艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 提督と神風 2

 まったく今日は散々だった、八駆の部屋から出た途端に朝風たちに捕まって輪形陣でお祝いされるわ、朝潮が壊れたのを私のせいにされるわ。

 

 なんとか離脱して先生の部屋に逃げ込んだはいいけど、それから一切外に出ることができなかった。

 

 だってあの子達消灯時間まで私を探し回ってたんだもの、晩御飯も食べ損ねちゃった。  

 

 「ホント、今日は厄日だったわ……。」

 

 別にお祝いされるのは嫌じゃない、だけどお祝いが輪形陣を組んでひたすら私の周りを回るだけってどうなのかしら。

 

 「……。」

 

 ちょっと先生、少しは反応してくれてもいいんじゃない?さっきから何を呆けているのかしらこの人は。

 

 「朝潮に知られた……。」

 

 知られた?部屋の中での先生を?別にいいんじゃない?たぶんあの子、幻滅するどころか逆に憧れてたわよ?

 

 「そんなにショックなら直したら?ハッキリ言って朝潮じゃなきゃドン引きするレベルで酷いわよ?」

 

 ちなみに先生はフンドシ一丁だ、私だって一応女なんだから少しは遠慮してくれないかしら。

 

 「そっちじゃないわ!お前と同じ部屋で寝起きしちょる方じゃ!」

 

 なんだそっちか、それこそ気にすることないじゃない、何もないんだし。

 

 子供の頃から同じテントや部屋で寝てたんだから今さらでしょうに。

 

 「誤解したじゃろうのぉ……こいつが夜一人で寝れさえすりゃここに住まわせんでも済んだのに……。」

 

 「べ、別に一人でも平気だし!先生が寂しがっちゃいけないから一緒の部屋に居てあげてるのよ?」

 

 「ほう?第一駆逐隊の部屋は当時のままじゃけぇ使ってええんぞ?」

 

 第一駆逐隊は本来なら私が所属しているべき駆逐隊だけど、艤装自体が破壊されたため後任の艦娘が着任できず現在は私一人だ。

 

 まあ私一人で駆逐隊より強いから問題ないんだけど。

 

 「遠慮しとく、掃除とか面倒くさいし。」

 

 そう、掃除が面倒だから部屋を使わないのだ、けっして夜一人でいるのが怖いわけではない。

 

 「まあええわ、腹減ったけぇなんか適当に作ってくれんか?」

 

 「たまには先生が作ってよ!いつも私じゃない!」

 

 「家賃替わりじゃボケ!」

 

 何が家賃だ!先生の部屋と言っても鎮守府の施設の一部じゃない!まあ、提督用の部屋だからセキュリティは万全だし間取りは広いし、台所とか生活に必要なものはほとんどあるから寮の部屋より便利ではあるけど。

 

 「はいはい、わかりました!でも冷蔵庫の中にろくなものなかったわよ?」

 

 「酒の摘みになりゃなんでもええ。」

 

 だったらキュウリでも齧ってろ!丁度あるから!

 

 「お金はあるくせにろくな物食べないわよね先生って、あ!鯖缶みっけ。」

 

 「贅沢は敵だ。」

 

 そんな事言って、作るのが面倒なだけなんでしょ?料理はできる癖にまったく作ろうとしないんだから。

 

 「大根があるから一緒に煮るか、ちょっと時間かかってもいい?」

 

 「俺が寝るまでに作ってくれりゃええ。」

 

 いっそ寝てくれないかしら、え~とエプロンは……、あった。

 

 「そういえば第一艦隊の奴らとはどうだ?上手くやっちょるか?」

 

 「それなりにね。他の空母とか戦艦も最初は不満があったみたいだけど、長門をぶっ飛ばして見せたら露骨に不満顔を見せることはなくなったわ。」

 

 「そうか、ならええ。」

 

 一応心配してくれてたのかな?

