艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 提督と満潮 4

 「まったく、よく騒ぐわね……」

 

 大規模作戦の成功を祝して行われている祝勝会の喧騒から逃げるように中庭に来た私は、誰にともなく悪態をついて星空を見上げていた。

 

 ああいう雰囲気は苦手だ、嫌われ者の私には居場所もないし。

 

 「デネボラ、スピカ……。あと一つなんだったっけ……」

 

 「アルクトゥールス。春の大三角だな」

 

 誰?って、考えるまでもないか。

 庁舎の窓からの明かりしかない中庭の先に目を凝らすと、咥え煙草で司令官がこちらに歩いて来ているところだった。

 

 「そんなに声大きかった?」

 

 呟く程度のつもりだったんだけど、あの距離で聞こえたのかしら。

 

 「読唇術は得意でな」

 

 「読むな!って言うか士官服で歩き煙草ってどうなのよ」

 

 「気にするな、ここには私とお前しかいない」

 

 その割に、口調は仕事モードじゃない。

 

 「よっこいしょっと」

 

 「オッサン臭い。あと煙草臭い」

 

 「ここは喫煙所だ、あとオッサンと言うな、せめてオジサマにしてくれ」

 

 絶対に嫌。

 喫煙所とか言ってるくせに、吸いかけの煙草消してるじゃない。

 もしかして、私に遠慮してくれた?

 

 「祝勝会には出ないのか?」

 

 「私たちは勝ってないからね……。司令官こそ出ないの?」

 

 「あ~……。私はああゆう雰囲気で飲むのは苦手でな、顔だけ出して逃げて来た」

 

 アルコール度が高い酒をチビチビ飲むの好きだもんね。たしかに、あそこに居たらそうゆう飲み方は出来そうにないわ。

 

 「朝潮たちはどうした?祝勝会に出てるのか?」

 

 「大潮は荒潮の付き添いで工廠。朝潮は……、叢雲って言ったっけ?辰見さんの秘書艦、あの子が祝勝会に引っ張って行ったわ」

 

 「ふむ、祝勝会で飲酒をどうこう言うつもりはないが。飲みすぎなければいいが……」

 

 「何かあるの?荒潮が動けるようになるまで訓練くらいしかできないでしょ?」

 

 「明日、朝潮に改二改装を受けさせる予定だ」

 

 そっか、あの子もうそこまで練度が上がったのね。

 これで第八駆逐隊で改二改装を受けてないのは私だけになるのか……。

 私もあの制服着たいなぁ。別に、一人だけ制服が違って寂しいとかじゃないわよ?

 

 「そう、あの子……。どんどん強くなるわね」

 

 私はとっくに追い越されちゃってるかな。

 

 「驚かないんだな、大潮は驚いてたが」

 

 「今さらでしょ。練度はいくつ?90くらい?」

 

 「そこまで上がってはいない、80だ。作戦前は69だった」

 

 たった一戦で11も上がったのか、あの子の異常な練度の上がり方を知らなければ信じてなかったわね。

 

 「大潮にも言ったが、しばらく慣らしに付き合ってやってくれ。スペックの上昇に戸惑うだろうし」

 

 「わかった。だけど朝潮の体調次第じゃ休ませてもいいでしょ?」

 

 「改装すると体調が悪くなるのか?」

 

 「成長痛よ。改二になると背が伸びる子とかいるでしょ?ある程度成長してから艦娘になる軽巡以上だとあまり痛まないらしいけど、幼いまま成長が抑制されてる駆逐艦だと影響がもろに出るのよ」

 

 もっとも、朝潮がどのくらい身長が伸びるかわからないし、私は経験ないからどの程度痛むか知らないけどね。

 手足が急に伸びて戸惑うとは思うけど。

 

 「すまない、改二改装にそんな弊害があったとは知らなかった。訓練の開始はお前と大潮の判断に任せる。それと駆逐艦の改二改装後は数日様子を見るよう、各鎮守府にも通達しておこう」

 

 「まあ人によるからね。大潮と荒潮も痛みが酷かったみたいだけど、あの二人は報告しなかったみたいね」

 

 「ああ、他にも改二改装を受けた駆逐艦はいるがそうゆう報告は上がっていない」

 

 駆逐艦は意地っ張りの負けず嫌いが多いからね、それに我慢できる程度の痛みなら報告なんてしないだろうし。

 

