艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~   作:哀餓え男

105 / 109
終章 いつかまた、この場所で
神風の帰還


 ハワイから帰って何日経ったのかしら。

 行きは三日かけたけど、アレはあくまで時間調整のためだからその気になれば二日ほどで帰れるはず。

 まあ、どっちにしろ新年は洋上で迎えたんだろうけど、それなりに宴会とかしたのかしら?

 私も混ざりたかったなぁ。

 って、こう言うと旅行帰りに聞こえるから不思議ね、実際は戦争しに行ってたのに。

 

 「知らない天井だ……」

 

 何故だか言わなきゃいけない気がした。

 まあ、ホントに知らないんだけどね。

 たぶん、工廠の治療施設の病室だと思うんだけど……なんでこんな所で寝てるんだろ?

 

 「え~と、確か……」

 

 自分の声に若干違和感を覚えながら、目が覚める前の光景を思い出す。

 覚えていたのは、ガンナー1にお姫様抱っこされて揚陸艇に乗ったところまで、そこから先は記憶にないわ。

 って言うか、なんでアイツに抱っこしてなんて言っちゃったのかしら、あんな奴に不覚にもトキメいてしまった自分をぶん殴りたいわ。

 

 でも不可抗力よね。

 あの時は同調を無理矢理切ったせいで意識が朦朧としてたし、体中痛くて仕方なかったし。

 そう、私は弱ってたのよ。

 アイツは卑怯にも、私が弱ってる所につけ込んだんだわ。

 弱ってる女は落としやすいって言うもんね。

 でもお生憎様。

 私はそんじょそこらの女とは出来が違うの、冷静になればあんな奴になびくことはないんだから。

 

 コンコン……。

 

 私から見て、左手にある病室のドアを誰かがノックしてる。

 『入ってま~す』とか言った方がいいのかしら。

 いや、それはトイレか。

 じゃあ『いらっしゃいませ』?

 いやいや、お店か!

 まだ意識が朦朧としてるみたいだわ、こういう時の返事が思い浮かばない。

 

 『神風姉ぇまだ起きてないのかな?』

 

 『お見舞いだけ置いて帰りましょう?あまり病室の前に居るとご迷惑になりますから』

 

 『眠り姫か……。僕の出番だね!』

 

 『松姉さん、何をしようとしてるのか存じませんがやめてください』

 

 この声……順に朝風、春風、松風、旗風ね。

 また輪形陣でお祝いしようとするのかしら、逃げようかな……。

 でも体がまともに動かない、と言うか違和感が凄い。

 何て言ったらいいんだろ、本来なら無いはずの所に手や足が有るような……。

 

 「失礼しま~す……」

 

 朝風がそろ~っとドアを開けて入ってきた。

 ギンバイでもしに来たの?もっと堂々と入ってきなさいよ。

 

 ん?そういえば返事したっけ?

 あ、結局返事してないや。

 だから寝てると思って静かに入ってきたのか。

 

 「あ、あれ?」

 

 「何よ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

 

 寝てる私と目が合った朝風が、信じられない物でも見たような顔で驚いてる。

 寝起きの私がそんなに珍しい?

 

 「貴女……誰?」

 

 「は?」

 

 いや、何言ってんの?

 貴女たちが尊敬してやまない神風お姉様でしょうが、ちょっと会わなかっただけで忘れるなんて薄情過ぎない?

 

 「朝風さん、神風お姉様が起きてらっしゃるんですか?」

 

 「え?いや……起きてはいるんだけど……」

 

 「朝姉さん、取り敢えず入って頂けませんか?松姉さんが気持ち悪い顔で朝姉さんのお尻を見てます」

 

 「ちょ!松風!こんな所でやめなさいよ!」

 

 「ここじゃなければ良いのかい?しょうがないな姉貴は、じゃあ隣の部屋が空いてるみたいだからそっちで……」

 

 おいこら、貴女たち何しに来たのよ。

 私のお見舞いに来たんじゃないなの?

 って言うか松風ってそっちの気があったのね、今度から前以上に距離を置かせて貰うわ。

 

 「寒いから、入るならさっさと入りなさいよ。風邪引いちゃうじゃない」

 

 う~ん、やっぱり声に違和感が……。

 私の声なんだけど私の声じゃないみたい、ちょっと発声練習でもしてみようかしら。

 

 「エクス!……」

 

 「お姉様、それ以上はいけません。何故かわかりませんがいけない気がします」

 

 え?そ、そう?なんだか良い感じにビームとか出せそうな気がするんだけど……ホントにダメ?

