ダンジョンよりオラリオでの話の方が書きやすい気がします。
木製の床を靴底が叩く音が、暗い部屋の中に小さく反響した。
開かれた扉から入り込む僅かな光を背に、一人の男が部屋の中に入って来た。大柄な鎧姿の男……ファーナムは何かを探る様に部屋の中を見回し、そして見当ての物を見つける。
「む、これか」
それがあったのはベッドの横に設置された小タンスの上だった。ファーナムはそれに手を伸ばし、教えられた通りの方法で触れる。
「ほう……これは便利だな」
ぽう、と淡く灯った明かり。ファーナムが触ったのは小型の魔石灯だった。塔の構造上、窓が作れない部屋には必ず一つは置いてあるのだが、なんだかんだ便利なので結局どの部屋にも大抵は置いてある代物だ。
ファーナムの入団に伴い、ロキが急きょ用意できたのはこの窓の無い部屋しかなかった。あまり使われていなかったらしく、部屋の角には若干の埃が溜まっている。「明日にはもっとちゃんとした部屋用意するからー!」とロキからは謝られたが、ファーナムとしてはこの程度の汚さは全く気にもならなかった。
ドラングレイグに辿り着く前までの暮らしに比べれば、まるで夢心地である。吹きさらしの、辛うじて壁があれば御の字という寝床などざらだったし、ひどい時には土砂降りの中ぬかるんだ泥の上で寝た事もあった。
幾多もの苦難に挑んでいる内に睡眠の仕方など忘れてしまったが、その場で動かず、目を閉じていれば心はいくらか安らいだ。時には僅かではあるが、本当に寝てしまうほどに。
ファーナムは床に腰を下ろし、置かれた小タンスに面した壁に背を預けた。片膝を立てそこに腕を乗せ、もう片方の足は床に投げ出す。篝火でもよくこの姿勢で休んでいたものだ。
魔石灯の明かりを兜に反射させながら、ファーナムは食堂での事を思い出す。
空腹も忘れて詰め寄る団員達。ロキは詳しい説明を求められていたが、のらりくらりと受け流していた。そしてその余波は当然、ファーナムにも届いたのだった。
「入団ってそれマジなんですか!?」
「貴方って五十階層に出たモンスターを倒した人?」
「すげぇ鎧、一体何ヴァリスすんだよ……」
ファーナムの元には男女問わず団員達が集まり、物珍しそうな、恐る恐るといったような視線を向けてきた。こんなにも多くの視線が向けられた事などないファーナムは食堂のど真ん中に突っ立ったまま、為す術も無く時が過ぎ去るのを待っていた。
「おーい!ファーナムー!」
と、そこへよく通った声が飛んでくる。
ファーナムが視線を向けてみると、そこには手を大きく振るアマゾネスの少女、ティオナの姿があった。背後にティオネ、アイズ、レフィーヤを引き連れた一行の登場にファーナムを取り囲んでいた団員達は自然と道を開けた。
「今ロキが言ってたのって本当なの?ファーナムがウチのファミリアに入るって」
ティオナは興味深々と言った様子で質問をぶつけてきた。ファーナムは何の姦計もない彼女の純粋な疑問に若干気圧される。
「先程ロキの言った通りだ。今日から世話になる」
「いいっていいって畏まらなくたって!これからよろしくね!」
ティオナは太陽の様な笑顔と共に手を差し出してきた。あまりにも自然に繰り出されたその動作に一瞬戸惑うも、ファーナムは意図を酌み取りその手を握り返す。
「ああ、よろしく頼む」
「うんっ、よろしく!ファーナム!」
「全くもう、アンタはいつも暑苦しいのよティオナ。もっと大人しく挨拶出来ないの?」
次に口を開いたのはティオネだった。豊満な胸を強調するように腕を組んでおり、彼女の周囲にいた男性団員は皆その谷間に釘づけになっていたが、幸いにも彼女に気付かれる事は無かった。
「よろしくね。あとこのバカは適当にあしらってくれて良いから」
「ひどーいティオネ!あたしは普通に挨拶しただけじゃん!」
「後がつかえてるんだからさっさと終わらせなさい」
そう言って後ろを振り向くティオネ。そこには金髪の少女、アイズの姿があった。背後にレフィーヤを連れながら、おずおずと彼女はファーナムの前までやって来た。
「……五十階層では、ありがとうございました……」