 

 「ねぇ、なんで八駆の子達ってあんなに暇そうなの?先生なら演習場を確保してあげるくらいできるでしょ?」

 

 大潮たちはもちろんだけど、朝潮も実力的には問題ない。

 

 ただ朝潮の場合は、自分にできる事の自覚がないのが問題だ。

 

 多分あの子は2~3歩くらいなら戦舞台も使えるだろう、戦舞台さえ使えれば戦艦などカモだ。

 

 接近できればの話だけど。

 

 「ダメだ、そこかしこで他の艦娘が訓練している状況であの子を演習場に出したくはない。」

 

 純粋培養が過ぎる、たしかにあの子の才能……、いや、能力と言った方がいいか、アレは才能で片づけていいようなものじゃない。

 

 「先生はホントにあの子を剣に仕立て上げるつもりなのね。」

 

 隻腕の戦艦棲姫を屠るための剣、そのための技術以外はいらないと言う訳ね。

 

 「ああ、改二改装が出来るほどの練度に到達できなかったのが少し残念じゃったがの。」

 

 「あらそうなの、あの子の練度って今いくつ?50くらい?」

 

 あんまり興味はないけどね、え~とあとは鯖缶入れて水溶き片栗粉っと。

 

 「69だ、それまで以上過ぎる速度で上昇していた練度が69でピタリと止まった。あと1で改二改装を受けさせられたんじゃがの。」

 

 「69!?」

 

 着任2か月程度でしょ!?50でも行きすぎだと思ってたのに69だなんて……。

 

 練度は上がれば上がるほど次に上がるまでのハードルは高くなる、私がそれくらいになったのって艦娘になって何か月くらいだったっけ?

 

 「何かの意思が働いてるようにも思えてくる。初訓練、初出撃、そしてお前との戦い。あの子にとって節目と思われる経験を終えた時に練度は急上昇していた。」

 

 「私と一戦交えた後、どれくらい上がったの?」

 

 「60から69まで一気にだ、あの一戦でそこまで上がった。」

 

 一気に9も……、あの子の能力を考えれば私から得たものは多いでしょうね。

 

 「節目と節目の間では1か2しか上がっていない、こんな練度の上がり方はあり得るのか?」

 

 間の経験では微々たるくらいしか上がらないのに大きな経験をした途端に急上昇する練度……そんなの聞いたことがない。

 

 「少なくとも私は聞いたことがないわ。あの子の艤装、異常はないのよね?」

 

 「ああ、最初に練度が上がった時に妖精に徹底的に調べさせた。どこにも異常はなかったよ。」

 

 いつの間にか仕事モードになってるわね、こうゆう時にふざけるとマジで怒られるから真面目に答えてやるか。

 

 「もし、その上がり方が事実なんなら次に練度が上がる時はわかりきってるわ。」

 

 あの子にとって節目となりえる経験、直近ではアレしかない。

 

 「隻腕との戦闘後、か?」

 

 「もしくは戦闘中ね、先生は戻ってからしか練度を確認できないでしょ?今までだって経験をした直後に上がっていた可能性はあるわ。」

 

 練度は通常、1か2程度づつしか上がらない。

 

 戦闘を経験した後でも上がらない事はしょっちゅうだ、それほどゆっくり上昇するから自分がやりたい動きとの齟齬が発生しにくい。

 

 私からしたら戦闘中に練度が急上昇するなんて願い下げだけどね、急に上がられたら体の動きのタイミングがズレちゃうもの。

 

 だけどあの子の場合は逆。

 

 技術の習得や精神的な成長に応じてソレが使用可能な練度まで一気に上がるから、練度が急上昇しても問題ないんだ。

 

 だとすればあの子は体力面さえ追いつけば2~3歩どころではなく戦舞台を使用できることになる、問題はあの子が使えることを自覚してない事か……。

 

 「先生、あの子に自分の能力を自覚させるべきだと思うわ。」

 

 でないと、使える技術を使えると知らないばかりに戦死とかもないとは言いきれない。

 

 「教えることは簡単だが……、あの子は養成所で落ちこぼれ呼ばわれされていたせいか、自分に自信がないようなんだ。そんな子に、君は実は天才なんだと言って素直に信じるかどうか……。」

 

 「あの子って落ちこぼれだったの?バカだけど座学は出来そうだったわよ?」

 

 あ~実技がダメダメだったのかな、それなら座学だけできても落ちこぼれか。

 

 「あの子は内火艇ユニットにも同調できなかったんだ、だからここに来るまで浮き方すら知らなかったよ。」

 

 「はあ!?そんなんでよく艦娘になれたわね!」

 

 と言うより養成所を追い出されなかったのが不思議なくらいじゃない!

