不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第二話 戦闘

目が覚めると、そこには覚えのない光景が広がっていた。

 

最期に見る光景だと思っていた、かつては繁栄を誇っていた一国の王妃との決戦の場は目の前には無く、代わりに周囲を壁に囲まれた、巨大な空間があった。よく似た空間ではあるものの、明らかに別の場所であることを不死人は確信した。

 

「ここは……」

 

不可解に思いながらも、不死人の足は巨大な空間の中心まで歩みを進める。玉座に座ったその瞬間まで身に着けていた愛用の鎧に盾と剣を手に、油断なく周囲を見渡す。陽の明かりは無いが、代わりに壁自体が淡く発光しており、空間を把握することは難しくなかった。

 

ここでふと、不死人は妙な感覚を覚えた。この空間は自身がいた場所とは異なる、これは恐らく間違いない。

 

しかし周囲に充満する、ソウルにも似た奇妙な気配は何なのか?

 

彼の地……ドラングレイグには至る所にソウルに飢えた亡者や怪物が跋扈していた。中には同胞を食らう者もおり、その所為か、亡者などの存在が多く居る場所は、特にソウルの気配が強かった。

 

この場所には亡者はいない、しかしソウルに似た気配はする。長い経験にもなかった感覚に不死人は警戒を強める。すると不死人の背後、最初に立っていた辺りの壁に亀裂が入り、何者かがその中から這い出てきた。

 

「これは一体……!」

 

壁から出てきたモノを見て不死人は思わず声を出していた。それは不死人が初めて出会うタイプの敵……亡者でも異形でも無い、モンスターと呼ばれる存在だった。

 

『グルルルルル……!』

 

獰猛さを際立たせる牙が生えた口から涎を垂れ流し、モンスターは唸り声を出しながらダンジョンに生まれ落ちた。ライオンを彷彿とさせる巨大な四足歩行のモンスターは不死人に照準を絞り、生まれたばかりだというのに獲物を仕留めるべく、臨戦態勢に入る。

 

それが合図であったとばかりに、モンスターが生まれた壁に刻まれた亀裂は周囲に広がり、次々に新たなモンスターが生まれ落ちてゆく。

 

体毛に覆われた肉食獣のような外見のもの、昆虫を禍々しく歪めたような形のもの、はたまた伝説に登場する竜のような姿をしたもの、様々なモンスターが生まれ、不死人に殺意を向ける。

 

あっという間にその数は膨れ上がり、気付けば不死人は200を優に超えるモンスターの軍勢に囲まれていた。

 

もしここに冒険者がいれば、この現象がダンジョンで稀に見られる現象、怪物の宴(モンスター・パーティ-)であると分かっただろう。しかし、この数は明らかに異常。並みの冒険者は言うに及ばず、一級冒険者ですら一人で相手をすれば無傷では済まない。

 

しかし、このモンスターたちを相手取るのは冒険者ではない。数々の難行を成し、多くの強者のソウルをその身の糧とした不死人である。

 

不死人は軽く息を吐き、両手にある剣と盾を握り直す。その時、最初に生まれ落ちたモンスターが地を砕きながら不死人に向かって突進する。大きく開いた口は獲物の頭を噛み砕かんと、一直線に不死人に向かっていった。

 

モンスターと不死人の距離が無くなろうとした、その瞬間。

 

不死人の振るった剣はモンスターの口を横一線に切り裂き、そのまま肉食獣を彷彿とさせる頭部ごと切断する。

 

顔の上半分を失ったモンスターはその勢いを止めず、しかし力尽きたその体は地を削りながら崩れ落ち、周囲に血を振りまきながら停止した。モンスターたちは何が起こったか分からないといった様子でざわつき、灰となった同胞の死に警戒音を発する。

 

一方の不死人は剣を一振りし、刀身に付いた血を振るい落とす。そして剣を握った手をまじまじと見つめ、軽く手首を回す。その様子はまるで腕が鈍っていないかを確認するような素振りであった。

 

「ふむ…どうやら思ったほど鈍ってはいないようだ」

 

確認を終えた不死人はモンスターの軍勢に向き直る。その動作にすらモンスターたちはおののき、僅かに不死人から距離を取った。

 

「……次はどいつだ?」

 

その一言がモンスターたちの感情を決壊させた。憤怒とも恐怖ともとれぬモンスターたちの咆哮に包まれた闘技場で、一人の不死人と200余りのモンスターたちとの戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