「礼には及ばん、俺が好きでやった事だからな。それに礼を言うならば俺の方だ」
「……?」
アイズはきょとんと小首をかしげる。ダンジョンで見せた苛烈な戦いぶりからは考えられないような小動物めいた印象を抱きつつ、兜の奥で口を開く。
「お前の助言がなければあの行動には移れなかったし、こうして全員無事に帰還できるかも分からなかった」
「でも、それはファーナムさんが片方を相手してくれたから……」
「お前が全員を救ったんだ、胸を張れ」
「……はい」
飽くまで手柄を立てたのは自分では無いと言って譲らないファーナムに対し、アイズもそこまで強く反論出来なかった。元来口下手な彼女は少し照れくさそうにして俯いた。
「むむむ~……!」
ふと聞こえてきた唸り声に首を動かせば、アイズの背後にいたエルフの少女、レフィーヤが何故がふくれっ面でこちらを睨んでいた。睨まれるような事はしていないと思いつつも、ファーナムは流れで彼女にも挨拶をする。
「確かレフィーヤ、だったか。これからよろしく頼む」
「よ……よろしくお願い、します!」
それだけ言って、ぷいっとそっぽを向いてしまうレフィーヤ。どうしたのかと疑問に感じている内に、彼女はティオナに話しかけられていた。
「どしたの、なんかふくれちゃって」
「なんでもありません……」
「アイズが取られちゃって不機嫌になってるのよ。ねぇ、レフィーヤ?」
「ちっ、違います!?私は別にそんな……!!」
「……?」
何やら騒がしくなり始める彼女達、周囲の団員達もその様子をみて笑顔になる。食堂に和やかな雰囲気が流れるが、そこに荒々しい声が飛んでくる。
「おい、鎧野郎」
その声と共に団員達の波が割れ、ファーナムの元に一人の青年がやって来た。灰色の髪に顔に彫られた
「げっ、ベート……」
思わずティオナの口から呻き声が漏れた。常に喧嘩腰のため問題を起こしやすいベートの登場に、周囲の団員達も一斉に顔を強張らせる。
ポケットに手を突っ込んだままズンズンとファーナムの眼前までやって来たベート。不機嫌そうに眉を歪ませている
「なんだ」
「なんだ、じゃねぇよ。ズルズル
「ふざけてなどいない。ロキが入団を提案し、俺が承諾しただけだ」
「それがフザケてるっつってんだよ。誘われたその日に他のファミリアに入りやがって……てめぇのレベルがどんなもんか知らねぇが、
ベートの目には嘲りの色が多分に含まれていた。彼からしてみればファーナムは改宗に何の躊躇も無い者で、自らの
「なんやベート、ファーナムのレベルが知りたいんか?」
睨み合っているベートとファーナム、そこへロキが呑気な調子で口を開いた。ロキはジョッキに注がれたエールをグイッと一口飲み、にやにやとした笑みを浮かべている。
「なぁなぁ、気になる?ファーナムのレベル気になるん?」
「ウゼェ、さっさと教えやがれ」
「んっふふふ~。せやなぁ、みんなも知っといた方がええやろうし、言うとくか」
チラリ、と横目でファーナムを見やるロキ。その目に悪巧みをしているような、悪戯好きの神の本性が隠されていると感付いた時にはすでに遅かった。
「なんとLv6!ベートよりもレベルは上やでぇーっ!!」
「なんっ……!?」
ロキの発言により、食堂の中が再びざわめく。アイズと共に女体型を倒した事は知られていたが、まさかオラリオでも数少ないLv6だとは思いもよらなかったらしい。
「ファーナムってそんなに強かったの!?」
「やり合った時に薄々感付いてはいたけど……」
「……やっぱり……」
ティオナが驚き、ティオネとアイズは合点がいったという風な顔になる。しかし当の本人であるファーナムは困ったものである。若干の非難の色を込め、楽しそうに酒を飲んでいるロキを睨む。
「チッ!」
盛大に舌打ちするベート。すっかり食事どころの空気ではなくなってしまった食堂を、ファーナムは足早に去ろうと踵を返した。
取り囲んでいた団員達も大柄なファーナムが近づくと自然と道を開ける。あっという間に入口までやって来たファーナムだったが、その背にまたしてもベートの鋭い声が飛んできた。
「てめぇ、待ちやがれ!」
「……今度は何だ」
