ちょうど1年前に、狂い咲きしたソメイヨシノの木の下で私と君は出会った。
ずっと聞きたかった声で急に話しかけられたせいで、私はしばらく言葉を紡ぐことが出来なかったよ。
懐かしい声と愛おしい容姿、中身は別人だとわかっているのに君から目を離すことが出来なかった。
ずっと、見ていたいと思ってしまった。
君と接していく内に、やはり別人なのだと言う事がわかっていった。
彼女は君ほど優秀じゃなかった。
彼女は君より厳しかった。
君と違って、本心を隠すタイプだった。
だけど君と同じように私を愛してくれた。
君を見ている内に、私は君のことが好きなのか、それとも彼女の影を求めているだけなのかわからなくなってしまった。
情けないと嗤ってくれ。
いい歳した男が、自分は一体誰が好きなのかわからなかったんだ。
私は君の事が好きなのか、それとも彼女の事が好きなのか、あの日君が『ただいま』と言いながら胸に飛び込んで来てくれるまでわからなかったんだ。
ーーーー
「朝潮の事をどう思っているか聞かせてくれと言ったらポエムを聞かされた。何を言ってるのかわからないと思うけど私も何を言ってるのかわからないわ」
大本営からの帰りの車の中で、麗しい我が愛娘が『朝潮の事をどう思ってるの?』と聞いてきたから答えたらこのリアクションである。
セリフは淡々としてるがドン引きしているな、汚物でも見るような目で私を見ている。
そんなに酷かったか?
「ポエムと言うほどじゃないだろ、こんなのをポエムと言ったら世のポエマー連中に袋叩きにされてしまうぞ?」
「いっそ袋にされた方が良いんじゃない?その痛々しい頭が少しは治るかもよ?」
親に対してなんたる言い草だ、別に私の頭は痛くない、お前の真っ赤な頭の方がよほど痛々しいぞ。
「お前は親をなんだと……」
「なんだと思ってるか?年頃の娘を行かず後家にしようとしてるクソ親父」
いや……別に行かず後家にしたいわけじゃないんだ、ただその……相手がだな……。
「お、お前はアイツと一緒になりたい……のか?」
「いや、逆に聞くけど。そうじゃない人を挨拶に来させると思う?」
思わないだろうな……。
と言うことは、お前はアイツの事が好きなんだな?
結婚したいんだな?
あのモヒカン改め、劣化海坊主と。
「お父さんはアイツの何処が気に入らないのよ、昔からの部下でしょ?お父さん程じゃないけど腕は立つし、仕事もちゃんとしてる、お金も貯め込んでる。それと私にゾッコン、見た目以外は文句の付け所が無いじゃない」
いや、その見た目がだな……、確かにアイツの事はよく知ってる、アイツにお前を任せれば安心なのもわかっている……尻には敷かれるだろうが。
だがお前にわかるか?
髪も眉毛もなく、贔屓目に見てもチンピラなアイツにお義父さんと呼ばれる私の気持ちがわかるか?
わからないだろう!
どうしてもあの風体の奴にお義父さんと呼ばれるのが我慢できないし、それ以上に、あんな見た目がチンピラな奴にお前が好きにされるのがどうしても我慢できん!
「もしかして見た目がダメなの?」
「う……いや……」
い、いかん、見透かされたか?
朝潮程わかりやすくはないはずだが……。
「呆れた……アイツの見た目だけで反対してたのね」
「し、しかしだな……」
確かに反対する要素は見た目くらいだが、それでも娘をくれなんて言われたら殴りたくなるのが父親と言うものでな?
全ての父親がそうと言うつもりはないが、少なくとも私は殴り飛ばされたし……。
「しかしも案山子もないわよバカ親父!見た目なんて些細な問題でしょうが!」
「それは……そうだが……」
「アイツの見た目があんなになったのって、半分は私のせいなんだから大目に見てあげてよ……」
つまり、アイツの髪を剃るどころか毛根を死滅させたのはお前か?
アイツはまだ二十代だぞ!?
なんでそんな酷いことしたんだ!
いや待て、今半分と言ったな……。
「もう半分は?」
「アイツの自業自得」
こら、なぜ私の方でなく窓の外を見る、本当に半分だけか?
もしかして全部お前のせいなんじゃないのか?
