艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

4 / 109
序章 第4話。

満潮視点です。

次話から本編に突入します。




横須賀襲撃 4

 入渠が終わって、最初に聞いたのは姉さんの死だった。

 

 「は?何言ってんの?」

 

 出迎えに来た少佐が出合い頭に伝えてくれた。

 いや、ありえないでしょ。

 姉さんは強いのよ?

 死ぬわけないじゃない。

 だいたい、あの司令官が姉さんを死なせるわけがない!

 

 「鎮守府のそばまで姫級の接近を許した、その迎撃に出て……朝潮は……」

 

 は?意味わかんない。

 姫級の接近を許した?

 いやそれはまだいいわ、よくはないけど……。

 

 「姫級の迎撃を一人でさせたってこと!?」

 

 そんなの特攻と同じじゃない!

 

 「他に出れる艦娘がいなかったんだ、それで、やむなく提督は朝潮に迎撃命令を出した。」

 

 そんな……他に艦娘がいなかった?

 呉の大規模作戦に艦娘を貸し出してるのは知ってるわ。

 でも、水雷戦隊二つ分は残ってたはずよ?

 残していた艦娘で防衛できないほどの艦隊に襲われてたってこと?

 私が入渠してる間に?

 

 「先ほど、大潮の艦隊が朝潮の艤装を回収したと報告が入った、行ってやりなさい……」

 

 「え、ええ……」

 

 嘘……嘘だ……姉さんが死ぬなんて……

 何年も艦娘をやっていて、横須賀の駆逐艦のまとめ役で、秘書艦で、時には軽巡の嚮導をやるほどの人なのよ?

 

 その姉さんが……死んだ?

 冗談にしたって笑えない。

 エイプリルフールには一か月早いわよ?

 

 桟橋に着くと、みんなが集まってるのが見えた。

 泣いてる?

 なんでみんな泣いてるの?

 ねえ、なんで?

 どうしたのよ大潮、いつもみたいにアゲアゲ~とか言いなさいよ。

 荒潮?何に抱き着いてるの?それは何?

 艤装?ダメじゃないそんなところに出しっぱなしにしちゃ。

 ああ、姉さんのか、酷くボロボロじゃない、どうしたの?

 

 「み……満潮……朝姉ぇが……朝姉ぇが……」

 

 何よ、大潮、そんな泣きじゃくって、アンタらしくない。

 

 「姉さん!!姉さん!!ああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 どうしたの?荒潮、姉さんはそこにはいないわよ?

 さあ、艤装をしまって迎えに行こう?

 まったく、姉さんらしくない、艤装を出しっぱなしでどこに行ってるのかしら。

 

 「満潮ちゃん、あの……聞いたと思うけど……朝潮ちゃんが……」

 

 嫌だ、言わないで鳳翔さん、その先は聞きたくない。

 

 「2時間ほど前、敵旗艦と思われる戦艦棲姫と交戦。撃破は叶いませんでしたが大破寸前まで追い込み。撤退させることに成功しました。」

 

 「へえ、さすが姉さんじゃない、で?姉さんはどこ?ああ、司令官に報告に行ってるのね。」

 

 艤装も片づけずに行くなんて、戦艦を撃退したのがよっぽど嬉しかったのね。

 

 「いえ、朝潮ちゃんは戦艦凄姫を巻き込み、自爆しました。立派な……最後でした。」

 

 自爆?何言ってるのよ鳳翔さん、艤装に自爆装置なんかないわよ?

 それとも何?自分も巻き込まれるような至近距離で魚雷でも撃ったの?

 

 「満潮ちゃん、辛いとは思うけど……」

 

 「う……さい……」

 

 「え?」

 

 「うるさい!さっきから何言ってるのよ!意味わかんない!姉さんが死んだ!?つくんならもうちょっとマシな嘘つきなさいよ!!」

 

 「満潮ちゃん……」

 

 「大潮、何泣いてんのよ!アンタこのたちの悪い冗談真に受けてるんじゃないでしょうね!」

 

 「満潮……鳳翔さんが言ったことは嘘じゃないの……朝姉ぇは……し……死んだの……」

 

 え?ちょっとちょっとやめてよ、アンタまでそんなこと言うの?