嫌悪感を隠しもしないベートに、流石のファーナムもうんざりしながらも振り返る。周囲の団員達はベートの性格をよく知っているために、ここで喧嘩にならない事を祈った。
「……てめぇが入団したってのは、まぁ良い。だがその兜を取って素顔を見せやがれ。顔も知らねぇ奴が同じファミリアにいるなんざ、気色悪くて堪ったモンじゃねぇ」
「む……」
言われて初めて気が付いた。
そう言えば確かに彼らの前で兜を取った覚えは無い。ロキには
「すまんな、失念していた」
そう言うとファーナムはおもむろに兜に両手を当てる。ダンジョンから帰ってくるまでずっと被ったままだった兜、何か事情があるのではないかと勘繰っていた者もいたが、拍子抜けする程あっさりと取ってしまった。
晒された素顔は、あまりに普通であった。美男でもなければ醜男でもない、それこそオラリオのどこでも見られるような顔立ちをしていた。
短く刈られたくすんだ金髪に見苦しくない程度の顎鬚。二十代後半の、西洋人らしい彫りの深い顔。眉の上骨の奥にある瞳は深い青色をしており、凝視してくる団員達を静かに見返している。
「……もう良いか?」
誰も口を開かなかったため、ファーナムは兜を被り直した。未だに固まっている団員達に背を向け、食堂の入口をくぐる。
「ロキ、今日はもう部屋で休ませてもらう。すまないが、食事は遠慮しておく」
「ん、分かったわ。ゆっくり休みぃ」
ロキに短くそれだけ言い残して食堂を後にした。ファーナムが立ち去った食堂にはしばし静寂が漂っていたが、ゆっくりと、誰からともなく話し始める。
「……なんて言うか……」
「思ってたより普通?な顔だよね……」
「俺、もっと厳つい顔してる人だと思ってた」
「何かラウルみたいだったね」
「お、俺っすか!?」
食堂に喧騒が戻るのに時間はかからなかった。あちこちでファーナムの素顔に対する印象を話し合っており、先程までの空気は一気に掻き消されていった。
「……ベートさん?」
空腹を思い出したティオナをティオネ達が宥めている時、ふとアイズの目がベートに留まった。ベートはファーナムが出て行った入口を睨み付けている。
「……気に入らねぇ野郎だ」
ベートは静かにはそう呟いた。彼の性格を知っているアイズからしてみれば今に始まった事では無いが、それでもやはり気分の良いものでは無い。一言何か言おうとしたアイズだが、それよりも先にベートが口を開いた。
「そこら辺の雑魚共みてぇなツラしてやがる癖に、達観したような目をしやがって……あぁ、気に入らねぇ」
それだけ言って踵を返し、乱暴に空いていた椅子に座るベート。彼が最後に放ったその台詞に、アイズは先程まで言おうとしていた言葉を飲み込む。
彼らのやり取りを、フィン達もまた遠目で見ていた。
フィンはワインを、ガレスは火酒を、酒を嗜まないリヴェリアは果汁の入った冷水を、それぞれが手元に飲み物を置きながら、今までのやり取りを傍観していた。
「まさか彼が入団する事になるとはな」
未だ喧騒が絶えない食堂の一角を見ながら、リヴェリアは口を開いた。ガレスは酒を呷りながら、その言葉を引き継ぐ。
「しかもレベルも儂らと同じときた。これは流石のお前さんでも予想していなかったんじゃないのか?フィンよ」
「そうだね。ダンジョンでもないのに親指が疼くと思ったら、まさかこんな展開になっていたとは思いも寄らなかった」
「そうは言っているが……フィン。随分と嬉しそうに見えるぞ」
リヴェリアの微笑を湛えたその言葉に、フィンもまた笑みを返す。いつもの団長としての顔では無く、そこにあったのは一人の冒険者としての顔であった。
「ああ。何せ新入団者が僕達と同じLv6、これはうかうかしていられないからね」
手元のワインを一口飲み、笑みを一層深くする。
「僕達も彼に負けないよう、励むとしよう」
「やはり、中々集団には馴染めないものだ」
食堂での出来事を思い出すにつれ、ファーナムの胸にふつふつとそんな思いが浮かんできた。不死人としての生活が長かった分、ああいった大勢に注目される場はどうにも居心地が悪い。戦っていた方がいくらか気楽だ。
