前書きって何書けばいいかいまいちわからない……
朝潮着任1
冬の寒さが身に染みる、もうすぐ春だとはとても思えない。
ここは、三方を海に囲まれ、近くの街まで車でも2時間はかかるような田舎に設立された艦娘養成所,娯楽と言えば誰かが持ちこんだトランプくらい。
ここに入所してもうすぐ3年になる私は、4年目を目前にして選択を迫られていました。
「何?アンタここから出てくの?」
最近『叢雲』の艤装に適合して艦娘になった叢雲さんが呆気にとられたような顔で聞いてきた。
ちなみに、叢雲さんは1年前に養成所に来た人で私のルームメイトです。
艦娘になる前は黒髪に黒目だったのに、艤装と適合してから腰まである長い髪は銀髪、瞳は赤みの強いオレンジに変わってしまった。
私も艦娘になったら髪の色とか変わっちゃうのかしら?
「出て行くんじゃなくて、出て行かされそうなんです!」
「似たようなものでしょ?」
た、たしかに……いえ違います!
「出て行くにしても、明日の適合試験にパスできれば艦娘として出て行けます!」
自分で言ってて虚しくなってくる……。
その適合試験にパスできないから3年もここで過ごしているのに。
「この間、私の適合試験したばっかりなのにまだ艤装が残ってたの?」
「ええ、なんでも他所の養成所に死蔵されてた艤装が見つかったそうで……」
「死蔵されてたって……。大丈夫なのその艤装、壊れてない?」
適合者が現れずにしばらく保管される話はよく聞くけど、『死蔵』とまで言われるほど適合者が現れなかった艤装は私も聞いたことがない。
そう言われると不安になるのでやめてください。
「大丈夫だとは思いますけど……」
教官の話では、最後の適合者から3年は誰も適合してないって聞いたけど……。
だ、大丈夫ですよね?
「そんな艤装の同調に挑まなくってもさぁ、軽巡課程に進むって手もあるんじゃない?駆逐艦が無理でも軽巡とか他の艦種なら適合するかもしれないんだし」
駆逐艦の艤装に適合しなかった人が上の軽巡課程に進むことはよくある。
駆逐艦の艤装に適合するのが精々10代前半なためです。
ただ、私の場合は少し事情が異なります。
上に進めないと言うより、進ませてもらえない理由があるんです。
「それ、私の事情を知ってて言ってますよね?」
「まあねぇ」
艦娘の訓練は大きく分けて座学と実技に分かれます。
座学は言わずもがなですが、実技は単純に運動ができればいいというものではありません。
『内火艇ユニット』と呼ばれる訓練用の艤装と同調し、実際に洋上で訓練するんです。
「内火艇ユニットにも同調できない、だっけ?むしろよくそれで3年も置いてもらえたわね」
「そ、それを言われると耳が痛いです……」
実際、内火艇ユニットに適合できない例は少ないです。
下手をすれば男性でも適合する人がいるくらいですもの、それに適合できないから私は軽巡課程に進むことができないんです。
余談ですが、この内火艇ユニットには同調式と機械式の二種類があり、機械式の方は操作さえ覚えれば誰でも使えます。
装甲も速度も実戦で使えるレベルではないけど、訓練で使う分には内火艇ユニットは非常に有用です。
これを使った事がない艦娘はいないんじゃないかな?
