退屈な車での移動を終えて私がたどり着いたのは分厚い、高さ4メートルほどの塀に囲まれた施設の正門と思われる場所だった。
「ここが横須賀鎮守府……?」
門の横に毛筆で『横須賀鎮守府』と書かれた看板はかかってはいるが、イメージとだいぶ違う、門は分厚い鉄の扉で如何にも軍の施設の正門と言う感じ、学校の正門のようなスライド式の鉄格子ではなく、片側3メートルほどの鉄板でできたスライド式の扉だ、向こう側が全く見えない。
「すごく頑丈そうな門ですね。」
少々の攻撃じゃビクともしなさそう。
「鎮守府ができた当初は守衛所と遮断機があるだけだったんっすけどね、反政府勢力やら『人間は深海棲艦に海を委ねるべきだー』ってのたまうカルト集団とかに襲撃されたことが何度かあって、それでこんな頑丈な扉つけたんっすよ。」
モヒカンさんが少し悲しそうな顔で正門を見つめている、襲撃された時の戦闘に参加したんだろうか。
「いつの時代も、人間の敵は人間ってことだな。」
金髪さんが苦虫でも噛みつぶしたような顔で言う。
「お二人はその時……。」
「ええ、襲撃してきた奴らを迎撃しました……。」
聞くべきじゃなかった、二人にとっては同じ人間を撃った記憶だ、しかも同じ国の人間、本来守るべきはずの人たちを撃った記憶、思い出したいわけがない。
「ああ、気にしないでください、自分らの部隊は汚れ仕事専門っすから、人を撃ったのもそれが初めてってわけじゃないっす。」
私の気持ちを察してくれたのかモヒカンさんがフォローしてくれる、でもそんな悲しそうな笑顔で言われたらかえって申し訳なくなってしまいす。
「それじゃあ申し訳ないっすけど、朝潮さんはここで降りてください、守衛には話通しとくんで。」
え?車で入るんじゃないの?明らかに車が楽に通れるほどの門だけど。
「車で入れないんですか?」
「基本的に、こっちは大型の軍用車両しか通さないんす、他の車両はもうちょっと先にいった所にある西門からっすね。」
だったら、その西門から車で入ればいいのでは?いえ、別に歩くのが面倒とかそういうことではけっしてないんですけど。
「庁舎に行くには正門から歩いていく方が西門回るより早いんっすよ、提督殿も首を長くして待ってるでしょうし。」
なるほど、司令官が待ってるのなら早いに越したことはない、でも、なんだか二人がソワソワしてるように見えるのは気のせいだろうか。
「おい、あと1時間しかねぇぞ。」
金髪さんがモヒカンさんを急かす、何を急いでいるんだろう?
「おっとやべぇ、んじゃ朝潮さん、ちょこちょこっと守衛所で手続きするんでついて来てください。」
モヒカンさんに半ば担がれる形で守衛所に連れて行かれ、手続きを終えると二人は逃げるようにどこかに車を走らせて行った。
「何かあったのかしら。」
「それじゃあこちらからどうぞ。」
守衛さんに促されて脇にある通用口を通って正門の裏側へ抜けると、教本で見た鎮守府庁舎が500メートルほど先に現れた。
正面玄関前のロータリーには夢で見た桜の木が枝一杯に花を咲かせていた……。
ん?今3月よね?早くない?桜の開花ってこんな時期だったかしら。
「こりゃ驚いた、今朝見たときは花なんか咲いてなかったのに。」
守衛さんが桜を見て驚いてる、やっぱり咲くには早いんだ。
「あの桜はいつもこの時期に咲くんですか?」
「いえいえ、いつもは4月くらいですよ、ああでも、3年前にも一回あったな。」
3年前……先代朝潮が戦死したのと同じ年だ……。
「よろしければ正面玄関まで車で送りますが?」
「いえ、大丈夫です、それに……なんだか歩きたい気分ですので。」
守衛さんと敬礼を交わして私は庁舎までの道を歩き出した、一歩進むたびに心臓の鼓動が大きくなっていく、どんな人たちがいるんだろう、私は上手くやっていけるかな……期待と不安に押しつぶされそうになりながら私は一歩、また一歩と歩を進めていく。
先代も初めてここを訪れた時はこんな気持ちだったんだろうか、頬が熱くなる、手が震えてくる、こんな状態で司令官に会ったら私はどうなってしまうんだろう。
私がそんな事を考えて歩いていると、ヒラリと足元に桜の花びらが舞ってきた、見上げると50メートルほど前にそびえ立つ桜の木が風に揺られて花吹雪を散らしている。
「綺麗……私を歓迎してくれてるのかな……。」
自分で言って恥ずかしくなってしまった、自意識過剰にもほどがある、けど、手の震えはすっかり収まっていた、よし、これなら大丈夫。
再び歩き出そうとしたとき、正面玄関から誰かが出てくるのが見えた。
ドクン……。
白い士官服を着たその人を見た途端、心臓の鼓動が跳ね上がった、私はあの人を知っている、あの人と話したことがある、何年も前、養成所に入るよりも前に、私はあの人に会ったことがある。
「し…れい……かん?」