次はもう少し上手くやろうと心に決めつつ、腰の小袋からあるものを取り出す。羊皮紙らしきそれを目の前で広げ、書かれた文字が淡く照らされる。
“―――――”
Lv 1
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0
魔法
ソウルの業
魔術、奇跡、呪術、闇術など多岐にわたる。これらはかつてソウルと共に興り、故にソウル無くしては存在し得ない。
スキル
闇の刻印
死亡しても、篝火があればそこで蘇生可能。しかし死ぬ度に人間としての在り方を失う事となる。
羊皮紙にはファーナムのステイタスが書かれていた。
ドラングレイグでは緑衣の巡礼にソウルと引き換えに自身の力を高めてもらったが、どうやらオラリオでも似たような方法を取るらしい。
ダンジョンで戦い、モンスターを倒し、自身の糧とする。その難易度が高ければ高い程に得られる
「ステイタス、か……」
ファーナムは羊皮紙を上から順に眺める。
やはり名前の所は空欄であった。自身でも思い出せないため、当然と言えば当然かと嘆息する。次にレベルの項目だが、ここにはLv1と書かれている。
「全く、ロキめ。よくLv6などと嘘を吐けたものだ」
ロキはファーナムから聞かされた話から、彼がLv6に並ぶ実力があると判断した。それでこそのあの発言であったのだが、ファーナムからしてみれば良い迷惑だ。オラリオでも希少なLv6だという事が周囲に広まったらどうするつもりなのか。
いまいちロキの考えている事が分からないファーナムは、最後に魔法とスキルの項目に目を通した。魔法の欄には“ソウルの業”、スキルの欄には“闇の刻印”と書かれている。
「ソウルの業、魔法や奇跡といったものを一括りにしているのか。スキルの方は……」
書かれたそれらに一通り目を通し終えたファーナムは、ここである事に気が付いた。魔法の項目の所に、不自然な染みがあったのだ。
少し疑問に思ったファーナムだったが、それ以上は何も思わなかった。ファーナムは羊皮紙を折りたたんで腰の小袋に入れ直し、元の姿勢に戻って目を閉じた。
(スキルが“闇の刻印”とはな……
ファーナムは兜の奥で小さく自嘲する。
スキルの欄に書かれた“闇の刻印”。自身を不死人に変えた元凶がスキルとして扱われた事に対して何も思わなかったかと言われれば嘘になるが、喚いたところで何も変わらない。
ファーナムはそんな事を考えるよりも、今はこの心地良さに身を任せる事にした。
瞼を落としたまま何も考えず、いつしかファーナムの意識は静寂の中に消えていった。
一人の男が森の中を歩いている。どこにでもいるような、いたって平凡な男だ。
肩に担いだ弓、そしてその手に握られた野鳥が、彼が猟師である事を示している。
着ている服は泥に塗れている。雨が降った訳でもないのにそんな格好をしている男は、やがて見えてきた小さな小屋に足を踏み入れる。
『……あら、お帰りなさい。あなた』
大した家具もない小屋の中で、女性が男に声を掛けてきた。女性は椅子に座っており、その手には小さな赤ん坊を抱いている。男は荷物を下ろし、少し申し訳なさそうな顔で女性にただいまと言った。
『もう、そんなに汚れて……また人助けをしてたの?』
女性は少し困ったような笑顔を浮かべる。男は謝罪の言葉を述べながら、ぬかるみに嵌った荷車を押し出す手伝いをしていたと白状する。
朝早くに狩りに行ったにも関わらず、収穫が野鳥一羽だったのもそのためだった。明日はもっと獲ってくるから、と慌てる男を、女性は柔らかに制した。
『怒ってないから大丈夫よ。それより、ほら、テーブルの上を見て』
そこには木の皮で編まれたかごがあった。中には野菜と果物が入っており、男と女性、そして赤ん坊が数日間生活していく上では十分な量だ。
これはどうしたんだ、と男がかごから林檎を掴みながら女性に尋ねる。女性は嬉しそうに笑い、その質問に答えた。
『近くの農夫さん達が譲ってくれたの、いつも助けてくれるお礼だって。ふふ、あなたの事よ?』
