不死人、オラリオに立つ   作:まるっぷ

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第十話 平和な一日

ファーナム入団の翌日、アイズは自室でいつもより少し遅い時間に起床した。

 

遠征の帰りに白髪の冒険者を助けたせいか、幼い頃の記憶を夢で見た彼女はその顔に小さく微笑みを浮かべ、身支度に取り掛かる。

 

ややあって、ティオナが朝食の時間だとアイズに告げに来た。ドアの前で待っていたティオナに軽く挨拶し、食堂に行こうとする。しかしここで、ティオナがあっと何かに気が付く。

 

「そう言えばファーナムは?ってアイズが知ってる訳ないか」

 

「食堂には、来てないの?」

 

「だと思う。確か空き部屋を使ってるって言ってたよね、せっかくだから呼びに行こっか」

 

二人はファーナムがいると思われる空き部屋へと向かった。昨日は食事も抜いていたので流石に空腹だろうと若干心配しつつ、その部屋を探す。

 

敷地的にはそこまで広くないとは言っても、大規模ファミリアの全員が暮らしているため、建物の中は結構広い。目的の部屋まで歩く事、およそ数分。二人は部屋の扉の前までやって来た。

 

「まだ寝てるのかな?」

 

「……物音が聞こえる」

 

そう言ってアイズは僅かに耳をそばだてた。扉の向こう側から聞こえてくるのは小さな金属音、コンコンと叩くような音と、重量のある物を床に置く音。何らかの作業でもしているのか、とアイズは当たりを付ける。

 

「起きてるみたい」

 

「それじゃあ早く呼ぼうよ。入るよー」

 

言うが早いが、ティオナはドアノブを回して扉を開けた。ガチャリという音と同時に一歩踏み出したが、その歩みはそこで止まった。

 

「うわっ」

 

「……ティオナ?どうし……」

 

開かれたドアの隙間からひょっこりと顔を覗かせるアイズ。そして彼女もまた、ティオナがいきなり立ち止まった理由を知る事となった。

 

二人の目の前には武器が広がっていた。

 

直剣や槍、斧と言った一般的な冒険者が使う物もあれば、身の丈ほどある特大剣やほとんど見ない突撃槍、果てはまともに扱えるかも分からない巨大な槌までもが、床にずらりと並べられていた。

 

多くの団員を抱える【ロキ・ファミリア】と言えど、こんなにも多種多様な武器が同じ空間に並べられる事はそう多くない。その壮観な光景に、まるで【ヘファイストス・ファミリア】が運営する武器屋のショーウィンドウでも見ているかの様な錯覚すら覚えた。

 

「む。なんだ二人とも、もう朝か?」

 

と、固まる二人にファーナムの声が投げかけられた。彼は床に直接座っており、その手には一振りの直剣が握られている。個人で持つには余りに多彩な武器を目の当たりにして固まっていた二人だったが、他でも無いファーナムの言葉でハッと我に返った。

 

「これ、全部ファーナムの?」

 

「ああ。暇だったからな、軽く手入れをしていたところだ。まだほんの少ししか出来ていないが」

 

ティオナは耳を疑った。床に所狭しと並べられた武器の山、それがファーナムの持つほんの一握りにしかならない?馬鹿な、と言いかけたが、ファーナムの持っているというスキルを思いだし、半ば無理やりに納得する事にした。

 

「でもこんなに種類があるのに、全部使えるの?」

 

その疑問も尤もだ。

 

いくら戦う事が専門の冒険者と言えど、使う武器は大抵決まっている。アイズならサーベル、フィンなら槍、ガレスなら斧と言った具合だ。もちろん他の武器も使えない事は無いが、やはりその扱いは本来の得物には劣る。

 

「一通りはな。固い敵には打撃系の武器が効くし、柔らかい皮膚を持つならば切れ味の良い武器を使う。敵ごとに武器を使い分けるのは基本だ」

 

