艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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幕間 提督と荒潮

 「あら司令官、朝潮ちゃんのお見舞い?」

 

 日が傾き始め、私が治療施設の入り口に着いた時、ちょうど施設から出てきた荒潮に声をかけられた。

 

 「ああ、お前はお見舞いの帰りか?」

 

 「満潮ちゃんと交代、さっきまで私が付き添ってたから。」

 

 交代で付き添いをしていたのか、それもそうだな。朝潮が意識を失ってもう丸二日、このまま目を覚まさなかったら悔やんでも悔やみきれない。

 

 「ねぇ司令官?少しお話いいかしら。」

 

 珍しいな、いつもの間延びしたような言葉づかいではない、表情も真剣そのもの。真面目な話なら聞かねばなるまい。

 

 「ああ、中の待合室でどうだ?それとも外の方がいいか?」

 

 「待合室でいいわ、さっき通った時人もいなかったし。」

 

 今出てきたばかりの荒潮を伴って治療施設の中に入ると消毒液の匂いと言うのか、病院特有の匂いが私の鼻腔をくすぐって来た。

 

 正直言ってこの匂いは好きではない。病院自体好きではないが、まあ仕方ないか。

 

 施設の内装も病院そのもの、今は時間外だから人は居ないが、受付の前の待合室に長椅子が数列並んでいる。

 

 受付や待合室があるのは、ここで艦娘だけではなく駐屯している兵などの治療も行っているからだ。

 

 もっとも、艦娘が最優先ではあるが。

 

 普段と違って大人しい荒潮を促して椅子に座らせ、私もその隣に座る。

 

 何の話だろうか、神風に襲わせたことの文句か?

 

 「で、話とはなんだ?神風の件か?」

 

 「昨日ならその事も文句言ってやろうと思ったけど違うわ。どうせ自分が命じたって言うんでしょ?」

 

 実際私が命じたようなものではあるが、たしかに半分は神風の独断だな。

 

 「あの人の性格は知ってるもの、司令官はそれを利用しただけ。朝潮ちゃんを中破させちゃったのは想定外だったんでしょ?」

 

 「ああ、中破以上は許さないと言って置いたんだがな、アイツの性格を把握し損ねていた私のミスだ。」

 

 「それは違うわ、だって朝潮ちゃん以外は小破で留まってたもの。中破寸前ではあったけどね?」

 

 朝潮も粘らなければ小破で済んだかもな、だがそのおかげで朝潮は神風のほぼ全てを見ることが出来た。

 

 現状で最高の戦闘技術を有する神風の動きを見ることが出来た事は朝潮にとって非常に有意義だ。

 

 「きっと現時点で朝潮ちゃんは私たち三人と同じくらい強いわ。自覚がないだけで、練度が上がればもっと強くなる。」

 

 「何が言いたい?」

 

 それは私にとってもお前達にとっても良いことだろう?

 

 「怖いのよ……、あの子は司令官のために強くなろうとしてる。きっと司令官の命令ならどんな死地にでも赴くでしょうね……。あの子が私たちみたいに人を辞めちゃう事が怖いの……。悲しいの……。」

 

 愛されているな朝潮、朝潮は自分が決めたことに対して真っ直ぐ突き進もうとする。

 

 自分がどんなに傷つこうとも、私などのために剣になるとまで言ってくれた。

 

 「司令官はあの子をどうしたいの?このままあの子が兵器に成り下がっても平気なの?」

 

 平気な訳はない、あの子の覚悟を聞いた今でも迷っているさ……。

 

 あの子は見た目通りまだ子供だ、他の駆逐艦の子もそうだが、娘に雰囲気が似ているあの子を戦場に送り出すたびに胸が張り裂けそうになる。

 

 だが。

 

 「朝潮は私の剣になると言った、そして私はあの子の鞘だ。」

 

 「だから兵器になっても構わないって言うの?」

 

 「荒潮、鞘が何のためにあるか知っているか?」

 