 

 「恐れ入りますが……神姉さん…でよろしいんですよね?」

 

 「他の誰に見えるって言うの?」

 

 4人が顔を見合わせながら、『ほら、やっぱりお姉様ですよ』とか『でも身長が……』とか言ってるわね。

 体が動かしにくいのがもどかしい、このベッドって背中持ち上がらないのかしら。

 

 「食べ頃だね!」

 

 何が食べ頃なのか、絶対わかりたくないからアンタは黙れ松風。

 えっと、どこかにスイッチ的な物はないかしら。

 

 「あ、体を起こしたいんですか?少々お待ちください」

 

 春風がそう言って、ベッドの脇にあったのスイッチ操作すると、ゆっくりと背中が持ち上がり始めた。

 あ、これ楽だわ、一家に一台欲しいかも。

 

 「ありがとう、春風」

 

 「い、いえ!お姉様お役に立てたなら幸いです!」

 

 お礼と一緒に頭を撫でてあげたら、真っ赤になって離れてしまった。 

 って言うか間合いがおかしかったような……普通に撫でるつもりが最初の方は手首で撫でちゃったわ。

 私の手、こんなに長かったっけ?

 それに……。

 

 「胸が重そうだね♪」

 

 松風が、今にも涎を垂らしそうな顔で私の胸を凝視してる。

 いや、視姦してる?目が血走ってて怖いんだけど。

 まあ、それともかく……。

 

 そう、胸が重いのだ。

 見下ろして見ると、自分の臍部が見えない程度の膨らみがあった。

 私の胸、こんなに大きくなかったわよ?

 精々Cカップ位だったのに、今はDは軽くありそう……。

 

 「ね、ねえ……。誰か鏡持ってない?」

 

 「あるよ、これでいいかな?」

 

 と言って、松風が差し出してきたのは、手の平位の鏡に伸縮式の棒が取り付けられたの物だった。

 そうそう、これがあると便利なのよねぇ、廊下の角に隠れて角の向こう側を見るのが……って。

 なんでこんな物を携帯してるのか、ツッコんだ方がいいのかしら……。

 いや、やめとこう、ツッコんだら後悔しそうな気がする……。

 

 「これが……私?」

 

 鏡を覗くと、すんごい美人がそこにいた。

 別にお化粧してる訳でも、ドレスアップしてる訳でもないけど一目で美人とわかる超絶美女。

 顔のパーツ一つ一つと紅い髪は間違いなく私のものだわ。

 だけど全体的に大人びてる。

 いや、大人だ。

 私をそのまま、年相応に成長させたような美女が鏡に映っていた。

 化粧とか要らないわね、これだけの美女なら肌毛処理とスキンケアだけ十分だわ。

 

 「大変お綺麗ですよ、神姉さん」

 

 「ホント綺麗ね……神風姉ぇが艦娘辞めちゃったって噂、本当だったんだ……」

 

 あ、そっか!

 すっかり忘れてたわ、私自分で自分を解体したんだった!

 それで寝てる間に成長したのか。

 まさに寝る子は育つだわ、たった数日で育ちすぎな気もするけど。

 

 「私が艦娘辞めたって噂が流れてるの?」

 

 「ええ、作戦が終了して、日本への帰路ついた頃には……」

 

 私の噂がいつ頃から流れていたのかを、旗風が申し訳なさそうに教えてくれた。

 噂の出所は誰だろう?

 奇兵隊の奴ら?ん~たぶん違うわね、アイツらに艦娘が好んで近づくとは思えないし……。

 辰見辺りかしら。

 

 「朝風さん、悲しそうな顔をしてはダメですよ?お姉様は長い間必死に戦ってきたんです。辞めたからと言って誰も文句は言えません。いえ、言ってはいけません」

 

 「けど……」

 

 今にも泣き出しそうな朝風を、春風が頭を撫でながら宥めてる。

 まあ、今年の任期はもう少し残ってるんだけど……その辺はお父さんが上手くやってくれるだろうから気にしなくてもいいか。

 

 「そうだぜ姉貴。それに、神風の姉貴は最後に大手柄を立てたじゃないか。誰にも出来なかった中枢棲姫の討伐を成し遂げたんだぜ?」

 

 「松姉さんの仰るとおりです。神姉さんは私たち神風型の誇りじゃないですか。艦娘の礎を築き、そして最後は大手柄を立ててご勇退。神姉さんらしいと旗風は思いますよ?」

 

 勇退とはちょっと違うような気がするんだけど……艦娘辞めちゃったのは不可抗力だし。

 ま、いっか、褒められるのは嫌いじゃないし、むしろもっと褒めていいのよ?

