艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮突撃 4

五月に入り、すべての準備を完了した横須賀鎮守府は北方、アリューシャン列島の敵凄地へ向け進行を開始した。

 

 北方攻略の作戦は三段構え。

 

 第一段階として大湊警備府から軽巡洋艦を旗艦に、駆逐艦と最近開発が完了した海防艦で編成された対潜艦隊が先行し潜水艦を掃討後に横須賀から第3第4艦隊が出撃。

 

 作戦は第二段階に移行し第3、第4艦隊で道中の水上及び空母機動部隊を殲滅、敵旗艦と思われる港湾棲姫を主力の第1第2艦隊で叩くと言うのが作戦の概要だ。

 

 私たち第八駆逐隊は、作戦が第二段階に入った時点で横須賀を哨戒艇に乗って出港。

 

 千島列島とアリューシャン列島の中間地点に哨戒艇を浮かべて待機、戦艦棲姫の出現を待つ。

 

 現在作戦は第二段階、第3、第4艦隊の出撃から半日遅れて出港したところだ。

 

 「悪いわね、アンタ達までこっちに付き合わせちゃって。」

 

 「いいのよ、私たちだって無関係じゃないし。」

 

 満潮さんが後部デッキに腰かけて話しかけているのは哨戒艇の護衛として同行している第九駆逐隊の旗艦、朝雲さんだ。

 

 同じ朝潮型の艦娘で、私や満潮さんと同じ制服に長めのツインテール、性格は満潮さんより少し緩めのツンデレ。

 

 前方には山雲さん、後方に夏雲さん、朝雲さんの反対、哨戒艇の左側には峯雲さん、第九駆逐隊が輪形陣を形成して随伴している。

 

 何度か話したことはあるけど、四人ともどこか遠慮気味で仲がいいかと聞かれば微妙と答えるしかない。。

 

 「絶対に朝潮姉ぇの仇取ってよね!……、って朝潮の前で言うのも変な気分だけど。」

 

 私も妙な気分です、朝潮である私が朝潮の仇を討つ。

 

 事情を知らない人が聞いたらきっと訳が分からないと思います。

 

 「鎮守府に帰ったら間宮羊羹を一本丸々あげるわ、だから護衛頑張って。」

 

 「ホントに!?満潮姉ぇったら太っ腹♪もらっといたげる♪」

 

 いいなぁ、私も間宮羊羹食べたい。

 

 「それにしてもこの哨戒艇凄いわね、司令官の私物?」

 

 「私物と言うか私物化ね、船体にちゃんと『哨戒艇』って書いてあるでしょ朝雲。『哨戒艇』だから費用は軍の経費で落としてるらしいわ。」

 

 満潮さんの言う通り、私たちが乗り込んでいる船体の横に『哨戒艇』と書いたクルーザーは司令官が私物化してるものらしい。

 

 一般にサロンクルーザーと呼ばれるもので大きさは40フィート、内装は控えめだけどシャワー、トイレ、キッチンカウンターを完備した『哨戒艇』と銘打っているだけのクルーザーだ。

 

 後部デッキには艤装の収納スペースまであり、同行しているモヒカンさんと金髪さん曰くあちこちに銃火器や弾薬も隠しているらしい。

 

 「あ、それ知ってる。職権乱用って言うのよね。」

 

 まあそう言わないでください朝雲さん、そのおかげで待機中も不自由しなくて済むんですから。

 

 「ハイエースにしてもそうだけどちょっと酷いわよね、鎮守府の外には何軒かお店も抱えてるみたいよ?」

 

 お店まで……、何のお店なんだろう、いかがわしいお店じゃないですよね?

 

 「あ!それ聞いたことある!着任したての辰見少佐と一緒に行ったらしいわよ!」

 

 なんですと!?朝雲さんその話詳しく!

 

 「昔からの部下だしお酒飲みながら昔話に花を咲かせたんじゃない?」

 

 「そうかなぁ……、夜の街に二人で繰り出したんだよ?怪しすぎない?」

 

 たしかに怪しいです!昔話なら鎮守府でもできますしね!