「わかった……顔が元に戻ったら改めて連れて来い……。話くらいは……聞いてやる。」
今の話を聞いたら罪悪感が芽生えてしまった、娘のせいでハゲてしまったんだ、話くらいは聞いてやろう……許可するかどうかはまた別の話だが。
「なんで今の話で話を聞く気になったのかはわからないけど……。じゃあ、そうする……」
「ち、ちなみにだな……」
聞いて良いのだろうか、病室で2人がキスをしようとしてるのを目撃して以来気になって仕方がない。
コイツらはどこまで行ってるんだ?
物理的な距離ではないぞ、男女のABC的な意味でだ。
2人がいつから好き合っていたかは知らないが、もし艦娘をやってた頃からなら大問題だ。
見た目的な意味で!
緑のモヒカンが、見た目だけは幼かったコイツに覆い被さっていたいたかと思うと殺したくなる。
いや、もしそうなら殺す!
「なに?どこまで行ってる?とか聞いたら怒るわよ」
怒るか……そりゃあ怒るよなぁ……。
だが気になって仕方ない、ここは怒られるのを覚悟で聞くべきか、それとも聞かずにおくべきか。
「心配しなくても……お父さんが気にしてる事なんてしてないから、キスだってまだよ?あの時邪魔されちゃったから」
「そ、そうか!」
よかった、本当によかった。
お前はまだアイツに汚されてなかったんだな、それがわかっただけでお父さんは安心です。
「アイツと付き合おうって決めたのもあの日だしね、キスはまあ……流れと言うか?雰囲気というか……」
「流れでキスなどしようとするな!貞操観念ってもんはないのか!」
「いいじゃないキスくらい!」
「私が嫌だ!」
「知るか!キスくらいでグダグダ言ってんじゃないわよクソ親父!」
キ、キスくらいだと?少し前まで大正時代みたいな格好をしていたお前からは信じられないセリフだ。
ここは日本だぞ!?
欧米みたいに挨拶代わりにキスをするような国とは違うんだ、流れでキスをするような二人が、流れでそれ以上いったらどうするんだ。
しかも病室とは言えベッドの上でだぞ?
ま、まさかそれ以上まで一気に行く気だったんじゃないだろうな?
ABCと一気に行く気だったんじゃないだろうな!
「お父さん、今の私を見てどう思う?」
「どう思うってそりゃあ……」
一言で言えば綺麗になった。
前は綺麗と言うよりは可愛らしかったお前が、黒いスーツにパンプス姿。
今日、元帥殿より賜った、高く売れそうな勲章が黒いスーツの上で際立っている。
髪の色は艦娘だった頃のままだが、なだらかな撫で肩に均整の取れた手足、着痩せするのは変わってないな。
胸は実際より一回り小さく見えるがスラリとした体形に違和感なく収まっている、まさに『私、脱いだら凄いんです』といった感じだろう。
怒っているせいか目つきはきついが、見ようによっては凛々しくも見える。
見た目だけなら文句なしに自慢できる美しい娘だ。
見た目だけなら……。
「大人でしょ?私はもう、歳相応に大人なの。お父さんが心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと過保護過ぎるわ。自分の行動の責任くらい自分で取れるわ」
「それはそうだが……」
過保護なのはわかっているんだ、しかしどうしても気持ちの整理がつかんのだ、お前が嫁いでいくのを想像しただけで泣きそうになってしまう。
「ちなみに、お父さんがお母さんと結婚したのは何歳の頃?お父さんの歳で12の娘が居たんだから相当早いわよね?」
い、言わなきゃダメか?
ハッキリ言って、私の人生の修羅場ベスト3に入る出来事なんだが……。
私が軍に入ったのもその事が主な理由だし、できれば言いたくないんだが……。
あ、ダメだな、絶対吐かせると言う気概を感じる。
言わないと車内なのも関係なく暴れそうだ。
ええい!仕方ない!
「16で女房を妊娠させて、18になると同時に入籍しました……」
「ふぅ~ん、そんな常識の欠片もないような事しといて私にはキスも許さないのね」
言われると思ったよ!
これでは何も言えないではないか、と言うか自分がしでかした事を考えたら二人がしようとしてた事が健全に思えてしまう!
「結婚もしてないのに子供作っといて、私には貞操観念がどうとか言ったわけだ」
謝る!謝るからもうやめてくれ!
完全に攻守が逆転してしまった!このままでは言い負かされてしまう!