「で、でも、機械式ならなんとか……」
「機械式ってあの手で操作するやつでしょ?そんなので訓練して艦娘になれるわけないじゃない」
至極ごもっとも、反論のしようがありません。
「やはり……艦娘になるのはあきらめた方がいいんでしょうか……」
「艦娘、特に駆逐艦なんか身寄りのない戦災孤児が食い扶持求めて来たのが大半よ?ならなくて済むならならないに越したことはないでしょ。」
「私は別に食うに困ってってわけじゃ……」
まったく困ったことがないわけじゃないけど、私が艦娘になりたいのは……。
「アンタの場合、座学
『だけ』を強調しないでください、気にしてるんですから。
「教官にも言われました。私が望むなら士官学校に推薦もできるって」
「だったらそっちにしなさいよ、艦娘になったら常に前線よ?死に急ぐことないじゃない」
だったら貴女はなんで……と言いそうになってやめた。
艦娘になる子は訳アリが多い、叢雲さんもたぶんそう。
特に多いのがさっき叢雲さんが言った戦災孤児、目的は食い扶持を求めてってのもありますけど『仇討ち』が目的と言う子が圧倒的に多いです。
私も幼いころ深海棲艦の攻撃で家族を失っている、たしかに仇は討ちたいけど、それと同じくらい私は……
「恩返し、だったっけ?」
「え?」
「アンタが艦娘になりたい理由よ、前に話してくれたじゃない」
そう、私は深海棲艦に住んでた町を焼かれた時に助けてくれたあの人に恩返しをするために艦娘を目指したんです。
艦娘になるのが恩返しになるかわからないけど、あの人の側で戦えたらな……と。
「もっとも、恩返ししたい相手が陸軍の人だって聞いたときは笑っちゃったけどね」
「し、仕方ないじゃないですか!その頃は陸軍と海軍の違いなんて判らなかったんですから!」
これはホントに迂闊でした。
まさか陸軍と海軍がほとんど別の組織だったなんて……。
けど、私みたいに子供が就ける軍職なんて艦娘くらいしかなかったし……。
「その人もアンタが艦娘になって前線にでてくなんて望んでないと思うわよ?」
そうかな?そうでしょうね……。
あの時、恐怖で泣きわめく私を抱き上げ、あの人は『もう安心していい、あとは俺たちがなんとかする』そう言って頭を優しく撫でてくれました。
あの不器用な笑顔と、手のぬくもりは今でも忘れられません。
「それはわかってます……。けど!きっかけは勘違いだとしても!一度目指したからにはまっとうする覚悟です!」
そう!別の組織とは言っても同じ国の軍隊です。
共同作戦とかあるかもしれませんし!
「はいはい、それで3年もこんなところに居るっと」
それは言わないで。
「どっちみち、明日の試験をパスしようがしまいがアンタはここから出て行くんだから今日はもう寝なさいな。明日に響くわよ?」
「あ、もうフタヒトマルマルか……」
いつもならとっくに寝てる時間ですね。
「明日の試験、私も見に行くわ、精々頑張りなさい」
頑張るもなにもないのだけれど……ん?
「見に来るんですか?」
どうして?
「1年も同じ部屋で過ごした仲だからね、最後くらい看取ってあげるわ」
最後を看取るって……もうちょっと言い方が……。
「不吉な言い方しないでください……」
でも、ありがとう。
私は二段ベッドの上の段に上がり布団にくるまった。
不安でたまらない、叢雲さんに話して少し楽になった気はするけど、それでも完全には拭えませんでした……。
「ねえ、まだ起きてる?」
なんだろう、叢雲さんが布団に入ってから話しかけてくるのは珍しいですね。
いつもすぐ寝ちゃうのに。
「ええ、起きてます」
「もし、もしよ?もしも明日の試験で落ちたらアンタは士官学校に行きなさい」
「え?」
「そこでアンタは提督を目指すの、それで……その……」
「うん……」
「提督になって私を秘書艦にしなさい!いいわね!」
提督か、私がなれるとはとても思えないけど。
でも、もしなれたら、貴女とだったらうまくやれそうですね。
「ふふ、何年かかると思ってるんですか?」
「な、何年かかってもいいのよ!私は絶対戦死なんかしないんだから!」
うん、死なないでくださいね。
私が友達って呼べるのは貴女くらいしかいないんですから。
「わかりました、お約束します。ありがとう、叢雲さん」
「ふ、ふん、別に礼なんかいらないわ!」
相変わらず言葉はきついけど優しいですね。
ツンデレ?って言うんでしたっけ?
「おやすみ、叢雲さん」
「ええ、おやすみ」
私たちはそう言って眠りについた、叢雲さんと過ごせるのはあと少し、どうせなら笑顔でお別れしたい。
ケンカもよくしたし、きついことも言われたけど、叢雲さんと過ごしたこの1年はすごく楽しかった。
明日の試験、うまくいけばいいな……。
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その晩、私は不思議な夢を見た。
ここはどこ?
見た事ない場所だけど懐かしい、大きな桜の木の下に私は立っていた。
桜の向こう側には教本で見た『鎮守府』によく似た施設が見える。
茶色い赤レンガの大きな建物。
その入り口の正面にあるロータリーに植えられた桜の木の下に私は立っている。
立派な桜、ソメイヨシノだっかな?
