艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 辰見と叢雲

 「あー終わんないいいいぃぃ!」

 

 八月は夏の暑さが続きつつも、暦の上では秋の始まりの季節だと言うのに涼しくなるどころか暑くなる一方な気がする。

 

 執務室にクーラーが付いててよかった。こんな猛暑日にクーラー無しなんて考えただけで脳みそが茹で上がっちゃうわ。

 

 「辰見さん次コレね、搬入した各種資材の確認と猫の里親探しのポスターの掲示許可。」

 

 ポスターなんて好きなだけ貼れ!そんな物の許可をいちいち求めないでよ!ただでさえ私の目の前には書類が山になってるのに!

 

 「提督っていつもこんな面倒な仕事してたのね……。」

 

 現在、提督は第八駆逐隊と神風を連れて呉に出張中。私と別室に居る少佐で分担して提督の執務を代行してるんだけど……。

 

 「私が代わりに呉に行けばよかった……。」

 

 三日も早く出発ちゃって、出張とは名ばかりの休暇じゃない。

 

 「ぼやかないぼやかない、私が手伝ってあげてるじゃない。」

 

 おお我が麗しの秘書艦殿、ソファーに座ってくつろいでるようにしか見えないのは私の気のせいかな?

 事務が持ってくる書類を私に投げた後は、ひたすらのんびりしてるじゃないの。

 

 「そんなにゴロゴロしてると豚になるわよ、暇なんなら訓練でもしてくれば?」

 

 私の手伝いと称してサボってるだけじゃない。

 

 「嫌よ。だって外暑いし。」

 

 嫌よと来ましたか、最近の駆逐艦は軟弱ね。

 私が現役の頃の駆逐艦は、外が雨だろうが雪だろうが訓練に励んでたって言うのに。

 

 「それに私、駆逐隊も組んでないし嚮導艦も居ないし、自主練じゃ限界が有るわ。」

 

 っていう言い訳でしょ?逃げ道を潰していってやろうかしら。

 

 「嚮導艦が要るなら空いてる軽巡に頼んであげるわよ?」

 

 「いやいや、私一人のために軽巡の先輩の手は煩わせられないわ。」

 

 「他の駆逐隊と合同でやって貰うから心配要らないわよ。遠慮しなさんな。」

 

 「……。それでも嫌……。」

 

 なんでそこまで訓練を嫌がるかな、同期の朝潮をちょっとは見習いなさい。

 演習とは言え長門に勝ったあの子は一躍有名人よ?

 ん?朝潮……朝潮か。あ~そうか、この子もしかして……。

 

 「ねえ叢雲、最近朝潮と話したりしてる?」

 

 頭の艤装がピーンと立った、かんに触った?頭のそれって、実は感情と連動してるのよね~。私も似たような物ついてたから知ってるのよ?

 

 「なんで急に朝潮が出てくるのよ。関係ないじゃない。」

 

 「最後に話してるとこ見たのが祝勝会の時だったから少し気になってね。」

 

 「別に……。話すことなんかないし、あの子訓練で忙しそうだし……。」

 

 今度は垂れ下がった、まるで犬の耳みたいね。

 

 「朝潮も立派になったわね。鎮守府の代表として演習大会に出るだなんて。」

 

 「そうね……。」

 

 顔は平静を保ってるけど頭の艤装に落ち着きがなくなってる。当たりかな?もうちょっと鎌かけてみるか。

 

 「貴女、朝潮に嫉妬してるんじゃない?」

 

 「は、はあ!?なんで私が朝潮に嫉妬しなきゃいけないのよ!」

 

 当たらずも遠からずって感じね。

 

 「叢雲、貴女あの子を見下してたでしょ。」

 

 「そんなことあるわけないでしょ!辰見さんは私をそんな嫌な女だと思ってたの!?」

 

 いえまったく、貴女はそんな事する子じゃないわ。

 だけどね、本人にその気がなくても、無意識に見下してる事だってあるのよ。

 

 「あの子の頑張りは知ってるもの。洋上訓練に参加できない代わりに体力作りに励んでたし、艦娘になれた時のために戦術書を何度も読み返してた。試験に落ちる度に声を殺して泣いてたのも……。」

