艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮出撃 2

「だから!朝潮にはこっちの方が似合うって言ってるでしょ!」

 

「いやいや、やっぱりこっちの方がいいわよぉ。」

 

 おはようございます、朝潮です。

 

 本日は目も眩むような晴天ですが、大変気持ちのいい春のそよ風が吹いていて、まさに行楽日和という感じです。

 

 そんないい日だと言うのに満潮さんと荒潮さんは絶賛ケンカ中です、まあ原因は私なんですけど。

 

 「わかってないわね!朝潮にパンツルックはまだ早いわ!基本から入るべきよ!」

 

 パンツルックとは何でしょう?今私は下着姿で正座させられているのですが、これがパンツルックですか?

 

 「満潮ちゃんのコーデは大人しすぎるわぁ、攻めの姿勢は大事よぉ?」

 

 攻める?どこを攻めるでしょうか、そろそろ服を着せてください、春とは言え朝は少し冷えますし。

 

 「あ、あの私は別に制服でも構わないんですが……。」

 

 「「それは絶対ダメ!」」

 

 はぁ……ダメか、朝食前にあんな事を言わなければこんな事にはならなかったのに……。

 

 迂闊だった……。

 

 そう、あれは今から一時間ほど前、朝食を食べ終わって部屋に戻る途中の事でした。

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

 

 

「休み……ですか?」

 

「はい、マルハチマルマルより48時間の休暇です、申請すれば外出もOKだよ。」

 

 今日から休みの事を、部屋へ向かう途中で大潮さんが思い出したように告げてきた、昨日の失敗を挽回するべく、今日はいつもより気合いを入れて訓練に励もうと思っていたのに、なんだか出鼻を挫かれた感じになってしまった。

 

 「自主訓練くらいはしていいんです……よね?」

 

 休暇なんだから別に訓練するのも自由よね!よし、それなら艤装の使用許可を取って一人ででも……。

 

 「ダメです、朝潮ちゃんは着任してからまともに休みを取っていません、だから絶対に休ませろと厳命されてます。」

 

 そんな……、自主訓練もダメだなんて、48時間も何すればいいんだろう……。

 

 「朝潮ちゃん、もしよかったら私とぉ……。」

 

 「それもダメだよ荒潮、絶対にあそこだけには行かせるなって言われてるから。」

 

 あそこ?あ~ムツリムだっけ?の集会の事かしら。

 

 「ぶぅ~大潮ちゃんの意地悪ぅ。」

 

 「なに?アンタやることがないの?」

 

 「は、はい……、趣味も特にないですし……。」

 

 しいて言えば訓練することが趣味?

 

 「じゃ、じゃあ私と出かける?丁度買いたいものがあるし。」

 

 満潮さんと買い物!?それは良いわ!日頃の感謝を込めて何か……そうだ食事でもご馳走しよう!お給金は入ってるし、うん、いけるわ!

 

 「ああ!ずるぅい!朝潮ちゃんを独り占めする気ね、それなら荒潮もついて行くぅ!」

 

 あ、あれ?一人増えた、ううん、大丈夫!二人にご飯を奢るくらい余裕よ!

 

 「そういう事なら大潮も行くよ!八駆全員で買い物に行こう!」

 

 結局みんなになっちゃった、まあいっか、そっちの方が楽しいよね、ね?満潮さ……。

 

 「……。」

 

 なんか機嫌が悪くなってる……、なんで?みんなと一緒の方が楽しいんじゃ……。

 

 「あ~満潮ちゃんが怒ってるぅ、やっぱり朝潮ちゃんを独り占めする気だったのねぇ。」

 

 「別に……そんなんじゃないし。」

 

 そうなの?私を独り占めしたいんだったら言ってくれればいいのに、わ、私だってその……満潮さんに思いっきり甘えたいし……言えないけど。

 

 「そういえば、朝潮ちゃんって私服持ってるの?制服と部屋着姿しか見た事ないけど。」

 

