朝潮型駆逐艦。
正化22年に実戦配備された量産型駆逐艦で、神風型を皮切りに次々と建造された駆逐艦の中でもっとも高い性能を叩き出し、2年前に陽炎型が建造されるまでの長い間、最新鋭として扱われた。
他の艦型と建造時期はほぼ同じなのにね。
朝潮型のほとんどが横須賀所属だったのは私達にとって幸いだったわ、司令官が姉さんにベタ惚れだったのもあるけど、陽炎型が配備されようと私たちの扱いが変わることはなかったし。
そんな横須賀と違って、陽炎型が大量に配備された呉は酷かったらしいわ、呉の提督は性能重視の火力主義で、それまで前線を支えていた駆逐艦たちは陽炎型に役目を奪われるように近海任務ばかりになったとか。
べつに陽炎型が悪いわけじゃないんだけど、霞のプライドはズタズタにされたでしょうね。
十八駆が呉のトップ駆逐隊と言うのは名ばかりで、出撃するのは陽炎と不知火だけなんだもの。
あの子は提督や上位艦種にも遠慮なく物申してたみたいだし、前線に出る事もないのに作戦には口を出してくる生意気な駆逐艦と言われてよく思われてなかったみたい。
まあ、隣にいる霰に聞いて初めて知ったんだけど。
「それでも霞ちゃんは腐らずに頑張ってたよ……。」
「そう、アンタも大変だったでしょ。霞を慰めるので。」
「朝潮姉さんみたいに上手くできなかったけどね……。」
霰に甘える霞ってのも想像できないわね、どんな甘え方するんだろ。
「泣いてる時に……ね?膝枕して頭を撫でてあげるとそのまま寝ちゃうの……。おかげで霰は寝不足になるけど……。」
「ご愁傷様、横須賀に来ればよかったのに。異動願い出さなかったの?」
うちの司令官は呉とは逆に駆逐艦を大事にするから、横須賀に来れば冷遇される事もなかったのに。
実際、横須賀の駆逐艦の待遇は他の鎮守府とは雲泥の差と言っていいし。
「霞ちゃんは司令官にゾッコンだから……。」
「なるほど、霞はダメ男が好きな訳ね。」
「それに面食い……。」
司令官のタイプも逆なら男の好みも逆か、将来悪い男に騙されなきゃいいけど。
「あの優男のどこがいいのか私にはわかんないわ。頼りがいがないじゃない。」
「満潮姉さんも横須賀の提督みたいなのが好み……?」
「冗談やめてよ。でもそうね……呉の提督の外見で中身がうちの司令官ならコロッといっちゃうかもね。」
「満潮姉さん欲張り……。と言うか理想高すぎ……。」
そう?そこまで高くないわよ、むしろ低いくらいだと思うけど?
「それより、霞はこれから大丈夫?朝潮との会話、会場に流れてたんでしょ?」
いや、すでに大丈夫じゃないか。ヒトナナマルマルから始まった大会の打ち上げパーティの会場のど真ん中で、駆逐艦たちに輪形陣でひたすら称えられ続けてる。
なぜか朝潮も一緒に……あれってただの罰ゲームじゃない?
「明日、執務室に来るように言われてるって……。でもきっと大丈夫……。」
「そっか、アンタがそう言うんならそうなんでしょうね……。」
あの子の味方も増えた事だし。
「あ、こんな所にいた。」
「隅っこで何してるのぉ?皆に混ざればいいのにぃ。」
会場の隅で話してた私たちに気づいて大潮と荒潮が寄って来た。
私がこうゆう雰囲気苦手なの知ってるでしょ?きっと霰も苦手なはずよ。
「満潮姉さんが寂しそうにしてたから仕方なく……。」
お~い霰さん?私より先にここに居たのはアンタじゃなかったっけ?ここに座ってるアンタを見つけて来てみたらさっきの話を聞かされたのよ?