 

 「満潮ちゃん、朝潮ちゃん。ちょっといい?」

 

 満潮さんと朝雲さんが司令官の公私混同について話していたら荒潮さんが後部デッキに出てきた。

 

 どうしたんだろう、荒潮さんが見た事ないくらい真剣な顔してる。

 

 「私は聞かない方がいい感じ?」

 

 「ええ、ごめんね朝雲ちゃん。」

 

 「わかった、気にしないで荒潮姉ぇ。」

 

 朝雲さんが哨戒艇から離れて護衛に専念しだすと、私と満潮さんは荒潮さんに促されて船内に入った。

 

 荒潮さんは何の話があるんだろう?

 

 「どうしたのよ、妙に真剣な顔しちゃって。」

 

 「ええ、私の奥の手について朝潮ちゃんに話しておきたくて。」

 

 ああ、たまに会話に出て来てたアレか、結局どんなものなんだろう?他の艦娘に見られたくないってのはなんとなく知ってるけど。

 

 「荒潮、話す気になったの?」

 

 「ええ、大潮ちゃんも一緒にいて?」

 

 「ん。わかった。」

 

 船内のソファーに座って海図に目を通していた大潮さんが頷き、私たち三人もソファーに腰かける。

 

 私の隣に座った荒潮さんのテンションが低い、なんだか空気も重いわ……、そんなに話したくない事なのかしら。

 

 「朝潮ちゃんは艤装のコアが何でできてるか知ってる?」

 

 艤装のコア?そういえば知らないな、座学でも習った覚えがない。

 

 妖精さんが作り出すものじゃないの?

 

 「驚かないで聞いてね?艤装のコアは採取された深海棲艦の核から作られるの、と言うか核そのものと言った方がいいかもね。」

 

 コアが深海棲艦の核そのもの!?じゃあ私たちは深海棲艦の力を借りて深海棲艦と戦っていると言う事なの!?

 

 「核自体に意志がないのは確認されてるから深海凄艦に汚染されるとかそうゆうことはないから、そこは安心していいわ。」

 

 「は、はあ……。」

 

 座学で習わないわけだ、艦娘の大半が仇としている深海棲艦を背中に背負って戦ってるなんて教えられるわけがない。

 

 「ただ、この核を含んだ艤装は使用者の精神状態によって形状が変わることがあるの。」

 

 「形状が変わる?」

 

 「ええ、例えば恨みや悲しみなんていう負の感情が一定を超えると艤装が深海棲艦のソレに変化しだすの。」

 

 ちょっと待ってください?恨みとかの負の感情で形状が深海棲艦みたいになるなら艦娘のほとんどは深海棲艦みたいな外見をしているのでは?

 

 だってほとんどの艦娘は深海凄艦を恨んでるんだから。

 

 「朝潮ちゃんの言いたいことはわかるわ、だけど言ったでしょ『一定を超えると』って。その一定のハードルが高すぎるから、例えば恨んだりしただけじゃ変化しないのよ。」

 

 恨むだけじゃ変わらない?肉親を殺されたりした人も多いはずだ、そんな恨みでも変化しないの?

 

 「艤装が変化するラインはね?簡単に言うと精神崩壊した時、そんな状態で訓練や作戦の遂行なんて出来ると思う?」

 

 精神崩壊するほど恨んでようやく?無理でしょうね、そんな状態では日常生活すら不可能です。

 

 「私はね、その精神崩壊の状態を意図的に起こすことが出来るの。スイッチを切り替えるみたいにね。」

 

 それは凄いと言うかなんと言うか……通常の状態と精神が崩壊した状態を行き来するなんて精神衛生上よろしくなさすぎるでしょう……。

 

 あれ?でも艤装が変化するラインに到達できると言う事は、荒潮さんの奥の手ってまさか……。

 

 「もうわかったでしょ?私の奥の手は『深海凄艦化』。艤装が変化したあとは意識を元に戻すし、艤装が変化するだけだから『半深海化』かしら。」

 

 「それって体とかに負担はないんですか?」

 

 精神的にも肉体的にも悪そうな気がするんですが……。

 