 「そういえば前に約束した報酬の件、忘れてないわよね?戦艦棲姫と問題なくやり合えたんだから成功のはずよ?」

 

 「朝潮とのデートだろ?もちろん覚えてる」

 

 ならよし、この人がどんなデートプラン考えてるか気になるところではあるけど。

 

 「プランは考えてる?」

 

 「ああ。八月までは忙しくて時間が取れないが、八月に呉に行くことになるから数日早めに出て私の故郷を案内するつもりだ」

 

 司令官の故郷、たしか山口県だったっけ。司令官大好きっ子のあの子なら、遊園地とかに連れて行くより喜ぶかも。

 

 「山口って何かあるの?フグと下関くらしかイメージないけど」

 

 「ソレでだいたい合ってるよ、田舎だからな。下関は知っててもソレが山口県だと知らない人もいるくらいだ」

 

 ふ~ん、名古屋が愛知県にあるって知らないような感じかしら。

 

 「お土産は紅葉饅頭以外にしてね、神風さんのお土産で食べたから」

 

 「何を言ってる、呉まではお前達も行くんだぞ?」

 

 は?なんで私達も呉に?達って事は八駆全員よね?呉にはあまり行きたくないんだけど……。

 八月に呉で何かあるのかしら、八月に呉でありそうな行事ってなんだっけ……。

 

 「あ。もしかして今年は呉で開催なの?」

 

 「そうだ、毎年恒例の駆逐艦演習大会。今年はお前達に出てもらうぞ」

 

 毎年八月に各鎮守府が交代で開催する駆逐艦演習大会、大会とは言っても参加するのは各鎮守府から駆逐隊が一つだけ。

 各鎮守府のトップ駆逐隊という但し書きは付くけど。

 

 「私達じゃなきゃダメなの?去年みたいに六駆でもいいじゃない」

 

 「八駆が再結成されたのは知られているからな。名指しで果たし状が届いてる」

 

 果たし状とはまた古風な……。

 どこが出したかは、だいたい想像つくけど。

 

 「どうせ十八駆でしょ?なんであの子は私達に絡もうとするのかしら」

 

 私達と同じ、朝潮型10番艦の霞が率いる十八駆は機会さえあれば何かと絡んでくる迷惑な存在だ。

 特に霞は、私達をライバル視どころか敵視してる節があるし。

 

 「毎回泣いて帰ってたクセになんでこんなに強気なのかしら」

 

 「妹だろう?相手くらいしてやれ」

 

 朝潮型駆逐艦としては妹だけど、血縁関係はないし所属も違うから赤の他人って言っても良いレベルなんだけど?

 

 「あの子、負けたら目の前ですっごい悔しそうに泣くのよ?勝っても気持ちよくないのよねぇ……」

 

 「お前と同じじゃないか?」

 

 う……たしかに昔は神風さんに負かされるたびに悔し泣きしてたけど……。

 

 「それに、今年は番外的なカードも組まれる。それに出る奴の相手が出来るのがお前達くらいしか居ない」

 

 「どんなカード?私達が戦うの?」

 

 私達じゃないと相手できない他所の駆逐隊って言ったら、十八駆か二十七駆くらいしか思い浮かばないけど。

 

 「お前達じゃない。それに出るのは神風だ」

 

 あ~、要は神風さんのお守りが出来るのが私達くらいって事か、紛らわしい……。

 

 「神風さんと誰がやるの?あの人とタイマンできる駆逐艦なんて……」

 

 居たな、呉に一人。実際に見たことはないけど、噂が確かなら面白い試合になりそうね。

 

 「相手は呉の死神?」

 

 「正解だ。呉提督の頼みでな。神風が負けるところが見れるかもしれないぞ?」

 

 「見たいの?」

 

 神風さんが負けるなんて微塵も思ってないクセに。

 

 「いや、負けて悔しがるアイツは見飽きてるし、アイツは私の懐刀だ、ただの天才に負けてもらっては困る。」

 

 随分と自由奔放な懐刀さんで、奔放すぎて周りが傷だらけになってない?

 

 「と言うわけでお前達の仕事は神風のお守りと大会の優勝だ。頼んだぞ」

 

 いやいや優勝って……気軽に言うわね、まだ組み合わせも聞いてないのに。

 

 「お前にだけ言うが、実はこの大会。提督同士で賭けが行われてるんだ。まあ自分のとこの駆逐隊にしか賭けないから、賭けと呼んで良いのかわからんが」

 

 私らを出汁にそんなことしてたのかこのクソ提督どもは!

