艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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朝潮抜錨 4

 八駆の3人の演習を見た翌日からの訓練はそれまでの訓練より難易度が跳ね上がった、午前中は基本的な訓練全般、午後からは三人が交代しながら私と演習、そして最後に駆逐隊としての連携訓練をする。

 

 一回30分の時間設定での演習だけど、一瞬たりとも気が抜けない、演習と言うくらいだからもちろん反撃可、だけど反撃する余裕なんかほとんどない。

 

 『回避パターンが単調になってますよ!そんなんじゃ目を瞑ってたって当てれます!』

 

 「はい!」

 

 大潮さんと荒潮さんは、普段は私を猫可愛がりしてくれるけど、訓練になると満潮さん同様きびしく指導してくれる、口調はそんなに変わらないけど気迫が全然違う、仕事とプライベートのオンオフがハッキリしてるのね。

 

 『そうそう、その感じ!今のはよかったですよ!』

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 指導の仕方も3人とも違う、満潮さんは良かろうが悪かろうがとにかく罵倒して一切の慢心を許さず、荒潮さんは逆に徹底的に褒めてくる、大潮さんは二人の中間と言ったところだろうか。

 

 誰の指導の仕方がいいとか語るつもりはないけど、三人に嚮導され始めて1週間、私の技術は飛躍的に向上した、自分で実感できるほどに。

 

『それじゃあ少し休憩して、最後に連携訓練して上がりましょうか。』

 

 「はい!」

 

 砂浜に戻ると、満潮さんと荒潮さんが飲み物を用意して待っていてくれた。

 

 「朝潮ちゃんお疲れさまぁ、疲れたでしょぉ?」

 

 浜に上がった途端荒潮さんが抱き着いてくる、優しくしてくれるのは嬉しいんだけど、せめて部屋の中だけにしてくれないだろうか、恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。

 

 「ちょっと荒潮!朝潮を甘やかすなって何回言わせるのよ!」

 

 腕組みした満潮さんが噛みついてくる、私に抱き着いて離そうとしない荒潮さんを満潮さんが怒るのがここ最近のお約束だ。

 

 「あらぁ?満潮ちゃん羨ましいのぉ?」

 

 「誰がそんな事言ったのよ!いいから離れなさい!」

 

 そういえば満潮さんに抱き着かれた事がないなぁ、私から行けば抱きしめてくれるのかしら?

 

 「満潮ちゃんもどぉ?柔らかくて気持ちいいのよぉ?」

 

 どちらかと言うと、荒潮さんに抱き着かれている私の方が気持ちいい思いをしてるんだけど、肉付きのよくない私がそんなに気持ちいいとは思えないんだけどなぁ。

 

 「二人ともその辺にしときなよ、朝潮ちゃんが休憩できないでしょ?」

 

 「はぁ~い。」

 

 「私も!?悪いのは荒潮だけでしょ!?」

 

 大潮さんが割って入ってようやく荒潮さんから解放される、大潮さんはさすがね、癖の強い二人をちゃんとコントロールできてる、ヒートアップしすぎた二人はさすがに止めれないみたいだけど。

 

 「み、満潮さんもよかったら……。」

 

 「あ!?」

 

 ひいっ!思い切って言ってみようとしたけど一睨みで黙らされてしまった、そんなに睨まなくても……。

 

 「満潮ちゃん怖ぁい、朝潮ちゃんこっちいらっしゃい。」

 

 「で、でも……。」

 

 「いいからいいからぁ。」

 

 満潮さんに睨まれながら、半ば強引に荒潮さんの隣に座らされてスポーツドリンクを飲む、疲れた体に染みるなぁ。

 

 「完全に荒潮のぬいぐるみ化してるね。」

 

 「ふん!」

 

 ぬいぐるみになった覚えはないんですけど……、でも否定もできない、部屋の中では常に荒潮さんに抱き着かれてるもんなぁ、嫌なわけじゃないんですよ?荒潮さんは柔らかくて気持ちいいし、いい匂いだし。

 

 「あ、そうそう、朝潮ちゃん、最後の回避だけど、アレ満潮のマネでしょ?」

 

 「は、はい、やっぱり満潮さんのやり方が私にしっくりくるみたいで。」

 

 「だって、満潮ちゃんよかったわねぇ。」

 

 「あ、あんなの私とは程遠いわ、まだまだね!」

 

 満潮さんが耳まで真っ赤にしてそっぽ向いてしまった、照れてる?