 「私服は……すみません、持ってないです……。」

 

 ずっと居た養成所は支給の制服で事足りてたし、ここに来てからもそうだし……、それに私服にお金を使うくらいなら貯金をと……。

 

 「だったら私の服を貸してあげるわぁ、きっと可愛いわよぉ♪」

 

 だけど私と荒潮さんじゃ体形が……いえ身長は大差ないんですが、その、体の各部の寸法がですね。

 

 「アンタのじゃ合わないでしょうが、私のを貸してあげるから問題ないわ。」

 

 たしかに満潮さんと私ならバッチリですね!いえ、別に満潮さんが私みたいにスットントンって事じゃないですよ?

 

 「アンタ今、すっごい失礼な事考えてない?」

 

 「い、いえ!そんな事はありません!」

 

 ダメダメ、顔に出しちゃ!逆の事を考えよう!そうよ!満潮さんは私と同じでないすばでぃです!これで大丈夫!満潮さんは私と同じないすばでぃ!ないすばでぃ……ないす……ダメだ、想像すればするほど空しくなってくる。

 

 「……。」

 

 「どうしたの?急に黙り込んじゃって。」

 

 放っておいてください大潮さん、自分の妄想と現実との差に打ちひしがれているだけです……司令官もやっぱり出るところは出てる方が好みかしら、でも変態さんって話だし……。

 

 「ところで移動はどうするのぉ?電車?」

 

 「電車賃が勿体ないわ、どうせ外出の申請すれば意地でも護衛をつけるでしょうから車で送ってもらいましょ。」

 

 車かぁ、あの時のハイエースかな?

 

 「荷物持ちもお願いするぅ?」

 

 「「それは絶対やめて。」」

 

 おお、大潮さんと満潮さんがハモった、そんなに嫌なのかしら、私を迎えに来てくれた二人はいい人たちだったけど。

 

 「あんな連中を連れ歩くなんて死んでもごめんだわ。」

 

 そ、そこまで嫌わなくても、いい人たちですよ?見た目はともかく。

 

 「ええ~、便利なのになぁあの人達、私の言うことなら何でも聞いてくれるのよぉ?」

 

 「アンタが連れてたらマフィアのお嬢とその取り巻きって感じね。」

 

 あ~わかるかも……。

 

 「ところで朝潮ちゃんはどんな服が好みなの?」

 

 「服の好みですか?」

 

 ん~、正直着れればなんでも……、あ!テレビで見たメイドさん……だっけ?が着てる服が好きかな。

 

 「メイド服とか言ったらアンタだけ置いてくわよ。」

 

 だからなんでそんな正確に私の思考が読めるんですか?超能力者ですか?

 

 「だ、ダメでしょうか?」

 

 「似合うとは思うけどダメ。」

 

 「さすがにメイド服で歩き回るのはなしですね、秋葉原ならともかく。」

 

 「あ、でも部屋の中でメイド服なら歓迎よぉ?」

 

 そこまでダメですか!?

 

 「しょ、しょうがない、私の服貸すんだし、私がコーディネートしてあげるわ!」

 

 はあ、それは構いませんけど、満潮さんって私服はどんな感じなんだろう。

 

 「ちょっと待って!満潮ちゃんてメイド服は否定する癖に持ってる服はフリフリのばっかりじゃない、わ・た・しが、コーディネートしてあげるわぁ。」

 

 いや、満潮さんはメイド服を否定していませんよ?だって似合うと思うって言ってくれましたし。

 

 「はあ!?私の服を貸すんだから私がコーデするのは当然でしょ!?」

 

 「私だって体形に関係なく着れる服くらい持ってるわよぉ?」

 

 また始まってしまった、仲はいいのにどうしてこの二人はケンカするんだろう?ケンカするほど仲がいいって事かしら?

