艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮演習 8

 勝者を讃える観客の声が鳴り響く観客席。

 その最上段に設けられた提督用の席に座った司令官の横で観戦していた私は、神風さんの戦いぶりに圧倒されて何も喋れずにいた。

 

 「神風さんをあそこまで追い詰めるなんて……死神の異名は伊達じゃなかったわね」

 

 満潮さんにの言うとおり、雪風さんも凄かったけど、神風さんが最後に出した技からは敵を倒す意思以上のものを感じた気がする。

 

 「すまんが、少し席を外すぞ」

 

 司令官がおもむろに席を立ち、観客席の階段を降りだしました。

 視線の先には、こちらに帰投中の神風さん、きっと迎えに行くんですね。

 

 「何処に行くの?」

 

 「厠だよ。一緒に来るか?満潮」

 

 「行くわけないでしょ!意味わかんない!」

 

 私ならついて行くけど……じゃない!私達も神風さんを迎えに行った方がいいんじゃ……。

 せめて私だけでもコッソリと。

 

 「それじゃあ大潮たちも準備しに行こうか」

 

 「え、でも……」

 

 ただでさえ仲がいい司令官と神風さんを二人きりにするのは……。

 

 「ダ~メ♪さっき頑張ったのは神風さんなんだから、今は譲ってあげなきゃ。ね?」

 

 う……そう言われてしまうと引き下がらずをえない……。

 

 「朝潮って独占欲強そうよね」

 

 「下手に浮気なんかしたら平気で刺しそうねぇ」

 

 「あ、大潮それ知ってるよ!ヤンデレって言うんでしょ?」

 

 何言ってるかわかりませんけど違います。

 私が司令官にそんな事するわけないじゃないですか。

 

 《30分の休憩後、決勝戦を開始します。出場者の方は出撃ドックで待機してください》

 

 「休憩短くない?」

 

 「こんなものじゃなぁい?」

 

 「呼ばれたし行こっか」

 

 仕方ない、ならば試合で活躍して司令官に思いっきり褒めてもらおう。

 それなら荒潮さんも止めないはず!

 

 「相変わらず考えてることがバレバレね」

 

 「朝潮ちゃんは間違っても浮気できないわねぇ」

 

 「大潮知ってるよ!バレたらテンプレなセリフ連発するんでしょ?」

 

 いいからもう行きましょう、艤装の点検をしなければ!

 

 「ねえ大潮、やっぱいつも通りになると思う?」

 

 「なると思うよ?ならなかった事がないじゃない」

 

 いつも通り?どうゆうことだろう。

 

 「満潮さん、いつも通りって何か決まりでもあるんですか?」

 

 「ん?ああ、朝潮は知らないわよね。八駆と十八駆の演習には暗黙の了解があって、絶対にタイマンになるの」

 

 「タイマン?駆逐隊同士の演習ですよね?」

 

 「そうよぉ、霞ちゃんたちとはかれこれ20回以上やり合ってるけどタイマンにならなかった事は一回もないのぉ」

 

 20回以上!?この大会って年に一度ですよね、どうやってそんなに……。

 それに、陽炎型が建造されたのはたしか2年前。今の編成になったのはそれからのはずですよね。

 

 「あの子達、特に霞は、毎回帰り際に悔し泣きする癖に、暇さえあれば横須賀まで殴り込みに来てたのよ。もっとも、姉さんが戦死してからは来なくなったけど」

 

 「だから大潮たちも、陽炎型の子と会ったことはあるけど対戦するの初めてなんだよね」

 

 「でも、それじゃ数が合わなくないですか?」

 

 「そうよぉ、だから私と満潮ちゃんはいつも見てるだけ。霰ちゃんの相手は大潮ちゃんがしてたわぁ」

 

 それで20回以上か、呉から横須賀までかなり距離があるのに暇さえあればって……。

 

 「霞さんと霰さんは艦娘歴長いんですか?」

 

 「長いよ、満潮と同じくらいじゃないかなぁ。歳はたしか、満潮より下だよね?」

 

 なるほど、じゃあその二人は少なくとも満潮さんと同程度の実力と思った方がいいわね。

 

 「霰は同い年、霞は二つ下ね。」

 

 ん?じゃあ私と霞さんは同い年?それで満潮さんと同じくらいの艦娘歴と言うは……。霞さんて何歳の頃から艦娘やってるの?