 

 「だから自分が守ってあげなくちゃって思った?」

 

 「!!」

 

 朝潮は自分より弱い、だから強い自分が守ってあげなくちゃって思ったんでしょ?それが見下してるって言うのよ叢雲。

 

 「ところが横須賀に着任してみたら守ってあげようと思っていた相手は自分より遙かに強くなっていた。貴女、それでふて腐れちゃったんでしょ?」

 

 「ち、違う!」

 

 いいや違わない、小さい頃は出来が悪かった妹が実は出来る子だったと知ったときの姉の気分ってとこかしら。

 守ろうとしていた対象が自分より強くて、弱い自分に見切りを付けちゃったんでしょ?

 

 「ガキが。それで努力することを放棄か。強くなった朝潮に嫉妬して、弱い自分に勝手に絶望して強くなることを諦めたわけね。」

 

 「う、うるさい!辰見さんに何がわかるのよ!」

 

 わかるんだなぁこれが、私も同じだったからね。これは早めに修正しといた方よさそうね。じゃないとこの子がダメになっちゃう。

 え~と今日の演習場の使用予定は……。

 

 「少し遠いけど第五演習場が空いてるわね。叢雲、艤装を装着してそこに行きなさい。」

 

 「な、何よ急に……。」

 

 「いいから言う通りにしなさい、命令よ。」

 

 私も丸くなったわね。昔ならたぶん、引きずって連れて行ってたでしょうに。

 

 「わかった……。命令じゃ仕方ないもの……。」

 

 トーンの下がった私の声に萎縮したのか、叢雲が渋々ながらソファーから立ち上がり部屋から出て行く。

 よし、渋る叢雲は執務室から追い出した、こちらも準備しなきゃね。

 私は机の上に積み上がった書類を一瞥し、側らに置いていた愛刀を持って執務室を後にした。

 まずは工廠、それから第五演習場だ。

 

 工廠にいた妖精さんに交渉して、提督の私物を持ち出した私はソレを背負って海に出た。海辺を歩いてた艦娘や一般職員が驚いてたけど気にはしない、私の秘書艦がダメになるかならないかが懸かってるんだから。

 

 「た、辰見さんなにしてるの!?」

 

 演習場に着いた私を見るなり叢雲が驚きの声を上げた。まあ士官服姿の私が内火艇ユニットを背負って現れれば驚きもするか。

 

 「今から、貴女の腐った根性を叩き直してやろうと思ってね。」

 

 機関から伸びたアームに繋がった連装砲と左腕の魚雷発射管、そして右手に持つのはアンテナを模した槍か。

 普通の特型駆逐艦とは明らかに形状が異なる艤装、陽炎型に近いか……。たぶん妖精さんが、陽炎型の艤装のテストベッドにしたのね。

 

 「いや、どうゆう事か説明くらい……。」

 

 「問答無用!」

 

 ギイン!

 

 私はトビウオで一気に間合いを詰め抜刀。叢雲を斬りつけるが、叢雲の装甲に阻まれ刀身が鈍い音を上げる。

 

 「ちょ!いきなり何するのよ!」

 

 「言ったでしょ?貴女の根性を叩き直すって。本気でやらないと死ぬわよ。」

 

 「くっ!」

 

 私の目に怯えた叢雲が逆加速をかけ距離を取ろうとする、だけど無駄。私が背負ってる内火艇ユニットは、提督が自分用にチューンした特注品。

 

 装甲が皆無の代わりに、速度と干渉力場の二つに出力を割り振ったおかげで内火艇ユニットでありながら速度は15ノット強、駆逐艦程度の装甲なら削れるくらいの干渉力場を発生させることに成功している。

 

 もっとも、稼働時間は短いし装甲が皆無だから駆逐艦の主砲の至近弾でも即お陀仏、倒せたとしても駆逐艦が精一杯の欠陥品。

 対人ならともかく、対深海棲艦での実戦使用はほぼ不可能だ。

 

 「な、なんで引き離せないの!?」

 

 そりゃ無理よ、貴女は後ろ向きで逃げようとしてるのよ?それじゃあ速度は精々15ノット、私はトビウオも使えるからそうそう離されはしない。

 

 「その槍は飾り?せっかく近接武器を持ってるんだから反撃してきなさいよ。」

 

 「でもそれじゃ辰見さんが!」

 

 は?オレが何だって?まさかお前程度がオレ様をどうにか出来ると思ってるのか?