それがファーナムが長い不死人生活で学んだ教訓であった。鎧を着込んだ相手に斬撃は効果が薄いが、打撃ならばその下にある肉体にダメージを与えられる。何度も死んで覚え、自然にファーナムはほとんどの武器を器用に扱えるようになったのだ。

 

「確かにアイズと一緒に戦った時は、槍を使ってたって聞いたけど」

 

ティオナは近くにあった特大剣を手に取る。

 

持ち上げた瞬間、ズシリとした重さが両腕に伝わった。彼女の身長と同じくらいの刀身をもつその特大剣『ツヴァイヘンダー』は重量こそ大双牙(ウルガ)よりもやや軽いが、片方に重さが集中している分、同じように振り回すのは難しいだろう。

 

「重た……!こんなのも使えるの?」

 

「敵に囲まれた時には便利だ。上手くやれば一撃で複数体を殺せる」

 

ファーナムは直剣が曲がっていないかを確認しながらそう答えた。何てことの無いように言っているが、これを振り回せる冒険者など、オラリオでもそう多くはいないだろう。

 

ティオナが静かに驚愕している横で、アイズは興味深そうに並べられた武器を眺めていた。女体型との戦闘で使われていた武器は見当たらなかったものの、多くの武器は彼女の興味を引いたらしい。

 

珍しく興味津々といった様子のアイズを見たティオナだったが、自分達の本来の目的を思い出し、慌てた様子で声を荒げた。

 

「って二人とも!早く食堂行こうよ!ご飯無くなっちゃう!?」

 

その声に顔を向けてくる二人。何を焦っているのかと不思議そうにしている二人の背を押して、ティオナは団員達で混雑する食堂へと突貫した。

 

 

 

 

 

朝食を済ませた【ロキ・ファミリア】の面々は、遠征の後処理に取り掛かった。

 

大規模のファミリアともなれば、それだけでも一仕事だ。魔石の換金にギルドへ行ったり、ドロップアイテムをより高値で売却するために商業系ファミリアを訪ねたり、破損した武器や防具の補充にオラリオを駆け回る団員達。それはアイズ達幹部クラスも例外ではない。

 

「それじゃあ僕達は魔石の換金に行ってくる。ラウル、引き取りの時はくれぐれもちょろまかさないでくれよ?」

 

「もっ、もうしません!あの時は魔が差したんですっ!?」

 

本拠(ホーム)、黄昏の館の前で、ファーナムを含めたフィン達は出発の準備をしていた。

 

フィン、ガレス、リヴェリア、そしてファーナムが魔石の換金のためにギルドへと向かう事になった。アイズ達は冒険者依頼(クエスト)で採取してきたカドモスの泉水とドロップアイテムを換金すべく、【ディアンケヒト・ファミリア】へと向かう。

 

「さて、僕達も出発しようか」

 

アイズ達を見送った後は自分達の仕事が待っている。フィンはファーナム達に向き直り、そして苦笑いしながら口を開いた。

 

「ダンジョンでもないのに、なんでまだ兜を被っているんだい?」

 

「気にするな。この方が落ち着くんだ」

 

当然のように答えたファーナムに、さしものフィンも二の句を継ぐ事が出来なかった。

 

別に支障が出ると言う事でも無く、フィン達はそのままギルドへと足を進めた。いつもであれば複数の団員達が数人がかりで、荷車いっぱいの魔石を運ぶのだが、今日はその団員達の姿は無い。

 

「便利じゃのう、おぬしの能力は」

 

「取り込める物の大きさに限度は無いのか?」

 

「試した事がないから分からんが、恐らくはな」

 

ちょっとした山のように積まれていた魔石をファーナムがソウルに還元する。その様子を見ていたガレスとリヴェリアから感嘆の声が漏れた。うず高く積まれた魔石が目の前で消える光景は、まるで消滅したかのようだ。

 

「こんなに便利な能力なら、これから荷馬車はいらないね」

 

「……便利屋では無いぞ?」

 

「言ってみただけさ、さぁ行こう」

 