 

 「あの、霞さんっていくつの頃から艦娘やってるんですか?」

 

 「私が5年くらいだから……8歳じゃない?」

 

 そんなに幼い頃から!?それであんな血の気の多い性格になっちゃったのかしら……。

 

 「霞ちゃんは絶対朝潮ちゃんに噛みついてくるからお相手よろしくねぇ♪」

 

 「え!?私が相手するんですか!?どうして!」

 

 「姉さんが戦死するまでは霞の相手は姉さんがしてたからね。あ~でも三年ぶりだからなぁ……」

 

 正直あまり相手にしたくないタイプの人なんですけど……。

 いや?でもこれはチャンスかもしれないわね、霞さんは昨日、司令官をクズ呼ばわりしてくれましたし。

 もし噛みついてこられたら痛い目を見てもらおう。逆に痛い目にあわされるかもかも知れないけど……。

 

 私たちが出撃ドックに着くと、すでに霞さんともう一人朝潮型の子が艤装を装着して雑談していた。

 試合で遠目にしか見れなかったけどこの子が霰さん?満潮さんより少し小柄で同じ朝潮型の制服。オカッパに似た髪型に煙突みたいな帽子。

 

 「大潮ちゃんも改二になる前はアレと同じ煙突帽子かぶってたのよぉ」

 

 へえ、じゃあ朝潮型の制服の一部なのかな。

 他の朝潮型であの帽子をかぶってる人を見た事ないですけど……。

 

 「八駆は随分とのんびりなご登場ね。私たちが相手なら余裕って事かしら?」

 

 私たちに気づいた途端、霞さんが軽めの先制パンチを放ってきた。

 もうちょっとフレンドリーになれないのかしら、他の人と上手くやれてるか心配になるわね。

 

 「そっちは霞と霰の二人だけじゃない、陽炎と不知火は?」

 

 「二人は雪風を迎えに行ってる……」

 

 霰さんがボソボソって言っていいほど小さい声で、囁くように陽炎さんと不知火さんの行方を教えてくれた。

 注意してないと聞き逃してしまいそうなほど声が小さいです……。

 

 「大潮姉さん……」

 

 「ん?どうしたの霰ちゃん」

 

 「帽子、忘れてるよ?」

 

 上目遣いに小首を傾げる動作がすごく可愛らしい!見た目の幼さも相まって保護欲を掻き立てられるわ!

 

 「ごめんね霰ちゃん、改二になって帽子なくなっちゃったんだ……」

 

 「え……帽子仲間だったのに……」

 

 霰さんが泣きそう!帽子!帽子はどこかにない!?大潮さんにかぶらせないと!

 

 「へ、部屋ではかぶってるよ!今は持ってきてないけど……横須賀に帰ればあるから!」

 

 え?帽子かぶってるとこ見た事ないんですけど……。

 

 「ホント……?」

 

 ついに目を潤ませ始めたあぁぁぁ!これはいけません!私の母性本能が目覚めそうです!今すぐ抱き着いて頭をよしよししてあげたい!

 

 「ねえ荒潮、朝潮って長門さんに似てない?」

 

 「大きくなったら長門さんみたいになるかもねぇ」

 

 それは容姿の話ですよね?間違っても性格じゃありませんよね?私は変態じゃありませんよ?