 

 「砲撃の仕方は大潮ちゃんよねぇ、私のマネもしてほしいわぁ。」

 

 だって荒潮さんは何をしているのか全然わからないんだもの、確実に当たる瞬間に撃たなかったり、逆に絶対当たらないと思えるようなタイミングと角度で撃ったり、フェイントとかそういうんじゃない、動きが出鱈目すぎて参考にならない、それでも私はまだ荒潮さんの攻撃を避け切れないでいるんだけど。

 

 逆に大潮さんは距離に関係なく、射程内ならどこからでも撃ってくる、しかも満潮さん以上に精度が高く、満潮さんのように砲撃でこちらの回避先を減らし、回避先へ確実に撃ち込んでくる。

 

 満潮さんと違うのは、まず『脚』を狙ってくる点だろうか、こちらの機動力を徹底的にそぎ落とした後トドメを刺しに来る、満潮さんと見た目のやり方は一緒だけど、満潮さんは回避先に打ち撃ち込むだけで細かな狙いはつけない。

 

 「大潮ちゃんのやり方は満潮ちゃん以上に陰険なのにねぇ。」

 

 「それじゃ私のやり方も陰険みたいだからやめて。」

 

 「酷いなぁ、二人に合わせてる内にこうなったんだけど?」

 

 三人とも顔は笑ってるけど殺気が立ち上ってるように感じるまあでも、言い合いならまだ微笑ましく見えないこともない、言い合いレベルでならだけど、こんな性格がバラバラの三人が隊を組んだ途端、カッチリと噛み合うのだから不思議なものだ。

 

 「ホントぉ?元からじゃなかったかしらぁ。」

 

 「アンタは性格が陰険だけどね。」

 

 「そうそう、荒潮は性格がねじれてるよね。」

 

 「あらあら、言いたい放題言ってくれるじゃない?」

 

 さすがにこれ以上は殴り合いに発展しそうだ、い、いざとなったらまたあの手を使うけど、できればアレはやりたくない。

 

 「さ、三人ともその辺で……。」

 

 「そうですね、それじゃあそろそろ、連携訓練をはじめますよ。」

 

 言い合いに一区切りつけた大潮さんが訓練の再開を告げて、私たちは洋上で隊列を組んだ、大潮さん、荒潮さん、私、満潮さんの順だ、さっきまで言い合いをしていたとは信じられないくらい見事な三人の連携は、私という不協和音が混ざっても乱れることはなく、むしろ私に合わせてくれている。

 

 連携訓練はそれまでの演習と違って好き勝手に動けばいいものではない、駆逐隊のメンバーの動きを意識しながら四人で一人のように動かなければならない、ただ航行するだけでも一苦労なのに私以外の三人は苦も無くやってのける。

 

 「朝潮、舵を取るのが遅れてる、もっと大潮の動きを見なさい。」

 

 「はい!」

 

 最後尾の満潮さんが私の悪い点を指摘してくる。

 

 「今度は速度が落ちてる!一つの事に集中しすぎちゃダメよ!」

 

 私が速度を落とし始めた途端の指摘、よく見てくれてる、いつまでも注意されてちゃダメだけど、今は満潮さんに指摘されるところを一つづつ確実に直していこう、そうすれば三人みたいにきっとなれる。

 

 「演習場をもう一周して上がりますよ。」

 

 大潮さんに率いられた私たちは広い演習場をグルリと周って再び砂浜に戻り、艤装を工廠に預け、その日の疲れを癒しに風呂場へと向かった、最初の頃は歩くのも辛かったのに最近は談笑する余裕ができてきた、さすがに慣れてきたのかな。

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

 

 「はぁ~、今日も疲れたぁ……。」

 

 庁舎の浴場で何度目かわからないため息を漏らす、だけど毎日充実している、こんな充実感は生まれて初めてかもしれない。

 

 「でも、この一週間で動きがだいぶ良くなったわよねぇ。」

 

 隣に浸かっている荒潮さんが褒めてくれる、素直に嬉しいけど、三人に比べたらまだまだだ、慢心してはダメ、私はまだ半人前以下なのだから!