 

 「アンタはどっちにコーデしてほしいの?」

 

 「え?」

 

 なんで私に振るんですか?私はファッションに関しては素人なので正直どちらでも……。

 

 「もちろん、私よねぇ?」

 

 なんか笑顔が怖いですよ荒潮さん、どっちか決めなきゃいけませんか?どっちを選んでも角が立つ気がするんですけど。

 

 「あ、あの二人一緒に……とかはダメですか?」

 

 よし、これならどうです?二人仲良く私を……。

 

 「つまり勝負ね。」

 

 は?満潮さん何言ってるんです?

 

 「いいわよぉ?うふふふ、着せ替えは大好きぃ♪」

 

 ちょっと待ってください!着せ替え!?私を着せ替え人形にでもする気なの!?

 

 「そうと決まればさっさと部屋に戻るわよ!」

 

 「仕方ないわねぇ、ほら朝潮ちゃん、行くわよぉ。」

 

 まずい、これは非常にまずいです、このまま部屋に戻ったら二人のおもちゃ確定じゃないですか!大潮さんはなんで二人を止めてくれないの!?

 

 「じゃあ大潮は司令官に外出許可貰ってきますね~、朝潮ちゃん、ドンマイ!」

 

 せめて頑張れって言ってください!なんでドンマイなんですか!!

 

 あ、本当に置いていく気だ、大潮さん待って!私が代わりに外出許可貰いに行きますから!!

 

・・・・・

・・・・

・・・

 

 と、いう感じで現在に至ります、せめてどちらかを選んでいればこんな事にはならかったんでしょうけど、二人とも私を思っての事だと思うと選ぶこともできず……、って言うかなんで二人一緒でって言ったら勝負になるんですか!?

 

 「このジーンズなんてどう?私が改二改装受ける前のだから朝潮ちゃんでもピッタリよぉ?」

 

 なんなんですかそのジーンズ!あちこち破れてますよ!?砲撃されたんですか!?入渠を激しくお勧めします!

 

 「バカね、そんなのを穿いた朝潮に待つのは地獄よ。」

 

 まさしくその通り!破れ方が酷いです!お尻とか半分出ちゃうじゃないですか!

 

 「あらそう?似合うと思うんだけどなぁ。」

 

 「それよりこんなのどう?私のお気に入りなんだけど。」

 

 あ、可愛い、ピンクと白がメインのワンピースだ、ちょっとフリルとレースが過剰な気がするけど。

 

 「それぇ、俗に言うゴスロリファッションじゃないのぉ?メイド服と大差ない気がするんだけどぉ。」

 

 ご、ゴスロリ!?なんですかそれは、私は好きなんだけどなぁ。

 

 「い、いいじゃない!ほら、朝潮もまんざらでもなさそうだし!」

 

 うんうん!もうそれでいいです!だから早く着せてください!じゃないと風邪を引いてしまいそうです!

 

 「あれ?まだ着替え終わってないの?」

 

 大潮さん!やっと帰ってきてくれた!

 

 「大潮ちゃん聞いてよぉ、満潮ちゃんったら朝潮ちゃんにこんなの着せようとしてるのよぉ?」

 

 「あ~、これはないよ満潮、朝潮ちゃんが恥かいちゃうよ?」

 

 ゴスロリで歩き回るのは恥なの?そんな事言って大丈夫ですか!?

 

 「謝れ!全国のゴスロリ愛好者に謝れ!!」

 

 「いや、別にゴスロリを否定するわけじゃないけど、こんなの着て歩いたら衆目の的だよ?朝潮ちゃんが。」

 

 え?そんなに一般的ではないんですか?知らない人に注目されるのはちょっと……。

 

 「ところでなんで朝潮ちゃんは下着姿で正座してるの?春とは言え朝だよ?寒くない?」

 

 寒いですよ!よくぞそこに突っ込んでくれました!