 讃えてくれてもいいくらいだわ。

 

 「そっか……そうよね……じゃあ輪形陣でお祝いを!」

 

 「それはやめろ、マジで」

 

 どうしてお祝いイコール輪形陣なのよ、もっと他にも祝い方はあるでしょうに。

 もしかして、お祝いは輪形陣でやらないといけない決まりでもあるの?

 

 「そ、そう?神風姉ぇがそう言うならやらないけど……。後悔しない?」

 

 いや、しないわよ、するわけないでしょ?

 その『ホントに~?』って顔やめてくれない?

 張り倒したくなるから。

 

 「でも、気持ちはありがたく貰っとくわ。ありがとね、朝風」

 

 「う、うん……どういたしまし……て?」

 

 何をモジモジしてるんだか……。

 朝風が何故かげっ歯類に見えてきたわ、ケージの中で回し車廻してたら絵になりそう。

 

 「あの!神姉さん!旗風に剣術を教えて頂けないでしょうか!」

 

 「へ?」

 

 いきなり何よ、もしかして私みたいになりたいの?

 まあ、日本刀片手に戦場を駆ける私の格好良さに憧れる気持ちはわからなくもないけど……。

 

 「あ!私も私も!」

 

 朝風まで……旗風は日本刀が似合いそうな気はするけど、貴女はどっちかと言うと薙刀か槍って感じだけど?

 

 「それなら僕も教えてほしいな、やっぱ憧れるよね!」

 

 いや、アンタには似合わない。

 松風はトランプなら間違いなく似合うから、大人しくトランプ投げてなさい。

 

 「それなら私も……」

 

 春風も?

 その手に持ってる傘に刀を仕込んだら良さそうね。

 仕込み傘か……考えたら欲しくなってきたわ。

 

 「教えるのはいいけど……実戦で使っちゃダメよ?」

 

 「えー!なんでよー!」

 

 「せめて、私くらい動けないと邪魔になるだけだもの。それに、アレは艦娘としては邪道と言っていい技術よ、使わなくて済むならそれに越したことはないわ」

 

 この子たちがどの程度出来るのか知らないけど、あの作戦に投入された位だから練度はそれなりにあるのよね?

 だったら、下手に新しい技術を学ばずに、今修得してる技術を伸ばした方が絶対いいわ。

 

 「そんなにガッカリしないでよ。教えるくらいはしてあげるから」

 

 「やったな姉貴!これでカミレンジャーごっこが出来る!」

 

 だから、アンタは大人しくトランプ投げてろ!

 って言うかカミレンジャーって何よ、何処の戦隊ヒーロー?

 もしかして、横須賀鎮守府のご当地ヒーロー的な?

 だけど、青、桃、緑、黄は居るけど肝心の赤が居ないじゃない。

 赤が居ない戦隊ヒーローなんて、お味噌が入ってないお味噌汁みたいな物よ!

 え?例えがわかりづらい?

 思い浮かばなかったんだからしょうがないじゃない!

 

 「赤はもちろんお姉様で♪」

 

 おおっとぉ!?

 まともと思っていた春風がまさかの乗り気!?

 4人中3人がボケとかやめてよぉ……ツッコミが追い付かないじゃない。

 旗風がまともなのがせめてもの救いだわ。

 

 「怪人役は長門さんあたりにお願いいたしましょう♪」

 

 裏切ったぁぁぁ!

 旗風が速攻で私の気持ちを裏切ったぁぁぁ!

 なんで貴女まで乗り気なのよ!

 ボケ4人にツッコミ一人とか処理しきれるわけないでしょ!

 私、芸人じゃないのよ!?

 

 バン!

 

 「この長門を呼んだか!」

 

 「呼んでない!帰れ!」

 

 つかノックくらいしなさいよ!常識でしょ!?

