初めて見た時から気に食わなかった。
チャラチャラした格好で、横須賀提督の後ろを犬みたいに付きまとって。
「立ちなさい霞!お仕置きの時間です!」
そしてコレだ。
私を弱いと蔑むばかりかお仕置きですって?私はアンタにお仕置きされるような事はしていない!新米が調子に乗るな!と叫びたいところだけど、心の奥底にしまい込んでいたお姉ちゃんへの思いをこうも言い当てられたんじゃ言うに言えない。
私はゆっくりと立ち上がり、朝潮に言い返そうとするが朝潮の目を見ることができない。
いつも司令官に『用があるなら目を見て言いなさいな!』と言ってるのに情けないったら……。
「霞、言いたいことがあるなら目を見て言いなさい」
逆に言われてしまった、いつのまにか呼び捨てにされてるし。
まあ呼び捨て自体はそんなに気にならない、さん付けで呼ばれるのは苦手だし。
私は視線を上げ、朝潮の目をまっすぐ見つめる。
やっぱり似てるなぁ……。瞳の色以外はそっくりじゃない……。
長い艶やかな黒髪、凛とした雰囲気、真面目を体現したようなその佇まい。
改二になってるからお姉ちゃんより少し大人びて見えるけど、お姉ちゃんも改二改装を受けてたらこんな感じだったのかな……。
(よく来たわね霞。元気にしてた?)
横須賀に行くたび、お姉ちゃんはそう言って私を歓迎してくれた。
(霞!そこはそうじゃない!何度言わせるの!)
演習中のお姉ちゃんは怖かったけど、私を想って厳しくしてくれてると思えたから我慢できた。だって。
(上手くなったわね霞。私なんかすぐに追い越されちゃうかも)
終わった後は私の頭を撫でながら、必ず褒めてくれたもの。
(大丈夫よ。呉の司令官もいつかわかってくれるわ。だって霞は間違った事言ってないんだもの)
司令官の愚痴も嫌がらずに聞いて励ましてくれた。お姉ちゃんが味方してくれなかったら、私は腐っていたかもしれない。
(そ、それでね?司令官とデートする事になったんだけど……。どうしたらいいと思う?)
この時は心配だったなぁ。横須賀提督の人柄は知ってたけど歳が離れすぎてたから……。
でも好きな人のことを頬を染めながら話すお姉ちゃんは、年相応に可愛いらしくて……。横須賀提督に嫉妬しちゃったな。
でも、お姉ちゃんは死んでしまった。
救援のために横須賀鎮守府に到着した私が最初に聞いたのはその事だった。
桟橋で姉さん達が泣いてるのが見えた。私も一緒に泣きたかった。
荒潮姉さんみたいに、お姉ちゃんの艤装に抱きついて泣きじゃくりたかった。
でも……。
(霞が決めた司令官でしょ?しっかり支えてあげなさい)
お姉ちゃんは職務に忠実な人だったし、決めたことは必ず守る人だった。その妹の私が、自分の信念を放り出して泣くことは出来ない。
呉の司令官はボンクラだ。だけど無能じゃない。
どれだけ嫌われようと、あの人が一人前になるまで私が支えるって決めたんだ。だから、私はあの時悲しむのを後回しにして横須賀提督に土下座した。
責任さえ取らされなければ、きっとあの人は挽回出来ると信じて。
今思うと笑っちゃうけどね。でも、私の想いを汲んでくれた横須賀提督のおかげで、あの人は事無きを得た。
お姉ちゃんの男を見る目は確かね、私の趣味ではないけど。
だけど、コイツはお姉ちゃんの好きな人を盗ろうとしてる。艤装だけでなく想い人まで。
許せるものか。
「取り返してやる……。お前なんかに何一つ渡すもんか!」
私は朝潮に向け突撃を再開。トビウオじゃ撃ち落とされる。通常航行で距離を詰めるしかない!
距離は10メートルもない。なのに、朝潮は連装砲も構えずに棒立ちしたままだ。
どうする?魚雷はあと二発。連装砲も残弾は少ない。
距離が5メートルまで迫ったところで朝潮が動いた。何してるの?魚雷を発射管から抜いて……。
「えい」
投げた!?怒ってる割にえらく可愛いかけ声ね。ってそうじゃない!投げてどうするの!?一応、私に向けて投げてはいるけど、そんなの避けるくらい造作もないのに。
私が針路を若干右に取ろうとした時、朝潮が連装砲を構えようとしてるのに気づいた。
魚雷で注意を引いて砲撃を撃ち込むつもり?舐めるな!この近距離ならトビウオを使っても撃ち落とされる事はないはず。ならば、魚雷を躱した後即座に飛んで後ろをとってや……。
ドン!