フィンの号令で、一行はギルドへと向かった。彼らの本拠(ホーム)はオラリオの中心部から少し離れた場所に位置する為、しばらくは建物の壁ばかりが続く殺風景な光景が続いた。しかし歩き続けている内にすれ違う人々が増えていく。

 

「おい、あの三人って……!」

 

「ああ、【ロキ・ファミリア】だ……」

 

重傑(エルガルム)九竜姫(ナイン・ヘル)、それに勇者(ブレイバー)まで……!」

 

すれ違っていった人々は全員目を剥いて驚愕の表情を浮かべており、中には冒険者風の出で立ちの者も多かった。ロキとの会話の際に彼らのファミリアがどれだけ有名かは聞いていたが、ファーナムはフィン達の知名度を改めて思い知った。

 

「随分と名が知れ渡っているのだな」

 

ファーナムは思った事を素直に口に出した。前を歩くリヴェリアが軽く笑い、横顔を向けて返答する。

 

「オラリオではそれなりに知られてはいるが、それはここでの評価でしかない」

 

「名を轟かせようとは思わないのか?」

 

「確かにそれも面白いのかもしれない、だが私の目的は飽くまで未知を知る事だ。いずれはオラリオ(ここ)を離れるつもりでいる以上、そんなものは不要だ」

 

きっぱりと気持ちよくそう言い放ったリヴェリアは、そのまま歩く速度を変えなかった。それだけ彼女の意思は固く、故に口にした言葉にも嘘は無いのだろうとファーナムは考えた。

 

そうしている内に、一行はオラリオのメインストリートに出た。それなりに道幅があり、左右には多くの露店が開かれている。肉や野菜、お菓子や玩具など、実に様々だ。それらを求めて人々が行き交い、周囲は喧騒に包まれている。

 

「相変わらず、この街はいつも活気で溢れているのう」

 

「冒険者が集う街だからね、これくらいの活気が無いと味気ないものさ」

 

ガレスとフィンの会話を耳に挟みつつ、ファーナムは彼らと共に人ごみの中へと入って行く。ここでも裏通りと同じく、フィン達の姿を見た人々は驚き、慌てて道を開けていく。

 

そう言う訳で大して時間もかからずに、ファーナム達はギルド本部へとたどり着いた。

 

白い柱が立ち並ぶ、荘厳な佇まいの万神殿(パンテオン)。ダンジョンへ潜る無数の冒険者を登録し、彼らの個人情報などを細かく管理する、主神ウラノスによって設立されたギルドである。

 

(大きいな……ドラングレイグ王城を思い出す)

 

尤も、あそこでは常に雨が降り注いでおり、荘厳というよりは不気味という言葉が当てはまったが。冒険者でひしめき合う万神殿(パンテオン)入口を慣れた足取りで進んでゆくフィン達。ファーナムもそれに続き、階段を昇ってゆく。

 

と、そこで、ファーナムは自身の胸当たりに軽い衝撃を感じた。

 

「む」

 

「うわっと!?ご、ごめんなさいっ」

 

ファーナムが視線を下げてみると、そこには一人の少年の姿があった。

 

純白の髪に真紅(ルベライト)の瞳が印象的な、身体の線が細いその少年はファーナムにぶつかり、すぐに謝って来た。こちらを見上げてくるその瞳には確かな動揺の色が浮かんでおり、眉は気の毒なほどに八の字を描いている。

 

しかし彼の動揺も仕方のない事だ。ファーナムの背丈は常人より頭一つ大きく、鎧姿も控え目に言って厳つい。こんな男がいきなり目の前に現れれば驚くのも無理はない。その自覚があるファーナムはどこか怯えている少年に、極力柔らかい口調で話しかけた。

 

「いや、気にするな。しかし今度からは気を付けろよ?」

 

「は、はいっ、それじゃ失礼しますっ!」

 

少年はファーナムにぺこりと一礼し、駆け足でその場を離れていった。少年らしい元気な後ろ姿を見送りつつ、ファーナムはギルド内部へと入って行った。

 

 

 

 

 

換金は無事終わった。

 