 

 「荒潮はちょっと褒め過ぎよ、あれじゃあ実戦なんてだいぶ先ね。」

 

 満潮さんは相変わらず厳しい、でも百戦錬磨の満潮さんが言うのだ、実際そうなのだろう。

 

 「私は満潮ちゃんが厳しすぎると思うけどぉ?」

 

 あ、まずい、これはケンカに発展する流れだ。

 

 「アンタが甘すぎる分、私が厳しくしてるの。」

 

 「そうかしらぁ?満潮ちゃんって褒め方知ってるぅ?」

 

 「ま、まあまあ、私はお二人に感謝してるんですから、もちろん大潮さんにも。」

 

 出来の悪い私に時間を割いてくれているのだ、感謝こそすれ、不満など一切ない、ただ……一回くらいは満潮さんに褒めてもらいたいと思わなくはないけど。

 

 「二人とも、また朝潮ちゃんを困らせてるの?」

 

 執務室に訓練報告書を提出しに行っていた大潮さんが更衣室から浴場に入ってきた、身長は私や満潮さんよりちょっと高いけど、体形は似たようなものかな?荒潮さんは出るところは出始めてて私たち四人の中で一番女性らしい、羨ましいなぁ。

 

 「明日の訓練は休みになりました。」

 

 体を洗って湯船に浸かってきた大潮さんが唐突に休みを告げた、そっか明日は休みなのかぁ、少し残念。

 

 「まあ、一週間ぶっ続けだったしね、いいんじゃない?」

 

 「いえ、訓練は休みですが、代わりに出撃することになりました。」

 

 出撃?誰が?ああ、大潮さんたち三人か、私に実戦はまだ早いってさっき満潮さんが言ってたし、私一人でお留守番かぁ。

 

 「それは私たち三人?それとも……。」

 

 「四人です、新生第八駆逐隊の初任務を明日行います。」

 

 わ、私も?え、大丈夫なのかしら……今の私じゃ三人の足を引っ張るだけなんじゃ。

 

 「内容はぁ?それによって私は反対するけどぉ。」

 

 当然ですよね、難易度の高い任務に挑んで、私だけならともかく、巻き添えになんてなりたくないだろうし。

 

 「安心してください、近海の哨戒任務です、普通なら着任初日に行ってもいいレベルの。」

 

 そうか、普通の艦娘は着任初日でも哨戒任務くらいはするのね、私は着任した時、浮くことすらできなかった、だから今まで訓練しかさせてもらえなかったんだ。

 

 「哨戒任務するくらいなら訓練の方が有意義だと思うけど?」

 

 「いえ、哨戒任務と言えど敵と遭遇すれば戦闘になります、普通に航行するだけでも訓練とは比べ物にならないほど得るものがあります。」

 

 敵との戦闘、私は幼いころ住んでた町を襲った深海棲艦くらいしか見たことがない、艦娘になってからは一度もない、そんな私が敵と遭遇したらまともに戦うことができるんだろうか。

 

 「朝潮ちゃんの事が心配なのはわかるけど、満潮はちょっと過保護すぎるよ?朝潮ちゃんはとっくに哨戒任務を熟せるくらいにはなってるんだから。」

 

 満潮さんが過保護?あれだけ厳しいのに?

 

 「う、うるさいわね、それは今関係ないでしょ。」

 

 「私たちの中で一番朝潮ちゃんにご執心なのは満潮ちゃんだものねぇ。」

 

 そ、そうなの?全然そんな素振り見せないけど……、でも、そうなら本当に嬉しい。

 

 「と、言うわけで、明日のヒトヒトマルマルに出撃ドックに集合、六駆と交代で哨戒に出ます、いいですね?」

 

 「わかったわ。」

 

 「はぁ~い。」

 

 「は、はい!了解しました」

 

 「それじゃあご飯を食べて今日は早めに寝ましょう。」

 

 私の初任務、新しい第八駆逐隊としての初任務……、どうしよう、緊張してきた、うまくやれるだろうか。

 

 「なに今から緊張してんのよ、任務は明日、しかも新米でもやれる近海の哨戒、気負うだけ損よ。」

 

 「で、ですが……。」

 

 「いい?私たち三人は成りは子供だけど超えた戦場の数ならそこらの戦艦や空母より多いわ、足手纏いが一人いたってどうにでもなるの、アンタは余計な事考えず私たちについてくる事だけ考えなさい、いいわね?わかったら返事!」

 

 「は、はい!」

 