 「質問に質問で返すの?まあいいけど、持ち歩く時に自分が怪我しないためじゃない?」

 

 「たしかにそれもある。だが本来、鞘とは剣の切れ味を保つためにあるんだよ。」

 

 「何を言いたいのかさっぱりわからないんだけど。」

 

 まあそうだろうな、実際今から言うことはこじつけに近い。

 

 「朝潮の切れ味の元はその純粋さだ。それを失ってしまえばどれ程技術を習得しようが、練度が上がろうがナマクラと同じ。あの子が私の心を守ってくれようとしているように、私もあの子の心を守る。あの子の鞘としてな。」

 

 「ふぅん、それで本当に大丈夫か怪しいものだけど。」

 

 「朝潮と約束したからな、約束は守らねばならん。」

 

 朝潮は私の剣だ、あの子がそう言った以上私もあの子に答えねばならない。

 

 情にほだされて出撃させないようにするなど簡単なのだ、だがそれでは朝潮の覚悟を土足で踏みにじるのと同義。

 

 そんな事は私には出来ない。

 

 例え私の思い込みと言われようと、それは殺されるより苦しいことだと私には思えるから。

 

 「まあ朝潮ちゃんと司令官にしかわからないこともあるんだろうけど。そこまで言うんだったら守ってあげてね?あの子が、私たちみたいなバケモノにならないように。」

 

 「ああ、約束しよう。」

 

 自分たちはバケモノか……。

 

 そんな事はないぞ荒潮、本当にバケモノなら人の事など気遣わない。

 

 それが出来ている内は、どれ程戦場に染まろうがお前はバケモノではないよ。

 

 「まあ、朝潮ちゃんのことはそれで納得するとして。本題に入っていい?」

 

 ん?今のが本題ではないのか。

 

 「なんだ?この際だ、遠慮無く言ってみなさい。」

 

 考え込んでいるな、そんなに言いにくいことなのか?

 

 「満潮ちゃんに聞いたわ、今度の大規模作戦でアイツと私たちを戦わせるって。」

 

 意を決して口を開いたと思ったらその事か、お前にとっても願ってもないチャンスじゃないのか?その様子だと参加したくないように見えるぞ。

 

 「参加したくないのか?」

 

 「したいわ、姉さんの仇だもの。この手で殺してやりたい。」

 

 唇を噛みしめるように声をひねり出す荒潮、お前は先代の朝潮にベッタリだったものな、今もそうみたいだが。

 

 「だけど……、お願い、私を今回の作戦から外してください。」

 

 どうゆうことだ?参加はしたいが作戦から外してくれだと?

 

 「アイツの姿を見ちゃったらきっと私……暴走しちゃう、自分を抑えられなくなっちゃう。それだけならいい!見境がなくなって皆にも襲い掛かるかもしれない!」

 

 ああ、そうゆうことか……。

 

 「だからお願いします!私を作戦から外してください!」

 

 普段どこか挑発的なお前が敬語とは、自分の感情を押し殺してまで三人の身を案じるか。

 

 「大潮たちには話したのか?」

 

 「まだ話してない……。だけど大潮ちゃんたちはきっと気にするなって言うと思う……。」

 

 「ならそれでいいじゃないか、朝潮はともかく、大潮と満潮はお前の奥の手の事を知っている。お前が暴走してもどうにかしてくれるさ。」

 

 「でも……朝潮ちゃんに見られちゃう……作戦海域からも近いんでしょ?他の艦娘に見られたら大潮ちゃんたちまで同じ目で見られるかもしれないじゃない。」

 

 どちらかと言うとそっちの方が心配なのだろう?