 

 「だから教えたところで信じるかどうか疑問だし、余計な疑念を抱かせたまま出撃もさせたくない。」

 

 「面倒くさい子ねぇ……。」

 

 先生も面倒くさいけど。

 

 「お前から見てあの子達はどうだ?隻腕とやれそうか?」

 

 私がやれないって言ってもやらせるんでしょ?単に私のお墨付きが欲しいだけで。 

 

 「問題ないわ、私も隻腕とは別の戦艦棲姫とやり合ったことがあるけど。あの子達なら問題なく倒せると思う。」

 

 その隻腕とやらが通常の個体と同程度ならだけどね。

 

 「そうか、ならええ。ところで飯はまだか?酒がなくなりそうじゃ。」

 

 このクソ親父は!コロコロコロコロキャラを変えるな!実は二重人格なんじゃない?

 

 「できたわよ!ご飯はどうする?麦飯しか炊いてないけど。」

 

 「銀シャリがええ。」

 

 「文句があるなら自分で炊け!」

 

 麦飯は米より栄養豊富なのよ?それに貧血や脳卒中等の病気の予防にもなるし糖尿病にも効果がある!炊き方と配合にさえ気を付ければ普通のお米より美味しいんだから!

 

 「それはめんどいけぇ嫌じゃ!」

 

 子供か!ホント部屋ではただのダメ親父ね!

 

 「お、なかなかイケるのぉ。いつでも嫁に行けるんじゃないか?」

 

 「当分嫁に行く気はないわよ、相手もいないしね。」

 

 「そうなんか?まあ、お前の性格考えりゃのぉ……。」

 

 「私の性格がねじ曲がったのは主に先生のせいだけど?」

 

 子供の頃からムサイ男どもと戦場を渡り歩てりゃ曲がりもするわよ。

 

 「そうじゃの、すまん……。」

 

 あら、意外と気にしてたみたい。

 

 別に責めた訳じゃなかったんだけどな……。

 

 「気にしなくていいわ、先生と一緒に居なきゃ今頃野垂れ死にしてるか色街で体売ってるかのどっちかだったわよ。」

 

 あの頃はそれが普通だったし、ゴールデンウィークに浮かれてる一般人がいるのが信じられない。

 

 一応戦時中なのよ?

 

 「そういえばなんでお前、俺の事『先生』って呼ぶようになったんじゃったか。最初はおじさんって呼んじょったろ?」

 

 「ん~なんでだっけ、忘れちゃったわ。」

 

 私に生き方と戦い方を教えてくれたのは先生だ。

 

 隊長とどっちか迷ったけど、当時の私は軍人じゃなかったから先生で落ち着いた。

 

 お父さんって呼ぼうと思ったこともあるけど、それだと娘さんを思い出させちゃうと思うと呼ぶことができなかった……。

 

 「嫁に行くときは挨拶くらいさせろ、一応……親代わりじゃしな。」

 

 「はいはい、その時が来たらね。」

 

 そのためにはこの戦争を生き残らなきゃね。

 

 こんな血まみれの私を貰ってくれる奇特な男がいるとは思えないけど。

 

 もし、嫁に行くことになったら結婚式の費用は全部先生に払わせよう。

 

 娘の結婚式に親がお金を出すのは全然ありよね!

 

 だから、その時までは娘としてお世話してあげるわ。

 

 感謝しなさいよね!

 

 ねえ……お父さん。


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