「よく結婚させてもらえたわね、殺されてもおかしくない事しでかしたのに」
「い、いやその……」
実際殺されかけたよ、お義父さんは生粋の陸軍軍人だったからな。
『生きて帰ってきたら娘と一緒になる事を許してやる』と言われて、紛争地帯に傭兵として放り込まれた。
死に物狂いで戦って生き残り、なんとか帰ってきて結婚は認めてもらえたんだが……、まあ私の話はこれくらいでいいか。
それよりも反撃の糸口を見つけなければ、このままでは過去の話で包囲殲滅されてしまう。
「しかも、今惚れてるのは14歳の子供。ハッキリ言って、私に貞操がどうとか語る資格はないわよ?」
「返す言葉もございません……」
負けたよ……朝潮の事まで持ち出されたら反撃など出来そうもない……。
私がやっている事に比べたらお前がやっている事は遥かに健全だ。
キスくらいは大目に見てやろう……。
それ以上はまあ……。
「まあ、お父さんの気持ちもわからなくもないから……キス以上は結婚するまで我慢するわ。それならいいでしょ?」
「ホ、本当か!?」
「本当よ!だから詰め寄らないで!近い!」
よかった、これで少なくとも結婚するまではお前の貞操は守られる!
お父さん思いの娘で安心したよ。
「はぁ……面倒くさい人……。朝潮も苦労しそうね、そういう事に興味津々な年頃でしょうに」
「そうなのか?」
「Hな事に興味があるのが男だけだと思ってるの?女だって相応に興味あるわよ。男ほど表に出さないだけで」
なん……だと?
と言う事は朝潮もそういう事に興味を持っていると言う事か?
だが経験するにはまだ早い、たしか初体験の平均年齢は18か19歳くらいだったはずだ。
朝潮の歳では早すぎる!
「もうプロポーズしといたら?どうせ、いつかはするつもりなんでしょ?」
「それはそうだが……、まだ早いだろ、彼女はまだ14だぞ?」
「関係ないわよ。どうせ今日、何かしら渡すつもりなんでしょ?お父さんって男の癖に記念日的なもの大事にするもんね」
「一応、着任1周年の記念に指輪は用意しているが……」
いつでも渡せるようにポケットに忍ばせてある、忍ばせてはいるが……。
いつ渡すべきだろうか、二人きりになりやすい執務室がやはりベストか?
「なら丁度いいわ、それ渡してプロポーズしちゃいなさい。絶対喜ぶから、流れでゴールインしちゃってもいいわよ?」
それは結婚的な意味でだよな?
間違っても男女で行う組体操的な意味でのゴールインではないよな?
「仕方ないから今日は長門の部屋に泊ってあげるわ。だから遠慮なくヤッちゃいなさい♪」
『ヤッちゃいなさい♪』じゃない!
その人差し指と中指の間に親指を入れて拳を作る仕草をやめろ!
やっぱりそっちの意味でのゴールインだったか!私に巷で出回っている薄い本的な事をしろと言うのか?
ゴールインしてシュウゥゥゥ!超エクスタシー!とでも言えと言うのかお前は!
「たぶんあの子、生理来てないから安心していいわよ。私も艦娘辞めた途端に始まったし」
何を安心しろと!?お前は私の理性を吹き飛ばす気なのか!?
と言うか、初潮前に艦娘になると成長と同じで止まったままなんだな、初めて知ったよ!知らなければよかったと後悔してるよ!