換金した、とは言っても魔石の量が量だ。正確な量と質を検査しなくてはならず、数時間後にラウルが引き取りに行く手筈となった。そうして目的の一つを終えた彼らは、次の仕事に取り掛かる。

 

「それじゃ、僕は椿の所に行ってくるよ。手配したい武器もある事だしね」

 

そう言ってフィンはファーナム達と一旦別れ、オラリオの北東の方へと歩いて行った。残されたファーナム、ガレス、リヴェリアは彼を見送り、バベルへと足を運ばせる。

 

「それでは儂らは武器でも選ぶとするかのう」

 

「ああ、杖は私に任せてくれ」

 

現在の場所はバベル内部、その地上四階。【ヘファイストス・ファミリア】が運営する武器を扱うテナントが収容されており、多くの冒険者が自分に合った武器を探しており、その中にはフィン達も含まれている。

 

というのも、下位の団員を多く抱えてはいるが、粗野な武器や防具を持たせる訳にもいかない。よって質が特別良いという訳ではないが決して悪くも無い、【ヘファイストス・ファミリア】の駆け出し鍛冶師が作った作品を、彼らに使わせているのだ。

 

そして現在、ファーナムはリヴェリアと行動を共にしていた。理由は単純に、オラリオでどのような杖が使われているか興味があったためである。

 

ファーナム自身も様々な杖に触れてきたが、リヴェリアの持つ杖『マグナ・アルヴス』のような杖は見た事がなかった。

 

彼女の杖には九つの魔宝石が埋め込まれており、そのどれもが強力な最高峰とも言える代物。魔力を高める魔宝石が質、量ともにふんだんに使われたその杖はさぞかし強力な物であろう。もしかすると、最大強化した『叡智の杖』に比肩するかも知れない。

 

そんな事を思いつつショーウィンドウに並べられた数々の杖を眺めながら、ファーナムは傍らにいるリヴェリアが持つ杖と見比べた。

 

「やはりその杖と比べると、これらは見劣りするな」

 

「なんだ、いきなり」

 

魔術師の団員に持たせる杖を品定めしていたリヴェリアの視線がファーナムに移る。彼は並べられた杖のうちの一つを見て、率直に思った事を述べた。

 

「この杖。装飾が過剰で邪魔な上に肝心の魔宝石が一つしか付けられていないし、それに小さい。見たところ主な素材は金と銀。これでは簡単に折れてしまうだろう」

 

すらすらと当然のように語るその姿を見てリヴェリアは驚いた。

 

てっきり剣士然とした冒険者だと思っていたファーナムが、こうも的確に杖の良し悪しを見抜けるとは思っていなかったからだ。杖を見ながら軽く落胆するファーナムの姿を見て、思わず彼女の口元が笑みの形を作る。

 

「確かにこの杖には少し遊び心が多すぎるな。金や銀は魔力を増幅させるが、これは明らかに過剰だ。この付けられた金額も、恐らくは材料費のせいでここまで膨らんだのだろう」

 

その杖に付けられた値札は、他の杖と比べてもゼロが二つも多かった。いわゆる成金趣味、観賞用ならば十分に価値はあるだろうが、戦闘に使うとなると期待は出来ないだろう。

 

「それにしても、よくこの杖が見かけ倒しという事に気が付いたな」

 

「俺も杖を使う事があるからな。自然と実戦向きのものを選ぶようになったのだろう」

 

「そうか……いや、待てファーナム。お前今、杖を使うと言ったか?」

 

「? そうだが、何か変か?」

 

「いや、決してそう言う訳ではないが……しかし……」

 

先程よりも驚いた様相を見せるリヴェリア。ファーナムは特には気にせず、杖の選定をしながら会話を続けた。

 

「だが俺は武器を振るっている方が性に合っているようでな。余程の事がない限り魔術は使わん」

 

無駄話はここで終わりだ、と言わんばかりにファーナムはその後は無言で杖の選定を続けた。リヴェリアはどこか腑に落ちない表情でその横顔を見つめていたが、やがてその視線は杖へと戻された。

