何度目だろう、この車に乗るのは。
横須賀に着任する時に1回、八駆のみんなと買い物に行った行き帰りで2回。
これで都合4回目か。見るたびに内装がすごくなってるような気がするのは気のせいでしょうか。
天井に取り付けられてあったモニターが小型のシャンデリアに変わり、左の後部ドアを除いて内装をぐるりと囲うように乗せられたソファー、しかもシートベルト&マッサージ機能付き。
運転席と助手席の間には小型の冷蔵庫、床は高そうな絨毯、悪趣味な成金が好みそうな内装ですね。
と言うか、これって車検に通るのかしら?
「どうっすか?今回はVIP様送迎仕様っす!」
引率兼護衛は例によってモヒカンさんと金髪さん。好きな人は好きなんでしょうけど、私はちょっと苦手です。この内装。
「趣味が悪い!赤一色で目がちかちかするわ」
そうですね。内装の色と同化して、神風さんがどこにいるかわかりません。わかりたくもないですけど。
「え~~、いいじゃないっすか。姐さんと同じ赤っすよ?情熱の赤っす。赤い彗星っす!」
その彗星は何を目指しているんでしょうか。正直お金の無駄使いにしか思えません。
「朝潮さんも大変っすねぇ、姐さんのお守りだなんて。同情するっす」
なるほど、呉に向かう二人に三人が同情してたのはこうゆう事ですか。たしかに、神風さんの性格を知ってしまうと同情せざるをえないわ。
「貴方も言うようになったわね。先生の部隊に配属された当時は、戦闘のたびに漏らして帰って来てたって聞いたけど?」
「ちょ!それは言わないでくださいよ!朝潮さんに聞かれるなんて恥ずかしすぎるっす!」
モヒカンさんにもそんな頃があったのね、両手で顔を覆って本当に恥ずかしそう。頭のモヒカンの部分以外が赤く染まってるわ。
例えるなら緑のモヒカンの生えた茹で蛸かしら。
「気にすることはありませんよモヒカンさん。私も初出撃の時は怖かったです。漏らしはしませんでしたけど」
そう、私は漏らしていない。砲弾の水しぶきを浴びて全身びしょ濡れ、それこそ下着まで濡れていたけれど断じて漏らしてなんかないわ!
「やっぱり朝潮さんは天使っすねぇ。ってか今、モヒカンさんって言いました?」
だって、私はお二人の名前を知りません。と言うか、覚えられそうにありません。頭のインパクトが強すぎるんですもの。
「貴方達みたいなのの名前なんて覚える価値ないでしょ。私だって知らないわ」
「それは酷すぎないっすか!?なんだかんだで9年以上の付き合いっすよ!?」
たしかに酷い、それは覚えてあげましょうよ……。
「嫌、私余計な事に脳みそ使いたくないの」
と言うか、神風さんはさっきからどこにいるんです?内装と同化しすぎて本当にわかりません。
「はぁ、横須賀に戻ってからろくな事がないわ。小間使いはやらされるし、ゴリラとは組まされるし」
「神風さんは長門さんともお知り合いなんですか?」
「ん?私が艦娘になった次の年だったかなぁ。当時はアイツが唯一の戦艦でね?色々あったなぁ……。戦舞台の練習台にした事もあったっけ」
戦舞台。私が翻弄されたあの技ですね。
たしかに、旋回半径のせいで急な方向転換ができない艦娘にとってあの技は厄介です。文字通り海面を走って陸上と同じ動きで周りをうろちょろされたら捉え切れません。
「あれはどうやってるんですか?『トビウオ』とは違うみたいでしたけど」
嫌いな人だけど、強いのは確かです。学べるところは学ばないと強くなれません。
「敵の周囲で『水切り』を連続でやってるだけよ。それ以上は教えてあげない」
水切り?川とかで平べったい石を投げる時にやるアレですか?そういえばトビウオの応用とか言ってましたね。小規模な脚を発生させてそれを足場にする感じかしら。
と言うか教えてあげないって……。意地悪な人ですね。まあ、苦労して習得したものをおいそれと教えたくないのはわからなくもないですけど。
「ねえ、貴女って、今練度いくつなの?」
練度?そういえばどれくらいなんでしょう。着任してから一回も聞いてないような……。
