艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

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第2章 駆逐艦『朝潮』抜錨!
朝潮抜錨 1


 こんにちは、朝潮です。

 

 突然ですが私は今、鎮守府南側にある演習場で腰まで海に浸かっています3月上旬の海水はとても冷たい、このままだと風邪をひいてしまうかもしれません。。

 

 なぜそんな事になっているかというと……、はい、浮き方がわかりません、目の前にいる満潮さんは呆れを通り越して真顔で海面に立っています、とても怖いです、でもこの角度だと満潮さんの水色の下着がよく見えます。

 

 いえ、覗くつもりはないんです、でもこの角度だとどうしても見えてしまいまして……けっして同性の下着を覗く趣味があるとかでもありません。

 

 着任した日、秘書艦の由良さんと同じ隊になる大潮さん、満潮さん、荒潮さんを紹介され、大潮さん主催の歓迎会を終えた私は、次の日から満潮さんに嚮導されて訓練することになると司令官に聞かされました。

 

 今日はその初日です、ええ、初日からやらかしました、満潮さんも、まさか浮き方から教えることになるとは思ってなかったらしく、私の惨状を見て途方に暮れているようです。

 

 「聞いてない。」

 

 真顔の満潮さんが私を見下ろして突然口を開きました。

 

 「な、何をでしょうか……。」

 

 だいたい察しはつきます、すみません、本当にすみません。

 

 「まさか浮き方も知らないなんて……アンタ養成所で何してたの?寝てたの?3年いたって聞いたけど?これじゃ訓練生以下じゃない!」

 

 返す言葉もございません、知識では知っているんです、でも実地となるとどうしていいか全くわからないんです、本当にごめんなさい。

 

 「羊羹5本じゃ安すぎたわねこりゃ……。」

 

 羊羹?何のことだろう?そういえばしばらく食べてないなぁ、って違う違う!現実逃避してる場合じゃないわ、いつまでも海に浸かっているわけにはいかない、わからないことは聞く!聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ!

 

 「あ、あの……。」

 

 「なによ。」

 

 ひぃっ!!聞けるような感じじゃない!『ギロ』っと言う擬音が聞こえてきそうな目で睨まれて私は生まれたての小動物のように震えることしかできなくなってしまった。

 

 「はぁ、まあいいわ。」

 

 そう言って満潮さんは右手の連装砲から訓練用のペイント弾を二発取り出し、一発の弾頭を外して中身を自分の足元に垂らしだした。

 

 「い、一体何を?」

 

 「いいから私の足元を見てなさい。」

 

 満潮さんの足元に広がっていく塗料が何かに沿って動いている、これは……船?水中に広がる塗料に染め上げられて、満潮さんを中心に縦1メートル横50センチ、深さ40センチほどの船の形をした空間が現れた。

 

 「これが私たちが足に履いてる『主機』から発生させてる、俗に『脚』と呼ばれる力場よ、前側のとがってる方が『船首喫水』後ろが『船尾喫水』ね、船首と船尾は別に覚えなくていいわ、まとめて『脚』と呼ぶのが一般的だから。」

 

 「これが……、実際に見るのは初めてです。」

 

 艦娘は海面に立っているように見えるが実は違う、実際はこの『脚』と呼ばれる力場の上に立っている、この『脚』は艦種によって大きさが異なり、大型艦になるほど面積も大きくなり喫水も深くなる、これが魚雷の当たり判定になるのだ。

 

 と、ここまでは座学で習った内容、私はこの『脚』を発生させる方法がわからないから、いまだに水に浸かっている、いい加減お腹が冷えてきた……。

 

 「アンタ座学は優秀だって聞いたから知識では知ってるんでしょ?どう?実際に見てみて。」

 

 「なんて言うか……不思議です、それに、すごく綺麗な形。」

 

 満潮さんの『脚』は刃物のように鋭く尖っていて水の抵抗なんかほとんどなさそう、私もこんな綺麗な『脚』が作れるのかな。

 

 「お、お世辞はいいわ、で、実際に『脚』を作る方法だけど。」

 

 あ、赤くなった、褒められるのに慣れてない?

 

 「アンタも背負ってる『機関』に意識を向けてみなさい。」

 

 『機関』に?『脚』は『主機』から発生させるんじゃないの?