 そりゃあ私も前はノックなんてしなかったわ、だけど私は身をもってノックの大切さを学んだからね!

 今ではちゃんとノックできるようになったし!

 

 「出たわね、怪人ながもん!カミレンジャー抜錨!いい、みんな? ついてらっしゃい!」

 

 おい、ここで戦闘始める気?

 ここ病室なんだけど?

 

 「カミピンク、春風。出撃させていただきます。抜錨です!」

 

 ノリノリだ!たぶん春風が一番ノリノリだ!

 戦隊モノのピンクが取りそうなポーズ決めて傘から刀を抜いたわ!

 って言うか仕込み傘だったのね、それ!

 

 「おおっと、お客さんか。カミレンジャー戦闘用意! いいかい、行くよ!」

 

 うっさいトランプウーマン!これ以上ややこしくしないでちょうだい!

 

 「あ、お茶を、お茶をお淹れしますね。えと、急須は……あっ、ここ? え、違う?あれっ?」

 

 いや、なんで旗風はお茶を煎れようとするの? 

 たぶん客である長門にお茶を出そうと思ったんだろうけど……。

 普通に前の3人に倣いなさいよ!

 いきなりボケのベクトル変えられるのホントに迷惑なんだけど!

 

 「……」

 

 ポーズをとるバカ3人と、急須を探すバカ1人を前に呆気に取られて固まる長門。

 そうよね、いくらアンタでも対応に困るわよね。

 よかったわ、アンタがこの4人のノリに乗っかるほどバカじゃなくて。

 

 「フフフ……よく来たなカミレンジャー!改装されたビッグ7の力、侮るなよ!」

 

 ああ……本当のバカは私だった……。

 アンタを一瞬でも信じた私がバカだったわ……。

 

 っつか、来たのはアンタだ!

 固まってたのはセリフを考えてたから!?

 ボケが5人になっちゃったじゃない!

 もうここは無法地帯よ!

 ボケが飽和しちゃってるじゃない!

 

 「長門、病室なんだから静かにしなきゃダメじゃない。って言うか邪魔だから早く入って」

 

 辰見ぃ……腕組みしてふんぞり返る長門を押しのけて病室に入って来る貴女が、私には救世主に思えるわ。

 中二病患者って言ってバカにしたのを謝らなきゃ……。

 

 「え~と……」

 

 うん、どう反応していいのかわからないんでしょ?

 私でもこの光景をいきなり見たらそうなっちゃうわ、だけど遠慮せずに止めてくれていいのよ?

 フラフラしながらもポーズを取り続ける3人と、呑気にお茶を煎れ始めたバカとふんぞり返ってるバカをしばき倒して!

 

 「……オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

 お前もかぁぁぁぁ!

 だいたい、アンタもう天龍じゃないじゃない!

 今の天龍に謝りなさい!

 セリフ取っちゃってごめんなさいって謝れ!

 今すぐ!

 

 「チッ……お前たちにやられた左目が疼きやがるぜ……」

 

 うっさい!黙れバカ!

 なんでノリノリなのよ!この光景を見ただけで状況がわかるほど察しがいいなら、私の気持ちも察してよ!

 もういっぱいいっぱいなのよ……。

 プロの芸人でもない私に、6人が真剣にボケまくる状況をどうにかするなんて無茶ぶりにも程があるわ!

 

 「何を騒いでるんですか?病室で騒ぐのはあまりお行儀がいいとは……」

 

 へーい!

 7人目の登場だー!

 もう期待しないわよ、どうせ鳳翔さんもボケるんでしょ?

 この光景を見てノリノリになっちゃうんでしょ?

 

 「実戦ですか・・・致し方ありませんね!」

 

 ほーら、案の定ノリノリだー!

 どこからともなく弓矢を取り出して戦闘順次万端。

 毎回思うけど、その弓矢どこに仕舞ってるの?

 もしかして袴の中?

 

 「アンタたち……」

 

 もう、我慢の限界だわ。

 怠いから大きな声は出したくなかったのに、せっかくお見舞いに来てくれたんだから怒鳴らずに心の声でツッコミしてあげてたのに……。

 

 でも、ここらで止めないと収拾がつかなくなる。

 私が声を荒げたくらいで収拾がつくとも思えないけど、このまま病室で暴れられるよりきっとマシよね……。

 

 「すぅ~……」

 

 私は、空気を胸いっぱいに吸い込む。

 今から放つのはアンタ達を一喝する全力の一撃。

 束ねるは私の怒り、言葉に乗せた私の激情、受けるが良い!