「すみません、わからないです」
「はあ?自分の練度を聞いてないの?まあ『トビウオ』が使えるくらいだから5~60くらいはあると思うけど。先生はなんで教えないのかしら」
5~60?私は着任して2か月も経ってないんですよ?練度ってそんなにポンポンと上がるものなのかしら。
「練度がそれくらいの人なら、『トビウオ』は使えるんですか?」
「さあ?アレは練度より体の動かし方の方が大事だから、その気になれば練度1でも可能じゃない?私がアレを初めてやった時はたしか20か30くらいの時だし」
じゃあ、なんで5~60なんて言ったんですか……。
「ただ、50そこらになれば艤装の反応もそれなりに上がってるから、多少体のタイミングがズレても脚の操作で似たような事は出来るわ」
ああ、だから5~60なんですね。鎮守府に帰ったら司令官に聞いてみようかな、私の練度。
「あ、そろそろ着きますぜ姐さん。ロータリーでいいんすか?」
「いいんじゃない?私と朝潮で迎えに行ってくるから適当に待ってて」
「うっす」
二人を車に残して車を降りると、後から内装と同化していた神風さんがニュッと出て来た。
ホントに前触れなしで出て来たように見えたからビックリしちゃっいました。
「なんだか視線が痛いんだけど。この二人の柄が悪いせいねきっと」
それもあるでしょうけど、神風さんが派手過ぎるのでは?
ただでさえ時代錯誤な女学生スタイルに全身ほぼ真っ赤なんですもの。人目を引かない方が無理な話です。
「さて、辰見は何処かしら。まだ駅の中かな?」
「その辰見さんの外見は流石に覚えてるんですよね?」
「変わってなければね。数か月で変わるとも思えないけど」
そっか、艦娘を辞めた時点で艤装による成長の抑制も解除されてるはずだから外見が変わってる可能性の方が高いのか。
「あ、あそこのベンチに座ってるお婆ちゃんに聞いてみましょ?歳の割に短いスカート履いてるけど」
それは失礼すぎでしょう。お歳を召されていても短いスカートを履きたくなることはあると思いますよ?
「ねえねえお婆ちゃん。この辺で眼帯した柄の悪そうな女見なかった?」
知り合いか!とツッコみたくなるほど馴れ馴れしいですね。それにしてもこのお婆さん頭に何か乗せてる?なんだか見覚えのある機械的な塊が二つほど頭の上に……。
「誰がお婆ちゃんよ!私まだ十代なんだけど!?」
あれ、この声にこの口調。それに感情と連動しているような頭の塊の動き。
「え!?あ、ホントだ。髪が真っ白だからお婆ちゃんかと思っちゃった」
「いきなり失礼過ぎない?アンタこそ何よその格好!百年くらい時代間違えてるわよ!?」
やっぱり叢雲さんだ!来るなら来るで手紙くらいくれたらよかったのに。
「しょうがないじゃない。後ろから見ると、発情期がぶり返したお婆ちゃんにしか見えなかったんだもの」
煽らないで!なんでそこで火に油を流し込むような事を言うんですか!
「誰が発情期のババアよ!アンタだって、何よその色。全身真っ赤じゃない!赤ペンキを頭から被る趣味でもあるの!?」
あーそれはわかります。見ようによっては、全身血まみれにも見えますね。
「誰が時代錯誤の赤ペンキ愛好者だ!私をそんな変人みたいに言わないで!」
いや、そこまで言ってない。
とは言え、そろそろ止めないと取っ組み合いのケンカになりそうですね。
ん?私が止めるの?あの二人を?無理無理無理無理!下手に割って入ろうものなら両方から攻撃されかねない!
モヒカンさんと金髪さんに頼むしか……。
あれ?なんですかお二人ともそのガッツポーズは。そんな、いかにも『朝潮さんガンバ!』みたいな顔しないでください。
無理ですからね!?
あそこに飛び込むくらいなら、深海凄艦で埋め尽くされたプールに裸でダイブした方がまだ生き残れる気がします!
「ほらほら二人とも、その辺にしときなさい?他の通行人に迷惑でしょ?」
まさに天の助け!どなたでしょうかあの怒れる猛獣二人を止めに入った勇者様は!
