『ほら!足が止まってる!そんなんじゃ当ててくれって言ってるようなものよ!』
私が鎮守府に着任して二週間が経ち、春を感じさせる生温かい日差しの中、艤装の通信装置を通して満潮さんの怒号が耳に響く、一週間ほどでそれなりに航行できるようになった私に待っていたのは、満潮さんが撃つペイント弾をひたすら避け続ける回避訓練だった。
満潮さんの訓練は容赦がない、と言っても他の人の訓練内容は知らないのだけど、午前中は射撃訓練と航行訓練、昼食をとった後はひたすら回避の訓練、春の陽気に春眠を覚えている暇もなく、ただひたすら満潮さんの砲撃を避けるのに集中する。
『はい、これで本日13回目の戦死よ!』
私の体にまた一つオレンジ色の模様が増えた、日に日に少なくなってはいるのだけど、満潮さんの砲撃は正確で、まるで私の回避先を知っているかのように私を撃ち抜く。
『この下手くそ!”わざわざアンタの回避先に向けて”撃ってるんだからいい加減学習しなさい!!』
私の回避先に向けて?やっぱり先読みされてるんだ、けど回避先を読まれてて、そこに正確に撃ち込まれるのにどうやって避けろと?
『これで14回目!アンタやる気あるの!?やる気ないなら艦娘なんか辞めちゃいなさい!』
考え事をしてるうちにまた戦死してしまった、満潮さんの怒りのボルテージも最高潮、このままでは本当に沈められかねない。
『いい?アンタの回避パターンは貧困!二通りしかないの!一発目を回避した後、二発目は右か左の二択だけ、しかも避けようとする方向を一瞬向く癖があるわ!』
私にそんな癖があったのか、気づかなかった、それじゃあ回避先が読まれるのも納得だ。
『最近被弾回数が減ってきたと思ってたでしょ?それは牽制で撃ってる一発目を運よく避けれてるだけはっきり言ってまったく進歩してないわ!』
思い返せば、たしかに躱せてるのは一発目だけだ、二発目は必ず当たっている。
「で、では一体どうすれば……。」
『まずは回避先を視線で追う癖をなんとかしなさい!それを直すだけで二発目の被弾率は半分になるわ。』
満潮さんは私の視線を見て回避先を予測している、それをやめれば回避先が読みづらくなるのはわかるのだけれど……。
『15回目!いい加減飽きてきたんだけど?』
うう……頭ではわかっていても癖づいてしまったものはなかなか直せない……、でも流石は歴戦の駆逐艦、いくら回避先が読めると言ってもそこに確実に当てて来るなんて。
『ボサッとしない!次いくわよ!』
満潮さんが牽制の一発目を放つ、これはなんとか……回避!さあ、二発目をどちらに避ける?右か左か、でも視線を向けちゃダメ!視線を向けずに……、右!
私が右に避けようとした時、視線の向きに気を取られ過ぎて『脚』が消失した、これはまずい、このままでは顔から海面に激突だ、焦ってしまった私は大慌てで『脚』を再構成してしまい、すでに足首まで海水に浸かっていた状態で『脚』を発生させた私は直前に前傾姿勢に似た姿勢になってたのもあり、訓練初日に見た『トビウオ』を偶然ではあるが再現してしまった。
「けど避けれた!」
私を狙った満潮さんの二発目は私の後方に着弾、偶然ではあったけど私は『トビウオ』の加速で着弾点より前方へ回避することに成功した。
『このバカ!誰がトビウオで回避しろなんて言ったのよ!しかもそんな疲れた状態で!!』
「い、いえ、トビウオは偶然で……。」
そこまで言った途端、体中にに激痛が走った、これが満潮さんが言ってた体にかかる負担?ダメだ、痛みで『脚』が維持できない、沈む!?
ピー!ピー!