 

 「ねえ、荒潮、嘘よね?司令官のとこに行ってるだけなんでしょ?ねえ!何とか言いなさいったら!!」

 

 「う……ううううぅぅぅぅ……」

 

 ダメだ、艤装にしがみついて泣くばかりで話にならない。

 

 「大潮……アンタこのホラ話信じてるの?」

 

 「大潮だって信じたくなかった……。でも、姉さんがいたはずの海域には艤装しか残ってなくて……それでも信じられなくて鳳翔さんの索敵機が撮った映像も見せてもらって……」

 

 何よそれ……映像……?映像まででっち上げたの?

 な、なかなか手が込んでるじゃない。

 

 「提督からはアナタ達が望むなら見せてもかまわないと言われています……どうしますか?」

 

 提督?ああ司令官か、まったく呼び方は統一してよ紛らわしい。

 ん?そうよ……司令官がこの場にいないじゃない。

 姉さんが死んだっていうなら、あの司令官がいないのはおかしいわ!

 

 「司令官がいないじゃない、司令官はなにしてるの?」

 

 「提督は、事後処理に追われてるわ……たぶん、執務室にいると思う。」

 

 「ほらやっぱり嘘だ!姉さんが死んだって言うなら司令官がのんきに事後処理なんかしてるわけないわ!」

 

 そうよ!あの司令官なら真っ先にここに来るはずよ!

 

 「満潮……」

 

 「ね?大潮、やっぱり嘘よ、アンタも荒潮も騙されてんのよ!まったく!」

 

 「満潮!!」

 

「!?」

 

 何よ大潮、急に怒鳴って、やめてよ、なにを言う気よぉ……

 

 「朝姉ぇは死んだの!!現実を見て!戻ってきたのは艤装だけ!!朝姉ぇは……死んだんだよぉぉぉぉ……」

 

 大潮が私にもたれかかって泣きじゃくる。

 ホントに姉さんは死んだの?なんで?

 私が入渠してたから?

 だから一人で行かざるをえなかった?

 私が……私が動けなかったから姉さんは死んだ?

 

 私のせいで?

 そうだ私のせいだ。

 私のせいで姉さんが死んだ。

 私が姉さんを殺したんだ。

 

 「わ……私のせいだ……わた……私が……」

 

 「ち、違う!満潮のせいじゃない!あの時はああするしかなかったの!」

 

 ああするしかなかった?

 ほら、やっぱり私のせいじゃない。

 私が入渠してたからそうするしかなかったんでしょ?

 

 「だって……私が入渠なんかしてなかったら姉さんは一人で行かずに済んだ……」

 

 「満潮ちゃん、それは違います!自分を責めちゃダメ!」

 

 無理だよ鳳翔さん……

 どうしたって考えちゃうもの……

 私が入渠さえしてなければって……

 

 「ごめ……ごめんなさい……ごめんなさい、私の……私のせいで姉さんを死なせちゃった……」

 

 ああ、ダメだ。

 

 「満潮!もうやめて!ね?満潮のせいじゃないんだよ?」

 

 「だって私のせいじゃない……。私のせいで姉さんが……し……死んじゃったんじゃない!!私が姉さんを殺したんじゃない!!」

 

 もう止まらない。

 

 「ごべんなざい……わだじがよわいがらわだじがもっどつよかったらねえさんは……」

 

 「ごべん……ごべんね……大潮……荒潮……ごべんねぇぇ……」

 

 「満潮……そんなこと言わないで?大潮たちだって同じだよ?」

 

 違う、違うよ大潮。

 だって大潮たちは出撃してたんでしょ?