「まあ、冗談はさておき。それくらいの事はしてあげた方がいいと思うわよ?」
「な、なんでだ?」
「だってお父さん、あの子に好きって言ってあげた事ないでしょ」
「いや、確かに言った事はないが……私が好きなことくらい、彼女ならわかってくれているだろ?」
彼女が私の事を好いてくれている事も私はわかってる、言葉にしなくてもわかり合ってるんだ、焦ってプロポーズをする必要を感じない。
「バッカじゃないの!?どうせ『私と朝潮はわかりあってえるから』とか思ってるんでしょ!」
「ダ、ダメなのか?」
「ダメとは言わないわ、ある意味理想かもしれない。でもね、言葉にしないと伝わらないことだってあるのよ。お父さんって新しいタイプだったの?人類の革新的に言葉がなくても分かり合える人種だったの?そうじゃないでしょ!」
「だからと言ってプロポーズというのは……」
「お互い好き合ってるんなら後はプロポーズでしょうが!歳なんて関係ないわ、早い内にプロポーズして唾つけときなさい!」
もうちょっと言い方はないのかこの娘は……。
だが、コイツの言う通りなのかもな、私は朝潮の事が好きだ。
彼女も私の事を好いてくれている。
その彼女が、私のプロポーズを嫌がるだろうか。
いや、涙を流して喜んでくれるはずだ。
自惚れでもなんでもなく、私の心が確信している。
朝潮は、私のプロポーズを受けてくれる。
必ず私を受け入れてくれる。
「お前に説教されるとは思わなかったな……」
「ふんだ、この『桜子』様がお説教してあげたんだからありがたく思いなさい?ほら、ちょうど正門に着いたわよ、とっとと言って来なさい」
「ああ、わかったよ桜子。ありがとう」
正門の前で『桜子』と言う本名を名乗り始めた娘が乗った車と別れ、私は正門の通用口から鎮守府の敷地内に入った。
だいぶ早く戻れたな、朝潮にはヒトナナマルマルに戻ると言っていたのに2時間近く早い。
「ん?今朝出る時は咲いてなかったはずだが……」
庁舎正面玄関の正面にあるロータリーに植えられたソメイヨシノ、その花が満開になっている。
すっかり狂い咲きが癖になってしまったようだなこの桜は、朝潮も着任した時にこの光景を目にしたんだろうか……。
私は桜の木の根元まで近づき、幹に手を触れて上を見上げた。
この木が、私と朝潮を出会わせてくれた。
私と朝潮を二度も巡り合わせてくれた。
「お前のおかげだな……」
この木が何を思っているのかわからないが、お前にはお礼を言わないと……。
ありがとう、朝潮と出会わせてくれて。
ありがとう、4年前のあの日、私と一緒に泣いてくれて。
ありがとう、再び朝潮と巡り合わせてくれて。
「わぁ……」
私が心の内で桜の木にお礼を言っていると、ため息にも似た感嘆の声と共に、彼女が正面玄関から現れた。
あの作戦以来変わった、先代の朝潮と同じ蒼い瞳と彼女と同じ艶やかな黒い髪、朝潮型改二の制服の上から白いボレロを羽織った君を、風に舞う桜の花びらが美しくに彩っている。
「たしか去年も……」
そう、君が着任した時もこうして咲いていた。
まるで、君を歓迎しているかのように。
しかし困ったな、朝潮から見て木の裏側に居るせいで朝潮が私に気づいていない。
いきなり出て行くと驚かしてしまうだろうか、それらしいセリフを言いながらゆっくりと出て行くとしよう。
「今年も狂い咲きか、相変わらずだなコイツは」
「し、司令官!?」
これでも驚かせてしまったか。
まあ、予定よりだいぶ早く戻って来たから仕方ないか、電話の一本でも入れておくべきだった。
「予定より早くジジ……元帥殿から解放されてね。急いで帰ってきたんだ」
桜子が勲章を貰うだけとは言え、それなりに時間がかかると思っていたんだがあっさりと終わってしまったんだ。
まあ、危うく雑談に付き合わされそうにはなったんだが、無事逃げる事が出来た。
「どうかしたか?」
「い、いえその……」
朝潮が頬をほんのりと赤く染めて私を見つめている。
そんな目で見つめられるとさすがに照れるな。
それに、何かを言おうとしているような……私の方から話題を振ってみるか。
「ちょうど1年前に、この木の下で君と会ったな、今でもハッキリと思い出せるよ」
「はい……私もです……」
私は懐かしむように桜を見上げる。
今でも昨日の事のように思い出せるよ。
桜吹雪を背景にした君は妖精のように美しかった。
先代の朝潮と、瞳の色以外はそっくりだった君を見て、私は何を言っていいかわからず見つめる事しか出来なかったな。
「君を怒らせてしまったのも、今では良い思い出だな」
「ふふ、そんな事もありましたね」
そう、そして私は君を再び怒らせた。
別に怒らせるつもりはなかったんだ。
今思うと、私は最初の出会いを再現したかったのかもしれない。
あの時の私は、君と彼女を重ねて見ていたんだろうな……。
私は視線を朝潮に戻す。
少し成長したが、今でも彼女と同じ面影を持った少女。
私を守ってくれた少女。
私を救ってくれた少女。
私が、心底愛おしいと思える女性……。
私が、そばに居て欲しいと思う女性……。
ああ、私は君が好きだ朝潮。
私は君を愛している。
桜子に発破をかけられたせいか気持ちが抑えられない。
君に気持ちを伝えたい。
君に好きだと伝えたい。
私は右ポケットに忍ばせていた指輪を握りしめる。
渡せ!