私の異常を察知したのか、艤装から甲高い警告音が響き、『機関』から緊急用のエアバックが飛び出し、私はなんとか沈まずにすんだ。
「た、助かった……。」
「助かったじゃないわよ!実戦なら即死亡よこんなの!」
満潮さんが怒鳴りながら近づいてきた、たしかにこんな状態で戦場を生き残れるとは思えない。
「すみません……。」
謝るのはここに来て何度目だろう、むしろ謝ってしかいない気がする。
「はあ……今日の訓練は中止ね、体動かないでしょ?」
「はい……。」
激痛でしゃべるのも辛いです、こんな負担が大きい技を普通に使える満潮さんはやっぱりすごいんだなぁ……。
「陸まで曳航するからアンタはそのままじっとしてなさい。」
「申し訳ありません……。」
今日は少し早いが訓練終わりのいつもの光景だ、動けなくなった私を満潮さんが陸まで曳航してくれる。
「さっきのトビウオの事は忘れなさい、あんな避け方、今のアンタじゃ自殺行為よ。」
「はい……。」
たった一回でこの体たらくなのだ、実戦で使えるはずもない、それに駆逐隊として行動している時にあんなことをしてたんじゃ仲間にも迷惑がかかる。
「明日は司令官に言って一日休みにしてもらうわ、この二週間訓練漬けだったしね。」
「そんな!私は大丈夫です!訓練させてください!」
ただでさえ私は他の子より遅れているのに訓練を休んでる暇なんてない!私は一日でも早く司令官の役に立てるようになりたいんです!
「意気込みは買うわ、でもね、休むのも訓練の内よ、私もアンタに付きっきりで疲れてるの。」
満潮さんに諭されて私は渋々ながら休みを受け入れる、そうよね、私が着任して以来ずっと満潮さんは私に付き合ってくれている、文字通り朝から晩まで、言葉はきついけど出来の悪い私の面倒を見てくれているんだ……そう思うと余計に申し訳なくなってしまう。
陸に上がって艤装を工廠の保管庫に預けた私と満潮さんはその足でお風呂に向かった、その足でとは言っても体にはまだ激痛が走っていてまともにうごけない私は満潮さんにおんぶしてもらっている、、ペイント弾の塗料まみれの私を背負ったせいで満潮さんの制服を汚してしまった、ごめんなさい。
「自分で脱げる?」
「な、なんとか。」
庁舎海側の駆逐艦寮一回に設けられた風呂場の更衣室についた途端、床に座り込んでしまった私を満潮さんが心配してくれる、根はすごくいい人なのよね、訓練中は鬼みたいだけど。
「ゆっくりでいいから脱いでなさい、部屋から着替え取ってくるから。」
踵を返して更衣室から出て行く満潮さんを見送って私は服を脱ぎだす、情けないな、満潮さんに迷惑をかけてばかりで……司令官に恩返しするどころじゃないわね、まずは満潮さんに迷惑をかけないようにならないと。
それから、着替えを持って戻ってきた満潮さんに手伝ってもらって、体に着いた塗料を洗い流した私たちは、湯船に浸かってようやく一息ついた、体から疲れが抜けていくみたい、心なしか体の痛みも引いてきた気がする。
「……。」
「……。」
二人だけの浴場に水滴が落ちる音と沈黙だけが流れる、そういえば私、他の子とお風呂で一緒になったことないな、駆逐艦だけでも数十人いるのに。
「あの、いつも思うんですけど他の子ってお風呂に入らないんですか?」
そんな事ないのはわかっているけど着任して二週間、一度も他の子と一緒になったことがないのが不思議でしょうがない。
「今日は時間が早いしね、普段も他の子が上がった時間見て訓練を切り上げてるし、それに入口に『満潮入浴中』の札かけといたから、これで入ってくるのは大潮と荒潮くらいよ。」
そんな札があったとは……でもなぜそれで誰も入ってこなくなるんだろう?
「私は鎮守府一の嫌われ者だからね、私と一緒に入浴したがる子なんていないわ。」
「そ、そんな事ありません!」
満潮さんは言葉はきついけど私なんかに根気よく付き合ってくれる優しい人です!他の人はそれを知らないんです!
「そんな事あるの、それにアンタだってお尻のソレを見られたくないでしょ?好都合じゃない。」
た、たしかにコレは他の人に見られたくはないけど……あれ?私のために入浴時間を調整してくれてるの?