 私は弱かったから入渠してた、つまらない戦闘で被弾して、肝心な時に何もできなかった。

 

 「だから一緒に強くなろ?朝姉ぇの仇が討てるように……ね?」

 

 強くなりたい……こんな思いをするのはもう嫌。

 

 「うん……うん……」

 

 堰を切ったように泣き出した私の頭を、大潮が優しく撫でてくれる。

 

 さっきまで泣いてたクセに……お姉さんぶっちゃって……

 

 こんなに泣いたのはいつぶりだろう。

 初めて被弾した時?

 初めてみんなとケンカした時?

 初めて姉さんに怒られた時?

 わからないわからないけど、こんなに悲しいのはきっと初めて。

 

 それから、ひとしきり泣いた後、私たちは姉さんの偽装を工廠へ運んだ。

 姉さんの偽装はボロボロだった、痛かっただろうな……。

 

 「鳳翔さん、今日はここで寝てもいいですか?」

 

 「ええ、提督には私から言っておきます。」

 

 大潮が鳳翔さんから許可をもらって私たち3人は姉さんの偽装の横で寝ることにした。

 

 「布団なんて贅沢は言えませんが、整備員の方から毛布を借りてきました。」

 

 無理に大潮が明るく振る舞う、笑顔が歪んでるわよ?

 

 「みんなでこうやって寝るのはいつぶりかしら……」

 

 荒潮、アンタはいつも姉さんの布団に潜り込んでたじゃない。

 

 「今日は髪が痛んじゃう~とか言わないの?荒潮」

 

 大潮、それ荒潮じゃない。

 

 「それぇ、私じゃなくて如月ちゃんよぉ?」

 

 「そうだっけ?」

 

 ほらね。

 

 「そうそう!佐世保の子たちと合同キャンプした時だよ!」

 

 そんなこともあったなぁ……。

 

 「陸軍出の司令官が妙に張り切ってたわよねぇ。」

 

 ホント、散々な目にあったわ……。

 

 「司令官が『着火剤?そんなものに頼るな!火はこうやって起こすんだ!』って言ってさ!」

 

 結局うまくつかずに着火剤使ってたわね。

 

 「司令官が何かするたびに姉さんったら『さすがです司令官!』って言って目をキラキラさせちゃってたわねぇ」

 

 荒潮はテントで見てるだけだったわね。

 

 「司令官……なんで来ないんだろ……」

 

 「鳳翔さんが言ってたでしょ?事後処理が忙しいって。」

 

 それ自体はホントなんだろうけど……。

 

 「姉さんに会わせる顔が顔がない、とか思ってるのかもしれないわねぇ」

 