「……っ、少し……きつかったか……」

 

静寂が支配していた『闘技場』に、不死人の呟きがこだまする。周囲は魔石と灰で埋め尽くされており、その中に不死人は片膝を突いて息を整えている。

 

「ぐっ……」

 

不死人は肩に突き刺さったモンスターの牙を乱暴に引き抜く。鮮血が迸り灰に塗れた地面を赤く濡らすが、不死人には何の感慨も浮かばなかった。

 

引き抜いた牙を放り投げ、懐から取り出したエスト瓶の中身を頭から被る。冒険者にとってのエリクサーの様なそれは瞬く間に不死人の傷を癒してゆく。鎧はあまり傷ついてはいないが、モンスターたちにもみくちゃにされたため、内臓は滅茶苦茶にされてしまった。

 

エスト瓶の中身を浴びた不死人の体の傷は癒されていた。モンスターとの戦闘中に消費したものも含め、もうエスト瓶の中身は二口分しか残っていない。どこかに篝火でもないか、と不死人は思ったが、戦闘による疲労に負け、壁まで移動してそこで休息を取る事にした。

 

(少し、休むか……)

 

久々の戦闘に懐かしい感覚を覚えつつ、不死人の意識は微睡に吞まれていった。

 

そしてそのしばらく後、不死人は兜を動かされる感覚で目が覚める事となる。

 

 

 

 

 

(クソ。ここまで接近されるまで気が付かなかったとは……。何を呑気に寝ていたのだ、俺は)

 

不死人はアイズたちに相対しながら、兜の中で自身に毒づいた。不死人の目が覚めると、目の前には武器を持った者たちがいた。そのうちの一人は兜を脱がせようとしてきたので、反射的に持っていた盾で殴り飛ばした。

 

亡者たちとの殺し合いの日々を送っていた不死人にとって他人とは、おちおち信用できる相手ではないのだ。親切そうな男には爆死させられそうになったし、思ったより友好的かと思った相手は、実は有名な殺人鬼だった。

 

これらの経験により、不死人は初対面の相手にはまず警戒を持って接する事にした。しかし今回は相手を確認する事も出来ずに、あちらから接触してきた。反射的に手が出てしまったのも無理もない、とも言えなくもない。

 

現に目の前の四人はこちらを敵意と警戒を含んだ目で睨んでいる。亡者ではないだろうが手にした武器を構えている様子から、戦闘になる可能性は高い。

 

ならば……やられる前にやってやるまで。

 

不死人は剣を握る手に僅かに力を込める。未だに疲労は色濃く残るが、いつでも動けるように静かに身構えた。

 

 

 

 

 

(この人、強い)

 

アイズは目の前の人物を油断なく睨みつつ、静かにそう思った。

 

ティオナを殴り飛ばしてからこうして距離を取るまでの、あの素早い動作は早々できるものではない。あのぐったりとした様子から察するに死んだふりをしていた訳ではないだろう。

 

咄嗟にあの行動が出来たという事は、それだけ戦い慣れているという事だ。少なくともこの人物は今まで見てきた中でも上位に位置する力がある。

 

アイズは相手がどう動くか、その動きを見逃すまいと凝視する。ティオネとベートもアイズと似たような事を考えていたようで、油断なく不死人を睨み付けている。

 

「いった~い!もう、なんなのー!?」

 

その時、アイズたちの背後からティオナの声が聞こえてきた。吹き飛ばされるほどの衝撃を受けたハズだが流石は一級冒険者か、それほどの負傷はしていないようだ。

 

そしてティオナの声にアイズたちは一瞬気を取られた。その隙を見逃がさずに、不死人はアイズに向かって走り出す。

 

「!」

 

アイズは不死人を向かい打つべく、構えていた愛剣『デスペレート』を握る手に力を込める。瞬き程の間を置いて、不死人の剣とアイズのデスペレートがぶつかった。

 

ガキィンッ!!と火花が飛び散り、鍔迫り合いの状態になるアイズ。何とか耐えているが、相手の常人離れした膂力に押し負けそうになる。

 

(なんて力……!この人、少なくとも私と同じLv5……!?)

