のように見える。
司令官、貴方の朝潮が今参ります。