 

 「そういやそうね、なんでアンタそんな恰好してるの?」

 

 「すごく魅力的だとは思うけど、服くらい着た方がいいわよぉ?」

 

 いや、え?なんでそうなるんですか?私の服脱がしたのお二人ですよね!?

 

 「ほらほら、服着て、これとこれと、あとはそれでいいかな。」

 

 「ちょっと大潮!朝潮のコーデは私がやるから!」

 

 「満潮ちゃんに任せたらフランス人形みたいになっちゃうじゃない、私がやるから任せて!」

 

 いや、もう大潮さんでいいです、帰ってからいくらでも着せ替え人形になりますから。

 

 「はい、出来上がり!」

 

 「あ、動きやすいし適度に暖かくて、風通しもいいですねこれ。」

 

 正直、大潮さんまで二人みたいな事しだしたらどうしようかと思ったけど、うん、これはいいわ。

 

 「や、やるわね大潮……白いニットワンピースに薄い水色系の明るい色のロングカーディガンみたいなチェスターコートを羽織っただけのシンプルなものだけど、朝潮の黒髪がアクセントになってかなり……いやすごく可愛い!!」

 

 「それだけじゃないわぁ、ざっくり着たニットと足元はパンプスで合わせて、美脚効果がでてる、身体が華奢に見えても大人なセクシーさを感じるようになってるわぁ。」

 

 お二人は何を言ってるんです?日本語で説明してください、それは何かの暗号ですか?

 

 「ほらほら、二人もさっさと着替える!もう少ししたら送迎の車が正面玄関に来るから急いで!」

 

 はあ、やっと解放された……、大潮さんも助けてくれるんならもうちょっと早く助けてくれればいいのに。

 

 三人の着替えが終わって正面玄関に出てみると、やはりと言うか、モヒカンさんと金髪さんがタキシード姿でハイエースの後部ドアの前に立って待っていた、ちなみにレッドカーペットはすでに敷かれている。

 

 え?三人の服装ですか?すみません、私は知識が乏しいのでどんな格好なのか説明できません、ただ、三人ともすごく可愛いです。

 

 「やっぱこいつ等か。」

 

 「レッドカーペットなんてぇ、気が利いてるじゃない?」

 

 二人は『ニカッ!』っと聞こえてきそうな笑顔で陸軍式敬礼をして見せた、相変わらず元気そうだ。

 

 「お二人ともお久しぶりです!」

 

 私も海軍式敬礼で答える、八駆の三人くらいしか親しく話せる人がいない私にとって二人は貴重な存在だ、司令官は……普段お忙しそうでめったに会えないし、会うとまともに話せそうにないし……。

 

 「「お久しぶりです!朝潮さん!」」

 

 「ささ、四人ともどうぞ中へ。」

 

 モヒカンさんに促されて私たちはハイエースに乗り込み、しばらくして金髪さんが鎮守府からほど近い商店街へ向けて、相変わらず慣性を感じさせないほどスムーズな運転で車を発進させた。

 

 「あれ?今日は正門から出るんですか?」

 

 私が着任した時に大型の軍用車しか通さないって言ってたのに。

 

 「何言ってんのアンタ、司令官の許可があれば普通に出入りできるわよ?」

 

 そうなんだ、じゃああの時は許可が出なかったって事なのかしら。

 

 「朝潮ちゃんは着任した時この人たちに送ってきて貰ったんでしょぉ?正門から入らなかったのぉ?」

 

 「正門からは入りましたけど、車は西門からしか入れないと聞いたので正門から歩きました。」

 

 「ちょっと二人とも?どういう事か説明してくれますよね?」

 

 あれ?私何かまずい事言った?三人が明らかに怒ってるんだけど……。

 

 「い、いやぁあの時はちょっと野暮用があってですね……な!相棒!」

 

 「ちょ!俺に振んなよ!俺は運転中!お前が説明しろよ!」

 

 「で?右も左もわからない朝潮を正門に放り出すような野暮用って何?」

 