 

腰を落とし両足に力を込め、必死に押し返すアイズ。相手は片手だというのに、この馬鹿げた力は何なのか?そんな事を考えていたアイズの耳に、ベートの怒鳴り声が入り込む。

 

「オラァッ!!」

 

ベートの鋭い蹴りが不死人の頭を粉砕する直前、不死人はアイズとの鍔迫り合いを止め咄嗟に身を屈める。背後からの不意打ちの一撃だったにも関わらず回避した不死人にベートが舌打ちするも、ティオネの攻撃が続けざまに不死人を襲う。

 

「このっ!!」

 

ティオネが振るう湾短刀(ゾルアス)が身を屈めた不死人に襲い掛かる。一対の湾短刀が不死人の頭上から襲い来るが、不死人は左手の盾を構えてこれを防ぐ。攻撃を防いだ不死人はごろごろと地面を転がり、再びアイズたちと距離を取ろうとする。

 

「させるか、よぉ!!」

 

しかし、そこに再びベートの鋭い蹴りが放たれる。今度は防ぐ事も叶わず、不死人は腹部にベートの蹴りをまともに食らう事となった。その威力に不死人は後方に吹き飛ばされ、地面に激突する。

 

「アイズ、大丈夫!?」

 

「うん……!」

 

「ち、ちょっと!何が起きてるの!?」

 

「ティオナ!あんたもさっさと大双刃(ウルガ)構えなさい!」

 

ティオネが起き上がったティオナに戦闘体勢を取るよう指示を飛ばす。アイズは不死人の膂力に圧倒されたが、今度はこのような展開にならなようにと、先程以上に気を引き締める。

 

一方、ベートは不死人と戦っていた。ベートは息つく間もなく鋭い蹴りを放つが、不死人はそれら全てを盾によって防ぐ。中々通らない攻撃に最初の内は頭に血が上っていたベートだったが、次第にその顔を曇らせていった。

 

(クッソ、何だこいつの盾は!?そこら辺のヤワなモンかと思ったら、えらく頑丈でいやがる!)

 

ベートはオラリオでも屈指の実力を誇るLv5の第一級冒険者だ。その蹴りは並みのモンスターであれば一撃で灰に変え、またベート自身もその力に慢心はせずとも絶対の自信を持っていた。

 

その蹴りが、あんな薄い盾に防がれている。その事実に歯を剥き出しにして、怒りを込めて蹴りを放ち続けるベート。そんなベートの後方から、ティオナの声が聞こえてきた。

 

「ベート、どいてっ!!」

 

「あぁ!?」

 

ベートが後方を振り返れば、そこには既に大双刃(ウルガ)を振り被っているティオナがいた。大きくジャンプし、今にもその大きな得物が振り下ろされようとしている。

 

「ちぃっ!!」

 

大きく舌打ちしその場から飛びのくベート。不死人もここでティオナの存在に気が付いたのか、咄嗟に突き出していた剣を胸の前で構え、ティオナの大双刃(ウルガ)を受け止める。

 

「やぁぁああああああああ!!」

 

大双刃(ウルガ)は不死人の持つ剣によって受け止められたが、ティオナはグンッ!と更に力を込め、強く押し出す。武器そのものの重量もあり、その力強さに今度は不死人が押される番だった。

 

「……っ!」

 

「うわっと!?」

 

不死人は大双刃(ウルガ)と鍔迫り合っている剣を持つ手を振り回し、そのまま弾かれるようにしてティオナから離れる。半ば武器に体重を預けていたティオナはそれによって体勢を僅かに崩し、不死人の離脱を許してしまう。

 

「何やってんのよ、ティオナ!」

 

「ご、ごめーん!」

 

そんなティオナの脇をすり抜けるようにして、今度はティオネが前に出てきた。両手に携えた湾短刀(ゾルアス)を構え、素早く不死人に向かって駆けてゆく。

 

「食らいなさいっ!!」

 

一気に間合いを詰めようと不死人に駆け寄るティオネ。しかし急にその目を見開き、顔の前で湾短刀(ゾルアス)をクロスさせる。

 

次の瞬間、甲高い金属音と共にティオネの両腕に強い衝撃が走った。その音にティオナが叫び、アイズも何事かと身構える。

 

「ティオネッ!?」

 

「くっ、のヤロォ。小細工なんか使いやがって……!」

 

走るのを止めたティオネが乱暴な口調で苦々しく呟く。その足元には小さな金属が落ちており、先端は潰れた矢じりの様な形をしている。

 