「満潮は寂しがり屋のクセに人を遠ざけるからね~。」
いや、別に寂しくないからし遠ざけてもいないから、私から進んで相手しないだけよ。
「霞ちゃんもこんな感じなのぉ?」
「霞ちゃんは駆逐艦とは仲いいよ……と言うか、むしろオモチャにされてる……?」
あの子が他の子と仲いいのにも驚きだけどオモチャ!?いやまあ……アレを見たら納得するしかないけど……まだ輪形陣が続いてるし……。
「朝雲ちゃんたちも来れればよかったのにねぇ。残念だわぁ。」
そうすれば朝潮型姉妹勢ぞろいだったわね、残念だけどしょうがないわ。
「え?来てるよ。ほらあそこ。」
そう言って大潮が指さす先には確かに第九駆逐隊の4人が居た、と言うか輪形陣に混ざってた。
なんでいるのよ、いつ来たの?任務は?堂々とし過ぎてて気づかなかったわ。
「第一海軍区の南端を哨戒してそのままこっちに寄ったって言ってた……。」
知ってたんなら言いなさいよ霰、あの子達があれだけ堂々と混ざってるって事は司令官の許可は得てるんだろうけど。
「そうだ!皆で写真撮ろうよ!朝潮型が勢ぞろいする機会なんて滅多にないしさ!」
「いいわねぇ♪でもカメラなんてないわよぉ?」
「スマホがあるでしょ、あとでお互いのスマホに送ればいいじゃない。」
「でも朝潮ちゃん持ってないわよぉ?」
そういやそうだった、申請すれば支給してもらえるのになんで貰わないのかしら、もしかして支給してもらえる事知らないのかな。
「とりあえず朝潮ちゃんたちと合流しようか、じゃないと写真撮るどころじゃないし。」
そうね、二人とも周りの異常さに抱き合って怯えてるし……。
いや待って?あそこから二人を連れ出すの?陶酔したような表情で『霞ちゃんを称えよ!朝潮ちゃんマジ天使!』って繰り返してる集団の中から?
「私は待ってるわ……あの中に突撃するなんて無理……。」
あんな異常な空間に飛び込むくらいなら深海棲艦の艦隊に突撃した方がマシよ。
「満潮、朝潮型はね、姉妹を見捨てたりしないんだよ!」
いやいや、そうゆうセリフは戦場で言って?なんでキリッとした顔してんの?
「うふふっ♪暴れまくるわよぉ~♪」
待て、また乱闘する気?あの人数相手に?冗談でしょ!?
「宴会より……乱闘ですよ……?」
アンタ普段大人しいの演技でしょ!実は暴れるの大好きなんじゃない!?
「さあ行くよ満潮!臨時編成第八駆逐隊、突撃ーーー!」
「私は行かないって言ったでしょ!手を放せ!私を巻き込むなーーー!」
狂信的な宗教団体と化していた集団に突撃した私たちはなんとか二人を救出したものの、二人を取り返そうと襲い掛かってくる数十人の駆逐艦を相手に大立ち回りを演じる羽目になった。
もう最悪よ、どうつもこいつもゾンビみたいにアーアー言いながら飛びついて来て。
時雨はどさくさに紛れてお尻触ってくるし朝雲たちもゾンビ化してるしで、軽巡の人たちが止めに入って来るまで息つく間もなかったわ。
「痛ぁ~い……コブになってるじゃない……。」
「朝雲ちゃん大丈夫ぅ?満潮ちゃんは容赦ないからぁ……。」
いやいや、朝雲たちを殴り飛ばしてたのって荒潮じゃなかった?私に罪を擦り付けないで。
「いけませんわ~ 頭はデリケートです~ 朝雲姉ぇのツインテールはセンシティブですから~。ね~朝雲姉ぇ。」
訳わかんない事言わないでよ山雲、ツインテールがセンシティブってどうゆう事よ。
「二人とも大丈夫?もう怖い人達は居ないから離れても大丈夫だよ?」
今だに怯えたままの朝潮と霞が大潮にしがみついてる、あんな集団に迫られたら無理もないか……。
「食べられる……私食べられちゃう……。私は美味しくないです……きっと苦いです……。」
ホント食べられそうな勢いだったものね、朝潮のトラウマがまた一つ増えちゃったかしら。
「ホントに?ホントにもういない!?もう称えられない!?」
霞も重症だわ、半泣きで周りを警戒しながら大潮の右足にしがみついちゃって……。
ちょっと可愛いじゃない……。
「写真……どこで撮る……?」
そういやそれが目的で二人を連れ出したんだっけ、どこでもいい気はするけど。
「せっかく呉に来たんだから呉ならではの撮影スポットとかない?」
呉ならではねぇ……鎮守府の景色なんてどこも似たようなものだと思うけど。
「だったら……大和の前で撮る……?」
そういえば呉と言えば戦艦大和か、それがあったわ。
「いいねぇそれ。いい場所があるのぉ?」
「こっち……あそこの埠頭なら……大和の正面を背景に撮れる……。」
大潮にしがみついて離れようとしない朝潮と霞を、残りの7人で輪形陣で囲って埠頭まで移動すると先客の影が見えた。
士官服姿の男性二人、司令官?もう一人は呉の提督かしら。夕日に照らされた大和の前で男二人で逢引き?
