朝潮突撃 1
入渠を終えて、執務室に大潮さん達三人とともに呼び出された私が最初に聞かされたのは、大規模作戦と並行して行われる隻腕の戦艦棲姫討伐任務の概要だった。
私たち第八駆逐隊は作戦海域を少し離れた地点で哨戒艇にて待機し、神風さんに食いつこうと姿を現した戦艦棲姫を確認次第、哨戒艇から出撃。これを撃破すると言うものだった。
「大潮、率直な意見を聞きたい。今の第八駆逐隊で奴を倒せるか?」
私が入隊したせいで八駆の戦力はダウンしている、いっそ私が居ない方が強くなるかもしれない。
だけど、外されたくない。隻腕の戦艦棲姫がどんな奴かは知らないけど、私だってお役に立てるはず!
「大潮は三年前に撮影された映像でしか見たことはありませんが、十分勝算はあると思います」
三年前の映像?と言うことは対象の戦艦凄姫は先代と戦った戦艦凄姫と同一の個体?
「ふむ、荒潮と満潮はどうだ?」
「いけるんじゃないかしらぁ?私の奥の手も使っていいんでしょぉ?」
いまだに荒潮さんの奥の手とやらがどんなものか知らないけど、姫級に対抗できるほどのものなのかしら。
「かまわん、派手にやれ。前に言ったとおり、周りは私が黙らせてやる。」
「……」
「どうした満潮。お前は反対か?」
満潮さんどうしたんだろう。私の方を見てる?やっぱり私が不安要素なのかしら……。
「朝潮、アンタはやれる?正直言って相手が相手よ、怯えて縮こまるアンタを助けてあげられる余裕はたぶん無い」
やはり私のことが不安なんだ、それはそうよね。今まで私が戦って来た相手とは文字通り格が違う。
私が恐怖で動けなくなってしまう事を心配するのは当然だわ。
正直に言うと怖い。ソイツを前にした時、怯えずにいられる自信なんてない。
「本音を言うと怖いです。だけど……」
「だけど?」
相手は恐らく先代の仇。ソイツを倒せば司令官の心の傷を少しは癒やせるかも知れない。復讐はいけない事だと言うのは、大切なものを失ったことがない奴の戯れ言だ。
復讐を果たす事で、司令官が癒やされるなら私は喜んで復讐のための刃となる!
「私は司令官とお約束しました。それを破る方がよほど怖いです」
「うん、じゃあアンタはどうするの?」
二人で居る時と同じ、私を安心させてくる優しい口調。私の背中を押してくれているのがわかる。
「皆と一緒に奴を倒します!そして四人揃って必ず戻ってきます!」
「そう、よく言ったわ。じゃあ私も異論はない、八駆でアイツをフルボッコにしてやりましょう!」
満潮さんが私の右肩をポンと叩いて賛同してくれた、司令官もどこか嬉しそうだわ。
「そうか、わかった。では作戦までの予定だが……」
ズバン!!
司令官が予定を話そうと書類に目を落とした時。執務室の扉を蹴破って、神風さんが大股でノシノシと乱入してきた。
執務室の扉を蹴破るなんて失礼にも程があります!しかも今は大切な話の途中なのに!
「ちょっと先生!!なによあのゴリラ!昔のまんまじゃない!」
ゴリラ?鎮守府でゴリラなんて飼ってたの!?いや、それは今どうでもいいわ。
この人今、司令官の事を先生って呼んだ?なんて羨まけしからん呼び方を!ずるいです!私も先生ってお呼びしたい!
「神風……。扉を壊すのは何度目だ?それに今は大切な話をしている最中なのだが?」
司令官が青筋を浮かべて、口の端をヒクヒクさせている。お怒りなのですね。
どうぞ叱ってやってください!私は止めません!司令官の事を先生などと羨ましい呼び方をするこの人を叱ってください!
「そんな事どうでもいいわよ!あんのクソ長門!改二になったからかどうか知らないけど、やたら私に反抗的だから試しに演習してみたら。まあ昔と一緒!遠くから主砲を撃つだけの単細胞!弾着観測は覚えたみたいだけど主砲ガン積みで接近された時の事を丸で考えてない!」
長門?長門って第一艦隊旗艦の長門さん?と言うことはゴリラとは長門さんのことか。 なんでゴリラなんだろう?
ゴリラ型戦艦とか?いや、長門さんはその名の通り長門型の一番艦だ。だとすると本名かしら。本名がゴリラなんてあり得るの?