 

 「いいかげ……!」

 

 「いい加減にしなさい!病室で騒ぐとは何事ですか!」

 

 私が言う前に、私のセリフが誰かに持って行かれた。

 声の主は長門達の後方、病室の外だ。

 

 この声は……朝潮?

 

 「鳳翔さん!その弓矢をしまってください!貴女ともあろう人が何をしてるんですか!」

 

 「は、はい!」

 

 「辰見さん!指揮官である貴女が率先して騒ぐとはどういう事ですか!」

 

 「すみません!」

 

 朝潮の叱責で大の大人二人が縮こまった。

 長門は冷や汗を流しながら目を泳がせてるわ。

 

 「それで、いつまでそこに立っているつもりですか?邪魔なので退いてくれると助かるのですが」

 

 「ふ…ふふふ……ここを通りたくば私を倒して……!」

 

 ズドン!

 

 「ふぉ!」

 

 長門が振り向く前に、お腹に響きそうな音が響いて長門が白目を剥いた。

 腕組みしたまま、微妙に後ろを振り向こうとした姿でつま先立ちになってるわ。

 

 「……」

 

 ズズゥゥゥン……。

 

 長門が頭から床に倒れて、私が知ってる装いと変わっている朝潮が取っていた姿勢は、アッパーのように上方へフックを繰り出すガゼルパンチ。

 それを長門のケツにぶち込んだのね。

 どこでガゼルパンチを見たのか知らないけど、打ち終わりの姿勢を見ただけで見事なガゼルパンチだった事がわかるわ。

 長門のケツは、下手したら使い物にならなくなってるかもしれないわね……。

 ざまぁみろバーカ。

 

 「さて、そこの4人」

 

 「「「「は、はい!」」」」

 

 「旗風さん以外の3人はパイプ椅子を人数分並べなさい。旗風さんはお茶を人数分。いいですね?あ、ながもんの分は用意しなくていいです」

 

 「「「「イエス・マム!」」」」

 

 朝潮の命令通り4人がテキパキと動き出した。

 ちょっと見ない間に一皮むけたかしら。

 本気の時のお父さんみたいに有無を言わせぬ雰囲気を纏わせた命令だわ。

 

 「目が覚めたんですね」

 

 「え、ええ……」

 

 あ、あれ?なんで私まで睨むのよ、もしかして私も一緒になって騒いでたと思われてる?

 

 「……」

 

 「あの……朝潮?」

 

 どうしたんだろう?私の胸の辺りを凝視しているような……。

 朝潮にそっちの気はなかったはずだけど……。

 

 「駄肉です……アレは駄肉、駄肉、駄肉……」

 

 なんか、真顔でブツブツ言いだしたんだけど!?

 駄肉って何よ、私の胸の事!?

 アンタ自分の無乳にコンプレックスがあるからって、人の胸を駄肉呼ばわりするのやめてくれない!?

 

 「う、羨ましい?」

 

 「いえ!まったく!」

 

 ワザとらしく両手で胸を持ち上げて言ってみたら殺気が篭った否定が飛んできた。

 いや、羨ましいんじゃん。

 眼尻に涙まで浮かべて悔しがっちゃって。

 

 「はぁ、それはともかく。目が覚めたようで本当に安心しました。1週間以上寝ていたんですよ?」

 

 「1週間!?そんなに!?」

 

 朝風たちが用意したパイプ椅子に座った朝潮が言うにはこうだ。

 私がワダツミに戻った後、西側を攻略した日本艦隊は米艦隊と協力して東側を2日かけて鎮圧。

 その後、補給やハワイ島周辺の掃討で2日費やし、あとの処理を米国に任せ、3日かけて横須賀に帰って来たらしい。

 そして今日は1月8日、横須賀に帰って2日経っていた。

 

 ちなみにお父さんは今、明日大本営に持って行く報告書の最終チェックをしてるらしい。

 

 「じゃあ、作戦は成功したのね?」

 

 「ええ、米国側にかなりの被害が出ましたけど、作戦は大成功です」

 

 そう……よかった……。

 それを聞いて安心したわ。

 まあ、お父さんがあの状況から逆転されるとは思えなかったけど。

 