「あれは……!」

 

アイズはそれに見覚えがあった。この場所に来た時に見つけた、あの魔力を帯びた不思議なボルト。それと形が酷似しているのだ。見れば不死人の手から盾は消えており、代わりにクロスボウが握られていた。恐らくはあれで撃ってきたのだろう。

 

不死人は困惑するアイズたちに向け、再度クロスボウを放つ。腰に着けたポーチ型の袋から取り出し、素早く装填を終え放たれたボルトはまたもティオネに向かって飛んでゆく。

 

「こんなもの食らうかっ!」

 

向かってくるボルトを避けようともせず、先程と同じように湾短刀(ゾルアス)を構えて防御しようとする。しかし先程と何か違う事に気が付いたアイズは、ティオネの背中に向けて叫ぶ。

 

「ティオネッ、避けて!」

 

「!? アイズ……!?」

 

突然の声に顔だけをアイズの方に向けるティオネ。ボルトは構えられた湾短刀(ゾルアス)へと向かっており、先程と同じように上手く防げるだろうと、少し離れた所から見ていたティオナとベートはそう考えていた。

 

しかし放たれたボルトは着弾と同時に、ゴウッ!と爆発したかのような火柱を作った。

 

「ぐっ!?」

 

突然上がった火柱によりティオネの視界は一瞬奪われる。何事かと混乱したその隙を見逃さず、不死人はティオネの横をすり抜けてアイズへ向かって一気に距離を詰めようとする。

 

「待てぇ!」

 

傍にいたティオナは当然そうはさせないと、大双刃(ウルガ)を携えて不死人の行く手を阻もうとする。しかし不死人は手にしていたクロスボウを投げ捨てると、腰から何かを取り出してそれをティオナに向かって投げつける。

 

「うわっ!」

 

咄嗟に大双刃(ウルガ)の腹でそれを受け止めたティオナ。しかしそれはぶつかると同時に炸裂し、青い輝きを放つ。ティオナは予想外の威力にのけ反り、そのままバランスを崩して尻もちをついてしまう。

 

ティオナたちは知る由も無いが不死人が投げたものは魔力壺と呼ばれる、魔力を封じ込めた火炎瓶のようなものだ。ウルガには魔力を防ぐような能力はなく、直撃は免れたものの炸裂の威力は予想外に大きかった。

 

「アイズッ、気を付けなさい!こいつ、いやらしい戦い方するわよ!」

 

「飛び道具に気を付けて!結構威力あるよっ!」

 

火柱による目潰しと魔力壺によって倒れてしまったティオネとティオナはアイズに向かって助言する。彼女たちもアイズに加勢しようとするが、どうしても先に動いていた不死人の方が早い。

 

不死人はアイズに向かって剣を振り上げる。盾を捨てた攻撃一色に彩られたその姿に、アイズは小細工無しの全力で掛かってくると確信した。

 

短く息を吐き、向かってくる不死人をしっかりと正面から見据えるアイズ。デスペレートを握る手に必要以上に力を込めないように注意しつつ、アイズは腰を落として迎撃の構えを取る。

 

不死人の振り被った剣は真っすぐにアイズへと振り下ろされた。ベートの叫ぶ声を耳にしながら、アイズは振り下ろされる剣の軌道を正確に読み取る。

 

(……ここっ!!)

 

不死人の剣がアイズの頭部に振り下ろされるかに思われた、次の瞬間。キイィン!と金属同士がぶつかる音が響いた。

 

「むぅ……!?」

 

アイズは目の前の不死人の兜の奥から、くぐもった驚愕に彩られた声を聞いた。

 

そう、アイズは剣を振り下ろされる直前にデスペレートを滑り込ませ、不死人の手から剣を弾き飛ばしたのだ。剣を失った不死人が気を取られている隙に、アイズは頭上に掲げていたデスペレートを構え直す。アイズが最も得意とする、突きの構えだ。

 

殺しはしない。されど剣や盾を握れないよう、まずは腕の機能を奪う。アイズは手近な左肩に狙いを定め、この日最速の一撃を見舞う。肩の関節を破壊しようと言うつもりだ。

 

デスペレートは吸い込まれるように不死人の左肩に突き立てられた。このまま貫通するかに思われた一撃だったが、それは突如、固い岩盤にぶち当たったかのように止められてしまった。

 

「!?」

 