『やっと会えたね。』
桜を見上げていると、ふいに背後から声が聞こえた。
振り返ると、そこには黒髪に蒼い瞳の少女が立っていた。
歳は15~6歳くらいでしょうか。
舞い散る桜を背景に長い黒髪が風になびいてすごく綺麗、私ももう少し大きくなればこの人みたいになれるかな。
『あなたは、誰?』
『私はーーーー。』
『何?よく聞こえない』
少女は、私の疑問など聞こえてないかのように。
『どうか司令官を……あの人をよろしくお願いします』
桜吹雪の中の少女はすごく嬉しそうで、でもどこか悲しそうな顔で、そう言った。
司令官?司令官って誰?それによろしくって言われても……。
訳がわからなくてうろたえる私を、少女は優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
少しびっくりしたけど、私は身を任せることにした。
だってすごくいい匂いなんですもの。
ああ、すごく安心する、まるでお母さんみたい。
お母さんって呼んだら怒られるかな?
私が、少女になすがままにされていると。
『きゃ!』
急に風が強くなった、風に連れ去られるようにして少女も遠ざかっていく。
私は慌てて追いかける、だけどまったく追いつけない。
やだ、もっと頭をなでて!
もっと抱きしめててよ!
『待って!置いていかないで!待ってよ!』
行かないで!もっと一緒に居て!
不安で仕方がないの!
試験に落ちたら私は……私は……。
「あなたなら大丈夫、待ってるから。」
大丈夫?何のこと?試験のこと?
私がいくら近づこうとしても全然追いつけない、こんなに走ってるのに。
『待ってよ!まだ一緒に居て……』
「待って!!」
少女を追って走っていたと思っていた私は、いつものベッドの上にいた。
さっきのは夢?でも、それにしては景色とかが妙に現実的で……。
「うるっさいわぇ……今何時だと思ってるのよ……まだマルロクマルマルじゃない……」
下から叢雲さんの抗議が聞こえる。
やっぱりさっきのは夢なのかな……。
頬を涙が伝った跡がある、私は泣いていたの?
「なんだか、スッキリしない寝起きになっちゃったな。」
叢雲さんを起こさないようにベッドから降り、夜明け前の寒さに身を震わせながら身支度を整えた私は海辺を散歩することにした。
養成所の寮から5分も歩けば海が見えてくる。
海と山しか見る景色がないとは言っても、夜明け前の海というのはいいものね。
ちょっとだけ気分が高揚します。
砂浜をゆっくり歩いていると水平線が明るくなってきた。
もうすぐ朝が来る。
私の運命を決定づける朝が。
今日、私は最後の試験を受ける。
私が艦娘になれるかどうかの最後の試験。
昨日までは不安でいっぱいだったけど、今は不思議となんとかなるような気がしてきてる。
夢のおかげかな?
朝日が海面に顔を出し始めた。
今日もいい天気になりそうね。
昇る朝日を見つめていた私の頭に言葉が浮かんできた。
駆逐艦教本の最後のページに毛筆で書かれた言葉。
「暁の水平線に勝利を刻みなさい……」
誰が書いたのかは知らないけど、私はこの言葉が好き。
心が奮い立つ気がする。
うん、刻んでみせる。
まずは今日の試験だ!
相手は艤装、私の勝利条件は艤装と同調すること!
心の準備はできた。
さあ、かかってこい!
「勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!」
私は昇る朝日に宣言し、養成所への帰路についた。
出てきた設定など
内火艇ユニット:同調式と機械式があり、同調式は使用者と同調し脳波コントロールできまれに男性でも同調できる。機械式は操作レバーなどがあり男女問わず操作さえ覚えれば使用可能。速度は10ノット程度しかだせえず装甲フィールドもないようなものなので実戦では使い物にならない。
艦娘養成所:日本各地にあり志願制、各艦種ごとに課程があり下の課程から上の課程へ進むこともできる。在籍期間は平均で1~2年、艤装と同調し次第数日の完熟訓練を経て各鎮守府へ配属される。
髪の色等:艤装と同調すると髪や瞳の色が変化することがある。
艦名:艤装と同調が成功すると本名は伏せられ艤装と同じ艦名で呼ばれるようになる。