ダメダメ私なんかの浅い知識で決めつけちゃ。海外では普通なのかも知れない。ゴリラ・ナッガートゥとか。
今は呉に居るという、金剛と言う戦艦の人は帰国子女だと聞いたことがある。長門さんも帰国子女かも知れないわ。
つまり、神風さんは長門さんを本名で呼んでいる、長門さんは戦艦ゴリラなわけね!
「何考えてるか知らないけど違うからね」
結論に至った途端、満潮さんに否定されてしまいました。じゃあなんでゴリラなんだろう……。今度長門さんに聞いてみようかしら。
「あまりにムカついたからボコって工廠に叩き込んどいたわ!」
「大事な作戦前にか!?何を考えちょるんじゃお前は!」
「先生、方言が出てるわよ」
司令官は怒ると方言が出ちゃうのね。
顔を赤くして、咳払いして誤魔化そうとする司令官可愛い……。
「と、とにかくだ!お前の蛮行は少し目に余る!」
そうですやっちゃってください!お尻ペンペンです!
(さらば慢~心の心こ~ころ 我ら~提~督~♪)
きゅ……急に何でしょうかこの曲は……一体どこから?
「何これ」
「司令官の方から聞こえて来るけどぉ、着メロ?」
「…………私だ」
司令官が、ポケットから何やら四角い板のような物を取り出してソレに話しかけ始めました。
あ!これが噂に聞く『すまーとふぉん』って奴ですね!歌で電話を知らせてくれるんだ。すごいなぁ。
「何!?今横須賀に着いただと!?予定では明日到着じゃ……。ん?ああ、それは構わないが。迎えを寄越せ!?横須賀は初めてじゃないだろ!え?観光もしたい?まったく……お前と言い神風と言い、どうしてお前たちは……」
司令官が空いてる方の手で額を押さえて、電話の相手に呆れ果ててる。神風さんも知ってる人なのかしら?
「ああ~わかったわかった。好きにしろ!何?朝潮はいるかだと?なぜお前が朝潮が着任したことを知っている」
私を知ってる人?外の人で、私が知ってる人なんてそんなに居ないけど……誰だろう?
「ああ、そうゆう事か。わかった迎えに行かそう。ああ、わかった、横須賀中央駅だな」
はぁ……とため息をついて、司令官が項垂れてしまった。なんだか電話だけですごくお疲れだわ。
神風さんみたいに破天荒な人なのかしら。
「相手は誰なんですか?知り合いのようでしたけど」
よくぞ聞いてくれました大潮さん!私も気になります!
「大潮たちは知っている奴だ。もっとも、君たちが着任して一年か二年でここを去ったがな」
三人の知り合いで、かなり前に横須賀から異動になった人?相手は艦娘なのでしょうか?
「朝潮。すまないが、神風と一緒に横須賀中央駅まで迎えに行ってくれないか?車は出させるから」
そりゃあ、ご命令とあらば従いますけど、神風さんと一緒かぁ……。
「どうして私もなのよ、朝潮の知り合いでしょ?」
「いや、電話の主自体は朝潮の知り合いではない。連れの方が知り合いだ。」
連れ?誰だろう?う~ん……思いつかない……。
もしかして叢雲さん?外の知り合いと言ったら叢雲さんと教官くらいしか思いつかないですし、でも叢雲さんが来るなら手紙くらい寄越すだろうし……。
「じゃあ電話してきたのは誰なの?私の知り合い?」
「ああ、
「知らない、誰それ?」
司令官が『嘘だろお前。』みたいな顔してる、辰見?艦娘でそんな艦名あったかしら?
「戦友だろうが!どんだけ薄情なんだお前は!」
「知らないものは知らない!そんな艦娘聞いたことないわよ!」
やっぱり、そんな艦名はないんだ。じゃあ艦娘じゃないのか。
「元天龍だ。お前と天龍と龍田とで散々暴れまわっただろう。」
元ってことは引退したのね。艦娘の引退は手続きが面倒だって聞いたことがありますけど。
「あ~天龍か、アイツの本名ってそんなだったのね」
なんだか『いや~ねぇ先生、それならそう言ってよ~』って聞こえてきそうな態度で右手をヒラヒラさせてる。なんて馴れ馴れしい……。そして羨ましい……。
「忘れてやるなよ……。まあ、そういう訳だから、朝潮と二人で迎えに行ってやれ」
「嫌よ面倒くさい、朝潮だけでいいじゃない」
私も嫌です。この人と一緒だと何をされるかわからないですから。
「話の邪魔をした罰だ!それと!扉の修理代はお前の給料から差っ引いとくから覚悟しろ!」
「そんな殺生な!」
うお!司令官が怒鳴った!普段の落ち着いた司令官もいいけど、こうやって青筋立てて怒鳴る司令官もかっこいいわ!私も怒鳴られてみたい!