 

 「さっさとやる!」

 

 「は、はい!」

 

 私は言われるがまま、『機関』に意識を向ける、何だろう……丸い……蒼く光る丸い玉のイメージが見える。

 

 「光る玉みたいなイメージが見えない?」

 

 「はい、見えます。」

 

 とても力強くて、静かだけどあたたかな光、これが『機関』の中身なのだろうか。

 

 「それが艤装の力の源、『核』と呼ばれるものらしいわ。」

 

 これが『核』、艤装の、艦娘の力の源、これがあるから私たちは戦うことができるのか。

 

 「『核』から両足の『主機』に向けてホースを繋ぐようイメージしてみて、繋いだらそのホースの中に水を通すような感じで。」

 

 私は満潮さんに言われた通りイメージをする『核』から『主機』へ、ホースを繋ぐように、そしてその中に水を……。

 

 「あ、やば、忘れてた、ちょっとストップ!!」

 

 「え?」

 

 ドン!!

 

 大きな音とともに、足の裏から発生した力に押し上げられるように私の体は3メートルほどの高さに放り投げられていた、下を見ると満潮さんが『あちゃ~』と言わんばかりに右手で頭を搔いている、って呑気に観察して場合じゃない!!落ちるうううぅぅぅ!!

 

 ばしゃーーーん!!

 

 「お~い、生きてる~?」

 

 生きてます……なんとか……浅瀬で助かった、海面に叩きつけられた私は起き上がることもできず海底に沈んでいた、朝潮型の制服が吊りスカートであることに感謝しないと、でなければ下は下着だけになっていたかもしれない。

 

 「ぷはっ!!げほっ!げほっ!」

 

 しょっぱい!というか辛い!!思いっきり海水を飲んでしまった、満潮さんに引っ張り上げられながら私はなんとか体を起こす。

 

 「い、今のはいったい何なんですか?」

 

 私は『脚』を作ろうとしただけなのに気づいたら空を飛んでいた、何を言ってるかわからないと思うけど私も何を言っているのかわからない。

 

 「いやぁ、今のはホントごめん、私のミスだわ。」

 

 何がミスなんだろう?特にミスらしいミスはないように思えるけど。

 

 「アンタ、ボールを水に沈めたことある?」

 

 「はあ、まあないことはないです。」

 

 「水中でボールから手を離したらどうなった?」

 

 え?そりゃ水面に向かって……。

 

 「あ、そういうことか。」

 

 「そう、水中でボールから手を離せばボールは水面に向かって浮かぼうとする、浮かぶだけならいいわ、でも大抵の場合は勢い余って飛び上がるでしょ?」

 

 つまり私はボールになったのか、水中で発生させた『脚』の浮力に押し上げられた私は、そのまま空に撃ち出されたのだ。

 

 「じゃあやり方はわかったでしょ?そこの砂浜からでいいからもう一回やってみて。」

 

 この状態からやれと言われなくてよかった、さすがにそこまでの無茶は言わないわよね。

 

 「別にそこでもう一回やってもいいわよ?」 

 

 「いえ!砂浜からチャレンジさせてください!」

 

 顔に出てたかしら?私は砂浜まで海中を歩き、波打ち際でもう一度『脚』を発生させた、また打ち上げられたらどうしようかと思ったけど、私の足は地面に着いたままだ、陸では力場が作用しないのかな?

 

 「『脚』の分、体が持ち上がると思った?」

 

 「は、はい。」

 

 「『脚』もそうだけど、艦娘の力場は陸上では効果がほとんどなくなるわ、ただでさえ薄い駆逐艦の『装甲』が文字通り紙になるわね。」

 

 そういえばモヒカンさんが深海棲艦は陸上では弱体するって言ってたっけ、艦娘も同じなのね。

 

 「そのままゆっくりでいいから私の近くまで来てみなさい。船尾の方から風を出す感じかな?」

 

 船尾の方から風を……よし、ここで汚名返上だ、やってやる!

 

 「く、駆逐艦朝潮!抜錨します!」

 

 「こんなとこで気合入れてどうすんのよ、アンタ実はバカなんじゃない?」

 

 いや、それはそうなんですが、気合は大事じゃないですか?出鼻を思いっきり殴られた感じになった私は言われた通り、船尾から風を出すイメージをしてみる。

 

 グン……。

 

 私の体が前に進みだす、足を動かしてないのに進むというのはなんだか変な気分ね、でも自分で進んでると言う実感はある、これが『航行』するということか。

 

 「その辺で風を出すイメージをやめなさい、でないと私とぶつかるわ。」

 

 言われた通りイメージをやめた私の体は、一瞬前につんのめったものの、しならく慣性で進み、満潮さんの手前1メートルほどの所で止まった。

 

 「ギリギリね……まあいいか。」

 

 私の『脚』もやっぱり満潮さんと同じくらいの大きさなのかしら?だとしたら言う通りギリギリだ、そんな事を考えていると、満潮さんが私の足元に塗料を撒き始めた、私の『脚』はどんな形なんだろう?