 

 「霰!いつまで敵と話してるの!こっち来なさい!」

 

 敵って……対戦相手ではあるけど敵は言い過ぎなんじゃ……。

 

 「わかった……じゃあね大潮姉さん……んちゃ」

 

 んちゃ!?んちゃって何!?挨拶!?いや可愛らしい霰さんなら鳴き声の可能性も……。

 

 「うん、んちゃ」

 

 大潮さんまで!やっぱり『んちゃ』は挨拶なんですね!?

 

 「ところで霞、やっぱりいつも通りタイマンするの?」

 

 そういえばそんな話がありましたね、私が霞さんと対戦するんでしょうか。

 

 「当り前じゃない、三年やってなかったからって忘れちゃったの?」

 

 「あっそ、ならいいわ。荒潮はどっちにする?」

 

 「私は陽炎ちゃんがいいかなぁ。面白そうだし♪」

 

 「じゃあ私が不知火とね。どんな戦い方するか楽しみだわ」

 

 二人はもうタイマンする気満々ね。

 

 いいのかなぁ、駆逐隊の試合なのに勝手にタイマン試合にしちゃって……。

 

 「ちょっと!勝手に決めないでよ!じゃあ私がこの新米とやるわけ?冗談じゃないったら!」

 

 私も冗談じゃありません、勝ってもいちゃもんつけられそうですし。

 

 「あれ?朝潮ちゃんとやらないの?大潮達、てっきり朝潮ちゃんとやりたがると思ってたんだけど……」

 

 「はあ!?なんでそうなるのよ!意味わかんない!」

 

 おお!満潮さんとそっくりです!目を瞑ったら、たぶんどっちが言ったかわかりませんね。

 

 「霞ちゃん……」

 

 「何よ霰!今話しちゅ……」

 

 ん?霰さんに見上げられた霞さんが急に大人しくなった、どうしたんだろう。

 この角度じゃ霰さんの後ろ姿しか見えないからどんな表情なのかわからない……。

 

 「霞ちゃんは朝潮ちゃんと戦って……ね?」

 

 「う……わかった……」

 

 「いい子……」

 

 霰さんが文字通り背伸びをして霞さんの頭を撫でてる、見た目は霞さんより幼くてもお姉さんなんだなぁ。

 こっちのお姉さん三人は『計画通り』とでも言いだしそうなくらい悪い顔してるけど……。

 何を企んでるんですか?

 

 「ごめんごめん!遅れちゃった!ほら、不知火も謝って!」

 

 「不知火に何か落ち度でも?」

 

 私が二人の光景に和んでいると試合で見た陽炎型の二人が走ってきた。

 ピンク髪の方が不知火さんって事は、狐色の髪の方が陽炎さんね。

 

 「遅い!5分前集合は軍人の基本でしょ!」

 

 「え?まだ10分前のはずだけど……」

 

 「う、うるさい!10分前も5分前みたいなものよ!」

 

 二人の姿を見るなり霰さんの手を慌てて振り払った霞さんが、照れ隠しにのように陽炎さんを叱責したものの、逆にツッコまれて訳の分からない事を言ってそっぽ向いてしまった。

 間違ったら素直に認めないとダメですよ?

 

 「アナタが朝潮?」

 

 「はい、朝潮です!貴女は……陽炎さんですよね?」

 

 陽炎さんが私に近づき、爪先から頭のてっぺんまで嘗め回すように見て来た。

 どこか変なところでもあるのかしら……。

 

 「うん!さすがネームシップ!私と同じで気品を感じるわ!私は陽炎よ。よろしくねっ!」

 

 気品もなにも、大潮さんと同じ量産品の制服ですけど?それにネームシップと言われても私は朝潮型で一番未熟ですし。

 とは言え、挨拶されたら応えないと失礼ね。

 

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 《試合開始5分前です。出場者の方は艤装を装着し、出撃に備えてください》

 

 私が陽炎さんと握手を交わそうとした途端に5分前を知らせるアナウンスが出撃ドックに流れる。

 急いで艤装を装着しなきゃ。

 