私が飛んでくる魚雷を躱し、跳躍する寸前に朝潮が発砲。
ちょっと待って!まだ腕はほとんど下を向いてるじゃない!
いや、砲身はこっちに向いている。これはさっきの試合で神風って人が使ってたやつだ。
だけど&それにしては弾道がおかしい。私に向けて撃ったものじゃないわ……。
じゃあ何を撃った?その弾道の先にあるのは……。
ズドーン!
躱した魚雷が私の真後ろで爆発。しかも、タイミングの悪いことに、脚を消したばかりだった私は爆風で前に吹き飛ばされた。
「熱っ!」
爆風の熱で背中を炙られ、思わず声を上げてしまった。模擬弾とは言え熱いものは熱んだからしょうがない。
今はそれよりこの状況をどうするかだ、私は今『I can fly』ってセリフがピッタリなポーズで吹っ飛ばされている。このままでは朝潮の前に倒れ込む可能性大。
どうする?砲は使えない、魚雷はかろうじて撃てるけど残弾は三発。
撃つしかない。その後は連装砲だけで相手しなきゃいけないけど、朝潮に土下寝を披露するよりはマシよ!
バシュシュシュ!
私は魚雷の残弾全てを放つが、前方に朝潮の姿はなかった。どこに行った?私は海面に全身を打ち付けられたが即座に身を起こし朝潮を探す。
前にはもちろん居ない、右にも左にも見当たらない。
と言う事は。
「後ろ!」
あ、あれ?後ろを振り向き連装砲を構えるが後ろにも居ない。どうゆう事?朝潮はどこに消えたの!?
バシャーーン!
私の後ろで水が弾けるような音がした。やっぱり前に居たの?だけど居なかったじゃない!訳がわからないわ!
「ケホッ!ケホッ!少し海水飲んじゃった……」
海水を飲んだ!?アンタ潜ってたの!?何してんのよ潜水艦か!
ドン!
背中を向けてしまった私に朝潮が砲撃。完全に虚を突かれた私は、なすすべもなく砲弾の直撃を受け前のめりに倒れてしまい、土下座した状態にされてしまった。
「いいポーズですね。そのままお尻ペンペンしてあげましょう」
どこまでもバカにして!お姉ちゃんと同じ顔をして私を蔑むな!
「 このクズが!」
ドン!
後ろ手に連装砲を撃つが軽く躱された。でも朝潮の行動の意味がわからない。
海面を走る様な動きで私の周りを……まずい!
昔、お姉ちゃんに聞いたことがある。頭のイカレた駆逐艦が考えた戦艦をタコ殴りにするための技。戦舞台だ!
慌てて体勢を立て直すが時すでに遅く、私は常に死角に回り込まれやられたい放題になっていた。
砲撃で応戦してもカスリもせず、移動しようとしても脚を撃たれ速度が上げられない。
ほとんど棒立ち状態。こんな事初めてだ。
お姉ちゃんとの演習でも、実戦でもここまで一方的にやられた事はない。
「もう、残弾が尽きるんじゃないですか?降参します?」
あくまで挑発し続ける気か、嫌な奴……。
「ちゃんと訓練してますか?横須賀で一番弱い私に一方的にやられて悔しくないんですか?」
訓練で手を抜いた事なんか一度もない!それに横須賀で一番弱いですって?冗談やめてよ、アンタがそんなんなら横須賀の駆逐艦はバケモノしかいないって事じゃない。
姉さん達ですら使えない稲妻を軽々と使い。戦艦殺しの戦舞台を使いこなすアンタが一番弱いだなんて信じられるか!嘘ならもう少しマシな嘘つきなさいよ!
「くそ!くそ!」
砲撃が当たらないどころか、朝潮を目で追う事すら出来ない。
「そんなにツンツンして、呉の皆と上手くやれてます?」
(そんなにツンツンして、呉の皆と上手くやれてるの?)
うるさい!お姉ちゃんのマネをするな!不愉快よ!
「我慢してませんか?辛くありませんか?」
(我慢してない?辛くない?)
朝潮とお姉ちゃんのセリフがかぶって聞こえる。
やめてよ……。お姉ちゃんと同じ顔で同じ事言わないでよ……お願いだから……。
戦闘中だと言うのに思わず耳をふさいで目を瞑ってしまう。これ以上は無理。これ以上聞いてたら頭がおかしくなりそう!