「くんくん……この匂いは……司令官!」
ビクビクしながら下を向いて歩いていた朝潮が見もせずに司令官に気づいた、匂いってなによ、犬か!
「しれいかーーん!!」
さっきまでの怯えた姿はどこへやら、目をキラキラさせて司令官の元へ走って行ってしまった。
「え?司令官が居るの!?」
霞も自分の所の司令官に気づいた、この子は逆に大潮の後ろに隠れちゃったけど。
「どうしたんだ朝潮、打ち上げは終わったのか?」
会話が聞こえる距離まで近づくと、そう言いながら司令官が朝潮の頭を撫でていた。
頬を紅潮させた朝潮が無いはずの尻尾を振ってるように見える。
「いえ、司令官の気配を感じて飛んでまいりました!」
平気で嘘をつくな!アンタさっきまで怯えてそれどころじゃなかったじゃない!
「朝潮型が勢ぞろいですね、壮観……と言うよりは麗しいですか。揃って歩いてくる光景はまさに百合の花束ですね。」
「呉の提督はお上手ねぇ♪司令官もこうゆうとこ真似しなきゃダメよぉ?」
勘弁して、うちの司令官がこんなキザな事言ったら鳥肌が立つわよ。
「二人はここで何してたの?まさか男同士でデート!?」
いやないでしょ、ってかなんで嬉しそうなのよ朝雲、アンタそっちの趣味あったの?
「ダ、ダメですよ司令官!男性同士だなんて不健全です!」
心配しなくても司令官にそっちの気はないわよ朝潮、ロリコンの時点で不健全だとは思うけど。
「安心しろ朝潮、こいつはどうか知らんが私はノンケだ。」
「いやいや、僕も男色の気はないですよ!?」
もしその気があったらどっちが攻めなのかしら、後で朝雲に聞いてみようかな、妄想してるのか表情がなんか気持ち悪いし。
「ところで霞の姿が見えないが一緒じゃないのか?」
「いるわよぉ?大潮ちゃんの後ろに。」
「ちょ!なんで言うのよ!荒潮姉さん!」
そりゃ会いたくないわよねぇ、試合中に自分の所の提督を扱き下ろしちゃったんだから。
しかも明日執務室に呼ばれてるんでしょ?
「霞……。」
呉の提督が霞の方に歩み寄っていき、うちの司令官が両手で手招きしてる。
霞を残してこっちに来いって事?
「ちょ、ちょっと待って大潮姉さん!置いてく気!?」
「霞ちゃん、頑張って!霞ちゃんなら大丈夫だから!」
いやどうだろう、私が知ってる霞とは思えないほど萎縮してオドオドしちゃってる。
「霞、僕は霞に謝らなければいけない。」
霞と向き合った呉の提督が跪いてそう切り出した。
「べ、別に謝られる事なんて……。」
「いや、謝らせてくれ。僕は君の助言を無視し続けた、君の思いを踏みにじり続けた。本当にすまないと思ってる。」
夕日に照らされながら霞の前に膝をついて、霞の手を取りながら見つめる姿が絵になってるじゃない、うちの司令官じゃこうはいかないわね。
「君が僕のために何をしてくれたか、横須賀の提督に聞いた。僕が今こうしていられるのは君のおかげだ。」
「え!?聞いちゃったの!?言わないって約束してたのに!」
何したんだろ?うちの司令官を横目に見てもそっぽ向いて知らん振りしてるし。
「本当は明日話すつもりだったんだけど、今言うよ。霞、僕の秘書艦になってくれ!」
おお!姿勢のせいもあってプロポーズにも聞こえるわ!やったじゃない霞!
「はぁ!?いやでも……金剛さんはどうするのよ!急に秘書艦から外したら落ち込むわよあの人!」
「金剛は説得済みだ、試合中の君の思いを聞いて気づいた。今の僕に必要なのは君だ!君のように厳しく接してくれる人が僕には必要なんだ!」
うん、これプロポーズだわ。
そうとしか聞こえないもの。
「で……でも……。」
霞が耳まで真っ赤にしてうつむいちゃった、頭から湯気が上がってるようにも見えるわね。
「いいなぁ……。」
あっちの雰囲気に当てられたのか朝潮が司令官を見上げだした、『私も司令官の秘書艦になりたい』って目で訴えてるわ。
「ホントに……私でいいの……?」
お?これはOKかな?