 

 「舐めるなよ小娘。」

 

 なおも下がろうとする叢雲を大上段からの唐竹割り。振り下ろした勢いそのままに左肘を引き、切り裂いた装甲の隙間から叢雲の首めがけて突きを一閃。

 

 「あ、あ……。」

 

 安心しろ、本当に貫きはしない。

 ちゃんとお前の首の横を刀身が通り抜けているだろう?

 

 「弱いな叢雲、お前は艦娘じゃないオレにすら勝てないほど弱い。」

 

 「だ、だから何よ……。辰見さんに言われなくたって自分が弱いのなんて自覚してる……。」

 

 「……。叢雲、良い事を教えてやる。お前が守ろうとしてた朝潮は天才だ、お前がどれ程努力しても朝潮には追いつけないかも知れない。」

 

 顔を真っ赤にするほど頭にきてるな、だが事実だ。

 今のお前じゃどう足掻いたって朝潮の隣には立てない。

 

 「じゃあ今が正解じゃない……。あの子と対等な立場になれないんなら訓練する意味なんて無いじゃない!」

 

 悔しいか叢雲、泣くほど悔しいならなぜ努力する事をやめた。

 なぜ朝潮の隣に立つことを諦めた!

 

 「昔、性能も実力もハンパだが口だけは達者な艦娘がいた。」

 

 「な、何よ急に。」

 

 「まあ聞けよ。そいつには妹が居てな、血の繋がった実の姉妹で 艦型も同じだった。だけど姉と違って妹は優秀でな。守ってやらなきゃと思っていた妹に実は守られていたのさ。」

 

 悔しかった、プライドをズタズタにされた、憎みさえした。

 面には出さなかったが、オレはアイツが大嫌いだった。

 

 「……その姉はどうしたの……?」

 

 「格好をつけまくった、少しでも姉としての威厳を保ちたかったんだろうな。痛々しいにも程があったよ……。」

 

 オレはアイツが努力していたことを知っていた。なのにオレは、自分には才能がない、アイツは才能があるから凄いんだと自分に言い聞かせてふて腐れた。

 

 「ある戦闘で、妹は姉を庇って戦死した。その時の戦力差を考えれば倒せない敵じゃなかった。オレが邪魔しなけりゃ倒せる敵だった!オレが隊列を崩した!オレが調子に乗って突っ込んだばかりに、龍田がオレに当たるはずだった魚雷に身を晒した!オレが龍田を殺したんだ!」

 

 「辰見さん……。」

 

 「いいか叢雲。失ってから気づいても遅いんだ、お前が朝潮と同じ戦場で戦うことは無いかもしれない。だがもし一緒に戦うことになった時どうする?私は才能がないから訓練しても無駄なので訓練してません。だから戦い方がわかりませんとでも言う気か?」

 

 「言えない……。そんな言い訳をあの子にしたくない……。でもどうしていいのわからない……。」

 

 どうしていいのわからない、か……ホント貴女は昔の私ソックリね。

 きっと朝潮の前では虚勢を張ってたんでしょ?自分の暗い感情を押し込めて、格好つけて。

 

 「だったらオレについてこい叢雲。お前にオレの全部をくれてやる。」

 

 龍田を失った私が死ぬほど努力して得た技術。アイツの自慢の姉であろうと思い、手に入れた自己満足の寄せ集め。

 

 「それで私は朝潮の隣に立てるの?あの子失望されずに済むの?」

 

 「それはお前次第だ。けどな、この辰見様が鍛えるんだ。隣どころから追い越すことも出来るかもしれないぜ?」

 

 貴女なら出来るわ、だって私が選んだ初期艦なんだもの。

 私と同じ後悔はさせたくない、私が貴女を強くする!

 

 「オレ様の指導は厳しいぜ?なんせ世界水準軽く超えてるからな!」


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