「我慢なんてしてない!知ったような口を利くな!」
沈黙が流れる。気づけば砲撃は止んでいた。
とっくに大破か轟沈判定を受けてもいいくらい撃たれたのに審判は判定を告げない。
「辛い時は、誰かにすがって泣いてもいいんですよ?」
(辛い時は、誰かにすがって泣いてもいいのよ?)
顔を上げると手が届くくらいの距離に朝潮が居た。私を慰めてくれる時のお姉ちゃんと同じような優しい顔で。
「私に言いたいことがあるんじゃないですか?」
「お姉ちゃんを……返して……」
無理だって事はわかってる……。これがただの八つ当たりだって事も。
「私が艤装を貴女に渡せば、満足できるの?」
「……」
私は黙ったまま首を振った。そんな事に意味がない事もわかってる……。
艤装を奪ったところで、お姉ちゃんが戻って来るわけじゃない……。
「霞、貴女は何を望んでいるの?」
私が望んでいるもの?そんなの決まってる。でも、声が出ない……。代わりに出るのは涙だけ。
「霞、貴女は誰に会いたいの?」
「お……おねえ……ちゃんに会いたい……」
嗚咽混じりになんとか言葉を紡ぎだしたけど、情けない事に顔は涙でボロボロ。
みっともないったらないわね……。
「そう、おいで」
朝潮が私の頭を胸に抱きかかえ、頭を撫でてくれた。
撫で方はお姉ちゃんの方が上手かな……。
でも……お姉ちゃんと同じ匂いがする……。
「大好きだったんですね。先代の事が」
うん、大好きだった。強くて、厳しくて、優しくて、私の目標だった……。
「先代はやっぱりすごい人です。みんなに愛されて、私はまだまだ追いつけそうにありません」
当り前よ、アンタみたいなポっと出とは年季が違うもの。
「まだ、私の事が憎いですか?」
憎くはないけど嫌いよ。これだけズタボロにされて、ズカズカと私の内側に入り込んできて……。
「何を……我慢してたの?」
「ごめ……んなさい……」
お姉ちゃんを助けられなくて……。
「霞はなにか悪い事をしたの?」
「私が司令官にもっと強く言ってればお姉ちゃんは……」
穴だらけの哨戒網を抜けられたせいでお姉ちゃんを死なせてしまった……。
私が引き下がらなければ、お姉ちゃんは死なずに済んだかもしれないのに……。
「そう、呉の提督は霞の助言を聞いてくれなかったのね」
「いつもよ……。穴だらけの作戦でも、戦艦や空母たちが力づくで成功させちゃう……。あんなんじゃダメなのに!あの人の作戦は足元がスカスカなの!どんな小さな穴でも無視しちゃダメ!慢心が一番の敵なんだから!」
じゃないと、いつか三年前より酷いことが起こる。それだけはダメ!そんな事私が絶対にさせない!
「そうね、慢心はいけないわ。じゃあ呉の提督はダメな人なの?」
「ち、違う!あの人はやればできるの!だけど……私がどれだけ厳しく言っても戦艦が邪魔をする……。あの人は甘やかしちゃダメなの!」
あの人は甘やかすとどこまでもつけ上がる。厳しく接する人が必要なのに、あの人の周りは甘やかす人ばかり。
「そう、じゃあその戦艦をぶっ飛ばしちゃいなさい!」
「は?で……でもそんな事私じゃ……。駆逐艦が戦艦をぶっ飛ばすなんて……。」
「できます!それが出来る人を、私は少なくとも一人知ってます。性格までは似て欲しくありませんが」
誰よbその頭のおかしい駆逐艦は……。戦舞台を考えた人かしら……。
と言うかぶっ飛ばせなんてお姉ちゃんは言ったことないわよ!?アンタその人に毒されてるんじゃない!?
「あ~でも、それだと霞が孤立してしまうかもしれませんね……」
そうよ。ただでさえ私は上位艦種達から良く思われてないんだから……。
それとも、アンタが味方になってくれるの?お姉ちゃんみたいに……。
「よし!決めました!今から私の事をお姉ちゃんと呼んでください!」
「は……はぁ!?」
訳が分からない。味方してくれるんじゃなくてお姉ちゃんと呼べ?なんでそういう話になるのよ。
なんか変なスイッチ入ってない?さっきまでの雰囲気がどこかに吹っ飛んでるじゃない!
それにアンタ同い年でしょ!?横須賀の提督からラインで聞いて知ってるのよ!?
「ちなみに誕生日は?」
「11月18日だけど……」
「……」
ちょっと、何で目を逸らしてるのよ。アンタ誕生日いつ?