 「ただ、東側の旗艦だった南方棲戦姫は取り逃がしました。どうも一度島に上がり、陸上を移動して南に抜けたようです」

 

 へえ、深海棲艦にも自分の命を惜しむ奴がいたんだ。

 陸上を移動してまで逃げるなんて大したものだわ。

 

 「貴女が相手するはずだったキュウキ……だっけ?そいつはどうなったの?」

 

 「倒しました、核も回収しましたよ」

 

 確か、私が知ってる限りでは戦艦棲姫だったはず。

 戦艦、しかも姫級の核か、お父さんはどうするつもりなんだろう。

 妖精さんに渡せば、何かしらの艦娘の艤装を建造するだろうけど、そいつって先代の朝潮の仇よね?叩き割っちゃったかしら。

 

 「核はどうしたの?割っちゃった?」

 

 「いえ、それが……」

 

 ん?なんで言い淀むの?

 なんか嬉しそうな、それでいて嫌そうな微妙な顔をしてるけど。

 

 「司令官が妖精さんに渡したら、ある艤装が建造されました」

 

 あ、壊さなかったんだ、お父さんにしては理性的な判断をしたじゃない。

 まあ、姫級以上の核を使ったからって強力な艤装が建造されるわけじゃないけど、壊すには少々惜しいものね。

 

 「その結果……戦艦 大和の艤装が建造されました……」

 

 「それホント!?」

 

 今まで、まったく建造される事がなかった大和の艤装が建造された!?

 大収穫じゃない!

 太平洋側の脅威が減ったって言っても東南アジアはまだだもんね、大和の活躍の場は十分あるわ!

 

 「喜ばしい事じゃない。なのに、なんで貴女はそんな微妙そうな顔をしてるの?」

 

 「だって元が窮奇ですよ!?私を精神的にも肉体的にも散々苦しめた窮奇ですよ!?もし適合者が窮奇の影響を受けちゃったらどうするんですか!また追い回されちゃいますよ!ながもんだけで手一杯なのに窮奇まで加わったらお手上げです!」

 

 あ~、そういう事か……。

 そうよね、適合者は前任者の影響を気づかない内に受ける事があるらしいしね。

 神風の艤装に使われてたのは確かイ級だから、私は影響を受けなかったけど、我が強い姫級以上がコアになってたら貴女が言うような影響も受けちゃうかもね。

 知った事じゃないけど。

 

 「そ、それと……お前の艤装もちゃんと回収しておい……たぞ……。痛た……朝風、すまないが私にも椅子を……」

 

 「チッ……仕留め損ないましたか……」

 

 舌打ちをやめなさい朝潮、気持ちはわからなくもないけど貴女には似合わないわよ。

 お父さんが見たらショック死しそうだわ。

 

 それより、長門は座れるのかしら、お尻にアサシオの殺意が篭ったガゼルパンチを食らったんでしょ?

 いやまあ、自業自得だから別にいいんだけど。

 

 でもそっか、艤装はちゃんと回収されたのか……。

 

 「そう……ありがとう」

 

 じゃあ、次の神風が生まれるのね……。

 もう神風を名乗れないなぁ、覚悟はしてたはずだけど、やっぱり寂しいわね。

 

 「ひょぉう!」

 

 あ、やっぱり座れなかった、お尻を押さえて飛び跳ねてるわ。

 

 「うるさいですよ ながもん、静かにしてください」

 

 容赦ないわね……。

 戦艦を、眼光と言葉だけで大人しくさせる駆逐艦なんて貴女くらいよ。

 長門だけじゃなく、他の6人も冷や汗流して黙り込んじゃったけど……。

 

 「で?皆さんは何をしにここへ?」

 

 「わ、私たちは神風姉ぇのお見舞いに……。病室に入ったら起きてたから少しお話してたの……」

 

 お話?まあ、お話と言えない事はないけど、後半は悪ノリしてただけよね?

 あ、4人揃って人差し指を口の前で立てて、言わないでってジェスチャーしてるわ、笑えるほど必死に。

 

 「私達も同じよ?まあ……起きてなかったらイタズラしようくらいは思ってたけど……」

 

 「辰見さん!それは言わなくていいんです!しーです!」

 

 しーです!じゃないわよ鳳翔さん、その言い方だと貴女もイタズラする気だったんじゃない!