「誰よ貴女!邪魔しないで!今からこの白髪発情女をぶちのめすんだから!」
いや、別に叢雲さんは発情してるからそんな格好してる訳じゃなくてですね。艦娘には、もっとすごい格好してる人もいますよ?
「誰が白髪発情女だ!この、時代錯誤の赤い変態が!」
よかったですね神風さん、なんだか三つくらいコンプレックス抱えてそうな異名を付けて貰って。
難癖つけて、隕石とか落とさないでくださいね?
「神風も相変わらずだね。叢雲もやめときなさい。貴女じゃ逆立ちしたって敵わないから」
逆立ちしたら余計敵わないのでは?あ!まさか叢雲さんはカポエイラの使い手!?その格好でカポエイラはまずいです!下着が丸見えになります!
「叢雲って言ったっけ。取りあえず、あそこでバカな事考えてそうなバカをどうにかしない?」
「同感だわ、酸素魚雷を食らわせてやる」
な、なんで私に矛先が!?
「だからやめなさいって!ほら!そこのモヒカンと金髪!さっさとこの子達乗せてズラかるわよ!」
「ちょ!言い方!」
「俺らの風体+ハイエースでそのセリフは洒落にならねえ!」
何が洒落にならないんだろう?あ、お巡りさんがこっちに来てる。きっと、二人のケンカを止めに来たのね。
「げ!やべえ!朝潮さん早く乗って!」
「そっちの三人も早く!こんな事で職質なんかされたくないっすよ!」
私は車から飛び出て来たモヒカンさんに担がれてハイエースに放り込まれ、それに続いて勇者様が両脇に神風さんと叢雲さんを抱えて乗り込んできた。
端から見たら誘拐されてるように見えたかも知れません。
「危なかったわね。警察が来てたわ。きっと二人のケンカを誰かが通報したのね」
「違ぇよ!間違いなくその後の事で来てたんだよ!」
「うわ、ちょっとやべぇ!パトカーが出動したぞ!何々?怪しい三人組が少女三人を車に連れ込み逃走中?自分ら誘拐犯にさちゃったっすよ!?」
モヒカンさんはどうやってその事を?もしかして無線を傍受してるんですか?
「まったく、神風と叢雲のせいで観光の予定がパーね」
「「間違いなくアンタのせいだ!」」
モヒカンさんと金髪さんのダブルツッコミが炸裂。それよりも金髪さん、前を見て運転してください。
「で、貴女誰なのよ。余計な事してくれちゃって」
神風さんを知ってるみたいだったから、この人が辰見さんでは?
柔和で子供に好かれそうな笑顔に、上から下までビシッとスーツで決めて髪は薄く紫がかかったセミロング。左目の黒の眼帯さえ気にしなければ、キャリアウーマンと言っても通用しそうな人です。
「戦友を忘れるなんて酷くない?辰見よ。私を迎えに来たんじゃないの?」
「うえっ!?貴女が辰見!?ってことはあの天龍!?嘘、信じられない!」
そんなに変わってるんですか?数か月で?艦娘だった頃はどんな人だったんでしょう。
「そんなに変わった?」
「変わったわよ!まるで別人だわ!艦娘だった頃は一人称は『オレ』だったし中二病だったじゃない」
「誰が中二病よ!た、たしかに、そういうところがあったかも知れないけど、中二病と言われるほどじゃなかったはずよ!」
「いやいや、『奴にやられた左目がうずく……間違いない!奴が近くにいるぞ!』とかよく言ってたじゃない。誰も居ない所で」
「やめて!私の黒歴史を音読しないで!」
「他にもあるわよ?『今宵の俺は一味違うぜ!』って昼間に言ったり」
「や~め~て~!昔の自分を殴りたい!口が利けなくなるまで殴りたい!」
「辰見さんってそんなに痛い子だったのね……」
え?カッコイイじゃないですか。なんで叢雲さんはそんなに辰見さんから距離を取ろうとしてるんですか?
「痛い子って言わないで!たしかに昔は痛い子だったかもしれないけど、今はまともだから!」
「極めつけはアレね、『おい、俺の後ろに立つんじゃねぇ。間違って斬っちまったらどうするんだ』って駆逐艦が全身にしがみついてる状態で言った時」
「アハハハハハハハハ!!後ろどころか全身!!うわカッコ悪!!辰見さんそれはないわぁ」
「もうやめて……。憎い……。中二病を患っていた自分が憎い……」
チュウニビョウとは何でしょうか、病気の一種でしょうか。病気に負けずに戦い続けてたなんて凄い人だわ!