一体何が、と思ったのもつかの間、アイズは目の前の光景に驚愕し、その目を大きく見開いた。

 

アイズの放ったデスペレートは確かに不死人の肩に突き刺さっていた。しかしそれは先端で止まっており、傷口からは僅かな出血が見て取れる。

 

アイズ渾身の一撃を受けてなぜこんな軽傷で済んでいるのか?その答えは単純だ。

 

ただ単純に、突き立てられたデスペレートの刀身を、不死人がその左腕で握り締めていたからだ。

 

ギリギリと軋む音さえ聞こえてくるような握力で刀身を握る不死人。肩を抉られているというのに、それを感じさせない不死人のこの行動に、アイズの顔から一筋の汗が流れ落ちる。

 

アイズの驚愕は更に続く。剣を弾かれ何も持っていなかったはずの右手に、いつの間にか新たな武器が握られていたのだ。

 

巨大な片刃の斧。先程のクロスボウ同様、いつの間にか手にしていたそれはすでに振り被られており、アイズは防御しようと咄嗟にデスペレートを構えようとする。

 

しかし、肝心のデスペレートは不死人の手によって封じられている。引き抜くことも出来ず、アイズは一瞬その動きを止めてしまう。この時すぐに離脱することを選択していれば良かったのだが、驚愕と混乱によってアイズの判断が一瞬だけ鈍る。

 

(まずいっ!?)

 

動けないアイズの頭の中で警鐘が鳴り響く。振り被られた斧にアイズの目が釘付けになっていたその時、アイズはベートの声を聞いた。

 

「屈め、アイズッ!!」

 

「!!」

 

ベートの声を聞くと同時に、ほぼ反射的にその指示に従うアイズ。素早く身を屈めたその頭上すれすれを、ベートの飛び蹴りが通り過ぎて行った。

 

「がっ!?」

 

たっぷりの助走をつけて放たれたベート渾身の蹴りは不死人の胸のど真ん中に吸い込まれた。その威力に不死人は吹き飛び、そして壁に勢いよく叩き付けられる。

 

短い悲鳴と共に叩き付けられた壁は大きく陥没し、亀裂をつける。握られていた斧も手から離れ、不死人の体はずるずると壁から落ち、力無く地面に倒れ込んだ。

 

「無事か、アイズ!?」

 

「は、はい……ありがとうございます、ベートさん」

 

地面に落ちたデスペレートを拾いながら礼を言うアイズ。アイズの無事を確認したベートはふんっ、と鼻を鳴らし、倒れた不死人へと近づいて行く。

 

「アイズー!大丈夫だったー!?」

 

「怪我とかしてないでしょうね!?」

 

ティオネとティオナが急いでアイズに駆け寄る。アイズは自身の無事を二人に伝えると、共にベートの元へと向かった。

 

「ベート、その人大丈夫?さっき全力で蹴ってたでしょ?」

 

「あぁ?知るかよそんな事。大体あの状況で手加減なんざ出来る訳ねぇだろ」

 

「まぁそうね。でもどうする、こいつ?野放しにはできないわよ」

 

「気を失っているみたいだし、目が覚めないうちにキャンプへ連れて行って、フィンの判断を仰いだ方が……」

 

アイズたちは倒れ伏す不死人への対処を話しあった。結局放置はできないという事となり、ベートが不死人の襟を持ち引きずって連れて帰る事となった。

 

「あれ?この人の武器は?」

 

「さぁね。きっと灰の山にでも埋もれてるんでしょ」

 

「探す?」

 

「よしなさい。そんなことしてる間にこいつが目を覚ましたら厄介だわ」

 

そう言ったティオネは抜き身の湾短刀(ゾルアス)を持ちながらベートの後ろについて行った。万が一不審な動きをしたら、即座に対応できるようにだ。

 

こうしてアイズたちは『闘技場』を後にした。ベートたちが先頭を行く中、アイズは静かに後ろを振り向き、先程の戦闘を振り返る。

 

Lv5のアイズと片手で鍔迫り合ったあの膂力、突如現れた数々の武器、そして、あの痛みの中でも鈍る事の無かった判断能力。

 

(この人は、一体……)

 

アイズは数々の疑問を胸の内で渦巻かせながら、ベートたちの後をついて行く。アイズの手は無意識のうちに、ポケットに仕舞い込んだボルトに当てられていた。

 

 

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