 「もちろん負担は大きいわよ、使用した後は丸1週間は寝込んじゃうし、気分も落ちっぱなしになるわ。でもメリットは大きい、短時間ではあるけれど駆逐凄姫と同等のスペックに跳ね上がるし、敵味方の判別くらいはできるわ。」

 

 それじゃあおいそれとは使えない、正しく奥の手だ

 

 「本当は前もって見せておきたかったんだけど、姿も性格も普段とは似ても似つかなくなっちゃうから見せる勇気が出なくてね……。」

 

 「どうして……ですか?」

 

 「朝潮ちゃんに嫌われたくなかったの、深海凄艦を恨んでない子は稀だから……。」

 

 だから私も荒潮さんを嫌うと?そんな事あり得ません!だって荒潮さんは私に凄く優しいし、甘えさせてくれる大好きなお姉ちゃんなんですよ!?

 

 それなのにそんな心配をされていたなんて……。

 

 残念です、私は荒潮さんに信用されてなかったんですね。

 

 そりゃ付き合いも短いし戦闘では足手纏いでしょうから信用されてないのもわかります。

 

 ですが、今の荒潮さんを見てると腹が立ってきます。

 

 いつもの余裕綽々な荒潮さんはどこへ行ったんですか?

 

 なぜそんなに不安そうな顔をしてるんですか?体育座りして遠慮気味に私の様子を伺う荒潮さんなんか見たくないです!

 

 「荒潮さんは私をバカにしてるんですか?」

 

 「え?そんな事ないわ!私は……。」

 

 「いいえバカにしてます!私がその程度の事で荒潮さんを嫌うわけないじゃないですか!私は満潮さんが普段甘えさせてくれない分、荒潮さんに甘えるんです!例え荒潮さんが私を嫌っても離れてあげません!」

 

 「朝潮ちゃん……。」

 

 なぜ目をまん丸にして驚いてるんです、私は当然の事しか言っていません!

 

 「いいですか?私はこう見えて甘えたがりなんです!たかが見た目が深海凄艦みたいになったくらいで甘えさせてくれる荒潮さんを嫌ってなんてあげません!むしろ深海化した荒潮さんに甘えてみたいです!」

 

 「いやぁ、あの状態の荒潮に甘えるのは無理だと思うよ。」

 

 「言葉通じないしね。」

 

 「それでもです!」

 

 本当は言いたくなんてなかったでしょうに、きっと討伐を確実にするために私に話してくれたんだ。

 

 荒潮さんの覚悟。この朝潮、しかと受け取りました!

 

 今度からは荒潮さんが嫌がっても纏わり付いてあげます!

 

 「ありがとう、朝潮ちゃん……。」

 

 うっすら涙を浮かべた荒潮さんが私を抱き寄せる。

 

 心臓の鼓動が鼓動がすごく早いわ……、やっぱり緊張してたんですね。

 

 ところで、抱き寄せるのはいいのですが私の顔に胸を押し付けるのはやめてください。

 

 気持ちはいいですが息ができないんですコレ。

 

 「まあ荒潮は敵に突っ込んで撹乱するのが役目だし、スペックを上げる手段があるなら使わない手はないわね。特に今回は相手が相手だし。」

 

 「満潮ちゃんもありがと、いつも以上に暴走しちゃうと思うけどフォローよろしくね。」

 

 「なっ!?アンタが素直にお願いしてくるなんて頭でも打ったんじゃない!?雪が降るわよ雪が!」

 

 満潮さんほど珍しくはありませんよ?まあ作戦海域は北方ですから雪くらい降るかも知れませんね。

 

 「大潮ちゃんも、迷惑かけちゃうかもしれないけど。お願いね?」

 

 「心配しなくても会敵した途端に暴走する前提で考えてるから安心して良いよ。むしろ暴走してくれなきゃ前提が崩れちゃう。」

 

 大潮さんがヤレヤレと言わんばかりに両手の平を上に向けて首を振るのを見て荒潮さんの鼓動がゆっくりになってくる、よかった、安心したみたい。

 

 「だから隊列も今回は変えようと思うんだ、荒潮を先頭にするだけだけどね。」

 

 荒潮さんが会敵と同時に暴走しちゃったら大潮さんが突き飛ばされかねないですもんね。

 

 「戦術は?いつも通りでいいの?」

 