 

 「ああ、わかってはいたけどこりゃ酷いわ。」

 

 塗料に彩られた私の『脚』はボールを半分に切ったような形をしていた、しかも所々歪、満潮さんのようなシャープさは微塵もない。

 

 「そ、そんなに形は関係あるものなんですか?」

 

 「あるに決まってるでしょ?力場とは言っても水の抵抗は受けるんだから、船がなんであんな形してると思ってるのよ。」

 

 そりゃそうですよね、私の『脚』みたいな船が速いとはとても思えない。

 

 「満潮さんのような『脚』にするにはどうしたらいいんでしょうか。」

 

 「慣れるしかないわね、水の抵抗を意識してれば自然と私みたいな形になるわ、たぶん。」

 

 たぶんですか、まあ私は今日初めて浮いたんだ、これくらいが普通……なんですよね?

 

 「ちなみに、そこまで歪な『脚』は艦娘になったばかりの子でも滅多にいない、っていうか私は初めて見た。」

 

 私の視線で考えを見抜いたのか満潮さんが追い打ちをかけてくる、泣いてしまいそう……。

 

 「なんだ、思ったよりまともに教えてるじゃないか。」

 

 この声は司令官!?いつの間にか砂浜に司令官が立っていた、いつから?いつから見られてた!?

 

 「そりゃ仕事だからね、それより司令官はこんなところで何してるのよ、仕事は?」

 

 お暇なのかな?優秀そうな司令官だもの、きっともう今日の分は終わらせてしまったのね、そうに違いないわ!

 

 「休憩と称して抜け出してきた、ああ心配するな、あとは由良でも処理できる仕事しか残っていない。それに話し相手に少佐も置いてきたしな。」

 

 それは由良さんに仕事を押し付けたと言う事では?

 

 「それに朝潮型打ち上げ花火が見えたからな、何をしてるのか気になったんだ。」

 

 あれを見られていた!?よりにもよって司令官にアレを見られるとは……穴があったら入りたいとはこのことね。

 

 「アレは私のミスみたいなものだから言わないで上げて、朝潮が今にも炎上しそうなくらい真っ赤になってるわ。」

 

 はい、顔から火が出そうなくらい熱いです、顔が上げられない……恥ずかしい。

 

 「私はてっきり『トビウオ』を教えているんだと思ったぞ?」

 

 『トビウオ』?なんだろう、魚の飛び魚のことかな?

 

 「練度1のド新人にあんな技教えてどうすんのよ、それにこの子、さっきまで浮くことすらできなかったのよ?『トビウオ』なんか100年早いわ。」

 

 『トビウオ』は技の名前?どんな技なんだろう、想像がつかない。

 

 「あの、その『トビウオ』とはどういう技なんですか?」

 

 「ほら見なさい!余計な事に興味持っちゃったじゃない!」

 

 だって気になるし、なんだかすごい技っぽいし……深海棲艦を一発で倒せるくらいすごい技なのかしら。

 

 「言っとくけど、別に深海棲艦を一発で倒せるような派手なもんじゃないわよ。」

 

 さっきから私の思考がことごとく読まれている、もしかして声に出してる?

 

 「教えないまでも、見せてやるくらいはいいんじゃないか?」

 

 萎縮してしまった私を見かねてか、司令官が助け船を出してくれる、ありがとうございます司令官!

 

 「アレ、疲れるからあんまりやりたくないんだけど。」

 

 消耗が激しいのか、でも私じゃ100年早いと言われるほどの技だ、きっと消耗に見合うだけの威力があるんだきっと!

 

 「はあ、まあいいわ、一回だけよ?」

 

 司令官に言われて諦めたのか、そう言って満潮さんは私から20メートルほど離れた位置に移動した、ワクワクするどんなものなんだろう、駆逐艦の奥義的なものなのかしら。

 

 「行くわよー!」

 

 満潮さんが始める合図を送り、倒れるんじゃないかと思ってしまうほど自然に前傾姿勢をとる。

 

 ズドン!!

 

 満潮さんが前傾姿勢をとったと同時に大砲が着弾したみたいな轟音が鳴り響き、10メートルほどの距離を一瞬で移動、着水し私の横を通り過ぎて行った、これが『トビウオ』、『トビウオ』とは攻撃ではなく移動術なの!?

 

 「こんな感じよ、わかった?」

 

 まったくわかりません!何をどうすればあんなことができるんですか!?

 

 「まあ、一応説明すると、足の関節の伸縮のタイミングと、最初にアンタが吹っ飛んだ時みたいに『脚』を水中で発生させた時に生じる浮力、を併せて一瞬だけ超加速を得るのが『トビウオ』よ。」

 

 なるほど!さっぱりわかりません!