 そうかもね……。

 でも……たぶん司令官が来ないのは……

 それから私たちは、姉さんとの思い出話に花を咲かせた。

 笑ったことや、泣いたこと。

 楽しかったことや、怒られたこと。

 気づいたら3人とも眠ってしまっていた。

 姉さんとの思い出を夢に見ながら。

 

~~~~~~~

 

ゴン!

 

 ふいに頭部を襲った痛みで目が覚めた。

 犯人は……やっぱり大潮か。

 寝相の悪い大潮の肘鉄を頭に喰らってたたき起こされたのだ。

 

 「いっ痛ぅ……」

 

 まったく……だから大潮の横で寝るのは嫌なのよ。

 今何時?マルフタマルマル?

 まだ深夜じゃない……。

 

 痛みで完全に目が覚めてしまった私は、二人を起こさないように毛布から滑り出た。

 

 「春先とは言えこの時間は冷えるわね……」

 

 空気の冷たさに身震いしながら、私は工廠から外に出てみた。

 

 「星が綺麗……」

 

 洋上で見る夜空も綺麗だけど、鎮守府の夜空も捨てたもんじゃないわね。

 

ヒラ……。

 

 「ん?何?」

 

 桜の……花びら?開花はまだ先のはずだけど……。

 あっちから?鎮守府の正面玄関の方から?

 

 桜の花びらが舞っている、気が早いにもほどがあるでしょ、まだ3月になったばかりよ?

 風に舞う花びらに誘われるように私は歩いた、桜が舞う夜に散歩なんてなかなか洒落てるじゃない。

 

 10分ほど歩くと、狂い咲きしている桜が見えてきた。

 あの桜は……

 姉さんが前に嬉しそうに教えてくれたことがある。

 姉さんと司令官が出会った桜の木だ。

 

 「あれは……」

 

 桜の木にもたれかかるように座っている人影、なんだ、こんなとこにいたのね……。

 

 「ん?満潮か?どうしたんだ、こんな時間に」

 

 人影が私に気づいた、やっぱり司令官だ。

 

 「大潮の肘鉄でたたき起こされちゃってね、司令官こそこんなところで何してるのよ。」

 

 まあ、見ればわかるけどね、脇に一升瓶があるし。

 

 「見てわからんか?花見酒だ。」

 

 まあ座れと言わんばかりに視線で合図してくる。

 私は横に腰を下ろし、ついでに酌をしてやる。

 ありがたく思いなさい?

 

 「事後処理で忙しいって聞いたけど?」

 

 「ああ、それはもう終わったよ。もっとも、明日大本営に出頭せねばならんがな。」

 

 もう今日だけどね。

 

 「何か処罰を受けるの?」

 

 「いや、電話で聞いた限りだと逆に表彰されるらしい」

 

 「へえ、よかったじゃない。」

 

 その割には嬉しそうじゃないけど。

 

 「結果だけみれば、呉が取り逃がした敵艦隊を駆逐艦1隻と引き換えに撃退、鎮守府や街にも被害はなしだからな。表彰でもされなきゃ割に合わん」

 

 嘘だ、そんな苦虫を嚙みつぶしたような顔しちゃって……。

 それが自虐だって事くらい私にだってわかるわ。

 

 「それ、本気で言ってる?」

 

 「まさか」

 

 やっぱりね。

 

 「姉さんの艤装はどうなるの……?」

 

 「修理が終わったら養成所へ送られるそうだ、こればっかりはどうにもならん」

 

 そっか……姉さんの艤装もここからなくなっちゃうんだ……。

 

 「なんで……姉さんの所に行ってあげなかったの?」

 

 会わせる顔がなかった?

 

 「朝潮は……私の命令で戦死した」

 

 うん、そうだね……。

 後悔、してるの?

 

 「私は提督だ、私情を挟むのは職務を果たした後。でないと彼女に顔向けできない、そう思ったんだ……」

 

 やっぱりね、だけど、そんな司令官だから姉さんは好きになったんだね……。

 

 けど、

 

 「恰好つけすぎじゃない?」

 

 「ははは、そうかもしれんな。」

 

 そうよ、こんな時くらい格好つけなくてもいいのよ。

 泣けばいいのよ私たちみたいに。

 

 「でもな満潮。」

 

 「なに?」

 

 「男ってのはな、惚れた女の前じゃ格好つけたがる生き物なんだよ」

 

 は?何よそれ、男ってバカじゃないの?

 

 「あきれたか?」

 

 「ええ、ホント意味わかんない」

 

 「だろうな……」

 

 「でも」

 

 なんとなくわかるわ……。

 

 「ん?」

 

 「なんでもない!」

 

 「変な奴だ。」

 

 うっさい!

 

 「しかし、綺麗だな……」

 

 司令官が桜を見上げるのにつられて私も見上げる。

 

 「ええ、本当に……」

 

 この桜も、姉さんの死を悲しんでくれてるのかな……。

 狂い咲きした桜を無言で眺めながら私たちは物思いに耽った……。

 もう帰ってこない人を思って。

 花弁は、まるで涙のように舞い落ち、風に乗って飛んでいく。

 

 正化26年3月3日。

 この日私たちは、大切な人を失った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。