「わ、私の方が誕生日が早いですね」
嘘だ。冷や汗まで流してるじゃない。
「朝潮、嘘はダメよ嘘は」
「大潮悲しいよ。朝潮ちゃんが嘘つきになっちゃった」
「朝潮ちゃんの誕生日は12月16日よぉ?」
ビックリした!いつの間にこんな近くに!?って言うか全員来てるし!
「と言うわけで霞!私をお姉ちゃんって呼んでください!」
何が『と言うわけ』よ!アンタ私より誕生日遅いじゃない!
「嫌よ!アンタがお姉ちゃんって呼びなさいよ!」
「いいえ、お姉ちゃんはもう間に合ってます。そろそろ妹が欲しいんです!」
知るかそんなの!アンタが来るまで私が最年少だったのよ?今さら末っ子に戻れるか!
「って言うか、いつまで抱き着いてるのよ!離しなさいったら!」
ん?朝潮の胸を押して引きはがそうとしたところで違和感を感じた。感触がほとんどない。これ私より無いんじゃない?
「これ、背中?」
「ふん!」
ゴン!
痛ったい!朝潮が私の頭を両手で掴み頭突きをしてきた。この石頭が……目の中で星が飛んでるじゃない!
「お!戦闘再開?」
「陽炎、不知火たちも混ざりますか?」
混ざるな!それにアンタ達棄権してるでしょ!?
ちょっと、なんかジリジリと近づいて来てるのが若干二名いるんだけど?まさか飛びついてくる気じゃないわよね?
「「じょ~がいらんと~♪」」
案の定、荒潮姉さんと霰姉さんが同時に飛びついて来た。
場外じゃないし!場内だし!
「訂正しなさい霞!背中は酷すぎます!」
コイツはコイツで変なスイッチが入ったままだし!さっきまでのお姉ちゃんっぽさはどこに行った!
「うっさいまな板!満潮姉さんと大差ないじゃないの!」
「聞き捨てならないわね霞。私がなんだって?」
しまった!遠巻きに見てた満潮姉さんまで参戦してきちゃった!
「不知火!霞に加勢するわよ!突っ込めー!」
「そうゆう事なら大潮も行くよーー!」
残りの三人まで……。もう滅茶苦茶じゃない!一応まだ試合中なのよ!?
《え~と、これどうします?あ、わかりました。え~、棄権者乱入のため両隊失格。勝負なしで~す》
失格になっちゃったじゃない!まあ、あのままやってても負けてただろうけど……。
「謝って!お姉ちゃんに謝りなさい霞!」
「痛い痛い!ちょっと不知火!なんで私を殴るのよ!」
「あ、すみません陽炎。わざとです」
「霰ちゃん私に帽子をかぶせようとしないで!私には似合わないからぁ!」
「まあまあ満潮、そんなに怒らないでいいじゃない。みんな似たようなサイズなんだからさ。」
「大潮は気にしなさいよ!一応朝潮型で一番年増でしょうが!」
「と、年増!?一つしか違わないでしょ!?」
もう敵味方関係なく罵り合いや殴り合いを始めちゃった。見てただけだから体力有り余ってるのね。
「少しはスッキリした……?」
いつの間にか、霰姉さんが隣に立っていた。さっきまで荒潮姉さんを追い回してなかった?
「ちょっとだけ……ね」
スッキリと言うよりはどうでもよくなっちゃったんだけどね……。
「そう……。みんな心配してたよ……霞ちゃんの事……」
それでアレ?心配して乱闘しに来たわけ?バカじゃないの?
「バカばっかりでしょ……」
いつも無表情な霰姉さんが、ニッコリと微笑んで私を見上げて来た。
嬉しそうね。そんなに嬉しそうな霰姉さん初めて見たわ。
ごめんね……ずっと心配してくれてたのね……。けど……もう大丈夫だと思うから……。
「痛い!満潮さんギブです!ギブアップです!」
朝潮が満潮姉さんに関節を決められてもがいてる。私を一方的に痛めつけた強さはどうしたのよ。
下着が見えるのもお構いなしに暴れちゃって、年頃の女の子がみっともないったら。
でも、頬が緩んでくのがわかる……。乱闘を見て和んじゃうなんて、私は相当歪んでるのね。
「あ!霞ちゃんと霰ちゃんが退避してるよ!」
「見つかっちゃった……」
6人が私と霰姉さんに照準を合わせた。これは逃げられないかなぁ。
まあいっか、たまにはこうゆうのも。
私もコイツ等と同じくらいバカだわ。
私は、猪のように突進してくる6人を見つめながら、聞こえないように一言呟いた。
「ホント……バカばっかり。」