指輪を渡して気持ちを言葉にしろ!
「あ、朝潮、君に渡したい者があるんだが……。」
「渡したい……もの?」
クソ!声が上ずってしまった!
いや、まだ挽回できる、朝潮はさして気にしてないようだし。
私はゆっくりと指輪の箱をポケットから取り出し、若干腰を屈めて朝潮の目の前でゆっくりと蓋を開けた。
「受け取ってほしい、私には君が必要だ」
「わた、私なんかでよろしいんです……か?」
朝潮が右手で口元を押さえて目に涙を浮かべている。
よかった、喜んではくれているみたいだ。
「君でなければダメだ、私がそばにいて欲しいのは君だけだ」
朝潮が無言で左手を差し出してくれる、感極まって声が出ないのだろうか。
だが、君の気持ちは手に取るようにわかる。
君は私を受け入れてくれた。
それがわかっただけで今は十分だ。
「ありがとう……朝潮」
私はそう言って、朝潮の左手の薬指に指輪をはめた。
君の誕生石をあしらった指輪。
君への想いを込めた指輪を。
「朝潮、私は……」
さあ、あと一言、あと一言だけ言うんだ。
君が好きだと。
君を愛してると。
「司令官……」
朝潮も何かを言おうとしている、君も私と同じ気持ちなのか?
大丈夫、邪魔など入らない、今この瞬間の私達を邪魔する者など居るものか。
だから安心して言ってくれ、私もちゃんと言うよ。
君への気持ちを言葉に乗せて。
「わ、私……私は!」
私が言葉を紡ぐよりも早く、朝潮が意を決したように口を開いた。
潤んだ瞳と、今にも私に抱き着いて来そうなほど必死な顔で。
(さらば慢~心の心こ~ころ 我ら~提~督~♪)
「「……」」
さらばどころじゃない!ようこそだよ!完全に慢心していたぁぁ!
せめてマナーモードにしておくべきだった!
せっかくの雰囲気が台無しではないか!
朝潮も完全に気勢を削がれて口をパクパクさせている。
スマホの画面には満潮の文字。
おお、我が弟子よ、師匠の告白を邪魔するとは何事か……。
だが出ないわけにはいかないか……きっと急を要する電話だろう。
「私だ……どうかしたのか?満潮」
『あ、出た。横浜を出たフェリーが浦賀水道沖10海里付近で敵艦隊に襲撃されてるわ。護衛中だった九駆から救援要請が出てるわ。』
おのれ深海棲艦どもめ……中枢を落とされてもまだ出没するか……。
しかもこのタイミングでとは、悪意しか感じないぞ!
「わかった、すぐに戻る。ああ、玄関までは戻っているんだ」
『それならすぐに戻って私と代わって。それと、朝潮見なかった?今事務課に書類を届けに行ってるはずなんだけど』
「なに?朝潮?ああ一緒だ」
『じゃあそのまま工廠に向かわせて、私もすぐに行くから』
用件だけ伝えると、満潮は電話を切ってしまった。
判断が早いな、先がますます楽しみになるが、今はあまりありがたくなかったぞ。
「何かあったんですか?」
「横浜を出たフェリーが浦賀水道から10海里程進んだ辺りで敵艦隊に襲われているらしい」
「大丈夫なのですか?」
「護衛していた第九駆逐隊が応戦しているが救援要請が入った。……行けるな?」
朝潮の顔つきが変わった。
恋をする少女の顔から戦士の顔に。
私の命令を確実に遂行する艦娘の顔に。
「はい、いつでも出撃可能です」
敬礼し、凛々しい瞳で私を見つめる君のなんと頼もしい事か。
そして君はこう言うのだろう?
私が君を送り出しやすいように。
私への想いを込めたあのセリフを。
「司令官、ご命令を!」
ああ、私は君に命じよう。
君を死地へと送りだそう。
君が戻ってくる事を信じて送り出すよ。
私はいつまでも待っている、君が戻ってくるのを待っている。
そして伝えよう、いつか必ず伝えよう。
君と出会ったこの場所で。
私と君が始まったこの場所で。
いつかまた、この場所で。
祝?完結!
次話にプロット時の設定と、ここまで読んでくださった読者様へのお礼を投稿しています。