 「じ、実はっすね、提督殿に特命を仰せつかってたんっすよあの時、それで時間が押しちゃってですね……。」

 

 そうか、私の迎え以外にも命令を受けてたんだ、だったら仕方ないわね。

 

 「それ、嘘よねぇ?朝潮ちゃんの送迎は最優先命令だったはずよぉ?それを途中で放り出すほどの特命ってなぁに?」

 

 荒潮さんがいつもの怖い笑顔してる……ま、まあいいじゃないですか、無事に鎮守府につけたんですし。

 

 「朝潮ちゃん、この二人に何かされた?無理矢理押し倒されたとか、縛られたりとか。」

 

 「い、いえ、何もされてません!司令官に聞かれてもそう言えって言われました。」

 

 「「ちょ!朝潮さん!?」」

 

 あれ?三人の怒気が大きくなったような……本当に何もされてないんですよ?

 

 「あらあら、アナタ達面白い事するのねぇ、帰ったら司令官にしっかりと報告しなきゃ。」

 

 「甘いわ荒潮、このまま事故に見せかけて地獄に送りましょ。」

 

 「生ぬるいよ二人とも、深海棲艦の艦隊のど真ん中に放り投げて魚雷を食らわせよう。」

 

 三人とも目が本気なんですけど!

 

 「か、勘弁してくださいよ!ホントに何もしてないっすから!そ、そりゃあ三人みたいに提督殿に疑われると思ってさっさとトンズラこいたのは認めるっすけど……。」

 

 「さ、三人ともその辺で……、お二人のおかげで道中は退屈せずに済みましたし。」

 

 「あらいいのぉ?朝潮ちゃんが望むなら八つ裂きにしてあげるわよぉ?文字通りの意味で。」

 

 本当にやりそうだから望みません!

 

 「本当に何もされてませんから!お二人とも私を気遣ってくださって、寂しい思いもせずに鎮守府に着けたんですよ?だから許してあげてください。」

 

 「まあ朝潮ちゃんがいいなら大潮はこれ以上責めないけど。」

 

 「ふん、朝潮に感謝しなさいよ、アンタら。」

 

 よかった、なんとか矛を収めてくれた……。

 

 「た、助かった……。」

 

 「やっぱ朝潮さんは天使っす!大天使アサシオンっす!」

 

 「何かそれ合体しそうねぇ。」

 

 「変形じゃない?」

 

 「朝潮ちゃんってロボットだったの?」

 

 何を言ってるのかまったくわかりませんが違います。

 

 「お、そろそろ着きそうっすね、何時ごろ帰投のご予定っすか?」

 

 「どうするの?大潮。」

 

 「ん~あんまり遅くなると司令官が心配して私兵に全力出撃かけそうだからなぁ。」

 

 いや、さすがにそれはないんじゃ……。

 

 「そっすね、提督殿ならやりかねないっすね。」

 

 あ、やるんだ。 

 

 「ヒトハチマルマルくらいに戻ればいいんじゃない?晩御飯にも間に合うしぃ。」

 

 「そうだね、それで行こう、じゃあヒトナナサンマルくらいに車に戻ります。」

 

 「了解っす、荷物持ちはいいっすか?」

 

 「「それは絶対にやめて、つか姿を見せないで。」」

 

 「う、うっす……。」

 

 容赦ないなぁ大潮さんと満潮さん……二人が少し可哀そう……。

 

 「あ、あの、お土産買ってきますから、そんなに落ち込まないでください。」

 

 お忙しいだろうに送り迎えさせてるんだから、それくらいしないと申し訳ないわ。

 

 「ああ、やっぱ朝潮さんは天使っす……。」

 

 「心が洗われるな……。」

 

 それは大げさすぎです、と言うか祈らないでください。

 

 「朝潮ちゃんが天使なのはわかるけど大潮たちは何なんだろうね」

 