「ねぇ、朝潮が怒鳴ってる司令官を見て目をキラキラさせてるんだけど」
「放っておいてあげなよ満潮、そうゆう年頃なんだよ
「恋は盲目よねぇ」
横で三人が好き勝手言ってるみたいですけど関係ありません!いつか私も司令官に……。
「朝潮、悪いがこいつのお目付け役を頼んだぞ。我儘を言うようなら殴っても構わん」
司令官が私にそんな大事なお役目を……。
わかりました。もし神風さんが我儘を言うようなら、殴るどころか車道に突き飛ばしてでも止めて見せます!
「はい!お任せください!」
「ねえ、満潮。この子ってもしかして普段はポンコツなの?」
「今頃気づいたの神風さん。この子って基本はバカよ?」
酷くないですか!?そこまでじゃありません!
「でも司令官、その辰見さんでしたっけ?何をしに鎮守府へ?一般人は入れませんよね?」
「いや、アイツは艦娘は引退したが一般人ではない。艦娘を引退してそのまま海軍に入ったんだ。」
艦娘の引退。通称『解体』をされると、数年の監視付きで一般の生活へ戻るか、そのまま士官として海軍に残るかの二通りの選択肢がある。
前者の場合は書類ごとが非常に面倒です。
艦娘になった時点で戸籍は抹消されるので、新たな戸籍の取得等のお役所的手続きと守秘義務等の誓約書を山ほど書かされるらしいです。
後者の場合は、艦種と艦娘歴、あげた戦果によって変わるらしいですが、最低でも少尉待遇。
戸籍の再取得等の手続きは変わりませんが、一般人に戻る場合と違って誓約書の数は少なくて済みます。
元天龍ということは軽巡だから中尉かな?場合によっては、大尉か少佐くらいは期待できるかしら。
「まあ、元軽巡だもんね。駆逐艦なら、兵役を終えて一般人に戻る子が多いみたいだけど」
満潮さんが今言ったように、艦娘になると最低これだけは軍務に就きなさいという兵役が課せられます。兵役とは言っても志願制の自由兵役ですけど。
志願者は一度艦娘養成所に入れられ、艦娘になるための基礎訓練をし、適合試験を経て艦娘となります。
兵役は艦娘になった時点からカウントされ、最低で4年。それ以降は1年ごとに艦娘を続けるか、上記の二通りどちらの進路を取るかを選ぶ事になります。
「何をしに来るのぉ?元艦娘の軍人さんなんて増やしてもしょうがなくない?」
荒潮さんの言う通り、現在の戦況では主戦力である艦娘以外の軍人を鎮守府内に増やすのはあまり意味がありません。海兵隊と憲兵は駐屯していますし、それに加えて横須賀鎮守府には司令官の私兵までいるのですから。
横須賀鎮守府の艦娘以外の戦力は過剰と言っていいほどなのが現状です。
「軍人は軍人だが、ただの軍人ではない。辰見はここに提督になるためにくるんだ」
え?今なんと……?提督になりに来る?では、今の提督である司令官はどうなるんですか?辞めちゃうんですか?
「そんなの嫌です!司令官が辞めちゃうなんて、私は絶対に嫌!」
私は司令官以外の提督に従うつもりはありません!私の司令官は貴方だけなんですから!
「いや、私は辞めないぞ?」
「え……?」
「すまない、言い方が悪かった。提督になるための……そうだな、研修みたいなものと言ったらいいか。それを兼ねてしばらくは私の元で提督業の勉強をするんだ」
なるほど、それで提督になるために来る。ですか。
思い込みでつい叫んでしまいました……。そうよね、私との約束もあるし、そうそう辞めたりするはずないものね!
「と、言うわけで頼んだぞ朝潮。それと神風、もしボイコットするようなら私自ら処罰してやる」
「わ、わかったわよ……。わかったからその目をやめて」
その目?司令官の目……。感情を一切感じさせない氷のような目。背筋が凍りつくような気がするわ。ゾクゾクする……。
私も、あの目を向けられてみたい……。
神風さんが羨ましいなぁ。
私も神風さんみたいに暴れてみれば、司令官にあの目で見つめてもらえるかしら。褒められるのはもちろん好きですけど、怒られるのも捨てがたいわ!
「ねえ満潮、この子先生のあの目を見て興奮してるわよ?きっとMっ気あるわ。」
「薄々そんな気はしてた。」