 

数刻後、選定を終えたガレスとリヴェリアは各々の仕事を終えるべく、ファーナムと別れた。

 

オラリオの街中に一人残されたファーナムは、ここで思い悩む。てっきり一日を彼らと共に行動するものだと思っていたので、これからの予定を考えていなかったためだ。

 

ダンジョンにでも潜って時間を潰すかとも考えたファーナムであったが、それは止める事にした。まだここに来て日は浅く、ダンジョンも未知の部分が多い。万が一事になった場合に都合が悪い。

 

どうしたものかと考えていたファーナムに、聞き覚えのある声が掛けられた。

 

「あら、ファーナムじゃない。こんな所でどうしたのよ?」

 

見れば、そこに居たのは扇情的な見た目のアマゾネス、ティオネの姿があった。後方にはアイズ、ティオナ、レフィーヤの姿があり、ダンジョンで採取してきたドロップアイテムの換金の帰りである事が察せられた。

 

「ガレス達と別れてな。ちょうど暇になっていたところだ」

 

ファーナムは素直にそう答えた。あぁ、と納得したように頷くティオネ、その背後からひょっこりと顔を覗かせたティオナは嬉しそうににかっと笑う。

 

「なになに、それじゃあファーナムは今ヒマしてるの?それじゃああたし行きたいところがあるし、一緒に行こうよ!」

 

矢継ぎ早にまくし立てるティオナの目は輝いていた。その彼女の様子にティオネはため息を吐き、レフィーヤは苦笑い。アイズはやはり無表情でいる。

 

「別に構わないが……どこなんだ?」

 

「へへー、いいトコ!」

 

一同の様子も気にせず、ティオナは足早にオラリオの街中へと進んでいった。訝しむファーナムとアイズ達を引き連れて、五人の姿は人ごみの中へと消えていった。

 

 

 

 

 

人ごみの中をしばらく歩くと、目的の場所が見えてきた。

 

小ぢんまりとした店構えのそこには、本が所せましと並べられていた。ファーナムの背丈と同じくらいの本棚が複数あり、そのどれにも本がいっぱいに詰められている。いわゆる書店が、彼女の目的の場所であった。

 

「とうちゃくー!」

 

「ここは……」

 

「まぁ、ここだろうとは思ったわ」

 

喜び破顔するティオナは早速店の中へと入って行く。あとに続いてファーナム達も入店し、店の中にティオナのはしゃぐ声が響く。

 

「やった、新しいの出てる!あっ、これ前から読みたかったヤツ!」

 

輪をかけて子供っぽく目を輝かせる彼女のお目当ては『英雄譚』、子供たちが夢中になる、剣と魔法が活躍する童話。彼女は時折こうして書店へやって来ては、新しい童話を見つけては嬉しそうにしている。

 

「この子は全く飽きもせずに……逆に関心するわ」

 

「でも、たまに読む分なら面白いですよ。私もたまに借りて読んでますけど」

 

ファーナム達は店内を歩き回るティオナを見ながら、自分たちも本棚に並べられた本を適当に手に取って眺めている。ファーナムも同様に一冊の本を手に取って開いてみた。

 

しかし、当然と言えば当然か、文字は読めなかったので内容もさっぱりだ。

 

(マデューラにも小屋の中に本があったが……やはり文字は違うか)

 

そんな事を考えていると、いつの間にか横にいたアイズが、ファーナムが広げている本を覗き込むように視線を送っていた。

 

「ファーナムさんも、童話が好きなんですか?」

 

「む?」

 

言われて気が付く。ファーナムは持っている本を閉じ、その表紙を見る。そこには丁寧に描かれた絵があり、その中心に文字が書かれている。どうやらこの本は童話であるようだ。

 

「なになに?ファーナムも童話とか読むの!?」

 

「へぇ、意外ね」

 

「好みは人それぞれですし……」

 

アイズの声を聞きつけて彼女たちも集まってくる。中でもティオナの食いつきは良く、先程以上に目を輝かせている。

 

