艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 提督と大潮 2

「……、以上が対戦艦棲姫戦の報告です。作戦の失敗はすべて、旗艦である大潮にあります。」

 

 「気にするな、処罰するつもりはない。そもそも、正規の任務ではないしな。」

 

 「ですが……。」

 

 「戦艦棲姫は取り逃がしたが主力艦隊への被害はなし。今まで奴に与えられた被害を考えれば作戦は成功と言っても過言ではない。」

 

 大規模作戦が終了した晩、艦隊が帰投して祝勝会に浮かれている時に大潮が持ってきた報告は残念な結果ではあるものの有意義な情報を含んだものだった。

 

 「それにお前達が持ち帰った情報だが。ふむ……、キュウキ……。なるほど、窮奇か……。」

 

 「その名前に何か心当たりが?」

 

 「ああ、私も詳しいわけではないんだが。このシキョウと言う単語が四凶ならばまず間違いないだろうな。」

 

 「大潮にはチンプンカンプンですが、何かの暗号ですか?」

 

 朝潮のセリフをパクるんじゃない、声がよく似ているからお前が目の前に居なければ朝潮を探し回ってしまうところだぞ。

 

 「ああ、古代中国の怪物の名前なんだが……。」

 

 「……。」

 

 おい辰見、なぜそんなに目を輝かせて私を見ている。

 

 説明したいのか?そういえばお前はこの手の話が大好物だったな。

 

 「辰見……、説明してやってくれ……。」

 

 「いいんですか!?じゃあしょうがないですね♪」

 

 何がしょうがないですねだ、嬉々として椅子から立ち上がりおって。

 

 「マイクはありませんか?」

 

 「いらんだろ……、ここには私と大潮しかいないんだぞ……。」

 

 「はぁ……、こうゆう時のためにマイクの設置をお勧めしますが?」

 

 いらん!だいたいこんな事を説明する機会などそうそうないわ!

 

 「まあいいか、じゃあ説明するわね。まず四凶だけどこれはさっき提督が言った通りよ。字はこうね。窮奇はこう。」

 

 辰見がB5サイズのホワイトボードに字を書いて見せる。

 

 そのホワイトボード、どこから出した?

 

 「へぇ。たしかにあの戦艦棲姫は怪物でしたけど……。」

 

 「深海棲艦がどんな思惑でその名を名乗っているかは知らないわ。だけど窮奇が四凶の一角と名乗った以上、同格の個体が少なくとも他に3隻いることになるわね。」

 

 「冗談やめてくださいよ……、あんなバケモノが他に3隻もいるなんて……。」

 

 「残りの名前は『渾沌(こんとん)』『饕餮(とうてつ)』『檮杌(とうこつ)』。この三つの名前は出てこなかったのね?」

 

 「はい、その三つは聞いてないです。」

 

 「そう、十二獣の方じゃなくてよかったわ。そっちにも窮奇ってのがいるからね。もっとも、そっちの窮奇は災厄を食べてくれるんだけど。」

 

 相変わらず無駄に詳しいな、中二病の賜物か?それとも後遺症か?

 

 「海内北経では翼をもった虎と説明されてるけど、艤装の腕を翼さに見立てたのかな?たしかに広げれば翼に見えないことも……。」

 

 「……。」

 

 大潮が何とかしてくれと言わんばかりにこちらを見て来る。

 

 すまん、付き合ってやってくれ。

 

 こうなった辰見はなかなか止まらないんだ。

 

 「私的見解では恐らく四凶を束ねているのは渾沌ね。渾沌は混沌とも書き、文字通りカオスを司るわ。犬みたいな姿で長い毛が生えた姿だったり、頭に目、鼻、耳、口の七孔が無くて、脚が六本と六枚の翼が生えた姿の場合もあったりで恰好いいの!」

 

 「いや、気持ち悪いですよソレ……。」

 

 私も同感だ、そんな深海棲艦は確認されていないから名前と姿は関係なさそうだな。

 

 「カオスを司ると偉いのか?」

 

 正直、どうしてソレで四凶を束ねられるのかわからん。

 

 「だって強そうじゃん!如何にも悪の親玉って感じがして最高だなぁオイ!」

 

 敵を褒めるんじゃない、それと艦娘時代の口調に戻ってきてるぞ。

 