 「いや、今回は敵が一隻だし、荒潮が奥の手を使う前提だから『トリカゴ』で行くよ。」

 

 荒潮さんが敵を引き付け他の三人で援護しつつ周囲を取り囲む『トリカゴ』は敵を中心にして輪形陣を形成し四方八方から敵を撃ちまくる八駆の戦術の一つだ。

 

 敵が周囲に気を散らせば荒潮さんが痛打を与え、荒潮さんに集中しすぎれば他から砲撃と魚雷が飛んでくる、取り囲まれた敵は文字通り籠の中の鳥と化す。

 

 「あの……、私はトリカゴを使うのは初めてなのですが……。」

 

 問題は私が実戦でトリカゴを使ったことがない事、訓練で練習はしたけど艦隊相手では使いづらいこの戦術を私は実戦で使う機会がなかったのだ。

 

 「荒潮に当てないようにしなけりゃ後はいつも通りよ、訓練通りやれば大丈夫。」

 

 敵の周囲を動き回る荒潮さんに当てないように砲撃なんて、私からすればそれが一番難しいのですが……。

 

 「もし敵が朝潮ちゃんの方に行ったら距離を保つことだけ考えるんだよ。荒潮みたいに突っ込もうなんて思わない事。」

 

 「はい……。」

 

 さらっと不安になるような事言わないでくださいよ大潮さん……。

 

 「大丈夫よぉ、私朝潮ちゃんの撃った弾なら喜んで当たりに行くわぁ。」

 

 当たりに来ないでください、ちゃんと荒潮さんを避けて撃ちますから。

 

 荒潮さんもすっかり普段の調子に戻ったようね、だからそろそろ放してもらえませんか?作戦について話しているのに荒潮さんの胸に顔を埋めながらと言うのは恰好がつきません。

 

 まあ、大潮さんと満潮さんもいつも通りと言う感じでツッコんですらくれませんが。

 

 「討伐が成功したら司令官が好きな物食べさせてくれるって言ってたから頑張ろ!」

 

 「ふん、そんなご褒美がなくても頑張るけどね。」

 

 「じゃあ満潮ちゃんはご褒美なしでいいのねぇ?」

 

 「満潮の分も大潮たちで楽しんでくるから♪」

 

 「いや!なくても頑張るってだけで、ご褒美が欲しくないわけじゃないのよ!?」

 

 ご褒美かぁ、何を食べさせてもらおう……。

 

 「朝潮ちゃんが食べたいのは司令官よねぇ?」

 

 司令官を食べる!?司令官は食べ物なんですか!?

 

 「朝潮ちゃんやらしい~。」

 

 「まあ思春期だしね……、でも司令官が捕まりかねないからやめときなさい。」

 

 お二人とも何を言ってるんですか!?司令官を食べるとは何かの暗号ですか!?

 

 『そろそろ作戦海域に到着っすよ~第八駆逐隊の皆さんは第二種戦闘配置に移行してくださいっす。』

 

 スピーカーから作戦海域が近い事をモヒカンさんが伝えてくる、第二種戦闘配置だから

戦闘準備。

 

 いつでも第一種の臨戦体制へ移行できるよう艤装の調整や弾薬の確認等の準備を行う。

 

 作戦はすでに第二段階中盤、早ければ明日には第三段階に移行し戦闘配置も一種に引き上げられるはずだ。

 

 「いよいよですね……。」

 

 まだ準備の段階だと言うのに心臓の鼓動が早くなり手が震えてくる。

 

 緊張してる?それとも怖いのかな?

 

 どちらも違う、あの時に近い気がする。

 

 適合試験に臨んだ日の朝に。

 

 「怖くなった?」

 

 「いいえ満潮さん、これは武者震いと言うやつです。」

 

 必ず倒す、そして大手を振って司令官の元に帰るんだ。

 

 「そう、なら大丈夫ね。期待してるわ、朝潮。」

 

 戦意も上々、艤装も異常なし。

 

 「お任せ下さい! この朝潮、戦艦棲姫討伐に全力でかかります!」




 夏雲と峯雲はゲーム未実装ですが、作者の都合で名前だけ登場させました。

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