女性はそう言って笑みを零し、男を手招いた。男はまだ戸惑っていたようだが、やがて手にした林檎をテーブルの上に置き、女性の方へと歩いていく。
『明日は狩りはお休みして、一緒に家にいましょう?この子も寂しがってる』
腕に抱いた赤ん坊の頬を、女性の手が優しく撫でる。慈しみに溢れた表情で赤ん坊を見守るその姿は、まるで一枚の絵画の様である。
『見て、この寝顔……こんなにかわいい』
この世の幸せを体現している女性と赤ん坊、その光景を見た男の顔にも自然と笑みが浮かぶ。女性の腕に抱かれた赤ん坊に触れようと、男はその手を伸ばした。
その時だった。
ごとり、と何かが床に落ちる音がした。
男の足元に何かが転がってくる。何かと思い男が見下ろすと、それは林檎だった。おそらく先程置いた林檎の座りが悪く、テーブルから転がり落ちたのだろう。
しかし、その林檎の姿は変わり果てていた。
でこぼこに歪み、黒く腐れ渇いた林檎。赤々として美味しそうだった姿は見る影も無く、そのまま朽ち果てるしかない林檎が男の目に映った。
『あナタ………』
声のした方に顔を向ける。そこには確かに女性と赤ん坊の姿があった。しかしその姿は見る見るうちに変わってゆく。
まるで熱された蝋燭のようにとろけ、ずり落ちてゆく二人の肌。美しかった女性の顔はどろどろに崩れ、目玉が、歯が、舌が溶け落ちる。赤ん坊の柔らかな手が、泥のように形を失う。
崩壊は止まる事を知らず、皮膚の下の血管、筋肉、骨までもが露出し、ぐずぐずに溶け、後には二人が纏っていた衣服だけが残り、椅子の上に空しく落ちた。
『亡者よ……』
背後から聞こえてきたその言葉に、バッ!と振り返る男。それと同時に金属が擦れる音が響き渡る。
男の格好はいつの間にか泥だらけの質素な服から、鎧姿へと変わっていた。T字型のスリットがある兜の奥から、男は声を発した元へと視線を巡らせる。
視線の先にあったのは異形であった。
赤々と燃え盛る炎を纏った枯れ木。その言葉がぴったりと当てはまる異形は、口らしき器官を歪ませて男に話しかける。
『亡者よ。かつて私を打ち倒し、玉座へ至った者よ』
『お前の旅路は確かにあそこで、岩の玉座で終わった』
『しかしな、亡者よ。それは本当にお前が望んだ最期なのか?』
いつの間にか周囲は闇に包まれ、この空間に存在するのは男と、その目の前にいる異形だけとなった。
『それが間違っていたとは言わない。真にお前の選んだ道だと言うのであれば、私が口を挟む余地など無い』
『だがもしもお前が、あの結末に僅かでも疑問を抱いているのだとすれば……私はお前に寄辺を与えよう』
『じっくりと考えるが良い。お前は人ならざる身、時間はいくらでもある……』
異形の姿は闇に吸い込まれるように小さくなってゆく。男は無意識に手を伸ばしたが、触れられるはずも無く、その手は空しく空を切った。
『亡者よ、考えろ。お前は何者で、何を望んでいるのか……その答えは、お前だけが知っているのだから……』
異形は遂に姿を消し、男は一人闇に囚われた。やがて男の意識は闇と同化し、深海を漂うような奇妙な心地良さが全身を包み込む。
男は為す術もないままに、ただ闇の中を彷徨い続けた……。
「……む」
ファーナムの目が開かれるのと同時に、魔石灯の光が彼の網膜を刺激した。
柔らかな光がじわりとファーナムの意識を覚醒させ、自分が寝ていたのだと理解する。
ここまで心が安らいだのはいつ以来だろうか。何か夢のようなものを見ていた気がするが、流石にそれは無いだろうとファーナムはその考えを切り捨てる。
この身は不死。寝る事はあっても夢など見るはずが無い。そんな
ファーナムは薄暗い部屋の中で立ち上がる。
今が夜中か、明け方か。判別のしようが無いが、鮮明になった意識では先程と同じようにして時間を潰すのも若干気が進まない。
仕方なく、ファーナムは自身のソウルから一振りの剣を取り出し、その手入れをする事にした。こちらに来てから一度も使っていない為、刃こぼれしている事などあり得ないのだが、いくらかの暇潰しにはなるだろう。
ファーナムは淡い魔石灯の光の下で次々と武器を広げ、その手入れに取り掛かった。
数時間後、団員達の起床と共に