 「はぁ……。こちらからしたら悩みの種が増えただけだと思いますけど……。」

 

 まったくその通り、残りの三隻が私の予想通りなら厄介な事になるかもしれん。

 

 「やっぱ中国神話はそそられる設定多いよなぁ!世界水準軽く超えてるわ。」

 

 中国神話について語れと言った覚えはないんだが。

 

 「で!饕餮ってのがこれまたかっこよくてな?」

 

 そろそろ止めないと夜が明けてしまうまで語られそうだな……。

 

 「辰見、その辺にしておけ。大潮が呆れている。」

 

 ジト目で、心底どうでもよさそうにお前を見てるのに気づかんのか。

 

 「ええー!オレまだ全然語り足りねえんだけど!」

 

 「オレ?」

 

 「あ……。んん!ゴホン!ゴホン!」

 

 ワザとらしく咳払いして誤魔化そうとするんじゃない、艦娘時代の方が実は素なんじゃないのか?

 

 「大潮、荒潮はどうなんだ?艤装が停止したのだろう?」

 

 「はい、意識が戻った後、荒潮を連れて工廠でチェックしてもらいましたが問題なく艤装は動きました。どうやらあの命令の効果は永続ではないようです。」

 

 ふむ、ならば問題はないか。

 

 窮奇の命令が他の艦娘にも作用するなら問題だが、そもそも命令で艤装を停止させることができるのなら人類に勝ち目はなくなる。

 

 おそらく荒潮に命令が効いたのは深海化していたせいだろう。

 

 「あんなのは初めてです。荒潮が深海化して姫級とやり合ったことは今まで数回ありますが、命令で停止させられたことはありません。」

 

 となると四凶にのみ与えられている権限か、窮奇相手に荒潮の奥の手が使えなくなったのは痛いな……。

 

 「仕留めるのに十分過ぎる時間があったにも係わらず撤退したのも理解出来ません。大潮、その時何があったの?」

 

 「通信を通して聞いた限りでは棲地の攻略艦隊が私達の方に向かっていたからだと……。邪魔が多いとか言ってましたね。」

 

 「邪魔?」

 

 「ええ、奴はどうやら朝潮ちゃんと1対1で戦いたかったようです。愛してるとも言っていました。」

 

 ほう、深海棲艦のクセに見る目があるじゃないか。

 

 奴が朝潮に執着しているのなら次がある、今回の敗因を教訓にすれば倒せない相手ではない。

 

 なにせ、荒潮は中破したが残りの三人は小破未満。

 

 朝潮に至ってはほぼ無傷で窮奇を大破まで追い込んだのだから。

 

 「そっか、あのネ級は窮奇の方に向かってたのね、主力艦隊にちょっかいかけて来て、艦隊が追撃を始めたらまるで誘うように南進しだしたから何処へ向かうのかと思ったけど。」

 

 「誘うように?」

 

 「そう、艦隊が引き離されそうになったら速度を緩めたりしてね。神風は罠を疑ったらしいんだけど、あの性格でしょ?罠ごと潰す!って言って補給もせずに追っちゃってさ。」

 

 まあ、そのおかげで朝潮達が助かった訳だが……。

 

 ネ級の行動は窮奇以上に不可解だ、窮奇と合流するつもりだったにしても敵である我が艦隊を引き連れて窮奇に合流して何になる?窮奇が朝潮とのタイマンを望むのなら逆鱗に触れる行為ではないか?

 

 「内輪もめか?こちらの艦隊を誘導して窮奇を始末させるつもりだった。とかはどうだ?」

 

 「深海棲艦にそんな概念があるのか疑問ですが、それくらいしか考えられないですよね……。」

 

 「それについては満潮が気になる事を言ってました。」

 

 「満潮が?なんと言ってたんだ?」

 

 「神風さんからネ級の事を聞いた後、『守ろうとしたのね……。』と一言だけ。」

 

 「いやいや、それじゃ辻褄が合わなくない?なんで守る相手の方に敵の艦隊を案内なんてするの?遠ざけるんならわかるけど。」

 

 「大潮にそんな事言われたってわかりませんよ。満潮が言ってただけですから。」

 

 守ろうとする相手の所に脅威となる艦隊を案内することが守ること?