 「よろしい、じゃあさっさと上がりましょ?のんびりしてたら他の子にお尻のソレ、見られちゃうかもよ。」

 

 それは困る!私は逃げるように湯船から上がり着替えを済ませた三人とともに食堂へ向かった、うう、食欲がわかない、満潮さんはああ言ってくれたけどどうしても不安が拭えない、メンタルが弱いなぁ私。

 

・・・・・

・・・・

・・・

 その晩、不安で寝付けない私は寝返りを何度も繰り返していた。

 

 眠れない……、明日の任務の事を考えると不安で眠れない、皆は着任初日でもできる任務だと言った、だけど私は他の艦娘より出来が悪い、ここに来るまで浮き方も知らなかったんだから。

 

 私だけが死ぬんならまだいい、だけど三人を巻き添えにしたらどしよう……。

 

 嫌な考えばかり頭に浮かんでくる、ダメ!寝なきゃ、寝不足で任務なんて余計に足を引っ張りかねない!

 

 「眠れないの?」

 

 満潮さんが私に話しかけてきた、私が寝がえりを繰り返していたから起こしてしまったんだろうか。

 

 「こっちに来なさい、私の布団の中。」

 

 「え?」

 

 「いいから早く。」

 

 満潮さんに促されるまま、私は大潮さんと荒潮さんを起こさないように満潮さんの布団に潜り込む。

 

 「まったく、アンタは世話が焼けるわね。」

 

 「すみません……。」

 

 暖かい、布団に潜った私の頭を満潮さんが優しく抱きしめて撫でてくれる、初めてですね……、満潮さんがこんなに優しくしてくれるの。

 

 「アンタなら大丈夫、って言っても気休めしかならないんでしょうね。」

 

 「……。」

 

 「私もね、初任務の前の晩、アンタみたいに寝れなかったんだ。」

 

 満潮さんも?今の満潮さんからは想像もできない。

 

 「姉さんたちの足を引っ張っちゃうんじゃないか、それどころか巻き添えにして死なせてしまうんじゃないかってね。」

 

 私と一緒だ……、満潮さんにもそんな頃があったんですね……。

 

 「そんな私を、姉さんが今みたいに抱きしめてこう言ったの『安心しなさい、私がついてる、私についてくれば絶対上手くいくから。』って。」

 

 先代がそんな事を、でも、私は満潮さんみたいに優秀じゃない!そんな私が一緒なんだ、簡単な任務でも失敗するかもしれない!

 

 「アンタ、自分は無能だ、とか思ってない?」

 

 その通りじゃないですか、私は艦娘になれたのが不思議なくらい無能です!

 

 「バカね、アンタはとっくに並の駆逐艦なんて追い越してるわ、私が鍛えてきたのよ?少しは自身持ちなさい。」

 

 「で、でも……、満潮さんたちに比べたら私は全然で……。」

 

 「比べる相手が間違ってるの、私たち三人はこの鎮守府の駆逐艦の中でも最古参の部類よ?駆逐隊で挑めば戦艦だって敵じゃない、そんな私たちと新米の自分を比べてどうするのよ。」

 

 そ、それはそうですけど、だったら尚更そんな三人に私なんかが混ざったら……。

 

 「アンタは私たちについてくればいいの、前には大潮と荒潮が、後ろにはこの私がついてるのよ?数十隻の艦隊に襲われるんならまだしも、近海に出るような奴らになんか奇襲されたって負けないわ。」

 

 「ほ……、本当ですか?」 

 

 「本当よ、だからもう寝なさい、アンタが寝付くまでこうしててあげるから。」

 

 「うん……ありがとう、お姉ちゃん……。」

 

 「バ、バカ……こんなの今晩だけなんだからね……。」

 

 わかっています、明日からまた厳しい満潮さんに戻るんでしょ?

 

 でも私は、満潮さんの厳しさが優しさの裏返しだって知ってます。

 

 明日、私は初めての任務に挑む、大丈夫かと言われたら大丈夫じゃないけど、三人と一緒なら、第八駆逐隊ならきっと上手くいく。

 

 根拠なんてないけど、今はそんな気がしてる。

 

 いつの間にか、私の心に渦巻いていた不安が水に溶けるように薄まっていき、頭を撫でてくれる満潮さんの手の暖かさと、心臓の鼓動に包まれて、私は眠りに落ちていった。

 

 


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