 「私たちはさしずめ悪魔かしらぁ?」

 

 「へぇ、言い度胸じゃない。」

 

 「「ひぃっ!!」」

 

 「三人とも、その辺で本当にやめてあげてください。」

 

 怯える二人と別れて商店街に入った私は初めて見る景色に圧倒された、右を見ても左を見ても店がズラーっと並んでて、人がお祭りでもないのに沢山行き来してる、しかもそれが終わりが見えないほど続いてるんだから養成所と鎮守府くらいしか知らない私にとっては違う世界に迷い込んでしまったかのように思えてくる。

 

 「す、すごい人の数ですね……。」

 

 「迷子にならないようにしなさい、ほら、て、手つないであげるから。」

 

 「はい、ありがとうございます。」

 

 私はトマトみたいに顔を赤くした満潮さんの差し出された左手を取って、早くも商店街を物色しだした大潮さんと荒潮さんに続いた、傍から見たら私たちってどういう風に見えるんだろう?姉妹?それとも友達?どっちでもいいか、だってどっちでも嬉しいもの。

 

 「あ、ちょっとあそこのお店寄っていい?朝潮ちゃんの私服選ぼうよ。」

 

 「いいわねぇ、満潮ちゃんに選ばせるとフリフリになっちゃいそうだから朝潮ちゃんと待っててぇ。」

 

 洋服屋に入って、私に着せる服を選びだした大潮さんと荒潮さん、満潮さんは若干不機嫌そうだけど文句は言いそうにないわね、こんなところでケンカにならないでよかった。

 

 「絶対似合うのに……。」

 

 「え?」

 

 「何でもない。」

 

 そっぽ向いてしまった、私は満潮さんが勧めて来た服好きですよ?今度着させえてもらおうかな。

 

 「あれ?あのお店。」

 

 満潮さんの方を向いた時、一軒のお店が目に留まった、何のお店だろう、行ったことないはずなのにすごく気になる……。

 

 「何?気になる店でもあるの?」

 

 「は、はい、あそこのお店なんですけど。」

 

 暖簾が出てる、『たばこ』?タバコ屋さん?なんでタバコ屋が気になるんだろう……。

 

 「アンタ、タバコなんて吸うの?やめなさいあんなの、百害あって一利なしよ。」

 

 いえ、それはわかってるんですけど……、なんでだろう、どうしてもあそこに行かなきゃいけない気がする。

 

 「すみません、私行ってきます、すぐ戻りますから!」

 

 「ちょっと朝潮!?」

 

 私は、何かに背中を押されるようにタバコ屋の前まで走った、私はタバコを吸わない、吸おうと思ったこともない、そんな私がどうしてタバコ屋に惹かれるんだろう。

 

 「おや?君は……朝潮ちゃんかい?」

 

 お店の前に来た私に店主らしきおじさんが気づいた、なんで私の名前を知っているの?

 

 「やっぱり朝潮ちゃんじゃないか!いやぁ久しぶりだなぁ、3年ぶりくらいかい?」

 

 3年ぶり?3年前に私がここに来てるはずがない、だってその頃私は養成所に居たんだから、そうか、私と先代を間違えてるんだ。

 

 「い、いえ私は……。」

 

 でも先代はどうしてタバコ屋のおじさんと知り合いなの?先代はタバコを吸ってたのかな。

 

 「違うわよおじさん、おじさんが言ってるのは先代の朝潮、この子は二代目よ。」

 

 あ、満潮さんいつの間に、やっぱり先代と間違われてたんだ、そんなに似てるのかな、私と先代って。

 

 「あ、ああそうか……艦娘だって言ってたものな、じゃあワシが知ってる朝潮ちゃんは……。」

 

 「3年前に……ね。」

 

 「そうか、いい子だったんだがなぁ……。」

 

 「あの、先代はここに何をしに来てたんですか?私、なぜかこのお店が気になって……。」

 