 

 辰見が言うとおり一見すると辻褄は合わない、だが窮奇は艦隊の接近を感知して撤退した……。

 

 「なるほど、そうゆう事か。」

 

 「どうゆう事ですか?提督。」

 

 「ネ級は窮奇の撤退を促したかったのさ。そう考えれば満潮が言った『守ろうとした』にも一応合致する。」

 

 「まあ、一応それっぽく聞こえますけど……。」

 

 「ネ級による主力艦隊への襲撃は窮奇の指示によるものだろう、神風と艦隊を分断するのが当初の目的だったはずだ。」

 

 だが窮奇が到着する前に第八駆逐隊と。いや、朝潮と会ってしまった。

 

 「窮奇は部下から信用されてないんでしょうか。第八駆逐隊が横須賀の最精鋭とは言っても、あちらはソレを知らないはずです。」

 

 「普通の駆逐隊じゃ窮奇どころか姫級に挑んだところで返り討ちですもんね。大潮だって出来ることなら姫級とは戦いたくないです。」

 

 「窮奇は通信を垂れ流していたんだったな?」

 

 「ええ、聞いてて気持ち悪かったですよ。」

 

 映像で見た先代の朝潮との戦いで横槍を入れたのは確か重巡だったな……、だがああの時の重巡はリ級だった。

 

 「もし、三年前の戦いで朝潮が死ぬ原因を作ったリ級とネ級が同一の個体だったとしたらどうだ?」

 

 「窮奇の通信で朝潮の名を聞いて、危険を感じたから窮奇を撤退させるよう仕向けたって事ですか?ですがリ級とネ級では形状もスペックも違いすぎますよ?」

 

 「司令官はリ級がネ級に進化したとでも?」

 

 「それはわからん、だが艦娘でも改二になると容姿や艤装の形状が変わる者がいる。艤装が深海棲艦のコアを元に作られている以上、ないとは言えんだろう。」

 

 「たしかに大潮も改二になった直後は『アナタ誰?』ってよく聞かれましたけど……。」

 

 「ネ級が単にバカだった可能性もあるが、満潮の言葉を信じるなら厄介な盾が一枚窮奇を守っていることになる。」

 

 「守る対象の反感を買ってでも守る……か。大した忠誠心ですね、敵にしとくのが勿体ないです。」

 

 「反感を買って始末されている事を祈りますよ。窮奇だけでも厄介なのにネ級まで加わったら、さすがに手に余ります。」

 

 たしかに、次に窮奇に挑む際にはネ級がそばに居ることを考えて作戦を練らなければならない。

 

 「朝潮は落ち込んでないか?」

 

 「撤退を司令官に進言した事で少し嫌われちゃいました。進言しなくても哨戒艇での追尾は無理だったみたいですけど。」

 

 回避にニトロを使ったみたいだからな、鎮守府に戻るまでエンジンが保ったのが奇跡だよ。

 

 「嫌な役をやらせてしまったな。」

 

 「いいんです。覚悟の上ですから。」

 

 何が覚悟の上だ、顔は笑っているが目が死んでいるではないか……。

 

 「ああそうだ、ご褒美の食事の件だが何がいい?何でも良いぞ?」

 

 「任務に失敗したのにですか?」

 

 「最初に言っただろ?主力艦隊への被害を防ぐ事には成功している、それにお前達が持ち帰った情報は役に立つ。ご褒美をやるのは当然だ。」

 

 「はあ……。あの情報がどう役に立つのか大潮にはわかりませんが……。」

 

 まあ、そうだろうな。

 

 「朝雲達にも聞いておいてくれ、あの子達にも無理をさせたからな。」

 

 「お財布大丈夫です?」

 

 「仮にも私は提督だぞ?お前達の腹を満たすくらい造作もない。」

 

 いざとなれば経費で落とすし。

 

 「そうゆう事なら遠慮なく、明日以降の八駆の予定は決まってるんですか?」

 

 「荒潮が動けるようになるまでは鎮守府で待機だ。それと、明日一番で朝潮を工廠に連れて行ってくれ。」

 

 「工廠に?朝潮ちゃんは入渠するほどのケガはしてませんが。」

 

 「入渠ではない、改装だ。朝潮に改二改装を受けさせろ。」

 

 「改二改装!?もうそんな練度まで上がったんですか!?」

 