 「朝潮、早くしなさい」

 

 「はい!すみません陽炎さん、挨拶はまた後で改めて」

 

 私は艤装を装着し点検、問題はなし。

 うん、いいわ。

 

 《これより決勝戦を開始します。出場者は演習場へ移動してください》

 

 「先に出るわ。第十八駆逐隊。出撃よ!」

 

 十八駆が先行して海へ出て行く、私たちも続かないと。

 

 「朝潮ちゃん、今日は朝潮ちゃんが先頭ね」

 

 「え?」

 

 旗艦は大潮さんじゃ……でも窮奇と戦った時も荒潮さんが先頭だったわね、私と霞さんが戦うから順番を合わせるわけか。

 

 「ちなみに旗艦も朝潮ちゃんだから。朝潮ちゃんが負けたら大潮たちの負け」

 

 いやいや、いくら一対一で戦うと言っても三人が残ってれば勝ちは狙えるんじゃ?

 

 「私達は開始と同時に棄権するから。実質、アンタと霞の決闘よ」

 

 「え?え?そうゆう話になってたんですか!?いつの間に打ち合わせを!?」

 

 「してないわよぉ?私たちが棄権したからってあっちの三人も棄権するとは限らないわぁ。」

 

 じゃあ最悪の場合、私一人で駆逐隊一つを相手にすることになるって事ですか!?神風さんじゃあるまいにそんな事できません!

 

 「心配しなくても大丈夫、大潮達が棄権すれば霞ちゃんも三人を棄権させるはずだから。

 

 大潮さんの霞さんに対するその信頼はどこから来るんですか?そんな保証どこにもないじゃないですか……。

 

 「じゃあ行こうか。あんまり待たせると霞ちゃんがうるさいから」

 

 大潮さんに背中を押されながら演習場に到着すると、そんなに待ってないはずなのに霞さんが腕組みして額に青筋を浮かべて立っていた。

 

 「イラつかせて油断を誘おうって魂胆かしら?生憎だけど私には通じないわよ」

 

 ものすごく効果が出てるみたいですけど?血圧大丈夫かな、血管切れなきゃいいけど……。

 

 《それでは。第十八駆逐隊 対 第八駆逐隊による決勝戦を開始します》

 

 「それじゃ朝潮、頑張んなさい」

 

 ホントに棄権しちゃうんですか!?え、ちょっと!ホントに三人とも私から距離を取って行く。

 

 十八駆の三人も同様に距離を取り、大潮さん達と合流。私と霞さんを残して1キロほど離れた場所、と言うか出撃ドックの手前まで戻った……。

 

 「あの6人は完全に観戦モードね、いい気なものだわ」

 

 「こうなるんなら最初から出てこなければよかったんじゃ……」

 

 「一応、駆逐隊同士の試合だからね。まったく出ないわけにもいかないのよ」

 

 はあ、そうゆうものですか……。

 

 《それでは決勝戦!試合開始!》

 

 始まっちゃった、霞さんは仁王立ちしたまま。

 距離は10メートルも離れていない、6人が棄権するのを待ってる?

 

 《え!?6人同時に棄権!?え、ちょ……これいいんですか!?あ、いいんだ……》

 

 アナウンスしてる人が明らかに動揺してる。まあ仕方ないわね、私でも似たような反応しちゃったもの。

 

 「じゃあ始めましょうか。この位置からがいい?それとも離れる?」

 

 「私はどちらでも……」

 

 「あっそ、じゃあ始め」

 

 ドン!

 

 いきなり!?霞さんの手の動きに気づいてなかったら直撃してた。まあ、試合開始は宣言されてるから卑怯とは言い難いけど。

 

 「この!」

 

 ドン!ドン!