「ねぇねぇ!ファーナムはどんな話が好き?私はやっぱり『アルゴノゥト』かなー!」

 

「アル……何だって?」

 

「あれ、もしかして知らない?それじゃあ迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)は―――」

 

同じ童話好き(と思い込んでいる)が増えた事が嬉しい彼女はいつも以上に早口で話に花を咲かせる。そうしている内にティオネの顔がだんだんと険しくなり、遂に怒りとなって爆発した。

 

「あーもういい加減にしなさい!これから打ち上げやるんだから、さっさと帰って支度するわよ!」

 

言うや否やティオナの首根っこを掴んで、ティオネは店の出入り口まで歩いてゆく。「ちょっ、まだお金払ってないー!?」と慌てるティオナを見てレフィーヤがわたわたしている中、ファーナムとアイズは並んでその様子を見ていた。

 

「何とも落ち着きのない事だ」

 

「……こういうの、嫌いですか……?」

 

「そんな事はないさ。見ていて飽きない」

 

おずおずと質問したアイズは、ファーナムの横顔を見る。兜に覆われているが、その横顔はどこか楽しそうで、笑っているように見えた。

 

「行こう、今夜は皆でどこかに行くのだろう?」

 

「……はい」

 

こうしてファーナム達は書店を後にし、本拠(ホーム)へと戻って行った。外はいつの間にか夕方になっており、オラリオの街を優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

果てしなく続く闇。

 

上も下も無く、長く居れば平衡感覚すら失いかねないその場所にある、唯一の明かり。静かに燃える遺骨の小山に、捻じれた直剣が突き刺さった奇妙な代物。

 

その明かり……篝火は、ある一人の人影を照らし出している。

 

篝火の前で胡坐をかいているその人物は全身が鎧で覆われており、体格から男性である事が分かる。その男は微動だにせずに篝火を見つめていたが、不意にその手を胸元へと伸ばす。

 

使い古された鎧の隙間から手繰り寄せられたのは、ぼろぼろになったペンダントであった。元はそれなりに良い質であっただろう金属は真っ黒にくすみ、形も歪になっている。

 

男はそのペンダントのロケットを開ける。中には肖像画や薬は入っておらず、剥き出しの金属の土台だけ。しかしその土台部分には、ナイフのような物で彫り物がされていた。

 

内側は手入れが行き届いているらしく、その彫り物の輪郭は鮮明だ。柔らかな笑みを浮かべている女性の顔ーーー男はその彫り物を無言で、ただじっと見つめる。

 

「……王よ」

 

不意に、闇から湧き出るように鎧姿の男がやって来た。男はロケットを閉じてペンダントを仕舞い、視線をその男へと向ける。

 

「神共を見つけました」

 

「……場所は?」

 

「迷宮都市オラリオ。自らの娯楽のために無垢の人々を良い様に使い潰す、薄汚い蛆虫共の溜まり場です」

 

「……そうか」

 

報告を聞き、男はゆっくりと立ち上がった。

 

元の色からかなり変色してしまった青のサーコートの裾を翻し、男はもう一人の男と共に歩き出す。その姿もまた、次第に闇へと消えて行った。

 

 




~没シーン~

「何この防具可愛い!」(砂の魔術師の上衣、スカートを手に取るティオナ)

「着てみるか?お前なら似合うだろう」(ファーナム、武器を手入れしながら)

「……」(リカールの刺剣をつつくアイズ)

「良いの!?ありがとっ」(喜ぶティオナ)

「……」(武器から視線を外して、ティオナを見るファーナム)

「……?」(ティオナ、困惑)

「……」(エスパダ・ロペラをつつくアイズ)

「……」(ファーナム、無言)

「……ここでは着ないよ?」(ティオナ、一言)

「? 着替えなど一瞬で終わるだろう?」(不思議そうにファーナム)

「え゛」(ティオナ、ドン引き)

「♪」(アイズ、ご満悦)



不死人の認識のズレが如実に表れた瞬間であった。

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