 そうよね、朝風たちのノリに乗っちゃうほどだもんね、イタズラにもノリノリになるわよね。

 

 「なるほど、最近は病室で騒ぐ事をお見舞いと言うんですね。朝潮、勉強になりました」

 

 おお……7人が打ち合わせでもしてかのように一斉に朝潮から目を逸らした。

 見事な練度だわ。

 

 「やめてあげて朝潮、みんな反省してるから……たぶん。」

 

 「はぁ……神風さんがそう言うならまあ……許してあげましょう」

 

 よかったわねみんな、朝潮の怒りはとりあえず収まったわよ。

 私の怒りは行き場を失って、胸の中でモヤモヤしてるけど。

 

 「そう!お見舞いだ!全員ちょっと集まってくれ!激励、いんせんてぃぶというのをやるぞ!セリフはこの長門が今考えた!」

 

 「はぁ!?激励!?なんで?」

 

 いきなり何を言いだすのよこのゴリラは、私に激励?

 いや、別にいいからそういうの苦手だからやめてくれない?

 

 「何を言う!お前は、我々艦娘皆が誇るべき偉大な姉だ!その姉のこれからを応援したくなるのは当然ではないか!」

 

 その偉大な姉をお前呼ばわりとはどういう了見なわけ?

 それに、私はもう艦娘じゃないのよ?

 これからも何もないじゃない、退職金も恩給もあるしのんびり暮らすわよ。

 そう……のんびりと……。

 

 「長門にしちゃあいいアイディアね、私は乗ったわ」

 

 貴女は面白そうならなんでも乗るでしょ辰見、顔がウキウキしてるわよ?

 

 「私も賛成です。友人のこれからを応援したくなる気持ちは私も同じですから」

 

 鳳翔さんまで……。

 だから応援されるほどの事は何も考えてないったら、かなり早いけど私は隠居するんだから。

 そう、隠居……隠居かぁ……暇な生活に耐えられるのかしら、私。

 

 「私もやる!ね!貴女達もやるでしょ?」

 

 「もちろんです♪」

 

 「やらないわけがないさ!」

 

 「神風型の一員として頑張ります!」

 

 朝風たちもか……これは諦めるしかないかなぁ……。

 残るは朝潮だけだけど……。

 止めてくれないかしら。

 

 「この病室から出ていけ。と言いたいところですが、私も賛成です」

 

 いや、言ってよかったのよ?

 むしろ言って?

 

 「よし、じゃあちょっと集まってくれ」

 

 長門が両手で来い来いってジェスチャーしてみんなを集めて、ヒソヒソと相談し始めた。

 何を言われるのかしら、本当にやめてほしいんだけどなぁ……。

 

 だって、艦娘を辞めた今、やりたい事なんて何もないもの。

 婚活でも始める?

 却下ね。

 別に結婚に焦ってないし、私ほどの美人なら相手にも困らないだろうし。

 なぜかモヒカン(アイツ)の顔が思い浮かぶのが気に食わないけど……。

 

 じゃあお父さんの世話をする?

 ん~~、却下ね。

 自分のお金を使わなくても食うには困らないだろうけど、お父さんの世話係は朝潮がいるし、邪魔もしたくないし。

 

 それか、朝風たちに剣術を教える約束もしたし、いっそ教官とかにでもなる?

 ん~、これも却下。

 私って教えるの苦手だし、朝風たちも二、三日しごけば根を上げるでしょう。

 

 ホントに……やりたい事がないなぁ……。

 ずっと艦娘として過ごして来たからかしら、戦いから離れた自分が想像できない。

 違うか、想像したくないんだ。

 私は戦う事しかできないもの……戦い方しか知らないもの……。

 

 私は……これからどうやって生きていけばいいんだろう……。

 

 「よし!総員!配置に着け!」

 

 打ち合わせが終わったのかしら、長門の号令で8人が私のベッドを囲った。

 私の左から朝潮、辰見、鳳翔さん、ベッドの正面に長門、そこから朝風、春風、松風、旗風の順に。

 まさか、輪形陣でお祝いじゃないでしょうね……。

 

 「神風姉ぇ、貴女は私たち神風型の誇りです」

 

 「自慢のお姉様です」

 

 「憧れです」

 

 「目指すべき目標です」

 

 朝風から順に私を言葉で持ち上げて来る。

 そんなにハッキリ言われたら気恥ずかしいんだけど……。

 何よコレ、新手の羞恥プレイ?