 

 負けじと両腕の連装砲で応射。距離を10メートル前後で保ったまま至近距離で砲火を交える。

 

 「新米のくせにやるじゃない!」

 

 「鍛えてくれてる人が全員規格外ですからね。そうそう負けはしません!」

 

 『いや、私を神風さんみたいなバケモノと一緒にしないで』

 

 『大潮も右に同じ』

 

 『朝潮ちゃんって私達をそんな風に見てたのねぇ。お姉ちゃん悲しいわぁ』

 

 三人が通信でチャチャを入れ始めた。私のような未熟者から見れば、お三方も十分バケモノですけど?

 

 バシュシュシュ!

 

 円を描くように反航戦をしている最中、霞さんが私の進行方向に向けて魚雷を三発発射。手にした連装砲は私を追尾して。速度を落としたりしたら狙い撃ちする気ね。

 

 ドン!

 

 私は霞さんへ向き直りトビウオ。この距離なら一回で目の前だ。

 

 ドン!

 

 一瞬おどろいたような顔をした霞さんが、体の向きはそのままに後方へトビウオを使用。大丈夫、満潮さんと同程度の実力と想定してるからトビウオを使えること自体は驚かない。

 

 バシュシュ!

 

 霞さんが後方へ飛んでる最中に私の着水点に向け魚雷を発射。タイミングはバッチリね。

 

 このままじゃ着水と同事に被雷する。私は着水前に魚雷へ向けて砲撃。貫かれた魚雷が爆発して私と霞さんの間に水柱を立ち上げた。

 

 「トビウオが横須賀の専売特許とでも思ってた?呉の駆逐艦だって使えるのよ!」

 

 『不知火は使えませんが?』

 

 『私も使えな~い』

 

 『呉で使えるのは霰と霞ちゃんだけ……』

 

 「うっさいわよアンタ達!黙って観戦してなさいったら!」

 

 通信で聞こえる声より霞さんの声の方がうるさいですけど?

 そんな事より、霞さんが後ろ向きで航行してる今がチャンス!

 

 私は着水と同事に稲妻で右前方へ飛び、そこから砲撃で牽制しながらさらに右斜めの方向へ再度稲妻、霞さんから見て左前方2メートルまで距離を詰める。

 

 「ちょ!今のって稲妻!?アンタ新米じゃないの!?」

 

 ええ新米です。だけど、使えるんだから使うのは当たり前です。

 

 バシュシュ!

 

 私は後進状態の霞さんの進行方向と少し前方、私から見て11時位へ向け魚雷を二発を分けて発射。この距離じゃ私も爆発に巻き込まれるから、発射と同時に稲妻で後方に距離を取る。

 

 ドーーン!

 

 魚雷が爆発し、私の左斜め前方へ転がっていく霞さんが見えた。

 

 《霞、小破判定。》

 

 小破?直撃したと思ったけど想定より被害が少ない。考えられるのは、被雷の直前にトビウオで飛ぶくらい。

 それで小破で済んだのね、トビウオの衝撃で当たるより早く魚雷が爆発したんだわ。

 

 「少しは出来るみたいじゃない、褒めてあげるわ」

 

 「褒めてくれるのはいいんですが、そのままそこに居るともう一発の方に当たりますよ?」

 

 「え?あっぶな!」

 

 私が霞さんの前方へ向けて撃った魚雷に気づいて片足を上げ、その下を魚雷が通り過ぎて行った。

 惜しい、言わなきゃ決まってたかな。

 

 「ここまで計算して撃ってたのね、や、やるじゃない……」

 

 いえ、たまたまです。

 魚雷の爆発と、中途半端なトビウオで吹っ飛んだ霞さんが魚雷の針路上に転がって行っただけです。

 でもまあ、狙った事にしとこうかな。

 

 「これくらい当然です!」

 

 私は胸を張り『エッヘン』と言わんばかりにドヤ顔して見せた。

 

 『絶対にたまたまよ、今の』

 

 『朝潮ちゃんも嘘つくんだね』

 

 『きっと見栄を張りたい年頃なのよぉ。察してあげましょぅ?』

 

 言わないでくださいよ!ええそうです!見栄を張りたかったんです!カッコつけたかったんですよ!