 

 確かに、アレを見たら他の艦娘がなんと言いだすか想像に難くないな。

 

 「お前はそれで自分に納得できるのか?」

 

 うつむいてスカートの裾を両手で握りしめる荒潮、納得など出来てないではないか。

 

 「お前の気持ちもわかるが外すわけにはいかない。駆逐艦のみで戦艦凄姫に挑むのだ、お前の奥の手はそのまま八駆の奥の手になる。」

 

 荒潮の奥の手は強力だ、神風とはベクトルの違う強さではあるが、例え相手が姫級だとしても打倒できる。

 

 「それはわかってるの!でも……。」

 

 「朝潮に嫌われたくないか?」

 

 荒潮は無言でうなずく、うっすらと涙すら浮かべて。

 

 まったく、大潮といい満潮といいお前達は朝潮を大事にし過ぎる。  

 

 死んだ姉に似た子に情がわくのはわかるがな、私もそうなのだし。

 

 「ならば作戦までに一度見せてやるといい、場所は私が用意してやる。」

 

 「人の話聞いてた?私はアレを朝潮ちゃんに見せたくないのよ?」

 

 「聞いていたとも。お前はあの程度のものを見せただけで朝潮がお前を嫌うと思っているのか?それはあの子に対して失礼だろう。」

 

 心配しなくても朝潮はお前を嫌ったりはしない。逆にどうやったらできるのか聞かれるかもしれんぞ?

 

 まあ、やろうと思ってやれるものではないが。

 

 「本当にそうかしら……。それに朝潮ちゃんは見ただけで覚えちゃうんでしょ?アレは真似して欲しくない。」

 

 「その心配は嫌われるかも以上に杞憂だ。そもそもアレは技術とは真逆のものだろう?」

 

 「それはそうだけど……。」

 

 「一人で抱え込むな、大潮と満潮に相談してみなさい。きっと一緒に悩んでくれる」

 

 「うん……。」

 

 「他の艦娘が何か言ってきたら私が黙らせてやる、大本営が言ってきても同じだ。海軍を転覆させられる位のネタは持っているからな。」

 

 「海軍を転覆って……。そんなんでよく提督を続けられてるわよね、いつ暗殺されてもおかしくないじゃない。」

 

 そう呆れてくれるな、最初の頃は酷かったんだぞ?毎週のように暗殺者がダース単位で送られて来てたんだ。

 

 全て返り討ちにして首をラッピングして送り返していたら、いつの間にか襲ってこなくなったがな。

 

 「朝潮に見せる気になったら言ってこい、周りにどう見られるかを気にするなどお前らしくないぞ?」

 

 「それってどうゆう意味かしらぁ?私だって人並みに周りの評価は気にすのよぉ?」

 

 普段の口調に戻ったと言うことはある程度決心はついたか。

 

 「すまんすまん、お前がそこまで殊勝な子だとは思っていなかった。」

 

 「何よそれぇ、失礼しちゃうわ。」

 

 「少しは気が晴れたか?」

 

 「それなりにかなぁ。まぁ、頑張ってみるわぁ。」

 

 そう言って椅子から立ち、出口へ向かう荒潮を見送って私は朝潮の病室へと向かいだした。

 

 さて、朝潮は起きているかな?起きていたら何を話そうか……。

 

 まずは神風の事を謝罪して、それからどうする?

 

 許してくれなかったらどうしようか……。

 

 そうだ、神風を追い詰めた事を褒めないとな。

 

 何かご褒美でもあげるか。

 

 何が良いかな、菓子折の一つでも下げてくるべきだった。

 

 朝潮の病室が近づくにつれて鼓動が高鳴っている気がする。

 

 先週は上手く話せたのだ、今回もあの調子で話せばいい、一応まだ仕事中だからこのままで。

 

 う~む、いい歳をしたオッサンが女の子のお見舞いだけでここまで一喜一憂するとは情けないな。

 

 よし着いた、ノックを忘れるな?満潮が居るのだ、いきなり入って朝潮を着替えさせているところに遭遇でもしたらラッキースケベどころかアンラッキースケベになりかねない。

 

 帽子は曲がってないか?髭はここに来る前に剃ったし、服装に乱れもない。

 

 完璧だ、では行こう。

 

 我が麗しの(つるぎ)に会いに。


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