 

 「神風さんのおかげで、私は強くなれました」

 

 4人の次は朝潮か。

 でも、それは違うわ朝潮、貴女が強くなったのは貴女の努力の賜物よ。

 私は、その手助けをしただけ……。

 

 「神風のおかげで、私は妹の死を乗り越える事ができたわ」

 

 龍田が戦死した時に、腐ってた貴女をフルボッコにした事?

 あれで立ち直る貴女の神経が私には信じられないんだけど……。

 

 「神風さんと切磋琢磨した日々を、私は決して忘れません」

 

 昔は、お互い苦労したわよね……自分の艤装の使い方もわからないまま放り出されて……。

 鳳翔さんの苦労は私以上だったはずよ、駆逐艦と空母じゃ、戦い方がまるで違うもの。

 

 「神風……」

 

 最後は長門か……こいつは何を言うつもりかしら。

 鳳翔さんみたいに昔の苦労を共有したい?

 それとも、辰見みたいにフルボッコにされた事を言うつもり?

 

 「お前は、もう神風ではない」

 

 ええそうよ、私はもう神風じゃない。

 そんな事アンタに言われなくたってわかってるわよ……。

 

 「だが、私の掛け替えのない友だ」

 

 私は長門の瞳を真っすぐに見つめ返す。

 少し目がうるんでる?

 アンタに涙なんて似合わないわ、アンタは横須賀が誇る戦艦長門でしょうが、横須賀の守護神でしょうが。

 泣くんじゃないわよ、情けない……。

 

 「私には、戦いから離れたお前が想像できない」

 

 ええ、私にもできない……。

 

 「お前がのほほんと、一般人と同じ生活をしているのが想像できない」

 

 うん、私にそんな生活は無理……。

 

 「鎮守府に残ってくれ、お前がいないと……私ははり……張り合いが……」

 

 長門の目から大粒の涙が流れ始めた。

 何が激励よ、アンタは私に残ってほしいだけじゃない。

 私と、離れたくないだけじゃない……。

 

 「私はお前と離れたくない!戦わないお前を見たくない!」

 

 まったく、鼻水まで垂らして情けない、ビッグ7の名が泣くわよ……。

 脳筋で、お父さんと違って見境のないロリコンで……。

 そして、私の大事なケンカ友達で……。

 私の一番の……親友。

 

 「ここに居ろ……鎮守府(ここ)から出て行くな!」

 

 勝手な事を……私が鎮守府に残ろうと思ったら奇兵隊として残るしかないじゃない。

 横須賀鎮守府の汚れ仕事専門の奇兵隊として。

 あ……、その手があったか。

 奇兵隊として残ればいいんだ……。

 

 「誰が出て行くって言った?」

 

 「え……?」

 

 そう、私は鎮守府から出て行くなんて一言も言ってない。

 マヌケな顔してんじゃないわよ、私だってアンタというストレス発散用の相手がいない生活なんて耐えられないわ。

 

 「私は奇兵隊として鎮守府(ここ)に残るわ、お父さんも少佐も鎮守府の運営で忙しいからね。私が奇兵隊の総隊長に就く」

 

 そう、これでいい、私にピッタリじゃない。

 お父さんがなんて言うかわからないけど、絶対説得するわ。

 隊員たちは……、文句言わないわね、問題ないわ。

 

 「その代わり覚悟しなさい?私は憲兵程優しくないわ、駆逐艦に手を出したらその場で首を刎ねてやるから」

 

 頬を涙が伝わる感じがする。

 私が泣いてる?

 長門の涙でもらい泣きしちゃったかしら。

 

 さあ、私は進む道を決めたわよ。

 激励してくれるんでしょ?

 早く応援して頂戴、私のこれからを……。

 

 私を囲んだ8人は、目配せでタイミングを合わせ、輝く様な笑顔で私にこう言ってくれた。

 

 激励とは言い難い言葉を、ただ一言だけ……。

 『おかえりなさい!(ようこそ、横須賀鎮守府へ!)』と……。

 

 そして、私はこう返した。

 私を歓迎してくれている8人に負けないくらいの笑顔を浮かべて。「ただいま(ありがとう)」……と。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。