 でもお三方のせいで台無しになっちゃいました!

 

 ゆらりと立ち上がった霞さんは私を睨みつけている。嘘ついたのが癇に障ったのかな……。

 

 「……ねえ、アンタって『朝潮』になれた時どうだった?」

 

 違った。でも急になんだろう。立ち上がっても戦闘態勢を取らずに止まったままだ。

 

 「どう。とは?」 

 

 私も航行をやめて停止し、質問に答える。答えになってないけど。 

 

 「色々あるでしょ?嬉しかったとか」

 

 「……嬉しかったです。私は内火艇ユニットと適合できないほど出来が悪かったですから」

 

 「そう、私は『朝潮』が横須賀に着任したって話を聞いて悔しかったわ」

 

 悔しい?どうして霞さんが悔しがるの?

 

 「私ね、養成所に運ばれる前に、横須賀の提督に無理言って適合試験を受けた事があるの。『朝潮』の艤装の」

 

 なんで?霞さんは先代が戦死した頃すでに艦娘だったはずでしょ?それなのにどうして新たに適合試験を受ける必要があるの?

 

 艤装二つと同調できるなんて話聞いたことがないし、性能差がほぼない量産型である朝潮型の艤装を鞍替えしたところで意味がない。

 

 改二改装が受けたかった?でも霞さんはすでに改二だ。適合できるかどうかは別にして、例えば改二改装を受けることができない満潮さんが改二改装を受けることができる『朝潮』の艤装に鞍替えすると言うならまだわかる。

 

 それなのに霞さんは『朝潮』の艤装を欲しがった。なぜ欲しかったの?

 霞さん、貴女もしかして……。

 

 「なぜ、そんな事を?」

 

 「姉さんに一度も勝ったことがなかったから。だからせめて、艤装と適合して奪ってやろうとしたのよ。ま、結果は言わなくてもわかるでしょ?」

 

 奪ってやろうとした?いや、嘘だ。

 その悲しそうな目を見て察しがつきました。霞さんは嘘を言っている。

 

 「ねえ朝潮。私が勝ったらその艤装くれない?今度は適合して見せるわ」

 

 挑戦的な笑顔。だけど、目には戸惑いが浮かんでいる。

 

 「お断りします」

 

 私は出来る限りの笑顔で霞さんの提案を跳ね飛ばす。

 

 「そう、だったら……」

 

 「力づくで奪いますか?私より弱いのに」

 

 霞さんの顔が怒りに支配されていく。そりゃ怒りますよね。私のような若輩者に弱い呼ばわりされたんですから。

 

 「上等よ!その思い上がった考えを叩き潰してやる!」

 

 霞さんが私に向けトビウオで急接近。だけど、私は貴女がトビウオを使えることをもう知っています。

 

 ドン!バシュ!

 

 私は跳躍中の霞さんに向けて砲撃を一発。それと同時に魚雷も一発放つ。

 砲弾は吸い込まれるように霞さんへ向かい着弾、直撃だ。

 

 「被弾!?私が!?嘘でしょ!?」

 

 嘘じゃありません。跳躍中は回避不能なのを知らなかったんですか?それに被弾だけじゃ済みませんよ?ほら。

 

 ドーーーーン!!

 

 《霞、中破判定。》

 

 砲撃と同時に放っておいた魚雷が、砲撃で後ろに倒れた霞さんに直撃し爆発。中破を告げるアナウンスが流れるが……。判定がちょっと厳しくないですか?一発とは言え魚雷の直撃ですよ?