 

 「ここ数年、うちは負け続けだろう?だからそろそろ勝ちたいなと……」

 

 それで優勝しろか、いいわよ?優勝してやろうじゃない。分け前はキッチリ貰うけど。

 

 「まったく、二人になるたびに厄介ごと押しつけるのやめてくれない?」

 

 「すまんな、私が鎮守府で甘えられるのはお前くらいなんだ」

 

 そうゆうのは朝潮に言ってやりなさいよ、なんでそんなセリフを臆面なく言えるかなこの人は。

 

 「あ~はいはい、デカイ子供を持つと苦労するわ」

 

 「はははは、頼んだよ母さん」

 

 「調子に乗らないで、男性と付き合った事もないのに、こんなデカイ子供はいりません」

 

 「今のお前に言い寄って来る奴は間違いなくロリコンだ、気をつけろ」

 

 『気を付けろ(キリッ)』じゃないわよ、鎮守府のロリコン代表みたいな人が何言ってるの?

 

 「その内イケメンの彼氏作って紹介してやるから覚悟しなさい」

 

 当ては無いけど。

 

 「却下だ!何処の馬の骨とも知れん奴に娘はやらん!」

 

 やらん!じゃない、まだ居もしない彼氏に嫉妬してどうすんのよ。だいたい、司令官の娘になった覚えはない!それにさっきは母さんとか言ってたじゃない!

 

 「じゃあ私は一生独り身か……」

 

 「それもダメだ!花嫁姿は見たい!」

 

 面倒くさいなこの親父は……。

 

 『上等よこのクソゴリラ!表に出なさい!』

 

 『いいだろう!ビッグセブンの力、今こそ思い知らせてやる!』

 

 喫煙所の南に位置する食堂から、よく知る声が罵声を浴びせ合ってるのが聞こえる……、またケンカしてるのかあの二人は。

 

 『どうしてお前はそうなんだ!他の駆逐艦を見ろ!皆素直で、部屋に持ち帰って食べたくなるほど可愛いと言うのに!』

 

 なんか今聞いちゃいけないセリフが混ざってた気がするんだけど?

 

 『黙れロリコン2号!そのひん曲がった性根叩きなおしてやるからそこに直りなさい!』

 

 1号は誰?って聞く間でもないか。あ、なんか賭けまで始まったような会話が聞こえるんだけど。

 

 「止めなくていいの?あのままじゃ食堂が大破するわよ?」

 

 「修繕費はあの二人の給料から引いとく、それと満潮。コレを頼む」

 

 そう言って、司令官が私に手渡してきたのは一万円札、まさか賭けに参加して来いって言うんじゃないでしょうね。

 

 「神風に全部だ」

 

 『全部だ』じゃない!止めなさいよ!アンタここの司令官でしょ!?アレを放置する気!?

 

 『見ろ!この朝潮を!私の幼い頃にそっくりだ。もしかしたら生き別れの妹なのかもしれない……。いやきっとそうだ!』

 

 『へぇ、その子貴女の妹だったの……。まとめて潰してやる!』

 

 あ~あ、朝潮ご愁傷様。

 死ぬことはないと思うから頑張って。

 

 「いかん!朝潮が巻き込まれた!満潮すぐに止めに行くぞ!」

 

 朝潮が巻き込まれた途端それ?勝手に行きなさいよ……、私はもう部屋に戻……ってなんで手掴んでるの!?

 

 「待ってろ朝潮!今行くぞ!」

 

 「一人で行きなさいよ!離せこの!はーなーせー!!」

 

 結局、乱入した司令官に神風さんと長門さんは取り押さえられ、その後夜通し説教されたとか。

 

 私を含めた素面の艦娘数人で惨状となった祝勝会の会場を片付ける事になったんだけど……、酒で轟沈した艦娘を各部屋に運んだり、そいつらがリバースした物の掃除やらで作戦中より忙しかったわ。

 

 巻き込まれた朝潮はと言うと、誰に飲まされたのか酒に酔ってグデングデン。

 

 次の日に二日酔いと改二改装による成長痛で苦しむ羽目になったとさ。




 名古屋が愛知県だって知らない人がいる訳ないですよね~~www












 私です……。

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