「ねえ神風?この子、何か勘違いしてない?すごい羨望の眼差しで見つめられてるんだけど」
「放っておいていいわ。その子、基本ポンコツだから」
またポンコツって言った!酷いわ。すごい事をした人に憧れるのは当然じゃないですか!
「なあ、さすがにあのパトカーの数は洒落にならなくないか?」
パトカー?そういえば出動したってモヒカンさんが……。って何アレ!バックドアの外が真っ赤!内装が真っ赤だから気づかなかったわ!
「十台は軽く超えてるっすね……。どうする?これ……」
「だから俺は嫌だったんだよ!姐さんとこの人が一緒とか安全ピン抜いた手榴弾とトリガーゆるっゆるな機関銃が一緒にダンスしてるようなもんだぞ!」
ええ……。何それ超怖いんですけど……。
「へぇ、良い度胸だ」
「しばらく見ない間に言うようになったわねぇ」
金髪さん早く謝って!今ならまだ間に合います!
「それにしても情けないわねぇ。たったこれだけのパトカーに追われたくらいでオタオタしちゃって」
「んな事言われたってどうしようもないでしょう!?」
「撒いちゃいなさいよ金髪くん。ドラテクは『奇兵隊』で一番じゃなかったっけ?」
運転が上手いとは思ってたけど一番なんだ。と言うかキヘイタイって何?モヒカンさん達の部隊名かしら。
「いや、それはそうだけど、流石にこの数は……」
「あー!わかった!ビビっちゃったんでしょ!ごめんなさいね。ビビっちゃったんなら仕方ないわ」
これでもかと言うほどわざとらしく煽りますね辰見さん。ルームミラー越しに見える金髪さんの額に青筋が浮いてピクピクしてます。
「あ、相棒?間違っても……」
「……って……じゃねぇか」
「相棒!?」
「やってやろうじゃねぇかコノヤローーーーー!!見せてやんよ俺のドラテク!!ビビって小便漏らすんじゃねぇぞコラァァァァァァ!!!!!」
金髪さんがキレた!?何てことしてくれたんですか辰見……うわっ!!
「オラオラどうしたマッポどもがああ!!俺を止められるもんなら止めてみろやああああああ!!」
普段の揺れをほとんど感じさせない運転とは打って変わって荒々しい運転!体が車の動きに合わせて飛んでしまいそう!
「四人ともシートベルトベルト締めて!特に朝潮さんはしっかりと!」
「え?あ、はい!」
「あ~あ、後で先生に怒られるわよアイツら」
「私たちをバカにした罰よ。優しすぎるくらいじゃない?」
いやいや、さすがに二人が可哀そうですよ。と言うか、なんでお二人はこの揺れでそんなに平然としてられるんですか?私は酔ってきてるのに……。
「ところで、貴女が朝潮よね?2代目の」
「は、はい!駆逐艦朝潮です!よろしくお願いします!」
「へぇ、貴女が……」
う……なんだろう。辰見さんの目が急に険しくなった気が……。
「ちょっと辰見さん、朝潮を値踏みするのやめてあげてよ。辰見さんのその目怖いんだから」
値踏みされてたの?てっきり何か失礼をして怒らせたんだと思ったわ。
だって、司令官が神風さんに向けたみたいな冷たい目だったんだもの。背筋が凍り付くかと思いました。
「ごめんなさい。面白そうな子だったからついね」
叢雲さんに諭されて、元の笑顔に戻った辰見さんが私に右手を差し出してくる。
けど、さっきの背筋が凍るような感じが残ってて辰見さんの右手を取ろうとする私の手が震えて握り返すことができません。
この人はきっと司令官と同じ。
柔和な笑顔は仮面。きっと、腹の底にはとんでもない怪物を飼っている。
そんな私の様子に気づいた辰見さんが少しキョトンとした後、少しニヒルな笑顔でこう言いました。
「よろしくね朝潮。提督補佐の辰見少佐よ。ふふふ♪怖い?」
基本的に艦娘以外の個人名は設定していません。
辰見も元天龍と言う役どころ上仕方なく設定しました。