 

 「そんな様で、よく力づくで奪うとか言えますね。呉の駆逐艦は口だけですか?」

 

 こうゆうのは性に合わないなぁ……。でも、霞さんの思いに察しがついたからには放っておけないわ。

 『朝潮』として。

 

 「ず、随分キャラが変わってるじゃない。それとも、そっちが本性ってわけ?」

 

 「さあどうでしょう?でも言いたくもなりますよ。だって、私が今まで相手して来た人で一番弱いんですもの」

 

 言葉を紡ぐたびに胃がキリキリする……。挑発ってこんな感じでいいのかしら。した事がないから勝手がわからない。

 

 「はっ!アンタがどんな奴を相手にしてきたか知らないけど、その程度の挑発に乗るほど単純じゃないったら!」

 

 う~んこの程度の挑発じゃダメか、難しいなぁ挑発って。じゃあ、こうゆうのはどうだろう。

 

 「先ほど言った試験の志望理由。アレ、嘘ですよね?」

 

 「嘘じゃないわ!私は……」

 

 いいえ、嘘です。その動揺の仕方で確信しました。

 

 「もう一度『朝潮』に会いたかったんでしょ?私ではなく、先代の朝潮に」

 

 「!!」

 

 図星ですか。私並みに感情が顔に出やすいんじゃないかしら。

 

 「もっと言いましょうか?最初、貴女は私が着任して悔しかったと言いました。コレも本当は少し違いますよね?悔しかったこと自体は嘘じゃないでしょうけど、本当は私が憎らしかったんじゃないですか?」

 

 「な、なんで会ったこともないアンタを憎まなきゃいけないのよ!自意識過剰よ!」

 

 いいえ、おそらく間違っていません。

 貴女は私が憎くて仕方なかった、『朝潮』の艤装と適合した私が。

 だって貴女は……。

 

 「大好きなお姉ちゃんの艤装を奪った私が憎かったんでしょ?」

 

 「ち、ちが……!」

 

 少し考えればわかることだった。20回以上も遥々呉から横須賀に通い、毎回先代に絡んで、毎回帰り際に泣いて、そして『朝潮』の艤装を欲しがって。

 大好きだったんでしょ?呉から通うくらい

 嬉しかったんでしょ?毎回お姉ちゃんに相手してもらえて。

 そして……寂しかったんでしょ?お姉ちゃんと別れるのが。

 

 「貴女が大潮さん達に当たりがキツイのも嫉妬からでしょ?大好きなお姉ちゃんと常に一緒にいる三人が羨ましかったんでしょ?」

 

 「違う!ちがう……」

 

 う……泣かしてしまった……罪悪感で押しつぶされそうだわ。

 でも、もう一押し。

 

 「前言を撤回しましょう()。貴女が私に勝てたらこの艤装を差し上げます。棚に飾るなり抱き枕にするなり好きにして構いません。」

 

 「え……。」

 

 「でも貴女には無理です。私に一方的にお仕置きされて終わりです」

 

 私は許していませんよ。私の司令官をクズ呼ばわりした事を。

 先代への思いを吐き出させると同時に、司令官をクズ呼ばわりした事も後悔させます!

 

 「一番艦だからって姉面?アンタ、私と歳変わらないでしょ?」

 

 よくご存じで。調べたんですか?それとも誰かから聞いたんでしょうか。

 

 「ええそうです。朝潮型のネームシップとして貴女の捻くれた性根を叩きなおします」

 

 貴女はため込んでる気持ちを一度吐き出さないとダメ。

 貴女は直情的に見えて、ホントは自分の気持ちを隠すタイプだ。満潮さんと少し似ている。

 

 私では役不足かもしれないけど、『朝潮』として『妹』を放っておく事なんてできません。

 

 だから私にぶつけてください、貴女の全てを。

 私も全力で受け止めます。

 貴女の先代への思いを。

 

 「立ちなさい霞!お仕置きの時間です!」

 




 諸事情で明日は投稿できない可能性があります。


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