 

 「初めてそれをやった奴が両手を広げててな、その姿がまるで飛び魚みたいに見えたからそのまま『トビウオ』と名付けたんだ。」

 

 それで『トビウオ』か、わかりやすくて良い名前です!さすが司令官!!

 

 「安直すぎでしょ。」

 

 すかさず満潮さんが横槍を入れてくる、やっぱり私、声に出してる?

 

 「それにコレ、直進しかできないし体に負担はかかるし、連携は乱れるしで艦隊行動してる時はあんまりメリットないのよね。」

 

 だったらなんでそんな技を満潮さんは習得してるんですか……。

 

 「ああでも、単艦の時や駆逐隊全員が使えるなら有用よ?」

 

 と、言うことは大潮さんと荒潮さんも使えるのか、あれ?でも私が使えないのだから八駆で『トビウオ』は使用できなくなったんじゃ……。

 

 「お察しの通り、アンタが入ったことで八駆で『トビウオ』は使いづらくなったわ。」

 

 やっぱり、というか私の考えが読まれてた、そんなに考えてることがわかりやすいのかしら。

 

 「ちなみにコレは駆逐艦専用と言っていいわ、上位艦種じゃまず使えない、軽巡ならギリギリ使えるかな?」

 

 「どうしてですか?」

 

 「一瞬『脚』を消さなきゃならないからね、艦種が大きくなるにつれて艤装は重くなるし、『脚』を発生させるまでの時間も長くなるわ、駆逐艦で1秒未満、戦艦で5~6秒だったかしら?」

 

 なるほど、だから艤装が軽く、『脚』を発生させる時間も短い駆逐艦専用なのか、あれ?でも待って。

 

 「あの、海面を飛ぶことができるなら、魚雷をジャンプして避けるとかはできないのですか?」

 

 「…………。」

 

 『何を言ってるんだこのバカは』とでも言いそうな顔で満潮さんが私を見てる、そんなに変な事言ったのかな……。

 

 「アンタ、その場でジャンプしてみなさい、思いっきり。」

 

 「え?」

 

 「いいから飛ぶ!」

 

 「は、はい!」

 

 と言ってジャンプしようとした私の体は、ほんの少し浮いたものの飛び上がることはできず、私はバシャン!と音を立てて顔から海面に叩きつけられた。

 

 「『脚』が水の抵抗を受ける話はしたわよね?縦1メートル前後の力場が水中に沈んでる状態なのにまともにジャンプできるわけないじゃない、『トビウオ』が使えるくらい『脚』を自在に扱えるなら話は別だけど。」

 

 よく考えればそうだった、うぅ……顔が痛い、司令官にまたみっともないところをお見せしてしまった……あれ?なんだかお尻がスース―する気がする、もしかしてスカートが捲れてる?ちょっと待って!私はさっきまで水に浸かっていた下着も水浸しだ!私は慌てて身を起こし、司令官の方を振り返る。

 

 「お、鳥が飛んでる、珍しいな。」

 

 鳥は基本飛びますよ司令官、明後日の方向を向き、いかにも『何も見てませんよ~』とでも言いたそうな態度だ。

 

 「アンタまだ蒙古斑あるのね、何歳だったっけ?」

 

 やっぱり透けてた!しかも蒙古斑のことを知られた!!着任二日目でとんでもない大恥をかいてしまった。

 

 「大丈夫だ朝潮、そういう子もたまにいると聞く、気にするな。」

 

 無理です!!着任時に大層な目標を掲げておいてその翌日にコレですよ!?今日一日で一生分の恥をかいた気分です!

 

 「はいはい、お遊びはそこまで、アンタは余計な事考えないでしばらくはまともに航行する訓練よ。」

 

 パンパンと手を叩いて満潮さんが促してくる、忘れよう、今日の事を忘れられるくらい訓練に没頭しよう、でなければ恥ずかしさで轟沈してしまう。

 

 「500メートルくらい先にブイが浮いてるでしょ?とりあえずここと、あそこをひたすら往復、倒れるまでね。」

 

 「訓練初日にそこまでやることないんじゃないか?」

 

 「いいのよ、それくらいやらないとこの子の場合いつまでたっても新米以下よ。」

 

 その通りです、いいんです司令官、やらせてください、今の私にはそれくらいが丁度いいんです、今はとにかくさっきまでの事を忘れられるくらい体を動かしたいんです。

 

 こうして、私の恥辱に塗れた訓練初日は、『脚』を維持できなくなって沈みかけたところで幕を閉じた。




私の脳内の朝潮は蒙古斑がある設定です、異論は認める。

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