 先代がこのおじさんに会いたがった?いや、そうじゃない……それとは違う気がする。

 

 「朝潮ちゃんはたまに提督さんについてくる程度だったんだけどね、凛々しくて真面目そうで、提督さんに付き従う忠犬みたいな感じが微笑ましくてねぇ。」

 

 「姉さんったら、外でもそんなだったのね、知らなかったわ。」

 

 「ああそうだ!さっきここが気になったって言ってたね?」

 

 「は、はい!なんと言ったらいいのか、何かを忘れてるような、そう!忘れ物をしてるような感じがして。」

 

 「だったらアレかもしれないな、ちょっと待ってておくれ。」

 

 そう言っておじさんは店の奥に引っ込んでしまった、先代がここに何かを忘れている?それを私に持って帰ってほしいのかな。

 

 「あったあった、はいコレ。」

 

 再び店の前に戻ったおじさんが私に手渡したのは、プレゼント用の包装をされた手のひらに収まるサイズの四角い箱だった、これは何なんだろう?タバコ?

 

 「ちょっとおじさん、未成年にタバコを渡すのはどうかと思うわよ?」

 

 やっぱりタバコなの?それにしては棚に並んでるタバコの箱より一回り小さい気がするけど。

 

 「違う違う!タバコ用品なのは確かだけど、タバコそのものじゃないよ。」

 

 「ではコレは何なんですか?」

 

 タバコ用品ってなんだろう?ライターかな?

 

 「それは3年前、朝潮ちゃんに注文されていたものなんだ、提督さんへプレゼントするつもりだったらしい、受け取りには来なかったけどね……。」

 

 司令官へのプレゼント……これを自分の代わりに司令官に渡せって事?

 

 「君から渡してくれないか?君から渡すなら、朝潮ちゃんも喜んでくれるんじゃないかな。」

 

 どうだろう……本当に私でいいのかな……先代は私から渡すことを本当に望んでるのかな。

 

 「渡してやんなさい、ここが気になったから来たんでしょ?だったらきっと、姉さんがそうして欲しかったのよ。」

 

 「わかり……ました。」

 

 「お代は頂いてるから心配しなくていいよ、だからちゃんと渡してあげておくれ。」

 

 私と満潮さんは手を振るおじさんに別れを告げて二人の元に戻った、チェスターコートのポケットに入れたプレゼントはとても軽い、でもきっと先代の気持ちが詰まったプレゼントだ、今でも本当に私でいいのかと思うけど、受け取った以上は渡さないと。

 

 「でもどうやって渡そう……司令官はお忙しいだろうし……。」

 

 それに司令官に会った時まともに話せるだろうか……。

 

 「鎮守府に戻ったら中庭に行ってみなさい、もしそこに司令官が居なくても待ってればいいから。」

 

 中庭?執務室の下にある中庭の事?そこに居れば司令官に会えるの?

 

 「姉さんのプレゼント、絶対渡してあげてね、きっと司令官も姉さんも喜ぶから。」

 

 どうしてそんな寂しそうな顔するの?先代の事を思い出しちゃったから?私はそんな顔した満潮さんを見たくない、気持ちはわかるけど、だけど……。

 

 「うん、絶対渡すから、だからそんな顔しないで?お姉ちゃん。」

 

 「ば、バカ!人前でお姉ちゃんなんて呼ばないでよ……、でもまあ、今だけは許してあげるわ……。」

 

 よかった、少しだけ笑顔に戻った。

 

 さあ、そうと決まれば後は楽しまなくちゃ、せっかくの休日を、初めての皆での外出を。

 

 それから私たちは、時間が許す限りこの日を楽しんだ、皆でご飯を食べて、お店を物色して回って、戦争をしている事も忘れて、私たちは本当の姉妹のようにこの日を満喫した。

 

 二度と来ないかもしれないこの日を、心に刻み込むように


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