あの人が司令官……?もしかしてという思いはあった、最初はモヒカンさんの写真を見た時、でも軍服の話を聞いてやっぱり違うのかなと思った……だけど、やっぱりあの人が司令官だったんだ、私が住んでた町が襲われた時に助けてくれた陸軍の人、恐怖で泣き叫ぶことしかできなかった私を抱き上げて優しく頭をなでてくれたあの人。
「叢雲さん、私の夢は叶いそうだよ……。」
叢雲さんに教えなきゃ、会えないかもと思っていた人に会えたんだ、あの人が私を覚えているかはわからない、なんで艦娘になんかなったんだと怒られるかもしれない、でも、私はあの人の側で戦える、あの時の恩返しができるかもしれない、いや……するんだ。
「あ、あの……。」
私は覚悟を決めて桜の木の下まで行き、彼に話しかける、どうしよう、声が震える、心臓の鼓動がうるさいくらい響く、聞こえちゃったらどうしよう……、私がそんな事を心配していると、彼がゆっくりとこちらを振り向いた、
「失礼かと存じますが、アナタがこの鎮守府の提督……司令官……でしょうか。」
恐る恐る聞いてみる、だけど彼は私を見つめたまま答えようとしない、違ったのかな……でも、あの頃と比べて皺とかは増えたみたいだけどあの人に間違いはないし……。
「あ、あの……どうしよう、間違えたの……でしょうか……。」
何か言ってください、不安になってしまいます……。
「いや、間違ってはいない、私が当鎮守府の提督だ。」
答えてくれた!でも頬がヒクヒクしてる気がする、なにか失礼なことをしてしまったんだろうか、あ、そうだ!とりあえず自己紹介しなきゃ!自己紹介は大事だものね、車の中で何回もイメージしたし、大丈夫、落ち着いて……落ち着いて……。
「ほ、本日付けで着任いたしました、駆逐艦朝潮です!よろしくお願いします!」
どもってしまったあああぁぁぁぁ!どうしようどうしよう!変に思われた!?やり直した方がいい!?
「君のような幼い子が戦場に出るのか?」
私が頭の中でパニックを起こしていると司令官が質問してきた、よかった、どもったことは気にしてないみたい、でも今のセリフは……、先代の記憶の中で聞いたのと同じセリフ、実際言われるとたしかにムッとなるわね、私は当時の先代より年上ですよ?
「み、見た目は子供ですが、歳は13です!幼いと言われるほどではありません!」
ちょっと大げさに怒り過ぎたかしら?司令官が困ったような顔をしている。
「すまない、怒らせるつもりはなかったんだ、ただ……口が勝手にな。」
驚いた、そう言って頬を指で掻く司令官は、あの頃と同じ不器用な笑顔で……歳はとっても、アナタはあの頃のままなのですね。
「ふふ、司令官は相変わらずなのですね。」
司令官が不思議そうな顔をしている、アナタは覚えてないんですね、私とアナタは前に会ったことがあるんですよ?もっとも、あの頃の私は今よりもっと幼かったけど。
「覚えてはおられないんですね……。」
そうですよね、アナタにとってはきっと、救ってきた多くの人の中の一人なのだから。
「どこかで会ったことがあったか?」
今はまだ言わないでおこう、少し寂しいけど大丈夫、前の私を覚えてないのなら、これからの私を覚えてもらえばいい。
「いえ、こちらのことです、申し訳ありません、変な事を言ってしまって。」
「そうか?ならいいのだが。」
司令官が黙ってしまった、私も何を言っていいかわからず、うつむいてしまう。
「「……」」
沈黙が重い、どうしよう何かしゃべらなきゃ、何をしゃべればいい?あ、天気の話とか……は今さらか、じゃあ任務……もダメだ、私はまだまともに浮くことすらできない、ああどうしよう……。
桜が風に揺られる音だけが耳に響く、だんだんと本当に私でいいのかという考えが頭をよぎり出した、私は先代ほど綺麗じゃない、強くもない、そう思うと顔が上げられなくなってしまった。
「オホン!」
司令官の咳払いにつられて顔を上げると、司令官が右手を差し出しているのが見えた、桜の木を背景に、胸を張って左手を腰の後ろに回したその姿は威厳に満ちていて、格好良くて、私はつい見惚れてしまった。
「ようこそ駆逐艦朝潮、私は君を心から歓迎する。」
司令官が歓迎してくれいる、本当に私でいいんですか?
私は先代の朝潮とは違うのに、きっと司令官も先代の事が好きだったんですよね?先代が死んだとき悲しかったですよね?辛かったですよね?
先代と司令官の事を思って胸を締め付けられながら、私は司令官の右手を握り返し答える。
「はい!司令官のお力になれるよう、誠心誠意努力いたします!」
ただいま、司令官、駆逐艦朝潮はアナタの元に戻りました。
私はアナタを支えます、先代の代わりに。
強くなります、今度は私がアナタを守れるように。
そしてお約束します。
もう二度とアナタに悲しい思いをさせたりなんかしない。
正化29年3月3日、私、駆逐艦朝潮は再び鎮守府に着任した。