「ありがとうございます……。」
「なんか言った?」
「いえ!わ、私は、満潮さんとお風呂に入るの好きです、と。」
「はいはい、ありがと。」
「ホントですよ!?」
「わかったから風呂場で大声出さないで!響くでしょ!」
照れてるのかお湯に浸かってるせいなのかわからないけど、そう言って耳まで真っ赤にした満潮さんはそっぽを向いてしまった、満潮さんの声の方がよっぽど響いてる気がするけど。
「明日はゆっくり休みなさい、大潮と荒潮が空いてるはずだから相手してもらってもいいし。」
「満潮さんはどうするんですか?」
「秘密、アンタに教えるとついてきそうだし。」
そんな殺生な、私がまともに話せるのは満潮さんだけなんですよ?大潮さんは普通に接してくれてるけど私から話しかけるのは気が引けるし、荒潮さんはあらあら言ってるだけだし……。
「大潮はいい子よ、この機会に話しかけてみなさい、荒潮は……そういえばあの子いつも何してるのかしら?」
「満潮さんも知らないんですか?」
八駆って仲悪いのかな?部屋ではみんな普通に話してるけど。
「プライベート時のあの子は何してるかホントに謎なのよ、鎮守府内にはいるはずなんだけど、別に仲が悪いとかじゃないのよ?」
へぇ、不思議な雰囲気な人ではあるけど行動も不思議とは、先代の朝潮さんはどんな人だったのかな……どうやってこの人たちと付き合っていたんだろう。
「今思えば姉さんも大変だったでしょうね、大潮は今でこそ落ち着いてるけど、当時は無駄にテンション高いバカだったし、荒潮は昔からあんなだし。」
満潮さんはこんなだし?
「先代はどんな方だったんですか?」
この際だ思い切って聞いてみよう。
「性格だけはアンタと似てるわ、融通が利かないところはあったけど、真面目を絵にかいたような性格で、優秀で、優しくて、自慢の姉だったわ。血は繋がってないけどね。」
「素敵な方だったんですね。」
「ええ、とっても素敵な人だった。」
満潮さんが遠くを見つめてる、先代を懐かしんでるのかな。
「そろそろ上がりましょ、のぼせちゃうわ。」
お風呂からあがって新しい制服にに着替えた私は満潮さんに肩を貸してもらって八駆の部屋に戻った、今日はもう動けそうにないなぁ、晩ご飯どうしよう。
「時間になったら食堂からもらってきてあげるわ、それまでのんびりしてなさい。」
何から何まですみません、でも一人で食べるのは少し寂しいな。
「心配しなくても私もここで食べるわ、他の子が居る食堂には居づらいし。」
どうしてこの人は私の考えが読めるんだろう?私声に出してないわよね?
「あの、満潮さん。」
「なによ。」
「私、もしかして考えてること声に出したりしてます?」
だとしたら改めなくては。
「アンタって考えてることが顔にモロに出るのよ、表情がコロコロ変わって見ててあきないわ。」
そんなにですか!?
「今『そんなに!?』とか思ったでしょ?」
「う……ち、違います!」
考えないようにしよう、何も考えるな、何も……何も……。
「はははは、無理無理、何も考えないようにしてるのが丸わかり。」
笑われてしまった……でも、満潮さんの笑った顔初めて見たな、とてもかわいらしい愛おしくなる笑顔、いつもそうしてればいいのに。
「でもまあ、アンタのその馬鹿正直なところ、嫌いじゃないわよ。」
半分呆れたような笑顔だけど、初めて見た満潮さんの笑顔は印象的で、私はもっとこの人の笑顔を見てみたいと思った、だって笑った満潮さんはすごく可愛いんですよ?
明日の休みに一緒に居られないのは残念だけど、言われた通り大潮さんと荒潮さんに話しかけてみよう、きっと満潮さんと同じくらい素敵な人たちに違いないわ、だってこの人と先代の朝潮さんの姉妹なんですもの。