 そう言えば前に教えて以来、この子達に朝潮の練度は言ってなかったか。

 

 「ああ、戻ってきてすぐに確認した。現在の朝潮の練度は80だ。」

 

 「80……。下手な古参より高練度じゃないですか……。」

 

 「正直、私も驚いたよ。だが事実だ、荒潮が復帰するまで慣らしに付き合ってやってくれ。」

 

 「わかりました。他に何かありますか?」

 

 「そうだな……。主機の修理は念入りに。くらいか?」

 

 「……了解しました。失礼します。」

 

 動揺は微塵も見せずに出て行ったな、嘘がバレてるのは承知ということか……。

 

 「やはり嘘ですか?」

 

 「ああ、追撃したがる朝潮を止めるためだろう。」

 

 「処罰は?」

 

 「なしだ。一応、釘も刺ししたしな。嫌みっぽくなってしまったが。」

 

 「わかりました、丸くなりましたね提督も。」

 

 それは性格か?それとも腹か?最近気になってきてるんだが……。

 

 「ところで残りの3隻、お前はどこに居ると思う?」

 

 「提督と同じだと思いますよ?窮奇が撤退した方角、絶対命令権を有するほどの上位個体。ほぼ間違いなくハワイですね。」

 

 「やはりお前もそう思うか。」

 

 「おそらく四凶は中枢棲姫の側近。どっちがどっちかまではわかりませんが、ミッドウェーとジョンスンにいる飛行場姫がそれぞれ饕餮と檮杌。東の主力艦隊旗艦が渾沌じゃないでしょうか?」

 

 疑問系の割に自信満々じゃないか、何か確信でもあるのか?

 

 「山の中腹の個体は?」

 

 「興味ありません。」

 

 「は!?」

 

 「最初は中枢棲姫を渾沌にしようか悩んだんですけど、どっちかって言うと『マザー』とか『母上』とかの方がしっくりきますし。中腹の奴は結界の維持に力の大半を割いてるっぽいって言ってましたよね?そんな奴を四凶のどれかに設定するのもどうかなと思いまして。」

 

 コイツは何を言っている?設定?何の設定だ、お前の脳内設定か?そんなものはどうでもいいんだが!?

 

 「窮奇が好き勝手に動き回ってる時点で、結界を維持してる個体が四凶と言うのは破綻してますし。ならば中枢棲姫の防衛に直接絡んでそうな三隻を四凶にした方がそれっぽくないですか?それっぽいですよね!」

 

 え……あ、お前がそれでいいんならそれでいいんじゃないか?私が問題にしたいのは結界を維持している他の三隻が窮奇並みに厄介な存在ならハワイ攻略に支障が出かねないかと言うことで……。

 

 「ハワイの主力艦隊の旗艦の艦種は?」

 

 「たしか南方棲戦姫だが……。」

 

 「ハワイにいるのに南方棲戦姫……、いや、ハワイも一応南国か……。これは人類側の呼称だし例え北に居たって深海棲艦には関係ないよね……。よし!やっぱりそいつを渾沌にしましょう!」

 

 しましょうってなんだ!お前がそうしたいだけだろ!

 

 「人類側の呼称は長ったらしそもそも艦種名だから好きじゃなかったんですよ~。でもこれで呼びやすくなったしそれっぽくなったでしょ!」

 

 「たしかに名前は大切だと思うが……。」

 

 もうそれでいいか……案外合ってるかもしれんし。

 

 「わかった、それで行こう……。いや、それでいい……。」

 

 「く~~~!テンション上がってきたーー!なんでオレ艦娘辞めちゃったんだろう!」

 

 テンションを上げるのは良いが暴れるな!いい歳した大人がみっともない!

 

 「じゃあオレ……じゃない、私は祝勝会に顔出してきますね~♪」

 

 執務室を飛び出していく様は昔のまんまだな、微笑ましいとは思うが。

 

 「北方を落として準備は七割がた完了と言ったところか……。」

 

 当面は備蓄と通常任務のみ、この空いた期間でもう少し朝潮を育てたいところだが。

 

 彼女の成長のしかたが特殊過ぎて通常任務での成長はあまり期待できない、となると……。

 

 私は机の上に置かれた、書類に目を落とす。

 

 「今年は呉か……。墓参りもできて朝潮の成長も狙える、丁度いいな……。」

 


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