「君じゃないとダメだ!僕の母になってくれ!霞!」
ん?この人今なんて言った?ハハ?ハハって何?まさか母じゃないわよね?
「え~っと……司令官?今なんて?母?私にお母さんになれって言うの?」
霞の顔が逆の意味で真っ赤になってく、そりゃ怒るわよねぇ……。
って言うか秘書艦どこ行った?
「いいわよ?なってやろうじゃない……。」
あら?激怒して怒鳴るかと思ったら以外にもOK?
「本当かい!?よかった……勇気を出したかいがあった。」
たしかに勇気がいるでしょうね、自分より倍近く年下の女の子に母になってくれなんて言うのは。
「その代わりビシバシ行くからね!手加減なんてしてあげないんだから!」
これでOKしちゃう霞も霞だわ、何?その歪んだ笑顔、怒り半分嬉しさ半分ってとこかしら?
「霞ママ誕生の瞬間に立ち会っちゃったね。」
大潮、私は立ち会いたくなかったわ。
「アレ、うちの司令官より酷いわよぉ?」
そうね荒潮、片膝ついた爽やかなイケメンがマザコンと発覚した衝撃はすごいものがあるわね。
「ロリコンがマシに思えちゃったら終わりじゃない?」
ええ、私たちは終わりよ朝雲……。
「駆逐艦に母性を求めるとは……情けない奴だ……。」
などとうちのロリコン司令官が申しております、司令官も似たようなものよ?
「じゃあそろそろ写真撮ろうか、このままじゃ日が暮れちゃうよ。」
「司令官も居るし丁度いいわねぇ。」
両方いるしね、両方変態だけど……。
「し、司令官!お隣よろしいでしょうか!」
「ああ、かまわないよ。」
ちゃっかり司令官の隣に陣取る朝潮、意外と攻めるわねこの子。
「じゃあ最初は呉の提督に撮ってもらって次交代ね。」
そう言って自分のスマホを渡す大潮、変態とはいえ一応他所の提督なんだから遠慮しなさいよ。
それから、夕日に照らされる戦艦大和の船首をバックに真ん中に司令官を据えて一枚撮り、司令官同士が交代してもう一枚。
あとは画像を送り合うだけだけど……。
「ねえ司令官、朝潮にスマホ支給してあげてよ。この子まだ持ってないの。」
「わかった、横須賀に帰ったら手続きしておこう。」
よかった、朝潮じゃ持ってるだけになりそうな気がしないではないけど。
「こうやって朝潮型全員で写真撮るの初めてだね……。」
「大潮ちゃん嬉しそうねぇ。でも、その気持ちわかるわぁ。」
姉さんが戦死してから全員揃う事なかったしね、その前も忙しくてなかなか揃わなかったし……。
「そろそろ戻ろうか、暗くなってきたし。」
「そうねぇ、狼がいるし。」
しかも特殊性癖のが二匹ね、たしかに危ないわ。
「呉の、貴様の事だぞ。」
「いえいえ、貴方の事でしょう。僕は違います。」
二人とも自覚皆無か!提督ってこんなのばっかなのかしら、後で時雨に聞いてみよう。
「朝潮!次会った時絶対リベンジするからね!覚悟してなさい!」
「お姉ちゃんですよ?霞。でも、いつでも来てください。待ってますから。」
寮に戻りだした霞が唐突にリベンジ宣言した、まさか前みたいに呉から通う気じゃないわよね、アンタ秘書艦になるんでしょ?そんな暇あるの?
「なにがお姉ちゃんよ!一回勝ったくらいで調子に乗らないでったら!」
「じゃあ次勝ったらお姉ちゃんて呼んでくださいね♪」
「はぁ!?冗談じゃないったら!」
でもまあ、朝潮にもいい友達が出来たみたいだしいっか、叢雲とキャラが若干被ってるような気はするけど……。
友達は大切にしなさいよ?艦娘なんてやってたらいつ戦死するかわかんないんだから。
「あ、満潮さ~ん!置いていきますよー!」
朝潮が呼んでる、はいはい今行きますよ。
でもその前に……。
カシャッ!
私はスマホを取り出し、鎮守府の明かりに照らされた皆の後ろ姿をカメラで撮った。
ひと時の平和な日常を忘れないようにするために。